僕の愛しの鏡ちゃん
僕の幼なじみの恭介くんは、いつも鏡を見るのが癖だった。
子供の頃から、気付けば鏡の前に立っていた。
その姿を見て、周りの同級生達は、女の子みたいだと、恭介くんに「鏡ちゃん」とあだ名を付け、からかっていた。
恭介くんはそんなあだ名を気にする事もなく、いつも鏡の前にいる。
ある日の休み時間。
恭介くんが手洗い場の鏡に向かって、何かを呟いていた。
僕は気になって、恭介くんから見えないように壁にへばり付いて、耳を澄ませた。
すると、恭介くんのちょっと高めの可愛らしい声が聞こえて来た。
「僕の中のお母さん、出て行って下さい。」
あれから10年。
僕と恭介くんは17歳になった。
僕の朝の日課。
それは、隣に住む幼なじみの恭介くんを待つこと。
「おはよう!恭介くん!」
おうちの門から出てきた恭介くんに声を掛ける。
「朝からうるせーな。」
そんな悪態を付きながらも、恭介くんは僕と並んで歩く。
恭介くんは少しだけ、背が低い。
たぶん、165cm位。
僕の肩に、恭介くんの頭が並ぶ。
そんな恭介くんは、成績は学年トップクラス。
来年はきっと、僕なんかの偏差値では、到底及ばない大学に行くんだろうな。
僕はその事を考えると、寂しくて、心配で。
小学生だったあの日に、恭介くんの呟きを聞いてから、僕は恭介くんから目が離せなくなったんだ。
学校に着くと、僕らはそれぞれのクラスに別れる。
僕は商業科。
恭介くんは、特別進学クラス。
そして、お昼になると僕らは家庭科室で合流する。
「恭介くん!お待たせ!」
僕はお弁当を2つ持って、家庭科室のドアを開けた。
「待ってねぇわ。」
椅子の脚4つの内、前の2つの脚を浮かせながら、腕を後ろに組み、恭介くんは、待っていた。
「そうやって椅子で遊ぶの、危ないよ。はい。これ。」
「おう。」
恭介くんは、浮かしていた椅子の、前2つの脚を戻し、僕が机に置いたお弁当箱の包みをほどいた。
僕は恭介くんの前に座り、僕らは向かい合って、お弁当を食べる。
「おい。これは、なんだ。」
食べている途中、恭介くんは訝しげな顔で、お弁当のおかずをつまみ上げた。
「ん?何って…チーズ入り竹輪だよ。美味しいよ。」
「いらねぇ。」
恭介くんは僕のお弁当箱に、チーズ入り竹輪を入れようとした。
「ダメ。」
僕はお弁当を持ち上げて、それを阻止する。
恭介くんは、乳製品が苦手だ。
それを分かってて、僕はお弁当に、チーズ入り竹輪を入れたのだ。
「ちゃんと食べないと、背が伸びないよ。」
「別に気にしてねぇし。」
そう言いながら、恭介くんは、チーズ入り竹輪と、にらめっこをし、片手で鼻をつまみ、一口でチーズ入り竹輪を食べた。
「えらい、えらい。」
僕は恭介くんの頭を撫でた。
「今日だけだぞ。今度また俺の嫌いな乳製品入れたら、食わねぇからな。」
恭介くんは、そう言うけど、僕はたまにお弁当に乳製品を入れる。
これも、恭介くんが健康に過ごせるようにと願った、僕なりの愛情表現。
それを分かっているのか、いないのか。
でも、恭介くんは、なんだかんだ言いながらも、いつも僕の手作りお弁当を、完食してくれる。
お弁当を食べた後は、スマホのゲームをしたり、他愛のない話をしたりして僕らは過ごす。
「あ!いたいた!なぎー!」
突然クラスメイトの竹田が、家庭科室のドアを開けた。
そして「なぎ」事、僕「柳木 浩介」(やなぎ こうすけ)を呼んだ。
「何?」
僕が返事をすると、竹田はチラッと恭介くんを見た。
「あ!ごめん。連れがいたのか。」
恭介くんを見ると、竹田にそっぽを向いて、窓の外を見ていた。
「大丈夫だよ。どうした?」
「今日、緊急で生徒会の集まりだってさ。」
「分かった。ありがとう。」
竹田は居心地が悪かったのか、用件を伝えるとすぐに家庭科室を後にした。
「お前、相変わらず忙しいな。」
窓の外を向いたまま、恭介くんが言った。
「そうでもないよ。」
僕は笑顔で答えた。
放課後、僕は生徒会室に向かった。
その途中で、竹田に会った。
「なぎー。お前、よくあんな無口な奴と、一緒に居られるな。」
「恭介くんの事?」
「そうそう。神崎 恭介。クラスの奴に聞いても、大人しくて、無口で…それで…。」
「無愛想で?」
「そうそう。あ…ごめん。」
「謝るなら、恭介くんに謝りなよ。」
「出来るかよ。俺、あいつ苦手。」
そう。
恭介くんは、僕以外の生徒とほとんど話をしない。
クラスにいても、誰とも喋らず、ずっと窓の外を見ている。
「それにさ、あいつ、よく鏡の前に居るじゃん?ずっと自分の顔を見てるらしいんだけど、やっぱ、あれだけ美形に生まれると、自分の顔、見とれるもんなのかな~。」
確かに、恭介くんは、美形だ。
色白で、顔が小さくて、睫毛も長いし、目も大きい。
昔家を出ていった、恭介くんのお母さんに、よく似てるんだ。
いや、年々、似てきているんだ。
生徒会の集まりが終わる頃には、窓の外は暗くなり始めていた。
「今日は時間掛かったな~。」
(恭介くん、もうご飯食べたかな?)
