8話 ルドガーとの模擬戦
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アーリィはなんだこいつとばかりに、怪訝そうな顔をルドガーに向ける。僕は向かい合うルドガーに聞こえないよう、こっそりアーリィへ耳打ちする。
「ルドガーっていつも僕に突っかかってくるんだよね。それで、こういう二人組で行う演習の時とか毎回張り合おうとしてくるんだ」
「ふうん……。一人でも組んでくれる人がいてよかったね」
「ま、まあね……」
アーリィの言葉は思ったより辛辣である。僕は苦笑いしてルドガーに向かいなおす。
「じゃあ、今日もよろしくルドガー。最初はどっちが戦士役する?」
「では、最初は私がやらせてもらおうか。さすがのお前でも、近距離においては私に劣るということを思い知らせてやる」
「はいはい、僕が魔法士役ね。了解」
ルドガーは熱い闘志をたぎらせている。どうにも温度差がすごい。
彼となにかで競い合うときはいつもこうだ。特にルドガーに対して何かしたことはないのだが、毎回闘争心というか、敵意をむき出しにされる。まあ、他の人みたいに一歩引かれるより全然いいんだけど。
僕は苦笑しながら、模擬戦を始めるためにルドガーと距離を取ろうとする。しかしその時。
「ちょっと待て、ロード!」
後ろから呼び止められ振り返る。
「ロード、お前……」
ルドガーは僕に何かを言おうとするが、すぐに口ごもる。不思議に思っていると、ハッとしたような顔で隣のアーリィを見た。
「えっと……お前、そこの精霊は模擬戦に参加させるのか!?」
ああ、確かにそれは伝えられていなかった。ルドガーから見たら模擬戦の戦略を考える上で大事なことだ。
僕は最初から考えていたことをそのままルドガーに伝えてやる。
「アーリィは今回見学だけだよ。見ての通り近接戦できるような子じゃないし、まだ魔法も上手に使えないんだ」
「なに? 魔法をうまく使えない……精霊なのにか?」
「うん、まあね。まあ、そこはおいおい何とかしてみるよ。アーリィが魔法をうまく使いたいならだけど」
驚くルドガーを尻目に、僕はアーリィに視線を向ける。
「今日は僕たちの模擬戦を見てみてよ。近くで魔法を使うところを見ていたら、なにか掴めるかもしれない」
「うん。わたし、もっと魔法使えるようになりたいから、ロードのこと見ておく」
「よし。じゃあ、今日はいつもより頑張っちゃおうかな」
僕はおどけて力こぶを作って見せる。
よく考えたら、僕はかわいい彼女をと思ってアーリィを誕生させたのだ。初めての美少女との交流で嬉しいことは色々あるが、アーリィは彼女というより妹みたいだから忘れていた。
今更感もあるけれど、アーリィが急に「いい女」になる奇跡を想定し、かっこいいところを見せておこう! そうでなくても、かわいい妹分に情けないところは見せたくないしね。
僕はよしっと気合をいれると、ルドガーの反対方向に進もうとする。
「ま、待て!」
そして、再び彼に呼び止められた。
また? 一体何なんだ。
流石に訝しみながら振り返った僕に、ルドガーはなんとも不可思議な表情を見せた。
あれは……なんだろう、羞恥心、恐れ、妬み?
よくわからないが、ルドガーは顔色をころころ変える。しばらく黙って待っていると、やがて意を決したルドガーは深刻な表情で口を開いた。
「……お前、さっき何を話していたんだ」
「え? さっき話してたって?」
「……だから。さっき、キラリエさんたちと、何を話していたんだ!?」
「えええ?」
すごい顔で聞いてきたと思ったら、なんだそれ。頭の中がさらに疑問で満ちる。もしかして最初に呼び止めた時にも、こっちを聞きたかったのか?
よく分からないが、まあ話せるところは話してあげるか……。
「別に、色々だよ。アーリィのこととか、祖国のこととか。あ、あとはあれかな」
「な、なんだ?」
「キラリエさんが僕のことをどう思ってるか、とか」
「――キラリエさんが、お前のことを、想っているだとおおおお!?」
ルドガーは急に大声を上げ、ものすごい剣幕で僕を睨んだ。口をぱくぱくさせ、次の言葉も告げられない有様だ。
な、なに?
