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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第1章 放浪者・魔剣・巫女
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第12話 故郷

「うぅ…、さみぃ…」


 小屋の窓から月の光が差している。ならず者の一人がのそのそと毛布から這い出して他の仲間たちを踏まないように気をつけながら入口の扉にむかってよろよろと歩いていく。途中で二人ほど腕か顔を踏んだが、幸い二人とも寝ていて殴られずに済んだ。


「ひいぃ、さみいなァ…」


 吐く息が白くなる。男は足早に近くの茂みまで行って、ズボンを下げた。震えながら用を足していると、すぐ隣の茂みで微かに物音がした。イノシシでもいるのか、と男がぎょっとして振り向くと、毛皮を着た男がすぐ後ろでしゃがんでいた。棍棒を持っている。


「えっ、なっ!?」


 用を足していた男はまともに声を上げる間もなく、毛皮の男に飛び掛かられて口をふさがれた。小便が飛び散る。ズボンを下ろしているせいで上手く身動きが取れない。二人はもみ合ったまま倒れ、じたばたと暴れて物音を立て始めた。


 それを見て、毛皮の男たちは小屋の扉を開けて中にそっと忍び込んだ。7人が中に入ったところで、外のならず者の悲鳴がついに森に響き渡り、その後すぐに中から怒号が聞こえ始めた。


 外ではならず者と毛皮の男が長い時間もみ合っていたが、他の毛皮の男が後ろからならず者を殴って気絶させた。彼らが小屋の中に入って加勢に行く頃には全てが終わりかけていた。

 ほとんどのならず者はボコボコに殴られて、立ち上がることもできなくなっていた。ナイフを取り出した奴はナタを持ったロバートに脳天を殴られて気絶。依然として寝ている奴も一人だけいたが、縛ってからたたき起こした。


 毛皮の服を着た男たち…つまりは村の猟師たちは大した怪我も無く、ならず者を排除することに成功した。



 ***



 朝、シェイルは窓から差す日の光が眩しくて目が覚めた。寝返りを打って布団を深くかぶり直し、少しの間もぞもぞと寝ぼけながら二度寝に入ろうとしていたが、不意に目を覚ました。


「やべえ…。ローアがいないんだった…」


 朝食を作っていないし、掃除もしていない…。エルダに怒られるんだと身震いする思いで着替えて、台所に向かうと、そこにはローアが立って朝食の準備をしていた。起きてきたシェイルに気づいて振り返る。


「あら、おはよう。起きてきたのね」

「あっ、あれっ? 警備に行ってたんじゃなかったか?」

「さっき帰ってきたのよ。もういいんだって」

「もういい?」

「村の猟師さんたちが総出で森に行ってならず者を全員捕まえてきたのよ。で、お役御免になったってわけ」

「ふーん、お疲れ。…ちゃんと寝たのか?」

「寝てないわよ」


 そう言ってローアは目玉焼きを皿に移すと大口を開けてあくびをした。卵を割って新しい目玉焼きを作り始める。


「だからご飯作ったら寝るわ。お昼になったら起こして」

「わかった」

「…さあ、できたわ。エルダ様を呼んできてちょうだい」


 エルダを呼びに行ったが、部屋にはいなかった。自分の部屋もシェイルの部屋も覗いてみたがいない。二階ではないのか、と一階に降りて聖堂とブブとボボの部屋、念のためトイレも確認したがいなかった。あとは地下牢と外だが…なんとなく地下牢には行きたくなくてローアに心当たりを聞いてみた。


「なあ、エルダさんいないんだけど」

「んー? じゃあ、地下牢かしら。さっきならず者たちをそこに入れたから見に行ってるのかも」

「何しに?」

「さあ、知らないわ。説教とか? 地下牢にいなかったら外じゃない?」


 要するに心当たりは無いってことか。…でもまあ、まだ外は寒そうだから先に地下牢を見ておこう。

 地下牢の扉を開けると、蝶番が軋んでギギギと嫌な音を立てた。その音と地下の冷たい空気に背筋がぞくっとする。ランプを持ってくるのを忘れたが、暗くても気を付けていけば大丈夫だろうとそのままで階段を下りて行った。


「…ずれもいいところです。全く…」


 シェイルが階段を下りていくとエルダの声が聞こえた。一番下まで下りると、エルダは地下牢の前に腕組みをして立っていた。側にはブブ(多分)が立っていて、ランプを持っていた。二人はシェイルに気づいて振り向いた。

 エルダはいつも通りの表情だったが、ブブはあからさまにぎょっとした顔をしていた。思わず苦笑いする。


「なんだよ、オバケにでも見えたのか?」

「…?」


 エルダはシェイルの言葉の意味を計りかねて一瞬顔をしかめ、次にブブを振り返った。ブブはエルダの顔を見て気まずそうに目をそらした。

 シェイルはなんか空気が重いな、と感じてなんとなく牢屋の中のならず者たちにチラッと目をやった。なんだかやけに顔が腫れている奴が多い。前にアシュリーを助け出したときにいた奴がいないか探したが、顔が腫れているのと暗いのでよくわからなかった。


