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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
最終章 これまでの千年・決戦・これからの千年
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第112話 降臨

 その日は円卓の百年祭だった。

 普段は好き勝手に暮らしている魔王たちが参加する唯一の行事だ。

 祭りと言っても騒いだりはしない。

 円卓を囲んで談笑するだけの集いだ。

 百年に一度の「祭り」でさえ静かなものというのは、アダムらしいと言えばらしかった。


 本音を言えば、私はこの祭りがそれほど楽しみではなかった。

 魔王たちはまだ人間よりは話が通じる相手だったけれど、そもそもが人嫌いなのだ。

 彼らと話したところで自分自身の何かが変わるわけではない。

 彼らがどこを歩いているのかがわかるくらいだ。

 そんなことを知ったところで私とは何の関係もない。

 だから時間の無駄だと思っていた。

 出席したくなかったし、アダムにも出席してほしくなかった。


 けれど、百年にたった一度だけの祭りでやいやい言うのもどうかと思ったから、黙ってついてきたのだ。


 参加者は九名。

 アダムと私。

 イヴとクリス

 蹂躙する獅子エネレグル。

 鳴響のウィオラ。

 忍ばない影ミスト。

 忌まわしきインメレータ。

 小さな花弁クェータ。


 会合は穏やかに進んだ。

 食べる必要も無いのに料理を食べたり、酒を飲み、

 人間の宴会のように席を移動したり、宙に浮いておしゃべりに興じていた。

 アダムは移動しなかった。

 私もアダムの隣にずっと陣取って久しぶりの料理を楽しんでいた。


「たまには料理というのもいいですね」

「そうだね」

「うちでも用意しましょうか?」

「負担じゃないなら、いいよ」

「食べたいですか?」

「食べたいかな。たまにね」

「わかりました」





 そうして、そろそろお開きにしようかとアダムが終いのあいさつをしようと、立ち上がりかけた瞬間のことだった。

 弟の師となった魔王が弟を伴って近づいてきた。


「もう幕引きか?」

「そうだね、そろそろお開きにしようかと……」

「少し待ってくれないか?」

「?」

「ちょっとした余興を用意したんだ。……喜んでくれるかな?」


 しかし、イヴはじっとしたまま動かない。

 アダムが訝し気に眉を吊り上げた瞬間、アダムの胸から刃が生えた。


「ん?」


 アダムは眉を吊り上げたまま、刃を見つめている。

 いつの間にか弟がアダムの後ろに立っていた。

 アダムを刺したのは弟だったのだ。

 私は思わず立ち上がって、杖をクリスに向けた。


「ちょっと、クリス! どういうつもり!? いくらアンタだって―――」

「エリス、やめなさい」


 アダムが私の杖をそっと手のひらで防いだ。

 あくまで穏やかに、クリスを守るように。

 イヴでもクリスでもなく、私の方を向いて言った。


「落ち着きなさい。私は平気だから」

「で、でも……」

「平気だから。弟に杖なんて向けちゃダメだよ」


 アダムはそう言うと、ちょん、と胸を貫いている刃に触れた。

 途端に刃はバラバラに砕け、色とりどりの蝶に姿を変えた。


「ね?」

「……」


 私は杖を構えたまま固まっていた。

 どうしたらいいのかわからなかった。

 よく見ればクリスは呆然としていた。

 刃の無くなった剣をいつまでも構えている。


 アダムは私がクリスに向けた杖を指先でそっと下ろし、イヴに向き直った。


「余興にしては少々趣味が悪いと思うが」

「ハハハ……。喜んではもらえなかったか、残念だ」

「クリスは君の弟子だろう」

「弟子? いやいや……。

 あまりに出来が悪いのでな、とっくに破門したさ」

「そうだったのか……。それで……、弟子ではないなら彼は何だ?」


 アダムは椅子の後ろに立っているクリスを振り返って言った。

 声にわずかだが本気の怒りがにじんでいた。

 私は百年一緒にいて初めてアダムが怒っているところを見た。


「人形だよ」


 イヴは右手を差し出して言った。

 ローブの中から現れた青白い手には糸繰り人形(マリオネット)がぶら下がっていた。


 イヴの言葉を聞いて私は顔から血の気が引くのを感じた。

 クリスの目は微動だにしていない。

 生きているように見えなかった。


 イヴは右手で人形をカタカタと動かしながら言葉をつづけた。


「弟子だったときは命令したこともできん木偶でくだったが、私が動かすようになって多少マシになったよ。

 弟子など取るものではないな、ハハハ……」

「哀れだね」

「神ともあろう者が同情するのか? 人形に? 滑稽だな」


 イヴはアダムの言葉を鼻で笑った。

 私は周囲の魔王たちが殺気立っていることに気づいた。

 彼らは基本的にお人よしではない。

 しかし、決して人でなしでもないのだ。


 彼らはどうやら同じ魔王であるクリスを人形にしたことが気に障ったらしい。

 人形にした者を嘲笑あざわらったことが気に入らなかったらしい。

 彼らの最大の長所である魔法において頂点に立つアダムに横柄な口を叩くイヴが腹立たしいらしい。

 彼らが何かをみしみしと握りつぶす音が聞こえてくる。

 彼らはアダムの動向を見守っているのだ。

 アダムがイヴを攻撃すれば、一斉に襲い掛かるに違いない。


 しかし、アダムはあくまでも穏やかだった。

 殺気など微塵も無い仕草で、ゆっくりと首を横に振った。


「哀れなのは彼じゃない。君だよ、イヴ」

「……は?」

「なんのためにこんなことを?」

「世界を壊すために」

「どうして?」

「どこもかしこも命であふれている。

 気持ちが悪い。うんざりだ。

 命はこんなにいらない」

「見解の相違だね。

 これ以上はやめてくれないか?」

「なぜだ。貴様に何の関係がある?

 お前は神だが、自分でそう名乗っているだけだろう。

 お節介焼きめ、何の権利があって世界を守っているんだ?」

「君は、花を踏みにじる権利が持っていることを疑わないのに、

 僕が花を守るのには理由を求めるのかい?

