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4話 アーリィのお披露目

4


 いくつもの建物の間を縫って走る。世界でも最大規模の学術機関である魔法学園アルケイディアは、国の惜しみない支援の下、充実した各種施設を保有している。今向かっている講義棟もその一つだ。


 僕は眼前に見えてきたレンガ造りの巨大な建造物を指してアーリィに言った。


「あれが講義棟だ。初等部から高等部までの学園生は、あそこでここの教員たちに教えを受けてるんだ


「わ、おおきい……!」


「すごいよねあれ。僕の実家の百倍くらいありそう」


 感嘆するアーリィは口を大きく開けて講義棟を見上げている。僕はアーリィを置いていかないように彼女の手を取って講義棟の中に駆け込んだ。


「ほら、行くよ! 遅刻しちゃう」


「うん」


 アーリィは素直に僕に引かれるまま後を付いてくる。そしてかくいう僕はというと、表情には出さず涼しい顔をしているけど、実は握りしめた女の子の手の感触で頭がいっぱいになっていた。


 うおおおお、アーリィと手つなぐの一週間前以来じゃん! あの時は興奮しすぎて気にしてなかったけど、女子の手やらけーナニコレ!? あっ、僕手汗大丈夫か!?


 僕は気分を高揚させ、アーリィの手の感触を楽しみながら講義棟の中を進む。気持ち悪がられないギリギリを見極め、柔らかい手をにぎにぎした。


 アーリィの手のひらに夢中になっていると、気づけば目的の講義室はすぐそこだった。この手を離すことを少し残念に思うが、今日は時間がないので仕方ない。


 僕は目的の講義室まで着くと握った手を離し、部屋への扉を開いて中に入った。先に来ている学生たちから一斉に視線を向けられる。僕はそれらの視線を気にすることなく、正面の教壇から放射線状に広がる長机の隙間を通って席が空いている後ろまで歩いていく。


「……ねえ、ロードくんの横に浮いてるあれ、なんだ?」


「知らない。珍しくギリギリに来たなと思ったら、なんだろ?」


「人間じゃない、よな? ていうかめちゃくちゃかわいくないか?」


 同級生たちが戸惑いざわついている。みんな口々にアーリィのことを話しているよう。


「そりゃまあ気になるよね。みんなに紹介しようとは思ってたし、次の講義が終わったらかな」


「ろ、ロード、わたし何かしなきゃいけない? 大勢の前で?」


「自己紹介でもしてもらおうと思ったけど無理そう?」


「……むりかも」


 俺はアーリィとこそこそ話しながら、見つけた空席に腰を下ろす。アーリィはちょっと顔を青くして、みんなの視線から隠れるように僕の斜め後ろに浮かんでいる。かわいい。


「大丈夫大丈夫。僕が横にいるし、みんな貴族ばっかりで上品だからさ。怖がることないよ」


「うん……」


 不安そうなアーリィに庇護欲を掻き立てられる。でもこれから一緒に学園へ通うことになるならみんなに知らせておかないといけないし、頑張ってもらわないと。


 アーリィが立派に自己紹介できるようサポートするぞと意気込んでいると、ふいに誰かが隣にやって来る。僕はアーリィと揃ってそちらに目を向けた。


「――遅刻寸前でやってくるだなんて、弛んでるんじゃないかしら?」


「キラリエさん。あと、クロエさんも」


 声の主は、僕のことを冷たい目で見下ろす美少女だ。高貴な者には珍しく、金糸のような髪を長く伸ばさずに肩口で揃え、透き通るような青い目を気が強そうに釣り上げている。同級生のキラリエ・レイデュークさんである。従者のクロエさんは、僕に一瞬頭を下げた後、キラリエさんの後ろで静かに控えている。


「貴方、この一週間一度も講義に来ないで何をやっていたのかしら。祖国の評判を落とすようなことはしないでもらいたいわ」


 キラリエさんは僕から顔を背け、ふんっと不服そうに鼻を鳴らした。


 彼女の言葉から分かるように、僕とキラリエさん、そしてクロエさんは、この魔法学園で三人しかいない同郷の学生だ。しかもキラリエさんは僕たちの祖国、騎士王国レイデュークの王女様である。彼女に祖国の名誉を汚すなと言われれば、国庫から留学費を出してもらっている僕としては返す言葉がないわけだ。


