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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
最終章 これまでの千年・決戦・これからの千年
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第116話 これまでの千年

 トゥルモレスの封印が終わると、アダムは支えが無くなったかのようにぐらりと倒れた。


「アダム!」


 私は慌ててアダムを支えた。

 アダムの身体は重く、温かかったが、ところどころ妙に硬かった。

 私は無意識に周囲の地面を見回しながら、アダムを少し遠くの地面に座らせた。

 たったいま地の底に封印されたトゥルモレスがひょっこり舞い戻ってきやしないかと怖かったのだ。

 当然そんなことは起こらなかった。

 アダムの荒い息づかい以外には何の音もしないほど静かだった。


「アダム、息が荒いです。大丈夫ですか?」

「ああ、うん、大丈夫だよ」


 額に脂汗をかいている。ちっとも大丈夫そうではない。

 私はハンカチを取りだしてアダムの額をふいた。

 ふいてから気づいた。このハンカチを最後に洗ったのは何年前だろうか……。


「……無事でよかった」

「えっ、あっ、そっ、そうですね……。

 アダムも無事……ではなさそうですが、生きててよかったです」


 私はアダムのちぐはぐな身体をみながら言った。

 右腕がわき腹から生えているとか、左腕の長さが半分になっているのは気づいていたが、よく見るとそれ以外にもいろいろおかしかった。

 左右の足は入れ替わっているし、指もバラバラだった。

 手の親指はたぶん足の親指だ。

 顔のパーツだけは奇跡的に入れ替わったりはしていないようだが、それでもちょっとずつ位置が変わっている。


「……一体、どうしたんですか? いろいろおかしくなってますよ?」

「ああ、一度バラバラになったからね。

 組み立てなおしたんだけど、なにせ君は斬られそうだったし時間がなかったからしっちゃかめっちゃかになっちゃって……」

「バラバラになった……?」

「? 気づいてなかったの? 僕、障壁に化けてたんだよ」

「???」

「障壁を二枚張ったでしょ? その二枚目に溶け込んでたの」

「えーっと……?」

「だからね……」


 アダムが言うには、トゥルモレスがアドルモルタで斬りかかった時は本当に絶体絶命だったらしい。

 攻撃された時点で、トゥルモレスから近すぎる自分は捨てて私を助けるためだけに障壁を張って。

 さらに、自分も助かるための方法として「木石になる」ということを思いつき。

 黒い炎に焼かれながらどうにか障壁に溶け込んだ、らしい。


「……というわけだ! ついに『物』になることができたんだよ!」

「へえ……、そうなんですね。まあ、生きてたならなんでもいいです」

「なんでもいいって……」

「あれ? でも前に物になったら元に戻れないとか言ってませんでしたか?」

「そう! そうなんだ!」


 アダムが興奮気味に食いついてきたので、「しまった」と思った。

 これは長くなるやつかもしれない。


「長くなります?」

「……短くするよ」


 説明はするのか。

 アダムは少し不服そうに唇をとがらせながら説明した。


 変身するのはそれほど難しくない。

 肉体を変化させて、魂をそこに乗せて、魔力の生成を止める。

 これで魂が宿った物体のできあがり。

 問題は脳みそがなくなってしまうから、元に戻るための魔法が使えなくなってしまうこと。

 そこで「ある条件を満たすと元に戻す魔法をかける演算機カルキュレイター」を障壁の一部に仕込んだそうだ。


 ただしそれは本来アダムが望んだ「完全な物体になる」ということからはほど遠いらしい。「だって演算機なんか仕込んだら意味無いじゃない」とのこと。


「でもそんなことしたらあいつにバレませんか?」

「よーく調べればバレただろうけど、元々あの障壁にはアドルモルタの炎に耐えられるように強い魔法をかけていたからね。

 そう簡単にはわからなかったと思うよ」

「それで、ある条件ってなんなんですか?」

「……それ、聞くの?」

「なんだか気になったので……」

「それは、その、あれだよ……」


 そこでアダムは少し言いよどんだ。

 ちょっと恥ずかしそうに顔をそむける。


「君が……、僕は生きているって言うこと」

「へ?」

「だから、僕は生きてるって君が信じてくれたから、僕は戻ってこれたんだよ」

「へ?」

