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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第5章 王女・呪い・水晶竜
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第98話 狼退治

 狼退治の依頼を持ち掛けてきた老人はすぐに見つかった。

 彼はこの村の村長だったからだ。


 シェイル達が村長の家を訪れると彼は驚いた風もなく言った。


「ほっほっほ、やっぱりやる気になってくれたかね?」

「ああ。だから報酬を用意しておいてくれ」

「もちろんだとも」


 そういう訳で依頼は成立した。

 ジジイのニヤニヤ笑いを見ていると手のひらの上で踊らされていたような気分になる。

 気に入らないが仕方ない。

 さっさと金剛狼ダイアモンドウルフを倒しておさらばしよう。


 シェイルはかばんから地図を取り出してテーブルの上に広げた。


「どのあたりに出るんだ?」

「よく見かけるのはこの辺りじゃ。ここが主な縄張りじゃろうな。

 しかし、こことここでも見たものがおる」

「点々としてるな……。まあいいか」


 確実ではなさそうだが、示された場所を回れば探せばみつかるだろう。

 マークをつけた地図を巻き取り、かばんに入れた。


「よし、行ってくる。ピスタは宿で待って―――」

「私も行きます」


 ピスタは出口で通せんぼしていた。またか。

 どうせ自分がたきつけたから私も……とかそんなところだろう。

 シェイルはしっしっと手で払う仕草をした。


「いらん。足手まといだ」

「ぐっ……、で、でも……」


 足手まといであることはピスタもよくよくわかっていたようだ。

 しかし、それでも納得できないのか、うつむいて葛藤している。

 と、何かに気づいたのかハッとしたように顔を上げた。


「村長様」

「おお、なんじゃね、お嬢さん」

「魔物の名前は金剛狼とおっしゃいましたか?」

「ああ、そうじゃよ」

「なぜダイアモンドと?」

「? 詳しくは知らんが、たしか爪がダイアモンドでできていると聞いたような気がするのお……」

「!」


 ピスタはそれを聞くと目を輝かせてシェイルを見上げた。

 要するに「ダイアモンドを魔法で探すから連れてってください」ということだ。

 これで足手まといじゃないですよね、と目が言っていた。

 シェイルは頭をかいた。


「わかったよ。ったく、後で文句言うなよ……。

 あ、そうだ。爺さん」

「なんじゃ?」

「森を多少荒らすけど問題ないか?」

「多少? どれくらいじゃ?」

「多少は多少だよ」

「ううむ? できるかぎり抑えてほしいんじゃが……」

「わかった。善処しよう」


 あ、これは善処するつもりのない顔だな、とピスタは思った。



 ***



 森の中を横切る直線があった。

 それが通り過ぎると、地面は大きくえぐれ、木々はなぎ倒され、動物たちは逃げまどい、強い風が吹いて雪が巻き上がった。

 そしてその直線はなにごとかを叫んでいた。


「下ろしてええええええええ!!!」

「ダメだ。諦めろ」

「いやああああああ!」


 シェイルはアドルモルタを手に持ち、前方に障壁を展開しながら、ピスタをおんぶしてほぼ全力で走っていた。

 方向はピスタが「ダイアモンドを探知した方向」に合わせている。

 当のピスタは風の強い日の洗濯物のようにバタバタとシェイルの背中の上で揺れていた。

 もはや「森を多少荒らすと言いましたけど、これが多少ですか!?」といったツッコミはピスタの思考をよぎりすらしなかった。

 たとえよぎったとしても口に出す余裕もなかっただろう。


「下ろしてえええ! 下ろしてくださいいいい!」

「ついてくるって言ったのはピスタだろ。ダイアモンドはどっちだ?」

「そんなの……、うっぷ……。わかりません!