 ……僕はこの世界から花を守るためなら、

 自分の命を捨てることも、君の命を否定することも厭わない。

 この世界にあふれる奇跡をどうか見逃してはくれないだろうか?」

「断る」

「そうか……。

 ……エリス、クリスを」


 私はアダムにいきなり呼ばれて驚いた。

 しかもいつの間にかアダムが立っていたことに気づいて私はさらに目を丸くした。

 イヴを含めた他の魔王たちも同じだっただろう。


 アダムは二つのことをほぼ同時に行った。

 まず、クリスに向けて左手で指を鳴らした。

 クリスは何かが額に当たったようによろけ、そのまま倒れた。

 アダムが私の名前を呼んだのは、クリスを支えさせるためだったらしい。


 そして右手に剣を召喚した。

 柄は深紅、刃は白く美しい剣だった。


 一目見てまともな剣ではないとわかった。

 世界と生命のありようをじ曲げるような禍々(まがまが)しい力を感じた。

 およそアダムが手にしているとは信じられないような剣だった。

 アダムはゆっくりとその剣を頭上に掲げた。


「な、なんだ……、その剣は……。

 知らないぞ、そんなの……」

「知られたくなかったからね。

 こんなものを作ったことがあるなんて。

 こんなものを未だに持っているなんて。

 君を救えないことが残念だ、イヴ」

「……最後に一つ、いいか?」

「なんだ?」

「私は名前を変えたんだ。これからは(・・・・・)トゥルモレスと呼んでくれ」

「そうか。さようなら、トゥルモレス」


 アダムは構えたままそう言った。

 そして次の瞬間にはもう振り下ろした後だった。

 イヴは何もできず、呆然とした表情のまま立っていた。


 やがて、ゆっくりとイヴが左右真っ二つに分かれ、床に倒れた。

 断面が薄く灰になっている。

 血は流れなかった。


「……」


 アダムは倒れているイヴから視線を切り、こちらを振り返った。

 歩き出しながら剣をどこかへと消し去る。


 アダムは笑顔を浮かべていなかった。

 眉間に少ししわを寄せている。

 アダムはつかつかとこちらに歩いてきて、私が抱えているクリスの額に手を伸ばした。

 額に触れて、アダムは眉間のしわをより濃くした。


「エリス、退がって」

「え?」

「ごめん」


 アダムはそう言うと、クリスの襟元をつかみ、私を後ろに突き飛ばした。

 クリスの身体から無数の黒い刃が生えてアダムに突き刺さった。


『保険をかけておいて正解だったな……』


 クリスから二人の人間が同時に話しているような声が聞こえた。

 クリスは薄笑いを浮かべながら自分の足で立ち上がった。

 串刺しにしたアダムから刃を引き抜き、床に捨てる。

 赤い血が床を汚した。


『やれやれ、一度で死なんとは肝を冷やしたぞ。

 これが何種類の死の呪いを含んでいると思っている? 化け物め』


 クリスは……、いや、トゥルモレスは吐き捨てるように言った。

 自分の身体から出ている黒い刃を指でなぞりながら、エリスや他の魔王たちの方へ歩いてくる。


「クリスに……、何をしたの?」

『うん? 愛する男よりも弟の心配か? 百年もほったらかしにしておいて?』

「いいから答えなさい」

『言っただろう、人形だと。それはつまり、私の意のままに動くということ。

 こいつの中身はもう空っぽだよ』


 トゥルモレスはいやらしく口の端をゆがめて笑った。

 懐かしいその顔が醜くゆがむのを見て私は目の前が真っ赤になったように感じた。

 ここまで激しい怒りを感じたのはいつ以来だろうか。

