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1話 極まった魔法

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 ――機は熟した。


 新月の日の真夜中、学園寮の裏手にある林の中で、ひっそりと僕――ロード・エレンツは立っている。


 地上に光を落とす月は存在せず、代わりに空に散りばめた宝石のような星々が、全て僕の計算通りの位置に配されている。


 林に作った儀式用のスペースで、僕は地面に刻まれた魔法陣を確認する。


「三重の方陣に、交差する楕円の陣を二つ。外輪円と内輪円には一分のずれもなく、魔法文字の構成も完璧だ。触媒は最高峰のルビーを曇りなく磨いて、ズレなく適した場所に配置している。後は、時間だけ――」


 時間計測の魔法が込められた懐中時計を取り出し、文字盤を見た。目的の時間はいまかいまかと迫ってくる。


 僕は夜空を見上げて星の配置を確認しながら、手元の時計を確認する。


 そして、カチッという音とともに時計の針が動いたその瞬間――


「いま……!」


 僕は瞬時に体内の魔力を励起させた。魔法陣を前に、両手をまっすぐ持ち上げ掲げる。


 学園生でも比肩する者がいない魔力操作によって、僕の魔力は一切の澱みなく体内を移動する。そして目的の魔法の発動に最も適した形、量で放出された魔力は、地面に刻んだ魔法陣へと注がれていく。


 魔法陣を構成する図形に沿って、混じり気のない純白の魔力光が輝いた。


 魔法の構築が始まるとともに、僕はそれを補助する祝詞を唱える。


「――白日を覆う形なき陽。透徹、焦熱、拡散。溢れた熱を纏う衣」


 魔法陣は輝きを増す。


 順調だ。僕は万感の思いを噛み締める。


 ここに来るまで長かった。


 僕はある目的のため魔法学園に来たのだけど、生来の気質が悪さをしてか、それとも別の問題でか、望みが叶うことはなかった。それでも諦めきれず、僕は別の方向から目的に迫る道を選び、迷走し、望みが叶うことは決してないのかと諦めかけていた。


 しかしその時、僕は希望の光を垣間見たのだ。


 単一の魔法を極めたその先、世界最高峰の魔法士のみが至ることを許された人を越えた所業。人の魔法の域を超えた技量を持った時、世界が魔法を祝福する瞬間に起こる現象。


 「魔法の精霊化現象」


 その現象を知った僕は、もともと勉学――魔法の鍛錬にかなりの力を入れていたが、これまで以上に死ぬ気で研鑽を積んだ。


 そしてその積み重ねが、今この瞬間結実しようとしている。


 僕は溢れんとする思いを抑えるように、目を閉じ、静かに囁いた。


「――不動で触れ得ぬ大竜の祠を成せ。《炎龍に抱かれし堅牢なアグニス・フォートレスる城塞》」


 僕が魔法の完成を告げたその瞬間、魔法陣が爆発したかのような光を放った。光は渦を巻いて立ち昇り、僕を中心として周囲一帯へ広がっていく。同時に周囲へ熱が立ち込めた。


 僕はすべてが順調に進んだことを確認した後、まるで何者かを指揮するように、ぶんっと腕を横へ振るったその瞬間――


 ――ゴウッ! と凄まじい音を上げ、視界全てが炎上した。周囲に立ち並ぶ木々は、僕が儀式用に伐採したスペースを越えて炎が浸食し、瞬く間に炭へと変わっていく。地面まで赤熱をはじめ、ブクブクと泡を浮かせる溶岩と化し、周囲一帯はまるで地獄のような有様へと変貌する。


 しかしそんな中にあって、僕の体には一切の熱は届かない。これは僕を守るための砦なのだから当然である。天高く上る火柱は、僕が立つ中央だけは避けるように周囲に広がり、その影響を僕以外のすべてにのみ及ぼしていた。


 そして周りに燃えるものが何もなくなったその時、まるで何か巨大な生物が咆哮を上げたような、腹の底を震わせる音が響き渡る。僕はそれを当然のものと理解したうえで、咆哮の持ち主へと視線を遣る。


