第5話
思い出すだけでも腹が立って仕方がない。
私は愛されないとわかっていた婚約でも〈家の為に耐えなければならない。私はこの国の妻となり、私を信じてくれる王となる人を支えるのだ〉と、覚悟を決めていたのに!
そんな私の覚悟をレオンハルト様とリリス様は自分たちのためにあっさりと踏みにじったのだ。
………あの人たちに復讐してやりたい。
なぜ私はあんなにも我慢していたんだろうか。黒い気持ちに心が支配されて行くようだった
今日、学園入学前に両親が揃って王城に行ったのはレオンハルト王子との婚約の打診のためではないだろうか?時期的にはこの頃だったように思う。
復讐するためにも婚約はした方がいいだろう。流れを変えてしまうと復讐計画を立てにくい。
そういえば地下牢で面白いものを渡されたではないか。
〈ユリアナ嬢の罪の一覧〉という題名だっただろうか?地下牢ではすることがなかったので、くだらないと思いながらも何度も何度も読んだから内容は頭に入っている。全てが冤罪だったから憤慨した。
どうせ断罪されるのならば、冤罪ではなく本当にすべてやってしまおうか……。いや、でもそれは家族にも迷惑がかかってしまう。さて、どうしたものか。
トントントン
「お嬢様よろしいですか?」
私は慌てて書いている紙を引き出しにしまった。
「ええ、どうぞ入ってミリー」
ミリーがメイド姿ではなく若草色のワンピース姿で目の前に現われた。
「お嬢様、私は本日お休みをいただきましたのでこれから街に買い物に出かけさせていただきます。不在となりますので何かあれば他の者に…」
〈お父様とお母様が王城に向かう〉〈ミリーの買い物〉もしかして………
「ミリー、私の学園の準備の買い物に付き合ってくれる?やっぱり足りないものがあったわ。その時にミリーの買い物も一緒にすればいいわ。一緒に公爵家馬車に乗って行きましょう」
「それでは、これから準備を……」
「ダメよ。行くのは午後よ!申し訳ないのだけれどお休みは明日にしてもらえない?ミリーお願いよ」
私はミリーの手を両手で握りしめて訴えた。
「……わかりました」
ミリーは不思議そうな表情をしていたが納得してくれたようで、またすぐにメイド姿に戻り紅茶のお代わりを持ってきてくれた。
昼食が済んだ頃に両親が王城から戻ってきたので、私はミリーと共にエントランスまで迎えに出た。
「お父様、お母様、おかえりなさいませ」
「旦那様、奥様、おかえりなさいませ」
「ただいまユリアナ。いや、大変だったよ!街中で馬車同士の衝突事故があったみたいだよ。若者に人気の手芸店の前だったかな?そのせいで遠回りして帰ってくるはめになって昼食に間に合わなくてすまないね」
「いえ、お父様たちが事故に巻き込まれなくてよかったです。私もこれから街に買い物に行こうと思っておりましたのに」
「ところでユリアナ、私たちの昼食が済んだら話があるので応接室に来るように。その時にお前の話も聞くことにしよう。買い物には明日ゆっくり行くといい」
「わかりました。自室で昼食が終わるまで読書をしておりますね」
――――――――
「お嬢様、馬車同士の事故なんて怖いですね。ちょうど買い物に行こうとした店の前なので午前中に買い物に行っていたら巻き込まれていたかもなんて思うとゾッとします」
ミリーが大げさに震えてみせた。
「ええ、そうね。万が一のことがなくてよかったわ。そうそう、約束しておいて申し訳ないのだけれど今日は買い物には一緒に行けなくなってしまったわね。ごめんなさいね。ミリーは何を買いに行くつもりだったのかしら?」
私は申し訳無さそうな顔を意識して眉尻を下げた。
「いえ、大丈夫です。実はカリンのプレゼントを作ろうと思っていたのです」
「カリンはたしか厨房の子だったかしら?プレゼントを作るのならば早めに材料を買っておいた方がいいわね。午後からミリーだけで買い物には行ってきてくれて構わないわ。帰りに万年筆を1本買ってきてくれる?さっき壊れてしまったの。デザインは貴方のセンスでお願いするわ」
私は笑顔でミリーを送り出した。
やはり、今日の馬車同士の衝突事故はミリーが巻き込まれていたはずの事故だ。ミリーは滅多に買い物など出ないからもしやと思ったけど。
このタイミングでのタイムリープで本当によかった。明日だったらミリーはいなかった。
回避することもできるのね……
学園入学前までに色々と計画を立ててみましょうか。
――――――――
「ユリアナ、お前に………」
お父様は真剣な表情で口を開いた。
「レオンハルト王子の婚約者だったフランプトン公爵家のジョアンナ嬢がご婚約を辞退されて、私に話が来た。と言うことでしょう?お話を遮ってしまって申し訳ありませんがこうする必要があったのです」
「ユリアナ、どうして婚約の打診のことを知っている?それにこうする必要があるとはどういうことだ?」
お父様はお目を大きく見開いて、眉間にしわを寄せている。隣に座るお母様も似たようなものだ。
「お父様、お母様、王城に行く前に話したいことがあると言っていたのを覚えていますか?これから信じられない話をしますが、私の話を信じて聞いていただきたいのです」
私はお父様とお母様の顔を交互に見つめた。
「わかった。可愛いユリアナのことを信じないはずがないだろう」
「そうよ。私たちは貴方のことを愛しているもの」
私の表情が強張っていたのだろうか?それを解すように優しい声色で答えてくれた。
「お父様、お母様、ありがとうございます」
私は深呼吸をしてから出来るだけゆっくり話した。
「驚くかもしれませんが、実は私は1度この時間を経験しているのです。未来のある地点から意識がこの時間軸に戻ってきたのです。今日のことも経験しているので婚約の打診だと知っていました。昔、お父様が他国からのお土産に買って来てくれた絵本の中にそういうお話があったのを覚えていませんか」
「突拍子のない話ではあるけれども、ユリアナが冗談でそういう話をする娘ではないのはわかっているからね。それで婚約の打診のこと知っていたということか。話を続けておくれ」
本当は信じられないだろうにお父様もお母様も信じようとしてくれているのだろう。これからの話をするのは心苦しいけれど…………
「私は学園を卒業後に身に覚えのない罪を着せられレオンハルト様に投獄されました。そして北の修道院への移送途中に馬車ごと崖の下に落ちてしまったのです。次に目を覚ましたら今日の朝で我が家のベッドの上にいました。お父様、お母様、お会いしたかった。本当にお会いし……たかった…」
私の頬に温かいものがつたった。泣くつもりは無かったけれど、つい涙が出てしまったようだ。慌ててハンカチで涙を拭おうとしていると、お父様とお母様に抱きしめられた。
「ユリアナ!私たちは信じるよ。未来では辛いことがあったのだろう?すべて私たちに聞かせてくれ」
「どうして投獄なんて!ユリアナも私たちを信じてすべて話してちょうだい」
「お父様!お母様!」
私もお父様とお母様を抱き返した。
お父様とお母様にはまとめたメモを中心に私が経験した未来について話して聞かせた。2人共、眉毛が上がったり下がったりと忙しくしていた。最後の北の修道院に向かうところでは2人共涙を流していた。
「あの人たちに復讐をしたいのです。でもフリューゲル公爵家には迷惑をかけたくありません。どうか力を貸して下さい」
私は話の最後にそう告げた。