僕は心配になり、お母さんにLINEを送った。
<今から帰ります。恭介くん、ご飯食べに来た?>
僕が下駄箱に来ると、返信が来た。
<まだよ。>
「まだ、学校かな?」
いつもなら、6時頃には僕の両親が経営する洋食屋に、ご飯を食べに来てるのに…。
僕は恭介くんに、LINEを送った。
<恭介くん、今どこにいるの?>
しばらく待ってみたけど、返信がない。
僕は気になって、恭介くんの下駄箱を覗いた。
「まだ、靴がある。」
もう外は暗くなっているのに、いつもなら、帰っているのに、どうしたんだろうと、僕は心配になり、学校を一階から歩いてみた。
一階には、職員室と、保健室、応接室、校長室。
そして、反対の校舎に、美術室、図書室がある。
もう、先生も少なくなっていて、通りすぎる先生には早く帰るように声を掛けられる。
僕はそれを笑顔で、かわしながら、通っていった。
一通り廊下を通ってみたけど、職員室以外、電気の点いている部屋はなかった。
僕は2階に行こうと、階段のある、保健室の前を通った。
すると、さっきまで消えていた、保健室に明かりが点いていることに気付いた。
「あれ?」
僕は保健室の前で止まった。
すると、中から、声が聞こえてきた。
それは、小さな頃から聞きなれた、少しだけ高めの声。
(恭介くん?)
「もう、いいだろ?」
恭介くんの声だ。
誰かと話をしている。
僕は信じられなかった。
恭介くんが、僕以外の人と、会話をするなんて。
「神崎君。」
なんだか、奇妙な雰囲気の会話に感じて、僕はノックもせずに、保健室のドアを開けた。
しかし、そこには、誰もいない。
すると、カーテンで仕切られたベットが置いてある場所から、長身でスリムな、女子から絶大な人気を得ている、保健室の先生が出てきた。
「湯川先生。」
「君は?」
保健室の住人、湯川先生は僕に冷たい目を向けた。
邪魔な奴を見るような目だった。
でも、僕は怯まずに言った。
「ここに、恭介くんがいると思うんですけど、迎えに来ました。」
本当は違う。
迎えに来たんじゃない。
恭介くんを探してたら、たまたま声が聞こえただけ。
でも僕は、湯川先生に、恭介くんとの仲を見せ付けたかった。
恭介くんは、僕の大切な人だ。
先生なんかが、入ってこれる余地なんてないんだと。
「お前、何してんの?」
「恭介くん!」
カーテンの向こうから、赤い顔をした、恭介くんが顔を出した。
「神崎君の友達?」
湯川先生は、恭介くんに聞く。
「幼なじみ。」
「へぇ。神崎君にも、仲が良い子が居たんだね。」
(なんだ、それ。)
僕は湯川先生の言葉に、腹が立った。
まるで、僕が恭介くんの外側の人間で、湯川先生が恭介くんを知っている様な言い方だった。
僕は幼なじみだ。
小さい頃から、恭介くんと一緒だった。
家だってお隣で、恭介くんのお母さんが居なくなってからは、夜ごはんだって、うちのお店で食べてる。
僕以外に、恭介くんの事を知っている人間なんて、居るはずがないんだ。
「別に仲が良い訳じゃねぇよ。腐れ縁てやつ。」
恭介くんのその言葉は、僕の自信を、粉々に砕いてしまった。
真っ暗な道に、所々の街灯。
恭介くんはなぜか僕より前を歩き、僕はその後ろをついて歩く。
並んで歩かない帰り道。
こんなの、初めてだ。
いつもは二人、並んで歩くのに。
恭介くんは、何も喋らない。
僕は保健室での恭介くんの言葉が、胸に突き刺さって、何も喋れなかった。
本当は聞きたいことがたくさんあったのに。
(何で保健室に居たの?)
