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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
最終章 これまでの千年・決戦・これからの千年
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第114話 人形の街

 私とアダムが手を取り合って見つめ合っていると、ミストが居心地悪そうに咳ばらいをした。

 そのまま静かにしていてくれればよかったのに、と私は思った。

 けしかけたのだから、あと一年くらいは放っておいてくれてもいいのでは?


「それでこれからどうするんですか?

 一体全体どんな作戦でトゥルモレスと戦うのでしょう」

「トゥルモレスの魔法はいくつもの呪いを混ぜ合わせたものだ。

 解くつもりも解かせるつもりもないから、ごちゃごちゃで強力だ。

 対策できるようなものじゃないよ。

 だから、守りは捨てて欲しい。守っても無駄だから」

「……本当に死ぬ覚悟が必要なんですね」

「悪いね」

「とんでもない! お気になさらないでください」

「さて、一方で攻撃だけれど……。これもおそらく意味がない。

 死の呪いを何種類も用意しているということは、それだけ不死の魔法を見つけ出しているということだ。

 君たちの魔法を試してみてもいいけれど、効かないという前提で戦った方がいい。

 主軸は……これで行こう」


 アダムは剣を取り出した。

 トゥルモレスを斬り、自分自身を斬った剣だ。


「僕が人間だったころに作った剣だ。

 名前は蝕命剣アドルモルタ。

 物質も魂も焼き斬る魔法をかけてある。

 膨大な魔力を消費するけど、これを防御する方法は無い。

 我ながらひどい武器だと思うよ」

「理不尽という意味ですか?」

「臆病だという意味だよ」


 アダムは剣を見つめて苦々しげにそう言った。

 剣を持っているせいか、いつもよりわずかに攻撃的に見える。

 それを振り払うように、アダムは私たちを振り返っておどけて言った。


「僕がこれでトゥルモレスを斬る。

 みんなにはそのサポートをして欲しい。

 ……みんな、付いて来てくれるってことでいいのかな?」


 誰も何も言わなかった。

 誰も去ろうとしなかった。

 全員、無言でうなずいた。

 アダムは悲哀と感謝の混じった表情でうなずき返した。


「ありがとう。じゃあ、トゥルモレスのところへ行こうか。

 覚悟はいい?」


 アダムはもう一度問いかけ、私たちの顔を見て笑った。


「愚問だったね」



 ***



 アダムの転移魔法で飛んだ先は人間の都市の一つだった。

 石造りの建物が整列している。

 私たちは大通りの真ん中に立っていた。

 生きている人間はどうやらいないようだった。

 今が夜だから、というわけではない。


 正面にトゥルモレスが立っていた。

 すぐそばに獅子顔の兜をかぶった騎士が立っている。

 エネレグルだ。

 そしてトゥルモレスと私たちを囲むように、虚ろな表情をうかべた人間たちがたたずんでいた。

 どれだけいるのだろうか。

 見える限りの道は彼らで覆いつくされている。

 彼らがいないのは私たちが立っているここだけだ。

 きっとこの都市の人間はほとんど全員集まっているに違いない。


 全員すでに死んでいる。

 この都市がどれだけ広いか正確なことは知らない。

 これだけの人間がいたのならかなり大きな都市だったのだろう。

 けれど、私が感じ取れる範囲より広いということはないはずだ。


 生き物の気配が無い。

 ここにいる私たちを除いて、魔力の声を聞くことができない。



 私は一度だけ月へ行ったことがる。

 アダムに連れて行ってもらったのだ。

 彼は嬉しそうに穴だらけの地面を歩き、小さな青い球体を指さしていた。

 けれど、私はどうにもそこは好きになれなかった。

 静かすぎたからだ。



 ここは月と同じような音がする。

 何もない、がらんどう。

 これがトゥルモレスが作りたい世界なのだろう。

 私だって人間は好きではないが、これはやり過ぎだ。