 魔王になる前、ただの人間だったころに感じたことがあっただろうか。

 ……いや、ここまで強い怒りは生まれて初めてだろう。


 アダムのことは考えないようにしていた。

 それについて考えることは、底の無い崖の底をのぞきこむような恐怖があった。

 神様は死なない。

 彼は死んだりしない……。


「そこまでだ、泥の魔王」

『へえ! 神を殺した私を前にしてずいぶんな度胸じゃないか!

 お前はもっと小心者だと思っていたぞ!

 強そうな顔をしているだけの臆病者だとな!』

「自分より強い者を不意打ちで殺すようなヤツに臆病者呼ばわりされたくないな」


 獅子顔の兜をかぶった魔王「蹂躙する獅子エネレグル」がのしのしと私とトゥルモレスの間に割って入り、腰に下げた剣に手を掛けた。

 シャッという金属音と共に鋼鉄の刃が光る。


「俺が時間を稼いでやる。逃げるがいい」

「私、アダムを置いていきたくない……」

「知っている。だからさっさと行け」


 エネレグルは左手を剣から離し、自分の斜め後ろを指さした。


「望むものは後ろだ。手癖の悪い奴がいてよかったな」

「えっ?」

『は?』


 私とトゥルモレスはお互いに後ろを振り返って確認した。

 私はアダムを見つけた。

 横たわるアダムの頭の上で妖精「小さな花弁クェータ」が照れ笑いを浮かべながら頭をかいていた。


「えへへ……、お褒めにあずかり光栄です」

「褒めてはいないが、よくやった」

「うえっへっへっ。旦那ァ、そんなに―――」

「ありがとう!」

「ぐぇっ」


 私はクェータを両手でつかむと頬ずりした。

 手の中でクェータが苦しそうにしていたが、この感謝の気持ちを伝えきるまではやめるつもりはなかった。

 ちなみにクェータのほっぺたはスベスベでモチモチだった。


「うわああああ……! や、やめてよぉ!」

「やだ」

「やめてやれ」

『……無慈悲だな』

「う……」


 トゥルモレスにすら非難するような目を向けられたので私はしぶしぶクェータを手放した。

 せっかく気持ちよかったのに……。


 呆れたように私を見ていたトゥルモレスにエネレグルが斬りかかった。

 トゥルモレスは微動だにしなかったが、剣はトゥルモレスの目の前で停止した。


『いきなりだな』

「お前たち! 茶番やってないでさっさと行け!」

『私を、』


 トゥルモレスはアダムを斬った黒い刃を伸ばして構えた。


『無視するな!』

「多重障壁!」


 エネレグルが剣を引いて障壁を作る。

 黒い刃が振りぬかれる。

 刃は障壁を砕いてエネレグルを斬った。


 私は二人の攻防から目を離して、振り返った。

 アダムを抱え、他の魔王たちに手を伸ばす。


「転移を!」


 即座に他の魔王たちの手が私の手に重なる。

 重なった手を中心に転移魔法を発動させる。


『おい』


 後ろからトゥルモレスに声を掛けられた。

 振り返ると、立っているのはトゥルモレスだけだった。

 エネレグルはぐったりと力なく倒れていて、その頭をトゥルモレスに鷲掴みにされていた。


 トゥルモレスとの距離は決して遠くないが、転移魔法はすでに発動している。

 瞬きするほどの時間で別の場所へ移動できる。

 もう逃げ切ったも同然だ。


 しかし、トゥルモレスはにやりと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


『命令だ、殺せ』


 私たちは転移した。

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