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5話 問題児ロード

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 同級生たちの驚愕が講義室の中に満ちる。みんなが口々に精霊という存在がどれだけ珍しいか、それを同級生が連れてくることがどれだけあり得ないかを語り、僕の嘘ではないかと口にする。そしてここにいるアーリィの特徴が、世に知られる精霊が持つそれと一致することに誰かが言及し、疑いを口にしたものは閉口する。


 しばらく続けられた当事者不在の議論は、アーリィの正体が本当に精霊だという結論に至った。


「だからそう言ってるのに。ほんとに精霊なんだって」


「わたし、嘘なんてつかないよ」


「みんな酷いよねー」


 呑気に会話する僕たちに、みんなが詰め寄ってきそうな雰囲気が出始めたその時。講義室の扉が勢いよく開かれ、ローブ調の服を着た壮年の男が中に入ってくる。僕たちの学年の担当であるソーク教授だ。ソーク教授はいつものよう無精ひげを生やし、無造作に短髪の頭を掻きながら壇上に上がった。


「あー、遅くなってすまない。ちょっと朝から教員間で話すことがあって遅れてしまった」


 気怠そうに言うソーク教授。みんな僕たちに注目して席をたっていたり、後ろを振り向いたりしていたが、講義が始まることを察するとすぐに自席で正面を向いた。先ほどまでの喧騒が一瞬で消えたのは、さすが真面目な生徒ぞろいの魔法学園という感じだ。


 僕もみんなに倣おうとしたが、しかしその時、隣から肩を捕まれ体を固定される。キラリエさん、そしてその奥のクロエさんと視線がぶつかった。


「その子のこと、後できちんと教えなさい。王女としての命令よ。いいわね」


 キラリエさんはそう念を押して僕を睨む。なんか後から詰められそうな空気を感じてげんなりするも、自国の王女相手なので表情には出さずこらえた。僕はいい感じにきりっと顔を引き締める。


「分かったよ、キラリエさん。また後でね」


「……分かったならよろしい」


 キラリエさんはそれだけ言うと、アーリィにもちらりと目を遣った後、クロエさんを連れて自分の荷物を置いた席へと帰っていった。アーリィは背を向けて離れていくキラリエさんにそれはもうビビっていたので、そんなに怖がらなくてもと苦笑しながらたしなめ、僕も講義を聞く態勢をとった。


 教壇に立つソーク教授が、講義室全体を見回してみんなが落ち着いたのを確認する。ちなみに明らかに僕のところを見る回数が多く、含むところがありそうだ。まあ、気にしない気にしない。


 ソーク教授はおほんと咳ばらいをすると、億劫そうに口を開いた。


「あー、先ほど俺がこの部屋へ入った時、すでに話をしていたようだが――」


 ソーク教授と目が合う。へらっと笑って見せると嫌そうな顔をされた。


「一応俺からも伝えておく。そこのロードに付いてる精霊だが、なんと、ロードが学園内で使った魔法から生まれたもののようだ」


 ソーク教授の言葉に、再び大きなざわめきが起きた。


「知らん者もいると思うが、極めて卓越した魔法士が使った魔法は、非常にまれではあるが精霊になることがある。詳しい原理などはまったく解明されていないが、過去にも観測された事実だ。そこの頭がおかしい男はこれを意図して発生させたようだな」


 ざわめきはさらに大きくなる。


 極めて卓越した、か。いい響きだ。しかしあの時使った魔法は、我ながら生涯でもっとも緻密で美しかったものだ。


 ソーク教授の言葉から、先週のことを思い出して悦に入っていると、視界の端ですっと手が上がった。キラリエさんが教授に向かって挙手している。


「なんだ、キラリエ嬢」


「はい、ソーク教授。ひとつお聞きしたいのですが、そのロードが使った魔法というのはまさか、先日あった学園内での大規模破壊魔法事件のこと、ですか?」


「あー、キラリエ嬢、その通りだ。そこの術者本人によると、あれは破壊魔法ではなく性質的には防御魔法らしいが、あれが精霊になったという認識で正しい」


「やっぱりあれも、あなたの仕業だったのね……!」


 キラリエさんに少し離れたところからまた睨まれる。他のみんなは教授の説明に言葉も出ない様子だったが、それと同時にやっぱり僕かみたいな空気も感じる。


「まあ、とにかくだ。そういう事情だから、そこの精霊の彼女――アーリィ嬢は、今後この学園で一緒に生活することになった。ロードの使い魔のような立ち位置だな」


 ソーク教授は、「とにかくそういうことだからよろしく」とだけ言うと、ざわめく教え子たちを静粛にとたしなめ、そそくさと教科書を取り出した。チョークを持って、教壇の後ろの黒板に向かい講義を始める。


「……本当は魔法王国から研究資料として明け渡せだの、実験させろだの、いろいろ言われていたようだが、ロードが強く拒絶したからな。あいつに暴れられたら被害が大きすぎるし、この国の研究力という面でも痛手だと、学園長が直々に説得までしたんだ。まったく、とんだ問題児だ」


 なにやら小声でぐちぐち呟いたソーク教授だが、ほとんど最後列に座る僕までその声は届かない。代わりに、前列の同級生たちがちょっと引いたような目を向けてくる。なんだなんだ、失礼な。


 そんないつもより浮足立つ講義室ではあったが、一度講義が始まってしまえば、あとはいつも通り淡々と時間は流れていく。真面目なみんなは次第に講義に集中し、すっかりいつも通りの講義風景へと戻っていった。


 そうして僕は、いろいろあったこの一週間をなんとか乗り越え、またこの学園の日常へと帰還するのだった。――とてもかわいい精霊を連れて。



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