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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第5章 王女・呪い・水晶竜
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第103話 煙と地図

「俺も反乱軍との戦いに参加します」


 ピスタと共に玉座の間に戻ったシェイルがそう宣言すると、国王をはじめとした王族と高官たちは安堵の表情を浮かべていた。

 戦況はよほどひっ迫していたのだろう。

 見ず知らずのA級冒険者に期待してしまうほどに。


「早速で悪いが作戦会議に参加してもらおう。

 そこで詳しい話を聞くとよい。ニーズ、頼むぞ」

「御意」


 高官のうちの一人が恭しくお辞儀をした。

 彼がニーズらしい。高官たちの中で一人だけ飛びぬけて若かった。

 まだ二十代かそこらだろう。

 国王は満足げにうなずいた。


「余はしばし休むとする。なにかあれば起こせ」

「承知いたしました」


 国王はゆっくりとした足取りでピスタが顔を洗いに行った隠し通路から玉座の間を後にした。

 ……彼らは隠し通路を普段から使っているのだろうか?

 全員がふう、と肩の力を抜く気配がした。

 国王にはいい意味でも悪い意味でも存在感があるのだ。


「ニーズです。よろしくお願いします、シェイル殿」


 振りかえるとニーズと呼ばれた青年が立っていた。

 口元に笑みを浮かべている。

 丸い片眼鏡をかけた人のよさそうな男だった。


「どうもよろしく」

「では、作戦室に参りましょう。付いてきてください」

「わかった」


 シェイルが振りかえると、ピスタと目があった。

 ピスタが軽く会釈をした。


「頼みます」

「ああ」



 シェイルはニーズに連れられて玉座の間を出た。

 彼はおしゃべりだった。

 これから行くのは作戦室と言う部屋で、煙草の匂いがきついが我慢してほしいとか、強面の軍人がひしめいているが我慢してほしいとか、そういうことを申し訳なさそうに言い続けていた。


「そんなこと言っていいのか?」

「どういうことですか?」

「上官では? そんな風に言って問題ないの?」

「ああ……。大丈夫ですよ。バレなきゃいいんです」

「もしも俺が言ったら?」

「言うつもりなんですか? 意地悪だなあ……。

 でもまあ、いいですよ、別に」

「へえ、そうなの? じゃあ、言っちゃおうかな?