アーリィと一緒にその不気味な様子を見守っていると、ルドガーはやがて肩を落とし、なんだかぶつぶつ呟き始める。ものすごく怖いが、大丈夫だろうか。
「……み、認めない。他の女子たちにキャーキャー言われるだけだけじゃ飽き足らず、憧れのキラリエさんまで……」
「え?」
よく聞こえず聞き返す。するとルドガーは勢いよく顔を上げ、歯を噛みしめながら僕を睨んだ。
「この模擬戦で、お前のことを完膚なきまでに倒す! そして、俺はキラリエさんに認めてもらう!」
ルドガーはそれだけ言うと、肩を怒らせ僕から離れていく。何のことを言っているのかよく分からないけど、むきになって突っかかってくるのはいつもと同じと言えば同じだ。それじゃあ、今日もお互いの技を比べ合うとしようか。
僕はルドガーに引いているアーリィへ離れるように告げ、既定の位置まで離れたルドガーと向かい合った。
ルドガーは鞘に納めた訓練用長剣を握り、こちらを見据える。
「開始の合図はお前が出していい。当然俺は身体強化を含めて魔法を使えないが、先ほどと同じようになるとは思わないことだな。いかにお前が強大な魔力を持ち、巧みに魔法を操るといえど、近距離では私に分があることを理解させてやろう」
ルドガーは僕を睨みつけながら自信ありげに言った。
教授の取った戦法への対策を見つけたのだろうか。戦士役は魔法を使えないから結局突っ込むしかないと思うんだけどな。
僕はルドガーの出方を想像しながら、軽く柔軟をして体をほぐす。教授と同じく身体強化を立ち回りのベースに考えていたけど、他の方法で行くべきだろうか。
少し考えたが答えは出ない。ひとまず無難に身体強化で行くかと決めて、僕はルドガーに言った。
「ふう。僕は準備できたよ」
「ああ、私もいつでも大丈夫だ」
僕たちはそれだけ言葉を交わすと、お互いいつでも模擬戦を開始できるよう体から余分な力を抜く。
先ほどはあれだけ感情を表に出していたルドガーも、鞘から剣を抜くと落ち着いた様子で剣を構える。ただその構え方が独特で、片手にそれぞれ剣と鞘を持って両手を下げている。
あれが彼の策……? どう出てくるか想像できないが、僕も集中しないと。
周囲ではすでに模擬戦が始まっている組もあるようで、そこかしこから魔法や剣の音が響いている。しかし、そのすべてを脳から締めだして、目の前のルドガーにだけ意識を向けた。
僕たちは互いに見つめ合い、じりじりとした緊張感に身を浸す。冷静に視界の中の余計な情報には必要最低限の意識だけを割き、ほぼすべてを退治する相手へと注ぎ込んだ。
そして、自分の集中がもっとも高まったその瞬間に――
「――始め!」
――そう叫ぶと同時。僕は身体強化魔法のために魔力を練った。
体内の魔素を練り上げて魔力を作り、それを全身に行き渡らせ、循環させれば身体強化は発動する。魔力を作る、循環させる、という極めて単純な工程で弱点である近接をカバーできる、魔法士にとっては必須の技能である。
先ほどの教授と同じく、一度これを発動させれば僕の勝ちは揺るがないだろう。他にも考えはあったが、これから何戦かすることになるだろうしまずはこの方法で。
そう、思った時だった。
「覚悟しろ、ロード!」
ルドガーが叫んだと思うと、彼はその足を後ろに蹴り出して地を駆けるのではなく、地面に張る大樹の根のように踏ん張らせる。彼の体は僕との距離を縮めることなく、その場にとどまった。そして、足、腰、肩、腕と連動するように力を伝達させ、大きく振りかぶった手をこちらに向かって――――振りぬいた。
「なっ!」
振りぬかれた手から放たれたのは、訓練用の剣の鞘だ。まるで投槍のように、空気を裂きながら鋭く飛翔する。
なるほど、考えたな。これなら走ってくるより早く攻撃できるし、相手の意表をついて集中を乱し、魔法発動の妨害もできる。
僕はルドガーの行動に内心で舌を巻きながら、顔に向かって飛んでくる鞘の軌道から体を横にずらす。とっさの動きで体勢は崩れ、すぐに次の行動へは移れない。
そして、ルドガーは鞘を放った直後から、こちらに向かってすでに駆け出している。
「ロード、今日こそ貰ったぞ!」
僕までわずか数歩の距離まで近づいていたルドガーは、得意げな顔で剣を振りかぶった。足を前に踏み込むと同時に、長剣を僕の胴体めがけて振り切ろうとする。
筋の浮いた腕から力のこもった剣閃が伸びる。長剣はあと数瞬のうちにも僕を捉えるだろうと思われた。ルドガーも勝ちを確信し、いつになく晴れ晴れとした表情を浮かべる。
しかし。
僕はそんなに甘くはないぞ、ルドガー。
優しく教え込むように笑みを浮かべ、僕は口を開いた。
「――残念。惜しかったね」
――ルドガーに向けた人差し指の先で、ビー玉くらいの火が燃えている。
目を丸くするルドガーに向かって、僕はその火を飛ばす。彼の胴体の前で急激に大きさを増した火は、パンっという破裂音とともに眩い火球となって弾けた。
「ぐああっ!」
悲鳴を上げたルドガーは後ろにたたらを踏む。一方で術者である僕は、爆発の瞬間に展開した魔力膜により、その影響を受けることはない。
ルドガーが熱と衝撃に襲われた腹を押さえているうちに、素早く距離を取る。
ルドガーは愕然とした顔で僕を見た。
「速、すぎる……! 一体どんな魔力操作をしているんだ!? 詠唱も呪文名も無しで!」
驚愕の声を上げるルドガーに、僕は教えてあげた。
「ルドガー、ダメだよ。模擬戦はまだ終わってない」
はっとしたルドガーは、すぐに体勢を整え向かってこようとする。しかし、それではもう遅い。
「瞬きの間に火花が咲く。燃焼、膨張、複製。『火花球・多重』」
詠唱が完成すると同時に、僕は体の前で右手を上に向ける。そして天を指す五指の先に、一つずつ先ほどと同じ小さな火球が灯った。
顔を引きつらせるルドガーに向かって、僕は笑って言ってやった。
「大丈夫、死にはしないから」
僕の指から放たれた五つの小さな火球は、ぐるぐると互いの周りを回りながら高速で飛翔する。
「く、そおおおお!」
――そして、ほぼ同時にすべてルドガーへと着弾すると、まるでぶどうの房のように連なった火球が生まれ、爆音と衝撃が演習場中を走った。