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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第5章 王女・呪い・水晶竜
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第102話 庭園にて

 白い花が咲いている。

 ハルジオンのような長い茎の先に柔らかな花弁をつけている。

 シェイルは茎を指で左右に揺らしていた。

 その行為に意味はなかったし、本人にもほとんど無意識的な行動だった。


「……」


 ピスタに「あなた様の旅路にお戻りください」と言われて、シェイルはとっさに「考える時間が欲しい」と答えた。

 そして逃げるように玉座の間を出て、どこか落ち着いて考える場所は無いか聞いてここに案内された。


 ここは城の中庭だ。

 四方を壁に囲まれていて、日当たりはあまり良くない。

 正午になれば日も当たるのだろうが、正午にはまだ早かった。

 その庭は手入れされているのかいないのか、雑多な草花が生えていた。

 庭園というと花々を整列させているイメージだが、ここは違う。

 あまり人の手を感じない。

 そもそも花が咲かせているものが少ない。

 自然に育つままにしているのだろう。

 一方で石畳やベンチは汚れていない。通りやすく、居心地も悪くない。

 人間の感性に合わせているのではなく、植物のありように合わせているようだ。

 ひょっとすると完全に管理された庭よりも手間がかかっているのかもしれない。


 見上げると、四角く切り取られた空が見えた。

 細い雲がゆっくりと右の方へ流れていく。


 シェイルはゆっくりと伸びをした後、ベンチに腰掛けた。

 ぼんやりと庭を眺めながら考え始めた。


 ……さて、いい加減考えるか。何が問題なのかを。

 俺が解決するべき問題は、「水晶竜の心臓を手に入れること」だ。

 国王は「城壁の外にいる反乱軍を退けること」だろう。

 ピスタはその二つだ。ピスタは国王の病を治すために心臓が必要だから、俺かピスタのどちらかが心臓をあきらめる必要がある。


 で、国王は俺に反乱軍との戦いに参加してほしいと思っている。

 一方でピスタはそうして欲しくないと思ってると。

 これはおそらく遠慮しているのだろう。

 正直、俺にとってはその方がありがたい。

 水晶竜が移動する可能性のある新月の日まであと十日ある。

 移動に半日。万全のコンディションに整えるための休息に一日。

 二日かかる。

 残っている日数は八日だ。



 シェイルは振り返った。

 メイドさんが一人中庭の端に立っている。

 シェイルをここまで案内してくれたメイドさんだ。

 おそらく中庭から戻る時に迷わないよう残ってくれているのだろう。


「反乱軍の数を知っていますか?」

「およそ十万だと伺っております」

「ありがとう」

「いえ」


 いきなりの質問にも即座に簡潔な返答が返ってきた。

 シェイルは感心すると同時に一つの可能性が絶たれたと感じた。


 とりあえず、一般兵を殺すことの是非はおいておき、能力的に可能かどうかを考える。

 まず、十万人を全滅させるのは難しい。

 パッと思いつくのは火の球をつくって投げるような単純な方法だが、残り八日では完遂できないだろう。

 魔力的に一日五千人がいいところだ。

 それも初日だけ。あとは魔力の回復が間に合わない。

 八日だと三万人くらいが関の山だし、相手の反撃もある。

 実際はもっとずっと少なくなるだろう。


 王都はボロボロだ。援護はしてくれるだろうが、それほど期待はできない。

 近衛兵たちはかなり強そうだが、数が少ない。

 大勢たいせいに影響を与えられるほどではないはずだ。

 全員合わせても日に千人も殺せまい。


 もしかしたら三万人も殺せば戦意喪失してくれるかもしれないが、どうすれば効果的なのかといった知識は無い。上手くやらないと恐慌状態を作るのは難しいだろうから、イチかバチかになる。


 そもそも……十万人の反乱軍の中に俺と同格かそれ以上の実力者がいる可能性をまるで無視している。

 人数的にはいてもおかしくない。

 いや、むしろこういう場にこそ相応しいだろう。

 B級相当以上の実力を持つ者に囲まれたらとてもじゃないが太刀打ちできない。

 突破は不意を突いて突っ切るだけだからなんとかなる自信はあったが、戦闘は別だ。

 絶対に囲まれてやられる。


 ダメだ。正攻法は一旦保留しよう。



 あとは思いつくのはどこかにいる敵の大将を見つけて仕留めるくらいだけど……。

 問題が二つある。


 ①大将がどこにいるかわからない。

 魔力探知で探すことになるだろうが、そもそも大将の魔力がわからない。

 わかったとしても十万人の中から探すのは相当骨が折れそうだ。


 ②大将を仕留めたとして、反乱軍が大人しく撤退するのか?