 ちょ、ちょっと止まって、止まってください!」

「仕方ないな。少しだけだぞ?」

「ありがとうござ――――」


 ピスタが感謝の言葉を言い切る前にシェイルは急停止した。

 しかし、物体には慣性の法則が働いている。

 すなわち、止まっている物体は止まり続け、動いている物体は動き続けようとする。

 よって、ピスタは勢いあまって彼方へと飛んでいってしまった。


「ぎゃあああ!?」

「あ、やべ」


 シェイルはあわててジャンプして飛んでいくピスタをキャッチした。

 間一髪、あぶないあぶないとシェイルが額の汗をぬぐっていると、腕の中でピスタが青ざめた表情で震えていることに気づいた。

 無言で息を切らしながら青い顔に血走った目でシェイルをにらんでいる。

 どうやらピスタはすでに限界だったらしい。

 シェイルが地面に下ろすと一目散に藪の中へと消えた。


「おえええええ……」

「……」


 シェイルもさすがに飛ばし過ぎたな、と反省した。

 かつてキュアリスにやられたことを別の誰かにやることになるとは……。

 もっと他人の痛みのわかる人間になろう……。


「……お時間を取らせてすみません」


 ピスタが茂みから戻って来た。

 口元をハンカチでぬぐっている。

 まだ顔色が青い。


「いや、俺の方こそごめん。ちょっと飛ばし過ぎた」

「……まあ、そうですね。もう少しゆっくり走ってくださるとうれしいです。

 ええと、方向でしたね。あっちです」

「あっちだな」


 シェイルはピスタの指さした方向を確認した。

 かすかに魔力の気配を感じた。

 大きくて古い魔力の気配だ。

 数キロメートル先に金剛狼がいる。


「……よし、俺もつかんだ。ここからはできるだけバレないように静かに近づこう」


 シェイルが微笑みながらそう言うとピスタはホッとしたようにほおをゆるめた。


 しかし、ピスタはまだ知らない。

 金剛狼へと向かう道の途中に谷があることを。

 彼女が「迂回できそうな道が向こうにありますよ」と言い終える前にシェイルが彼女をおんぶして谷を飛び越えてしまうことを。

 その谷の深さを。

 それは彼女にとって気を失うほど怖い体験だということを。



 ***



 巨大な白銀の毛並みの狼が木立の向こうに見えた。

 その周りで灰色の毛並みの狼がくつろいでいる。

 シェイルは気づかれないように魔力にも音にも気をつけながらゆっくりと進んだ。


(いたぞ、あいつだ。金剛狼だ)

(……)

(? 機嫌が悪いのか? 何かあったのか?)

(……)


 ピスタは黙ってシェイルの耳を引っ張った。


(痛い、痛い! なにするんだよ!)

(……)


 シェイルはピスタの手をつかんでやめさせた。

 しかし、ピスタは口を真一文字に結んでそっぽ向いて知らん顔している。


(……???)