 強面なんでしょ? 空気を温めたいし……」

「温まるかなあ……? 冗談通じない人ばっかりだしなあ。

 ああ、着きましたね」


 ニーズはやや大きめの扉の前で立ち止まった。

 扉にはでかでかと「作戦会議中! 立ち入り禁止!」と書かれた紙が貼られていた。

 あれ、これじゃあ入れないな……とシェイルが思っていると、ニーズは貼り紙をべりっとはがし、ノックも無しに扉を開けた。

 あまりの早業にシェイルは驚く間もなかった。


 狭い部屋の中に十人近い男たちがいた。

 ニーズの言った通り、煙草の煙が充満していたし、男たちは強面だった。

 どれくらいかと言うと、想像の大体十倍くらい。

 実際に見たことは無いが、ヤクザとかマフィアでももう少しマイルドな顔立ちだと思う。


 扉を開けた瞬間、彼らは殺気だった目をこちらに向けたが、すぐにそれは消えた。

 それどころか、彼らは一斉に立ち上がったのだ。

 その勢いに「襲われるのか!?」と身構えたが、ニーズはどこ吹く風でその隣をすり抜けて部屋に入った。


「構わず、続けてください。こっちのことは区切りがついてからでいいですよ」

「いえ、堂々巡りです。煮詰まっています」

「打開策は出ていない?」

「はい」

「そうですか。ちょうどよかった。強力な助っ人を連れてきました。

 ……シェイル殿、こちらへ」


 部屋の中央には丸いテーブルがあり、地図が広げられている。

 どうやら城の周辺図らしい。

 男たちはひしめきあい、難しい顔でその地図を見ていた。

 彼らはニーズとシェイルのために詰めて場所を開けてくれた。


「えーっと……」


 シェイルが困惑していると、ニーズは口に握りこぶしを当てて小さく笑った。


「ふふふ、困惑していますね。私は下っ端だと思っていたでしょう?」

「あー……。実は、そうです。お若いので……」

「よく言われます。ただの案内役だと思われることが多いですね。

 あなたもそうだったのではないですか?」

「実はそうです。……本当はどうなんですか?」

「ここを見てください。

 ああ、それと言葉遣いは元のままでいいですよ」


 ニーズは自分の左胸のポケットを指さした。

 そこには金属製の星のバッジが四つ付いていた。

 さっと目を走らせると、強面の方々のバッジは二つか三つだった。


「星が四つあるでしょう?」

「多いほど偉いってこと?」

「そうです。私は四つ星。この国で二番目の指揮権を持つ元帥です。

 五つ星の陛下を除けば実質最高位の軍事責任者と言っていいでしょう」


 ニーズは誇らしげに控え目に胸を張って言った。

 シェイルは慌てて謝罪した。


「まさかそんな偉い方だとは思っていなくて……」

「いいんですよ。初対面の人を騙すのが私の趣味なんです」

「しゅ、趣味……?」


 ニーズはにこやかに満面の笑みを浮かべている。

 シェイルはその表情を見ながら冷や汗が流れるのを感じた。

 作戦室にいた面々は呆れた様子で煙まじりのため息をついた。


「やれやれ……、お遊びが過ぎますぞ」

「閣下は人が悪いからなあ」

「本当に人が悪い」

「ただただ性格が悪いかと」

「皆さん、減俸しますよ?」

「ご勘弁を。今度、新しい孫が生まれるんですよ」

「それは結構。何人目でしたっけ? 九人目?」

「いえ、十人目ですね」

「それは大変だ。なんとしても勝たないといけないですね」


 ニーズは喉を鳴らして笑った。

 それからシェイルの方を振り向いた。


「さて、まずはシェイル殿の強さを確認させてもらえますか?

 その後でこの戦闘の状況について説明した方がいいでしょう」

「わかった。……何から知りたい?」



 ***



 シェイルはニーズや他の面々からの質問に答えた。

 近接戦闘はできるのか。

 魔法は使えるのか。

 魔法はどういった種類が使えるのか。地水火風、治癒、その他はどうか。

 どのくらいの規模の魔法が使えるのか。

 今までにどんな相手と、どんな戦いをしてきたのか。


 シェイルはアドルモルタについても説明した。

 火力はあるが、魔力の燃費は悪いことも含めて。

 できるだけ正確なイメージを持ってもらえるように努めた。


 大体説明し終えたところで、ニーズは少し間をおいて最後の質問をした。


「人を殺したことはありますか?」

「……ある」

「何人ですか?」


 殺したのはエルダとトリビューラの手下たちと眷属のリオン。

 大体七十人くらいだろうか。

 いや、手下たちは正直人間だと思って戦っていなかった。

 ウサギ顔だったし。

 アドルモルタでバサッと斬っただけだったし。

 今聞かれているのはそういうことじゃないだろう。

 問われているのは「人を殺せるのか」っていうことのはずだ。


「人間だと思って殺したのは二人だ」

「どういう理由で殺したんですか?」

「……戦うことになったから、かな」

「戦いを避けることはできなかったのですか?」


 シェイルは少し考えてから首を振った。


「方法はあったのかもしれない。けど、その時は思いつかなかった」

「そうですか。

 今回はおそらく、あなたが自分から(・・・・)人を殺すことになると思います。

 あなたが今までやってきたのは降りかかる火の粉を払うことだった。

 今回のそれは本質的に違う。

 あなたが、あなたの意志で、人を殺すことになります。

 その覚悟はありますか?」


 シェイルはうなずいた。

 それを見てニーズは少しだけ残念そうに眉を下げて微笑んだ。


「ご協力感謝します。

 さて、あなたはご自分で思ってらっしゃるよりもずっと強い。

 ご自分のランクはどこだと思っていますか?」

「冒険者ランクはAだけど……、せいぜいBの中くらい。よくてBの上」

「はあ?」


 ニーズは素で呆れたようなため息をついた。

 眼鏡の奥の瞳が「何言ってんだコイツ」と言いたげにシェイルを乱暴ににらんでいる。

 他の将校たちもニーズほどではないが、似たような目をしていた。かわいそうなものを見る目だ。

 シェイルは思わず泣きそうになった。


「……う、嘘です……。本当はCがいいとこです……。調子乗ってすみませんでした……」

「何言ってるんですか。あなたはおそらくSS相当です。

 どれだ~~~~~け低く見積もってもSを下ることはありません」

「…………は?」


 シェイルはたっぷり十秒ほどかけてニーズの言葉を理解しようとした。

 が、できなかった。


「ど、どどどどういう意味?」

「過小評価が過ぎますね……。

 この人、なんでこんなに強いのにこんなに自信が無いんだ……?」ニーズは天を仰ぎ、眉間を軽くもんだ。「いいですか? あなたのできることを評価すれば自然とそうなります」

「俺の戦う所を見ていないのにわかるの?」

「繰り返しますが、単純な能力評価だけでこうなります。

 確かに体術的な能力、危機察知能力、対応力など聞いただけでは判断できないこともあります。

 総合的な能力は確かにわからない。

 しかし、魔王との戦闘で主軸として戦って生き延びているということだけでもこの評価に値しますよ」

「乗せるのが上手いな」

「あなたはどれだけ自分のことを信じてないんですか?