「……わからないふりしてるでしょ!?」

「えへへ、バレました?」

「もう……」


 アダムはそっぽを向いたまま私の頭をなでた。

 しゃらしゃらと髪の毛が音を立てる。


「……ありがとう。最後に君の顔がみれてよかった」

「見てないじゃないですか」

「僕は神様だからこっち向いてても見えてる」

「やっぱり、助からないんですか?」

「うん」

「……」

「泣かないで。僕は君といれた百年、楽しかったよ。

 だから、もう少しだけ笑っててほしいな」

「……わがままですね」

「神様だからね。

 ……あ、そうだ」


 アダムは思い出したように、ぽんと手を叩いてこっちを向いた。

 そして再び私の頭をなで始めた。


「君を神様にしないといけないね。もうこの世界には君以外に魔王はいないから」

「は? 神様? 私が?」

「そうだよ。君がこの世界を守るんだ」

「そんなの、私には……」

「君ならできるよ」


 アダムはにこにこと笑って私の手を取った。

 私に何を握らせる。

 手を開くと何も無かったが、それ(・・)は確かにそこにあった。

 温めた牛乳のように柔らかく、

 凍りついた雷のように荒々しく、

 生まれる前の卵のように純粋な、

 そんななにかがあった。

 手のひらからゆっくりと流れこんで私を満たした。


 いろいろなことができそうな気がする。

 これまでよりずっと自由に空を飛べるだろう。

 重力なんてお呼びじゃない。

 月にだって行ける。

 太陽にも触れられるだろう。

 世界の丸さを肌で感じる。

 海の水から塩を取り出すことも。

 山々を全て逆さまにすることも。

 全ての生命に倍の寿命をあたえることも。

 ありとあらゆるものを今すぐに腐らせることも。

 世界中の人間に私と同じ知識をあたえることも。


 全てが可能だ。

 全ては私の意志で決まる。


「これで君も神様だ」

「ろくなものではないですね」

「ふふふ……。君はきっといい神様になるよ」


 そう言ってアダムは手を離した。

 私は思わずその手をつかんだ。

 暗い宇宙の中にひとりぼっちになったような気がした。

 怖かった。

 つかんだアダムの手は、羽毛のようにかすかな感触だった。

 アダムがどこか遠くに行ってしまうような気がした。

 それが気のせいではないとわかるようになっていた。

 やっぱり神様なんてろくなものじゃない。



 その後は特に語ることもない。

 ゆっくりと死んでいくアダムとおしゃべりをしていただけだ。

 この会話の内容は覚えている。

 話した内容は大したことじゃない。

 他愛のないことだ。意味もない。

 だからこそ、秘密にしておきたい。



 ***



 こうして私は神様になった。

 私は世界を見守りながら生きるようになった。アダムのように。

 ただし、やることはほとんどなかった。

 基本的には人間のやることには手を出さない。

 国どうしで戦争が起きても傍観していた。

 戦争は私にとって悪いことではなかったからだ。

 人間の数が減るのはいいこととは言えないが、魔法技術のレベルが上がるのは喜ばしいことだった。


 アダムと違って私には神様をやる明確な理由があった。

 いつか復活するトゥルモレスを倒すこと。

 そのためには強い魔法使いが必要だ。

 自らの意志と能力で死という最大の恐怖を克服するくらいに強い魔法使いが。

 それも一人や二人ではダメだ。

 かと言って多すぎてもダメだということにも、人間たちの戦いをながめていて気づいた。

 数が多くなればそれを頼りにしてしまう。

 甘えた空気が生まれてしまう。

 勝つべき側がそういった油断から崩れていく様をあきるほど見てきた。

 だから人間に知識を与えて魔王にしても意味は無い。

 自然に任せて見守る方向でいこう。


 ところで、トゥルモレスにかけられた呪いは「魔王に攻撃できなくなる」というものだった。

 それはつまり、魔王が私に刃を向けたとき私にはどうすることもできないということだ。

 協力してもらう立場だったのに、ある日裏切られてしまってはトゥルモレスと戦うどころではない。そこで終わりだ。

 私のいない世界ではきっと奴を止められない。

 だから私は先手を打つことにした。

 魔王が現れれば会いにいって呪いをかけた。

「魔王どうしで攻撃してはならない」という呪い。

 あとはついでに人間に危害を加えるな、とかもつけ足した。

 人間をあまりに大量に殺されると魔王が生まれる土壌がなくなってしまうからだ。

 完全なものではないが、多少の抑止力になればいい。