 シェイルは何がなんだかわからなかったが、とりあえず保留にすることにした。

 今はなによりもまず、金剛狼を片付けなければならない。


 ピスタを地面に下ろし、そのまま地面に手を触れた。


岩石牢獄ストーン・プリズン


 そしてピスタを土魔法で岩の牢獄の中に閉じ込めた。

 ピスタは驚いた顔をしていたが、抜け出すような暇は与えなかった。

 魔物と戦うならピスタは連れてはいけない。


 ピスタは意地っ張りだ。

 自分が言い出しっぺなのだから、行くと言って聞かないし、戦闘にも参加しようとする。

 それが結局足手まといになるのだが、本人は「私のことも巻き添えにして構いませんから」なんて言ってやっぱり参加しようとする。そんなわけにはいかないのに。

 役に立つ、立たないはあまり気にしていないんじゃないだろうか。ある種の自己満足に近いものだと思う。

 命知らずなのかというと、それは違う。

 戦おうとするときはいつも震えているからだ。

 それでもどうして戦おうとするのか、という疑問に対してシェイルの出した結論は「意地っ張りだから」だった。

 やると言ったことは最後までやろうとするし、それがどれだけ下らないことであってもそれこそ命がけで約束を守ろうとする。

 度を越した意地っ張りなのだ。



 だからシェイルはピスタを無断で閉じ込めた。

 ピスタを石のかまくらの中に完全に閉じ込めると、シェイルは振り返った。

 目が合った。

 いくつもの油断ない視線が木々の隙間から差している。

 どうやら音か魔力に気づいたようだ。

 こんな近くで魔法を使ったのだからそれは織り込み済みだった。

 それでも使ったのは、逃がさない自信があったからだ。

 狼たちが逃げずにとどまっているのはそれが伝わったからだろうか。


 シェイルは木立を狼たちへ向けて歩いて行った。

 歩くたびに雪がサクサクと音を立てる。

 狼たちは木々の合間を縫って回り込んでくる。

 ただ一番大きな白銀の狼(ダイアモンドウルフ)だけは正面からのしのしと近づいてきた。

 シェイルは金剛狼まであと数歩のところで立ち止まり、土魔法で剣を作った。


 その瞬間、金剛狼が猛然と飛び掛かってきた。

 牙をむき出しにして大きな口を見せつけるようにしてシェイルの喉に食らいつこうとしてきた。

 障壁を張ってそれを防ぐ。

 ひるんだ隙に障壁を解除して金剛狼の横っ腹に入り込み、剣を突き刺した。

 心臓を狙ったのだが、外したらしい。

 金剛狼の身体がびくりと震え、のたうった。

 暴れる身体に吹き飛ばされて、シェイルは木に激突した。


「いたた……。ドットのようにはいかないな……」


 シェイルは腕にかみつこうとした手下の灰色狼を片手で地面にたたきつけ、その反動で立ち上がった。

 金剛狼は少しよろめいているがまだ立っている。

 おそらくは致命傷だが、死ぬまでにはかなりの時間がかかるだろう。

 これで終わりということは無い。

 なにより瞳は怒りに燃えていた。


 剣を持つ手に力を入れようとして剣が無いことに気づいた。

 どうやら木に叩きつけられたときに放してしまったらしい。

 シェイルはもう一度魔法で剣を作った。

 今度はアドルモルタ並みの大剣だ。

 アドルモルタは使わない。

 キュアリスからアドルモルタは魔力をその内部にため込むのだと言っていた。

 正確にはドットがキュアリスに言い残したことらしい。

 ドットはアドルモルタの中にあった魔力のほとんどを使ってしまった。

 そのせいか、以前とは比べ物にならないほど魔力を吸収するようになった。

 きっとシェイルが封印を解く前に貯めてあったであろう魔力も含めて使ったのだろう。


 トゥルモレスはまた数か月後には現れる。

 奴を倒すために魔力はできるだけためておいた方がいいに決まっている。

 だからアドルモルタは使わない。

 できるだけ魔力を溜めるために。


「今トドメを刺してやる」


 シェイルは手になじませるために大剣を軽く振りながら金剛狼に近づいて行く。

 金剛狼が一声吠えると、周囲の狼が一斉に飛び掛かってきた。

 まるで少し前の盗賊のアジトでの戦闘のようだ、とシェイルは眉をひそめた。

 まあ、今回は相手がカシガルより頭の悪い相手なのだからずっと簡単だけれど。


 実際、シェイルに襲い掛かるには狼たちはシェイルと距離を取り過ぎていた。

 シェイルは狼たちの攻撃を避けつつ、一匹ずつ仕留めていった。

 一、二、三、四、……。

 数を数えるたび、雪の上に赤い血と白い死体が増えていく。