「で? 何か用ですか?」

「ご飯できましたよ。食べましょう」

「そうですか。では行きましょう」


 シェイルが言うと、エルダはさっと踵を返して階段へと向かった。ブブが後に続く。すれ違う時にブブが目で何かを訴えていたような気がしたが、わからなかった。

 シェイルは階段を上りながら何の気なしにエルダに話しかけた。


「エルダさんこそ、何してたんですか?」

「彼らに説教をしていました。村の子どもに怖い思いをさせたんですから、小言の一つでも言わなくては気がすみません」

「ふーん…。あの人たちはこの後どうなるんですか?」

「さあ…。祭りの後で村の人たちと相談することになっています。…まあ、近くの街に突き出すことになるでしょうね」

「そういえば…えーと、この村ってけっこう田舎なんですか?」

「なんですか、藪から棒に。…まあ、そうですね。辺境ですね」

「じゃあ、わざわざ田舎の村まで来たのに、仲良く全員捕まったってことですか? 随分マヌケな話ですね」

「そうですね」


 シェイルの皮肉にエルダは同意したが、くすりとも笑わなかった。



 ***



 朝食を食べ終わると、エルダはさっさと自室に戻り、ブブとボボはいつも通り見張りへ。ローアは仮眠を取りに部屋に行った。そして、シェイルは暇になった。朝食の時にローアに聞いたところによると、昼は村の方でちょっとした出し物があるらしかったが、そんなに面白そうな感じではなかった(ローアが説明の時に微妙な顔をしていた)ので、特に行く気にもならなかった。夜になったら聖堂で皆が集まって酒盛りをするらしいので、一応もう一度掃除をすることにした。


 が、昨日掃除したばかりなので大した汚れやごみは残っていない。どこか掃除するところは無いかなと、燭台や祭壇、石のタイルの隙間などをぶらぶら歩きながら見ていると、ふと奇妙な音が聞こえた気がした。ハッキリと聞こえたわけではないが、軽い違和感を覚えた。

 なんというか、誰かが自分の悪口を言っているときに遠くからでもわかる、みたいな感じだろうか。…違うかな。多分人の話し声ではないし。違和感はずっと感じるわけではなくて、断続的…だと思う。耳を凝らしてもよく聞こえない。


 それでも音の出所を探していくと、怪しい場所を見つけた。祭壇だ。…というか、その下の隠し部屋で音が鳴っているようだ。なんだろう。ネズミだろうか?いつの間にもぐりこんだんだろう。あ、剣で吹き飛ばしたときに入り込んだのか。


 耳を床につけてみて、ようやく音の輪郭が多少なりともつかめるようになった。


 ガリ…、ガリ…。


 石で石を引っ掻いているような音…だろうか?

 ネズミがあんな音を出すだろうか?

 そう言えばこの世界のネズミをまだ見たことが無い…。とんでもなく大きなネズミっていうこともあるだろうか?


 シェイルが地下室の扉の前で床に耳を付けていると、奥の方の扉が開いた。

 見ると、珍しく目を見開いて驚いているエルダが立っていた。


「えっ? …な、何をしているんですか?」

「あー…、あの、えーと…。なんか、その、ネズミがいる、かなって…」

「ネズミ…、ですか…」


 エルダは地下室への扉をにらみながら、いやに緊張した様子で近づいてきた。シェイルは「もしかして怒られるのか?」とヒヤヒヤしたが、エルダは扉を見ているだけで何も言わなかった。