 反乱軍ということは集まっている兵たちは少なからずこの国に対する反感を抱いているということだ。

 いや、そうとは限らないのか。

 例えば謀反を企てた領主の領民が騙されたりして無理矢理に徴兵させられた可能性もなくはない。

 そういう「兵士たちは不本意で王都を攻めている」パターン。

 これなら大将を討ち取れば反乱軍は瓦解するはずだ。……多分。


 よし。となれば確認だ。

 そこにいるメイドさんに聞いてみて―――。



「考えはまとまりましたか?」


 顔を上げるとそこにはピスタが立っていた。

 メイドさんの姿は見えない。

 ピスタと入れ替わりに退室したのだろう。


 ピスタはゆっくりとシェイルが座っているベンチに近づいてきた。


「隣に座っても?」

「ああ、もちろん」

「ありがとうございます」


 ピスタはベンチに腰掛けた。

 正面を向いている。

 その横顔はどこか悲しそうに見えた。

 そもそもピスタはなぜ国王の頼みを遮って俺を出発させようとしたのだろうか。

 きっとそのことを話すために来たのだろう。



「この中庭はどうですか? お気に召しましたか?」

「ああ。いい庭だと思うよ」

「……出発しないんですか?」

「……え? それはどういう意味?」

「水晶竜のところへ行ってもいい、という意味です」


 ピスタがゆっくり言った。

 肩がかすかに震えている。

 シェイルは首を振った。


「なんでだよ。なんでお前がそんなことを言うんだよ。

 今も、さっきも……。

 お前の国だろ? お前にとって大切なものなんじゃないのか?」

「大切です。もちろん。

 ですが、シェイルさんも大切な友人ですから」

「……。友達だと思ってるなら……頼ればいいだろ……」

「それは本心ですか?」


 ピスタの質問はひどく冷たかった。

 冷たくシェイルの心に突き刺さった。

 正直、本心じゃなかった。

 それはローアを見捨てるリスクのあることだから。

 本音を言えば、何もかもかなぐり捨ててローアを助けに行きたい。

「友達を頼れ」というさっきの言葉は出まかせだったに違いない。

 ピスタを突き放せなくて言った言葉だ。



 シェイルはベンチから立ち上がった。


 否定すればそれは嘘だ。

 でも、ピスタも助けたいと思っているのも本当なのだ。

 だからシェイルは嘘をつくことにした。

 感情に任せて本音を吐いた。

 全部嘘で、本当のことだった。


「本心だよ! この……バカ!」

「バ、バカ!? バカって言いましたか? 今!?」

「そうだよ、このバカ!

 お前のこと友達だと思ってないわけないだろ!

 悲劇のヒロインぶりやがって!

 俺に頼むのが怖いだけだろ!

 頼んで断られるのが怖いんだろ!」


 シェイルの叫びにピスタは「うっ」と言葉を詰まらせた。

 図星だ。

 その反応を見てシェイルはさらに畳みかけた。


「俺に裏切られるのが怖いんだろ?

 俺も怖かったよ。

 友達を裏切るのが。裏切っているのが……。

 大事なものを天秤にかけて片方を捨てなきゃいけないのが。

 だから、俺に言ってくれよ。

 助けろって。天秤の両方を取ってみろって。

 なあ、頼むよ……」


 シェイルは顔をぐしゃっと歪めて歯を食いしばって頭を下げた。


「俺は臆病なバカなんだ。一人じゃ何もできない。

 何も決められない。ずっとそうだった。

 いきなり全部決めなきゃならなくなって疲れてるんだ。

 俺がやるべきことを決めてくれないか。どうなっても恨まないから……」

「シェイルさんは、本当に身勝手ですね」

「いまさらだろ」

「そうですね」


 ピスタはふっと軽くため息をついた。

 そっと立ち上がり、突拍子もないことを言った。


「シェイルさんも水晶竜の心臓が必要なんですか?」

「えっ、どっ、どうして……?」

「見てればわかりますよ。嘘をついてたことくらい。そうですか。やっぱりそうでしたか」ピスタはさみしそうにくすりと笑った。「裏切っているってそういうことですか?」

「ああ……。ごめん……」

「いいんです。私も聞くのが怖かったですから。

 だから、ごめんなさい」


 ピスタも頭を下げた。

 庭園に小鳥が二羽降りてきた。

 ピスタは頭を上げると、ニコッと笑った。


「これでお互い様ですね?」

「そうか? 嚙み合ってないだろ……。

 全部俺が一方的に悪いじゃないか」

「んー……。じゃあ、私たちを助けてください。

 それで帳消しにしますから。いいですよね?」

「……なるほど。それは仕方ないな」



 こうしてシェイルは覚悟を決めた。

 反乱軍を滅ぼして、ローアも助けに行こうと決めた。

 たとえ自分の身がすりつぶれても……。

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