 手下の狼がいなくなったとき、金剛狼は姿を消していた。

 シェイルが顔を上げるといなくなっていた。

 おそらく最初から時間稼ぎをするつもりで手下をけしかけたのだろう。

 ……それだけ必死なのだ。


「……」


 しかし血の跡は点々と続いている。

 追いかけるのは簡単だった。

 シェイルは剣を持ったまま血の跡を追いかけた。


 一分ほど追ったところでシェイルは足を止めた。

 数メートル先で血痕がピタリと途切れている。

 金剛狼の姿も見えない。


「一杯食わされたってわけか」


 その瞬間、隣の茂みから金剛狼が現れた。

 最初の攻撃と同じように牙をむき出しにして喉元に食らいつこうと、傷を負った身をこれでもかとよじりながら躍り出てきたのだ。


 シェイルはすでに大剣を構えていた。

 狼の攻撃に合わせるように大剣を振り下ろす。

 金剛狼の首が雪の上を音も無く転がって血の跡をつけた。

 金剛狼がそこに潜んでいることは最初からわかっていた。

 魔力が微かに漏れていたからだ。


 シェイルは神経を集中させて魔力の反応を探した。

 ……反応は無い。

 ピスタをのぞけば、もう近くに魔物はいないらしい。

 シェイルは大剣を土に戻して捨て、ふうとため息をついた。



 ***



「終わったよ」

「……もう! シェイルさんったら、もう!」


 ピスタを閉じ込めていた岩石牢獄を壊すと、涙やらなんやらで顔中ぐしょぐしょになったピスタが現れ、シェイルをポカポカと殴り始めた。

 ピスタは非力なので軽い衝撃があるだけで全く痛くはない。


「どうかしたのか?」

「……なんでも! なんでもありません!」

「そうか。じゃあ、似たようなことがあったらまた同じように―――」

「怖いからダメ!!」


 シェイルが冗談半分で言うとピスタは勢いよくパンチした。

 ピスタの渾身の一撃。それが急所にクリティカルヒットした。

 シェイルはその場に崩れ落ちた。

 ピスタはそれに気づかずシェイルをまだポカポカと殴り続けている。


「ゔっ……」

「わ、私本当は暗いのが怖いんです!」

「うっ、ぐっ……。わ、わかっ――――」

「狭い所も怖いんです!」

「わかったから、やめて―――」

「なのにあんな所に閉じ込めるなんて~~~~!!!」


 最後にはピスタもへたりこんでわんわん泣き始めた。

 クリティカルヒットから回復したシェイルは立ち上がって頭をかいた。


「わかったわかった。もうあんな所に閉じ込めたりしないから」

「……ホントですか?」

「ホントホント。今度はもう少し広くして光源も用意するから」

「それは……」


 ピスタは何かを言いかけて口ごもった。

 その瞬間、シェイルは自らの失敗に気づいた。

 そういう問題じゃないのではないか?

 結局のところ、ピスタをいきなり閉じ込めたことそれ自体が問題なのであって、暗いとか狭いとかはあくまでも表面的な拒絶反応にしか過ぎないのでは―――。


「いいですね!!」

「……へ?」


 パッと顔を上げたピスタの表情は明るかった。

 予想だにしない反応にシェイルは驚いた。

 いいのかそれで。


 ピスタは興奮して腕をぶんぶん振りながらまくしたてた。


「それって……、それってとってもアレです……!

 ひみつきち……、そう、秘密基地っぽいです!

 聞いたことがあります! 子供は秘密基地が大好きだと!

 私、ひつき……秘密基地に憧れてたんです!

 作ってくれるなんて夢のようです!」

「うん、そうだな……。

 わかった、わかったから……。

 今度作ってやるから、また今度な……」

「そんな、今すぐ―――」


 ピスタはまるで子供のようにおねだりしようとしてハッとした。

 顔が真っ赤にして腕をバッと下ろした。

 どうやら自分がいかに子供っぽいことをしているか気づいたらしい。


 すまし顔になり、目を閉じ、「結構です(いりません)」とばかりにスッと手を出した。


「ん、んんん! ごほん!

 ……いえ、なんでもありません。お気になさらず」

「あー、まあ、また今度作ってやるよ」

「いえ、結構です」

「そうか」


 シェイルはそう返事をしたものの、そのうち作ってやろうと思った。

 実際、作るのに手間はかからない。一瞬だ。

 今度野宿するときにでも作ってみよう。

 意外と面白そうだ。

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