 ……まあ、構いません。次はこの戦闘の状況について説明しましょう」



 ニーズが説明するところによると、戦闘が始まったのはつい最近、ほんの三日前らしい。

 シェイルは焼けて焦土と化した城下町の一角を思いうかべて言った。


「それで王都があんなになるのか?」

「手厳しいですね。正直なところ、完全に油断していました。

 隣国との小競り合いに兵力を割いたところをマロン伯に突かれました」

「マロン?」

「ご存じですか?」

「ああ、まあ……」


 あいつか。

 ピスタを誘拐して、奴隷として他国に連れていこうとしていた貴族。

 こんな大胆な真似をするなんて。

 追わないように契約したのは失敗だった。

 ピスタの反対を押し切ってもっと重い契約にするか、始末するべきだった。

 いや、口にはしないでおこう。ピスタも気にしているに違いない。


「精鋭だけを率いた電光石火の早業で奇襲されたんです。

 ……隣国と通じていたのでしょうね。

 奇襲のときに城壁の上部と王都を破壊され、こちらの主力は待ち伏せを受けて壊滅しました。

 あとはじわじわとこちらが音を上げるのを待っているのです」


 ニーズは城壁の上部を破壊されたことで応戦が上手くいかない、とも言った。

 本来は城壁上部に弓兵や魔法兵を配置して遠距離攻撃で応戦するはずだったらしい。

 聞いている限り圧倒的に不利な気がする。

 こちらにとっていい話が出てこない。


「どうして一気に攻めてこないんだ?

 主力もいないなら、待つ意味ないだろう。

 城門でも城壁でも壊して押し入ってきそうなのに」

「王都の城門と城壁には古い強力な魔法がかかっているんです。

 極めて強固なため、力づくでは突破できない。

 上部は建て増しした部分なので破壊されちゃいましたが……」


 なるほど。要するに防御力は高いわけだ。

 はしごとかで乗り越えられないのか、とも思うけどそういうものも防ぐ魔法なのだろう。「攻める」という行為を防ぐ壁、といったところだろうか。

 その割には上空ががら空きみたいだけど。


「城壁の固さはマロン伯にとっても誤算だったのでしょう。

 千人の魔法使いの砲撃にも耐えるとは夢にも思わなかったようです。

 我々も驚きましたから」

「へ―……、そんなに固いのか……」

「……その剣で斬ろうとか考えていませんよね?」

「そ、そんなわけないじゃん」


 斬ったらどうなるのかな、とは思ったけれども。

 ニーズは「絶対にやめてくださいね」と念を押すと思案顔に戻った。


「あなたが城に侵入したことは伝わっているはず。

 マロン伯ならあなたが誰か勘づくかもしれない。

 今までは腰を据えて持久戦の構えでしたが、方針を変えるでしょうね」

「そうなのか?」

「何度も言うようにあなたは脅威です。マロンもそれはよくわかっているはずです」

「でも、そんなに大勢に影響を与えるほどでは……」

「一日五千人殺せる、と思ってる人が何言ってるんですか。十分過ぎるほどの脅威ですよ。

 それに……、おそらくもっと上手いやり方があるはずです」

「上手いやり方……?」

「あなたはご自分で思っているよりもずっと強く、敵の大半はずっとずっと弱いということです。

 彼らはかけだしの冒険者とそう大して変わらない。D級が95%、C級が5%です。

 まあ、それ以上が0.1%、くらいいるでしょうが」

「B級以上が0.1%……。100人か。多いですね」

「そのうちの大半がB級です。まあいいでしょう。大事なのはC級D級の兵士の多さです。

 このあたりのレベルだと、防御にはあまり意識がいっていない。必須になるほどの脅威と対する必要が無いからです。

 つまり、非常に弱い攻撃でも通る」

「非常に弱い攻撃? 水鉄砲とか言わないよな」

「違います。火ですよ。火がいい」

「火……?」


 ニーズは地図を指さし、城の周りにぐるっと円を描き、敵が大勢陣取っているあたりを指でトンと叩いた。


「敵は反撃が無いからと我々を威圧するように城をぐるりと囲んでいる。

 密集して陣を張っている。

 それを燃やします。丸ごと。全部」



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