「ネズミが苦手なんですか?」

「…得意だと思いますか?」


 エルダは渋い顔をして答えた。

 そりゃそうだ。


「まあ…放っておいた方がいいでしょう。今日は祝祭です。ここを閉じておけば出てくることもありません。明日にでも開けて掃除しましょう」

「そうですね」

「音が聞こえたんですか?」

「ええまあ」

「どんな?」

「こう…、ガリ、ガリっていう…」

「ふむ…」

「この世界には石の壁をかじるようなネズミもいるんですか?」

「…いや…そんなのは、いませんね」

「…え、じゃあ…?」


 エルダは顎に手をやって思案していたが、やがて首を振った。


「ダメです。祝祭前にややこしいことはしないでおきましょう。…開けちゃダメですよ?」

「…はい」


 うずうずと地下室への扉を見つめているシェイルにエルダは釘を刺した。シェイルがしぶしぶうなずく。その様を見てエルダはため息をついた。


「私は今から散歩に行きます。…暇ならついて来ますか?」

「えーと…」


 本音としてはちょっと怖い。それほど仲良くない大人と二人で散歩なんて経験が無い。しかもエルダだ。今までで会った大人の中でダントツで怖い性格の人だ。

 でも、こういうところで逃げたらこの先もずっと「怖い人」のままのような気がする。

 …行ってみよう。


「それじゃあ、お言葉に甘えて…」



 ***



 教会から少し歩くと村へと続く吊り橋があったが、エルダは橋を素通りしてそのまま進み、坂を上った。普段よりも騒がしい村に背を向けて、シェイルも坂を上った。


「ここを上ったことは?」

「無いです」

「ローアには村の案内をしてもらったんでしたか?」

「まだですね。なんか忙しそうだったので」

「お祭りは今日で終わりです。明日にでも色々見て回るといいでしょう」

「今連れて行ってもらってもいいですけど?」

「私はそこまでお人よしではありません」

「あ…、そうですか…」


 それからしばらく坂を上り切るまでは二人とも無言だった。坂は段々ときつくなり、シェイルは少し息を切らし始めたが、エルダは歩きなれているのか特に息を乱すことも無く登っていく。

 エルダは坂を上り切ると、シェイルを少しの間待って周囲の景色を見ていた。教会の前にあった谷が一望できる。西の地平線の上で夕日が輝いていて、谷の向こうの荒野の所々に赤い光と長い影を投げている。


 ようやく上り切ったシェイルに対してエルダは「意外と体力が無いのですね」と言った。


「…エルダさんは体力ありますね」

「ふふ、それはどうも」


 目の前に断崖がある。柵は無い。一歩踏み外せば真っ逆さま…と思ったが、足元に教会があった。まあ、どっちみち死ぬことには変わりはないが…。

 深い谷がはるか彼方から、また彼方へと続いている。谷の向こうには広い荒野、森と黒い森?…が見える。


「あの黒い森…?って何ですか?」

「ああ、あの辺りは十年ほど前にあった戦争の名残です。一体が焼けたのであんな風になっています。黒灰の森と呼んでいます」

「へえ…、黒灰の森…」

「個人的に」

「個人的かい! …よくここに来るんですか?」

「ええ。…ここに来ると故郷を思い出すんです。家の近くに山があって、よく…めいを連れて山菜取りに出かけたものです」

「へえ…」


 シェイルはエルダが自分のことを話し始めたのを意外に思ったが、これが普段なのかもしれないと思い直した。


「故郷にはたまに戻ったりしてるんですか?」

「いえ、ここ数年は戻っていないですね」

「故郷が恋しくなったりは?」

「…あなたはどうなんですか? 随分と大人しくしていますが、元の世界が恋しくないのですか?」

「…」

「あなたが故郷に対してどう思っているのかわかりませんが、私は…もう故郷に戻りたいとは思っていませんよ。…微塵もね」

「家族とは仲が悪いんですか?」

「どうでしょう。ですが、最後はケンカ別れでしたね。心残りではあります」

「やっぱり、帰った方がいいんじゃないですか…?」

「意味が無いのですよ」

「? どんなケンカを?」

「…何だったかしら。いつの間にか忘れてしまったんですよね…」

「ああ…、仲直りできないかもしれないってことですか?」

「そうですね。大体そんな感じです」

「…」


 エルダはふと、崖の下を見やる。


「そう言えばあなたを初めて見たのはここでした」

「え?」

「あなたが地下室でアドルモルタを暴発させたとき、私はここにいたんですよ。目が合ったと思いましたが、気のせいでしたか?」

「ああ…あの時の…。え、アドルモルタって何ですか? あの剣の名前?」

「そうです」

「変な名前ですね」

「命を蝕む、という意味です」

「…めちゃくちゃ物騒な名前だな…」

「実際、あの剣を持った者、使った者は通常は死にますからね」

「……え? …死ぬ?」

「はい。普通は死にます。まあ、あなたは放浪者ですから、なにかしら異常なんでしょう」

「ええ…? 異常って…」

「あー…、失言でした。魔法の才能があるってことです。これは素直に喜んでいい」

「魔法かあ…。そうだ! 僕にも魔法を教えてくれませんか? ローアに魔法を教えるっていう話をしてたじゃないですか。僕にもついでに!」

「えっ? あっ、ああ…。そう、ですね。…構いません」

「…めちゃくちゃ言い淀んでませんでした…?」

「あーまあ…、正直なところ、あなたは魔術の基礎を学んでいないので大変そうだな、とね」

「身も蓋もない…」


 少し冷たい風が吹いてシェイルは思わず身震いした。エルダを見ると、涼しい顔で麓の村を見下ろしている。遠くからなので正確にはわからないが、もうすでに祭りの熱が冷めてきているように見えた。


「もう日が沈みますね。戻りましょうか」

「はい。あ、連れて来てくれてありがとうございます」

「いえいえ。…あなたともちゃんと話をしておきたかったですから」

「…はは、そりゃ…どうも」

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