 百年経ってフォクス・ミクスという男が魔王になった。

 お祝いにかけつけ、呪いをかけてあげた。

 そのおかげで今はよき友人である。

 当初はガチギレされたが。


 新しい魔法も開発した。

 私はアダムのように強くない。

 彼から神様としての知識と能力を継承したけれど、結局のところそれは新しい武器を手に入れたのと同じことなのだ。

 ほぼ同じ意味ではあるが、最初私は同じ意味だと理解できていなかった。

 たとえば、弓矢を渡されたところですぐさま遠くの的に矢を命中させられるわけではない。

 扱い方を学び、練習して初めてそれらは上手くいく。

 アダムに渡されたものは弓矢だった。それもお手製の。

 いや、使うだけならすぐにできたからナイフだろうか?

 まあそれはどっちでもいい。

 問題はアダムは誰かに渡す前提で武器を作ってはいなかったことだ。

 これっぽっちも。

 しかもアダムが使うことを前提にしているから、そもそも要求されるスペックが高い。

 さらに大量の武器群を一度に渡されてしまったので時系列がわからない。

 文脈を知らないと意味のわからない武器が多かった。

 研究することと、誰かの研究を理解することは同じではない。

 別の能力が必要になる。

 そして私は後者が苦手だった。

 要するに、「本当に頼りになるもの」は自分の手で作る必要がある。

 それが私が三百年神様をやってたどりついた結論。

 そこから一つの魔法を開発しつづけてきた。


 魔法を開発したり、トゥルモレスの封印の管理をしたり、まれに発生する魔王どうしの争いを仲裁したり、百年に一度くらい現れる魔王に呪いをかけに行ったり。

 退屈でもあり忙しくもあった。

 長かったようで短かったような。

 魔法は神様になってから八百年ほどである程度完成した。


『近い未来を予知する魔法』

『とりかえしのつかないことを無かったことにする魔法』


 それが私が作った魔法だ。

 理論と直観とを量子的にもつれさせてバタフライエフェクト的インチキ帰納法でアレコレして作った。

 結局、七割くらいアダムの遺産だ。

 開発を進めるにつれてアダムの残した魔法がわかるようになった。

 アダムが目指していたものではないのは確かだが、偶然なのか必然なのかそれとも当然なのか、彼のおかげでたどり着けた。

 いつの日か復活するであろうトゥルモレスに対抗するための私の魔法。


 トゥルモレスの恐ろしさ。

 それは彼の壊滅的かつ自己を増殖させる『呪い』だ。

 全ての生命に対する激しい憎悪にもとづくその呪いは、死に対する抵抗をもつ魔王にとっても下手をうてば死に至る。

 さらにその呪いにかかれば人形となり、トゥルモレスの分身と化す。

 こちらは殺されるが相手を殺すことはできない。


 トゥルモレスに勝つための魔法。

 ……それがどうしても思いつかなかった私はとりあえずなんとかなりそうな魔法を作ることにしたのだ。

 要は試行錯誤トライアルアンドエラーだ。

 何度かやり直せばいずれ勝てる目も出るだろう。

 そう思って。

 実際ある程度は役に立った。

 千回くらい負けてしまい世界も滅んだが、今こうして世界がまだあるのはこの魔法のおかげだ。

 まあ、この魔法のせいで一度で済んだ滅びを千回も繰り返している、という考え方もないではないが……。


 しかしそれも終わりが見えてしまった。

 どうやったのかわからないがトゥルモレスが対応してきている。

 亡霊を放つ時期や復活するタイミングが少しずつ早くなってきているからだ。

 最初の頃から一月ほど早くなっている。

 私がやり直せるのは大体一年間だ。

 そのうちの一月分を追いつかれるようになった。

 私のようにやり直した世界の記憶を引き継いでいるわけではない。

 それはわかっている。

 もしそうなら一月どころではないからだ。

 しかし、なんらかの情報は残しているのだろう。

 予知は完全にバレていて、おそらくやり直しもバレている。

 今後はもっと時期が早くなる。準備期間がなくなっていく。


 ジリ貧だ。

 今回決着をつけることができなければもう倒せないだろう。

 シェイルは思わぬ拾いものだった。

 アドルモルタの運び手はいつもすぐに死んでしまうのだが、まさかここまで生き延びるとは思ってもみなかった。


 もうこんなチャンスは巡ってこない。

 今回だ。今回で奴を倒す。

 もうこれで終わりにしなければ……。

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