 僕は頭を掻きながら苦笑いした。


「いやー面目ない。最近ちょっと色々あってさ」


「色々あったで済むことじゃないわ。だいたい、横に浮いている女の子だって一体……」


 キラリエさんは、ここに来ていま気づいたかのようにアーリィへ視線を向けた。凄まじく怪訝そうな顔をしている。アーリィの正体を分かりかねているようだ。僕は気づいてなかったのかよと心の中で突っ込みを入れながら、ちょうどよい練習になるとアーリィを引っ張ってくる。


「あ、ちょっと、やめて……」


「ほら、アーリィ。彼女は僕の祖国の王女様だよ。挨拶いってみよう!」


「え……」


 アーリィは絶望したように僕とキラリエさんの顔を交互に見る。


「ほら。大丈夫、キラリエさんは優しいから」


「だ、誰が優しいですって? 気安く私のことを分かったように――」


「はいはい。ほら、アーリィ、頑張ってみて」


 むっとするキラリエさんをあしらい、アーリィに優しく呼びかける。アーリィは恐れもあらわにキラリエさんを見るが、ゆっくり頷く僕に気づき、決心するように力強く頷きを返してくれた。まるでこれから命をかけた戦場に赴くような、強い覚悟が感じられる。


「いや、そんな化け物を見るみたいな目を向けられると傷つくのだけれど……」


「さあ、アーリィ!」


「うん……!」


 なんか温度差あるけど、僕とアーリィからすれば一大事なのだ。アーリィは白けた顔のキラリエさんの前まで、意を決して宙を滑っていく。驚いたキラリエさんに向かって、アーリィは口を開いた。


「は、初めまして、アーリィって言います……! ロードの精霊やってます! よ、よろしくっ……お願いします……」


 アーリィの言葉は尻すぼみにもにゅもにゅと消えていく。しかし、彼女はきちんと自己紹介をやり切った。僕から見てもたまに怖いキラリエさんに、そこまで挨拶できれば上出来である。


 僕の気持ちはもはや、歳の離れた妹を見守る兄だった。なんか彼女って感じじゃないなと、当初の思惑からの乖離に首を傾げつつ、かわいいからいいやと自己完結する。


 そんなあほなことを考える僕を尻目に、目の前のキラリエさんは両目を極限まで見開いていた。後ろのクロエさんも、僕の中で表情に変化がないことで定評があったのだが、キラリエさんと同じ表情である。


 驚愕している二人。そうなる理由は明白だ。目の前にいる少女が、人間はほとんど出会うことのできない精霊だなんて言われれば――


「まあ、そうなるよね! 精霊だもんね」


 僕の軽い言葉にも二人は何も返してこない。というかキラリエさんとクロエさん以外も、気づけば講義室中で一切の音が消えていた。さてはみんな僕たちの話を盗み聞きしていたな。


 僕は講義室をぐるっと見渡し、仕方ないなと一つ頷く。


「みんな聞いてたみたいだけど、改めて紹介するよ。この子は僕と一緒にやっていくことになった火精霊のアーリィ。まだまだ分からないこともいっぱいあるから、良くしてあげてね」


 僕はアーリィの代わりにそれだけ言うと、彼女に視線を向けてお茶目にウインクする。まるで救世主が現れたかのように表情を輝かせたアーリィが、びゅんと空中を滑って僕に突進してきた。その柔らかい体を受け止めると、僕たちは二人してふふふと笑い合った。


 そして、僕たち二人を除く講義室中のみんなは、大きく目を見開いた状態で固まっている。これだけ人がいるのに、音もなく全員が固まっているのはなんだか不気味だ。


「アーリィ、ちょっと自分の耳ふさげる?」


「うん」


 不思議そうなアーリィだったが、素直に言うことを聞いてくれた。よしよし、これで大丈夫。僕もアーリィにならって両手で耳を覆う。


 そして、ちょうどその直後、タイミングよくみんなが大きく空気を吸った。その後、絶叫――


「せっ――――――精霊!?!?」


 一人残らずあげた叫び声が、きいん、と講義室中に響き渡る。耳を叩く大声に、僕とアーリィはまた二人して盛大に顔をしかめるのだった。



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