7話 魔法実技演習
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やはり、特権階級のプライドが高い人を怒らせると大変だ。
キラリエさんは謝罪を続けてなんとか怒りを収めてくれ、僕とクロエさんはほっと胸をなでおろす。まだすこし不機嫌そうだが、クロエさんいわくあれも照れ隠しみたいなものなんだと。なんとも面倒な性格である。
しかし、キラリエさんには嫌われていると思っていたからやっぱり意外だ。僕のことを友人と思ってくれているようだし、これからはもっと積極的に話しかけていこう。
アーリィを含め、学園で交流できる人が増えてきたことに頬を緩ませる。
ちなみに、キラリエさんに対する誤解があってクロエさんとも接点を持てていなかったが、包容力のある性格の美少女だし、これからは色々アピールしていこうかな!
そんなことをつらつら考えていると、いつの間にか教授が演習内容について説明を行っているようだ。僕も話へ耳を傾ける。
「――では、魔法士にも近接戦闘が必要だと分かったところで、今日は相手が戦士である想定で実技演習を行う」
だいぶ話が進んでいたが、今日の演習は魔法士の近接戦というテーマらしい。魔法士の弱点である近接戦の対処法を学ぶという話だろう。
僕は引き続き教授の言葉を傾聴する。
「最初に俺が手本を示そうと思うから、そうだな…………ルドガーは前に出てきてくれるか」
教授の呼びかけに、生徒たちのほぼ最前列で話を聞いていた金髪の少年が前に出る。教授の横に立ち、僕たちへ横顔を見せながら教授へ向かって口を開いた。
「演習方法の実演のため、私が教授の相手になる理解でいいですか?」
「ああ。お前はこの学年でも数少ない、近距離戦闘もそつなくこなす優等生だからな。俺が合図をしたら、身体強化の魔法はなしで切りかかってくれるか」
ソーク教授は講義のために持ってきたらしい剣を、地面に積んだ山から一つ拾い上げてルドガーへ手渡す。
いつも通り気取った仕草で受け取ったルドガーは、教授の指示に従ってある程度距離を取り、刃がつぶれた長剣を鞘から引き抜いた。優雅に剣を払うように振って構えをとる。教授の言う通り、近接戦を鍛えてきた者の堂に入った構えだ。
「不肖ながら、このルドガー・セルフィンがお相手を務めさせていただきます」
ルドガーは構えを取ったまま、落ち着いた様子でじっと教授の合図を待つ。教授は僕たちに「よく見ておくように」とだけ言うと、無防備に立ち尽くした状態のままルドガーへ声をかけた。
「では、模擬戦を開始する。――来い」
「はい!」
ルドガーは沈み込むように体を下げると、強く床を蹴った勢いのまま教授に向かって駆けた。剣を腰だめに構えたまま、魔法士の素の身体能力とは思えない速度で突進する。
「はあ!」
教授の面前まで来ると、手首を返し、一切の遠慮なく斜めに剣を切り上げた。
「おお……!」
僕含め、観戦していたみんなが感嘆の声を上げる。身体強化無しであれだけ剣を振れる魔法士は滅多にいないんじゃないだろうか。この学園でも、騎士王国の王女であるキラリエさんならこのくらいできるのかもしれないが。
ルドガーはそんな見事な一閃を、無防備な教授へと迫らせる。模擬戦を見守る誰もが、剣を受け倒れる教授の姿を脳裏に描く。
しかし。ソーク教授は魔法大国の学園で教鞭をとれるだけの人物であり、さすがに並みの魔法士ではなかった。
教授はほとんど兆候を見せることなく、一瞬で身体強化魔法を発動した。体からわずかに漏れる黄色の魔力光が、迫る剣をかわす軌跡を描く。
教授はそのままルドガーから離れ、いまやその距離は模擬戦が開始した時よりさらに遠い。いかにルドガーと言えど、一息に詰められる距離ではなかった。
そして、距離を取ってしまえばあとは魔法士の独壇場だ。
「――地を這う土くれの縄よ、戒めを与えよ。『土縄』」
熟練の速度で魔力を練って詠唱を終えた教授は、すっと人差し指をルドガーに向ける。眼前に現れた土が三本の縄をかたどると、素早い動きで地面を這ってルドガーに向かっていった。
「くっ」
ルドガーは教授を追おうとすでに動き出していたが、魔法の縄の出現には間に合わなかった。教授のところまで到達する前に、迫ってきた縄の対処を余儀なくされる。
三つの縄はルドガーのすぐ近くまで行くと、不可視の力に操られているかのように地面から飛び上がる。その勢いのまま、三匹同時にルドガーに飛び掛かった。
ルドガーが剣を振るって縄の一つを叩き切る。真ん中から二つに分かたれた縄は、空中でただの土くれに戻って散ったが、この距離で残り二つまで打ち払うことはできない。
二つの縄は、鈍い音を立ててルドガーにぶつかって押し倒し、手足に絡まって見事に動きを封じて見せた。
「ぐっ、くそ。抜けない……!」
ルドガーは拘束から逃れようと、手足を激しく動かしたり、拳を縄にぶつけたりする。しかし魔法で構成された縄は頑丈で、いくら鍛えているとはいえ素の人間の力では逃れることができない。
しばらくなんとかしようとあがくルドガーだったが、やがて諦めたのか動きを止める。そして、ゆっくり近づいてくる教授を見て言った。
「……そもそも、捕まって次の攻撃の時間を稼がれた時点で私の負けですね。……参りました」
悔しそうに、しかし潔く負けを認めたルドガーに、教授は満足そうにうなずく。ルドガーのもとまで着くと、魔法を解除した。
ルドガーに手を貸して立ち上がらせながら、ソーク教授は僕たちを見渡す。
「今のでだいたい分かったな? 近接戦闘を余儀なくされた魔法士は、まず何よりも距離を取ることが重要だ。身体強化が使えても結局素の近接戦技能がないなら、距離を取って攻撃や補助の魔法を使う方がいい。まあ、やり方は今見せたものだけではないし、後は各々で考えてやってみるんだ」
教授の言葉に頷く。たしかに身体能力を強化しても、結局体を動かすのは近距離が苦手な魔法士だから、近接戦で相手が上手ならどうしようもない。でも僕がやるなら、今の教授みたいなやり方でなくても……。
「では、これより演習を開始する。ここに置いてある剣を取ったら、自由に二人組を作って、魔法士役と剣士役を交代しながら模擬戦を始めろ」
教授がそう言うと、すぐに生徒たちは動き出した。近くにいる者や仲の良い者同士が組を作っていく。そして、相変わらず僕のもとには誰も近寄ってこない。
「ロードは誰とやるの?」
「見ての通り避けられちゃうからなあ」
やっぱりそうだよね。これ、仮に僕から声をかけても断られちゃうんだよね。それで結局、いつもお決まりの――
「――ロード・エレンツ!」
アーリィにこのいつもの展開を伝えようとしたその時。前方から声を掛けられた僕たちは、揃ってそちらに顔を向けた。
そこにいたのは、先ほどまで教授との立ち合いを見せていたルドガー・エルフィンだ。さらさらとした金髪を揺らしながら、貴公子然とした顔に厳しい表情を浮かべこちらへ近づいてくる。
ルドガーは僕たちの目の前で足を止めると、こちらを睨みながら口を開いた。
「私と組め、ロード。今日こそお前に一泡吹かせてやろう」
戦意十分といった様子でルドガーは言う。僕はそれに、待っていたとばかりに頷きを返した。
まさにいつもと同じ、予想した通りの流れであった。