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3話 憧れの「女子と登校」

3


 チュンチュンと、小鳥の鳴き声が聞こえる。眩しい日差しが窓から室内に入り込み、ベッドに横たわる僕の顔を照らす。


「うーん……」


 瞼越しに感じる光に思わず顔をしかめた。心地よくまどろんでいた意識が、水の底から水面に昇っていくように覚醒していく。


 意識がはっきりしてくると、今度はすぐそばになにか、暖かな空気を伝えてくるものがあるのを感じた。まるで春先の日向で感じるような柔らかい熱だ。この暖かさは……。


 僕はぱちりと目を開ける。直後、すぐそばから可愛らしい悲鳴が上がった。


「きゃあっ」


 ベッドのふちに座って僕の顔をのぞき込んでいた精霊の少女、アーリィ――真名は気軽に呼べないので愛称――だ。風もないのにたなびく紅髪から、火の粉のような魔力光がときおりこぼれている。朝からほっこりした気分になる。


「や、おはよう」


 僕はベッドの上で体を起こすと、顔を赤くして慌てているアーリィに向かって微笑んだ。アーリィは動転した頭をはっきりさせようとするように、その華奢な首をぶんぶんと横へ振る。その後、まだ少し赤い頬のまま、上目遣いで僕を見つめて恥ずかしそうに言った。


「おはよう、ロード」


 こうして、この国の名を冠した魔法学園アルケイディアの学園寮にて、僕の朝はとびきりかわいい女の子と一緒に始まった。なんだか、ずっと前から一緒にいるように感じられるほど馴染んできているが、アーリィが僕の所へ来てから、まだたった一週間目の朝だった。






「やばい遅刻する」


 僕は食堂でもらったパンを片手で口に運びつつ、学園の講義棟に向かって走っていた。傍らにはふよふよと宙に浮くアーリィが、周囲を眺めながら同じ速度で滑るようについてくる。


 べつに寝坊したわけではないのだが、今日もアーリィとゆっくりお喋りしていたら気づけばこんな時間だ。食堂では毎朝ちゃんとした朝食が出てくるのだが、時間もないので今日は適当なパン一つである。


 魔法で身体強化しながら走る僕は、目にもとまらぬ速度で講義棟への道を進む。道中、同じ制服を来た学生たちがちらほら歩いているが、彼ら彼女らは時間内での登校を諦めた者たちだ。高速で通り過ぎる僕に驚いたように目を丸くしている。僕も彼らと同じようにゆっくり行けたら良かったけれど、あいにく平民の僕は故国からの援助をもらって留学している立場なので、余計なところで点数を下げるわけにはいかない。


 ……ただでさえ、一週間前のアレで怒られてるからね。


 僕は隣に浮くアーリィを見ながら、つい先日の出来事を思い返す。アーリィと自己紹介したあの後は大変だった。


 時間が真夜中ということもあってとりあえずあの日は解散できるかと思ったら、起こしたことが大きすぎたのかそんなことはなく、青い顔をした教授たちに学園長のところへ連れていかれた。学園内での異常な魔法行使、周辺一帯の破壊、そして魔法による精霊の現出。どれもが教授たちのキャパシティを超えていたらしく、より上位の者へと判断が委ねられた。そしてそのトップである学園長が僕に下したのは、この魔法王国アルケイディアの王宮への出頭命令であった。


 その後、一夜明けて学園都市の中枢にある王宮へ連れていかれた僕は、王宮魔法士やら軍部をつかさどる大臣やら、とにかくいろんな人物に引き合わされ、事情の説明やアーリィの紹介を行うことになる。当然、魔法の心得があるものは全員が腰を抜かし、根掘り葉掘りと事情を聞かれることになった。そしてそれらがやっと終わったと思ったら、次に始まったのは学園内での危険行為の責任追及と、精霊アーリィに関する調査である。


 魔法王国の貴族はもちろん、他国の貴族や、ごくわずかながら王族も在籍するこの学園において、学園内でのあの行為は相当やばいらしかった。まあ正直そうだろうなと思ってはいたが、実際僕は周囲に影響を及ぼさないように魔法を行使する自信があったし、魔法の精霊化現象を起こすという実績で責任をうやむやにするつもりだったのでそこは問題ない。アーリィに関する調査も、本人が嫌がらないことを前提にではあるが、大規模魔法行使について不問にしてもらうことを条件に協力することになった。


 そうして王宮に寝泊まりしながら調査を行うこと約一週間、やっと昨日ひとまずの区切りとなり、これからも定期的に調査に協力する必要はあるが、今日から学園生活に復帰となったのだ。


 僕は忙しなく足を動かしながら、隣で涼しげに宙を飛ぶアーリィに呼びかける。


「アーリィは今日が初めての登校だね。どう、緊張する?」


「ちょっと、するかも。わたし、あんまり人と話すの得意じゃないし……」


「僕がいるから大丈夫だよ。あれだったら学園内では姿を消しててもいいよ」


「わたし、それ苦手かも。周りが見えなくなるし、魔力で感じるっていうの、まだあんまりできないから」


「そっか。じゃあ僕のそばにいて。なにかあっても助けるから」


「うん! ありがとう」


 アーリィはぱあっと僕に笑みを向ける。その笑顔は人間と精霊の種族の差を考えるのがどうでもよくなるほどかわいかった。アーリィから向けられる信頼をビンビン感じる。


 そう、これこれ。これだよ……。僕が求めていた学園生活ってのは、こうしてかわいい女の子とイチャイチャすることだったんだ。


 魔法の精霊化現象を起こした魔法士は、誕生した精霊からどのような形であれ好意を向けられるという。そして精霊というのは、自然発生した者であれ精霊化現象による者であれ、たいてい美しい女性の姿をしている。僕はその情報を知っていたからこそ、こうして苦労してアーリィを誕生させることができたのだ。


 ――美少女とのイチャイチャ登校サイコー!!


 僕は心の中で感涙にむせびながら、涼しい顔でアーリィと会話しながら道を急ぐ。



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