 人間はうるさい生き物だけれど、よく聞けばいい音色を出していることもある。

 何の音もしないのは寂しすぎる。

 私はそんな世界で生きたくないのだと、肌で感じた。


『まさか操り糸を切るとは思わなかったな』

「おかげで魂はズタボロだよ。夜明けが来るまでにはどっちみち僕は死ぬ」


 やっぱりか。

 私は心が冷たくなるのを感じた。

 たぶん、あの剣で自分を刺したときに魂を壊してしまったのだろう。

 私は迷いを振り切るために頭を振った。

 アダムはもう進むと決めたのだ。

 私もアダムと一緒に進むと決めた。

 アダムが死んでしまうとしてもやることは変わらない。

 私は、彼の最後の望みを叶えるために全力を尽くすだけだ。


 しかし、トゥルモレスは納得できていないらしい。

 腹立たし気にまくし立てている。


『だったらもういいだろう。

 どうせ死にゆくお前には世界がどうなろうと関係ない。

 私の邪魔をするな』

「道理だね。君の言葉は正しい。

 けれど、僕は君のやろうとしていることを許容できない。

 君を止めた後でゆっくり死ぬことにしたよ」

『忌々しい奴だ。中立を気取っていたくせに。

 だったら今すぐ殺してやる!』


 トゥルモレスが魔法を撃つために魔力を溜め始めた。

 それはほんの一瞬だけだっただろう。

 剣を振り下ろすために、一度振り上げるような。

 しかし、それはアダムからすれば十分な隙だった。

 気づいたときにはトゥルモレスの懐に入り込み、剣を構えていた。

 アドルモルタが左から右斜め上へと一息に振りぬかれる。

 振り終わりに火の粉がふわりと舞う。


 トゥルモレスが黒い泥になって消えた。

 魔力の反応も無くなった。

 あたりを見渡している者もいたが、誰も何も言わなかった。

 クェータが恐る恐る、口を開く。


「……やった……のか?」

「そんなわけないだろ」


 ミストがぴしゃりと言った。

 彼は鋭い目で周囲を見回している。

 取り囲んでいる人形や、建物の窓の一つ一つ、夜空の雲、星に至るまで、目を光らせて探している。

 焦るあまり、額に冷や汗が流れている。


「どこかに、いるはずだ……。どこにいる……」

「落ち着いて。探すよりもそっちが先だ」


 アダムが静かな声で言う。

 彼はトゥルモレスだった黒い泥に指を突っ込んでいる。

 泥を指に取り、感触を調べているようだ。


「……大体、わかった」

「わかったんですか?」

「多分、あの人形は全部トゥルモレスだ」

「「「「「え?」」」」」

「トゥルモレスを殺そうとすれば、人形を全部殺さなければならない」


 アダムがそう言った瞬間、鐘の音が鳴り響いた。

 アダム以外の全員がぎくり、と身を固くした。

 見上げると、鐘楼に恰幅のいい男が立っていた。

 彼は揺れる鐘に押されて鐘楼から落ちてきた。

 落下しながら、両腕を広げて叫ぶ。


『ご名答!』


 彼が地面に激突する瞬間、私はおもわず目をそらしていた。

 ゆっくりと目を開くと、彼は一つの死体になっていた。

 いつの間にかインメレータが視界をふさぐように前に立っていたが、血だまりがゆっくりと広がっているのは見えた。

 街のあちこちから気の狂ったような笑い声が響いてくる。

 火が燃え広がるようにゆっくりと静かに笑い声の輪が広がっていくのがわかる。

 彼らはすでに死んでいる。

 死者の叫びだ。

 トゥルモレスが死体を操って声を出させているに過ぎない。


 トゥルモレスの言葉が彼らの絶叫として聞こえてきた。


『『『『私を殺したければ、私たちを殺せ! ははははは!』』』』

「本当に趣味が悪い奴だな……」

「同感です。〇※%&@……」


 ミストとウィオラが吐き捨てるように言う。

 私も同感だったが、それよりも嫌な予感がするのが気になった。

 もしもトゥルモレスがこの都市の中の誰にでもなれるのなら、この中の人形をほぼ全て破壊したとしても、一体でも取り逃せばトゥルモレスに逃げられるということじゃないのか?

 たしかに、この都市から徒歩で逃げだそうとするなら止められるかもしれない。

 しかし、転移魔法を使われたら?