「――グルルルウゥゥウアアアアァアアァアァァア!」


 学園中に響き渡ったかと思うほどの声の主は、その雄大な咢を大きく開けながら僕の周りの炎の海を悠然と泳いでいる。そのサイズは僕なんかとは比較にならない。例えるなら、この学園都市の広場に屹立する時計塔を横に倒し、泳がせたようなものだろうか。


 莫大な熱量を孕んだ炎を鱗としてその長大な身にまとい、頭部には後ろへ流れる触れそうなほど濃い炎でできた角、牙、そしてルビーの瞳を見せびらからすように周囲を漂っている。


 伝説に聞く炎龍をこの地に顕現させた僕は、自分の為した魔法に満足して頷いた。


「うん、完璧だ。僕を中心に広がる火柱は、近づく者を決して許さない不壊の砦であり、その火の中を泳ぐ炎龍は指示通り敵を焼き滅ぼす。僕が作った魔法の中でも最も美しくて強力な、攻防一体で隙のない大魔法だ」


 僕の目にはもはや、魔法学園の一帯を焼却しているという惨状など入ってこなかった。ただただこの凄まじい魔法を作り上げたという達成感と、これから起こりうる――いや、起こさないといけない現象への期待だけがあった。


 「魔法の精霊化現象」は、これまでほとんど記録されたことのない珍しい現象だ。一国を代表する、どころか、全世界の歴史上最も優れた魔法士の一人となって初めて観測される現象なのだ。当然そんなレベルの魔法士をこれまで一度も有していない国もあるし、少なくとも僕の生きているこの時代で観測された記録はなかったはず。そんな稀な現象を意図して起こそうという魔法士なんて、おそらく現代では僕くらいのものだろう。


 しかし、僕には自信があった。これまで記録されている魔法の精霊化現象は、そのほとんどが戦場において発現している。かつてあった戦乱の時代では、その争いの激しさに比例するように各国で優れた魔法士が輩出され続け、戦場にてその上澄みのみが残っていき、また洗練されていった。


 そして生き残り続けた真の天才とも言える魔法士が、決死の思いで放った戦場を彩る極大の魔法が精霊へと成ったのだ。通常は「自然に発生する」ところ、例外的に戦場で生まれることになった精霊は、その魔法を放った魔法士に対して強い好意を示したのち、魔法士の指示に従い敵国の軍を文字通り消し去ったという。


 この逸話を聞いて、僕は自身の技量がかつて精霊を生み出した天才に優っているとはさすがに思えなかった。才能が劣っているとはけして言わないが、それほどまでに過酷な環境に身を置いたことのない僕では、力を求める思いには差があってしかるべきだ。


 しかし、僕にはかつての英雄たちと比べて僕なりの強みがある。戦場で用いられる多くの魔法とは違い、今回僕は入念な準備と計算をもとに行使される儀式魔法を使用した。過去にあった研究より、純粋に魔法の規模のみでは精霊を生み出せないと分かっていたので、極限まで質を上げることにこだわったのだ。緻密な魔法陣の構成、最高品質の触媒、高純度な生体魔力とその魔力操作。戦乱の時代では為しえない方法で、僕なりに極限まで魔法の質を高めることができた。


 これまで国が総力を挙げて精霊化現象を発現させようとしたこともあったらしいが、その時に用意された魔法より僕の魔法の方が高度だという自信もあった。


 だから後は世界がそれを認めてくれるまで待つだけ――


 僕は魔法を構築し続けながら、魔力感知によって周囲に人が集まってきていることを察知する。夜中とはいえここまでの規模の魔法を使ったのだ。学園生や教授陣に気が付かれるのは自明だった。


 しかしここは魔法学園。魔法による偉業が為されたとなれば、多少の規律違反なんて目をつむってもらえるはずだった。だから――


「――だから、さっさと僕の魔法を認めやがれ、このくそったれの世界!!」



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