 そのときは止めようがない。


「アダム……、逃げられるんじゃないですか?」

「そうだね。結界を張ろう。誘導されている気はするけれど……」


 仕方ない、とアダムは地面に手を触れた。

 アダムの細く鋭い魔力が都市を駆け巡り、結界の骨組みを構成していく。

 骨組みが完成すれば、壁ができた。

 ものの数秒で都市全体を覆う結界が作られた。


「もうすでに逃げていたりは……」

「それは無いよ。トゥルモレスの魂は結界の中のどこかにある。それは確かだ」

「じゃあ、しらみつぶしに人形を壊すしかないの?」とクェータ。

「そうだね。ともかく、結界の中の人形たちを排除しよう」


 アダムが言うと、魔王たちは動き始めた。



 ***



 魔王は不死身の魔術師だ。

 私が人間だったころから、魔術師はほんの一握りの天才だった。

 その天才たちのうち、指で数えられるほどしか不死の秘密に到達したものはいない。

 魔王とは、天才の中の天才なのだ。

 そんな私たちにとって、人間らしさはそれほど大事なものではない。

 長い時間を孤独に研究して過ごす私たちは、本当に大事なもの以外は捨ててしまうから。

 人間らしさなんてその筆頭だ。


 だから平均的に言って、魔王に好き嫌いはあまりない。

 たぶん。

 それでも、今目の前にある仕事は私たちにとっても「やりたくないこと」には違いなかった。


 それは人形たちを壊す仕事。

 狂ったように笑いながら走る人形を。

 泣いてうずくまる人形を。

 襲いかかって来る人形を。

 逃げ回る人形を。


 砕いて、裂いて、破壊する。

 たとえ、人間性を失っていてもそれはきつい作業だった。

 なぜなら、彼らは「人形」とはいえ、死体であるとはいえ、「人間だったもの」には違いないからだ。

 彼らの元々の魂はすでに壊されている。トゥルモレスによって。

 それは決して直らない。

 しかし、肉体はそうではない。

 心臓も筋肉も内臓も動いている。

 中に入ったトゥルモレスの分身が動かしている。寄生虫のように。

 見た目は普通の人間と変わらない。

 それは魔王としても嫌な仕事だった。

 中には人間嫌いを公言している魔王もいる。

 私だってそうだ。

 しかし、「嫌い」と「殺すのが好き」はイコールではない。



 要するに、私は少し気を抜いてしまったのだ。



 私は目の前の人形を壊していて、後ろから忍び寄って来た人形にギリギリまで気づかなかった。

 気づいて振り返ると、そいつは恐怖に歯を食いしばっているような表情を浮かべ、祈るように手を合わせながらゆっくりと近づいて来ていた。


「助けてください……。どうか、見逃して……」


 私は即座にその人形の頭を魔法で吹き飛ばした。

 人形に魂は無い。

 そうとわかってはいるが、できるだけ痛みが無いよう、素早く処理した。

 趣味が悪い。本当に趣味が悪い。

 行動も言葉も全てトゥルモレスによるものだ。

 それでも、少しだけ、罪悪感のようなものが胸に残る。

 数秒でいいから心を整理する時間が欲しかった。


 だから、目の前の人形の身体がまだ立っていることに気づくまで、タイムラグがあった。


「ひっ……!」


 人形の首から黒い泥が浮き上がった。

 トゥルモレスの罠だ。

 私が隙を見せることを見越して、芝居を打ったのだ。

 泥が私の目の前にうねりながら伸びあがる。

 鏡のように私自身が映りこんでいるのが見えた。


「おあああああ!」


 脇腹に衝撃を感じ、叫び声が聞こえた。

 誰かに助けられたと気づいたのは、地面に倒れてからだ。

 誰かが決死の覚悟で助けてくれた。

 振り返ると、泥に顔を覆われて苦しそうにもがいていたのはインメレータだった。


「イ、インメレータ!? どうしてっ!?」


 私はインメレータに駆け寄ろうとしたが、インメレータは手をつきだして私を止めた。

 そして音の魔法を使い始めた。

 最初はきぃきぃと耳障りの悪いだったが、すぐにピントが合ったように人の声になった。


「エリス……、気にしないで、ください……。アダム、奴はここにいる!!!」

「……インメレータ」


 アダムはすぐに来た。本当に一瞬だった。

 私が声をかける暇すら無い。

 泥の向こうだったので見間違いかもしれないが、

 アダムを見てインメレータはほっとしたように見えた。


「やってくれ」

「すまない」


 アドルモルタの火が走り、インメレータに絡みついていた泥を払った。

 泥とアドルモルタに魂を壊されたインメレータがどさりと倒れる。

 アダムは少しの間倒れたインメレータを見つめていた。

 トゥルモレスとして復活しないことの確認と救えなかった申し訳なさがないまぜになっているのだろうと思った。


 と、アダムがふいにこちらを振り返った。


「エリス、気にやむのは後にしよう。いいね?」

「でも、私をかばってくれたから……、そんなことしなければ……」

「そうか。なら、私は感謝しなければ。インメレータに。

 エリスを守ってくれてありがとうとね」


 アダムはにこりと笑い、すぐに悲しそうに眉をさげた。


「それと救えなくてごめんもね。さあ、行くよ」


 アダムは私の手を取って優しく引いた。


「救われた君と、救えなかった僕は戦わないと。

 生き延びて手に入れたいつかの未来で後悔したくはないでしょ?」

「わかりました、わかりましたよ……。

 はあ……、落ち込むことすら許してもらえないなんて……、ひどいです」

「僕の目の前では落ち込まないでほしいからね」

「アダム、少しわがままになりましたか?」

「そうかな」

「そうですよ」


 私がそう言うと、アダムは深くため息をついた。


「これだから戦いは嫌いなんだ」

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