(こんな遅くまで、二人で何をしてたの?)
(湯川先生は、恭介くんの何?)
(僕は…恭介くんの…)
「腐れ縁…。」
「はぁ?」
僕の思考からこぼれた言葉を、恭介くんに聞かれてしまった。
そして、呆れられてしまった。
「何でもないよ。」
僕は誤魔化すために、作り笑いをした。
その後も、会話はなく、お互いの家の前に着いた。
道を挟んで、右手が僕の家と両親のお店。
そして、左手が恭介くんの家。
恭介くんは、何も言わず、僕に背を向けた。
僕は慌てて、恭介くんに言った。
「ご飯は?食べていかないの?」
「…今日はいい。」
振り向きもしないで、恭介くんは答えた。
「恭介くん、何か怒ってる?」
僕にはそう見えたんだ。
「はぁ?何言ってんだ?お前。」
そんな強気な事を言うのに、僕を見ない。
「今日は疲れたんだ。」
ため息混じりにそう言うと、恭介くんは、家の門を開けた。
僕はうつむいたまま、恭介くんが、歩いていくのを…。
ドタッ!
「え?」
恭介くんは、門を開けた途端、倒れてしまった。
恭介くんの体は、とても熱かった。
熱が39℃もあったのだ。
僕は、恭介くんの部屋に恭介くんを運んだ。
そして、お母さんを呼んだ。
「熱が高いから、たまに水分を取らせて、氷枕を変えてあげてね。恭介くんのお父さん、今日は夜勤みたい。お店が終わったら、お母さんもまた来るから。」
お母さんは、必要な物を恭介くんのベットの脇のテーブルに置いてくれた。
「浩介、あんたのご飯、後でも良い?今ちょうど、お店が忙しくて。」
「うん。大丈夫だから、お店、頑張って。」
僕はお母さんを見送って、恭介くんのベットの下に座った。
恭介くんは、赤い顔で、たまに息を荒くしながら、眠っている。
(体調が悪かったなんて、気付かなかった。)
お弁当の時間も普通だった。
(毎日お弁当を用意して、恭介くんの健康を気遣ってるつもりで、でも…全然出来てないじゃん。)
「…チーズ竹輪…無理して食べたからかな。」
「そんなわけ、あるか。」
いつの間にか、恭介くんは、目を開けていた。
「あんなもん、食った位で熱なんか出るか。」
「いつから、調子悪かったの?」
「…よく覚えてねぇ。」
そう言って恭介くんは、深くため息をついた。
僕はそれ以上、何も聞けなかった。
「お前が終わるのを、待ってた。」
「え?」
「お前が、そうでもないって言ったから、すぐに終わると思って。」
僕はそう言われて、家庭科室での会話を思い出した。
「あれは、言う程忙しくしてないよって意味で…。」
「お前が早く帰ってこないから、諦めて一人で帰ろうとして、下駄箱に行く途中で、湯川とすれ違って、呼び止められて、そのまま保健室で薬飲んで寝てた。」
僕が説明しようとするのを、恭介くんは遮って、少し怒ったように、一連の流れを教えてくれた。
「目が覚めたら、湯川が保健室の電気をつけて、俺の顔を見て、まだ赤いとか、もう一度熱を計ろうとか、いろいろ言ってきて…だから、お前が迎えに来てくれて、ちょうど良かったわ。あいつ、過保護過ぎて、疲れるわ。」
僕は恭介くんが説明してくれた内容を、頭で整理するのに、いっぱいいっぱいだった。
「湯川は俺の従兄弟。」
「え?」
「うちの父さんのお兄さんの子。お兄さんは、婿養子だから、苗字が違うけど。」
言われて見れば、美形と言う点では、湯川先生と恭介くんは、似ているかも知れない。
「そう…なんだ…。」
僕はなんだか、力が抜けてしまった。
恭介くんと、湯川先生。
親しく感じたのは、親戚だからなのか。
「学校で従兄弟同士って知られると、いろいろめんどくさいから、お互い苗字で呼んでるし。」
そう言われて、僕は一つ引っ掛かった。
「僕には、教えてくれても良かったのに…。」
思ったら、言葉が口からこぼれた。
「お前、腐れ縁の意味、知ってるか?」
「へ?」
突然の出題問題に、変な声が出た。
「腐れ縁は、鎖の縁て言われてたんだよ。」
「鎖の縁?」
恭介くんは、頷いて、僕をみた。
「鎖で繋がれてる位、切っても切れねぇって意味だよ。」
「切っても切れねぇ?」
僕はバカな子みたいに、恭介くんの言葉を繰り返した。
「そんぐらい、繋がってる気でいたから、もう話してるつもりでいたんだよ。」
「…確かに。」
そうだ。
僕らは小さい頃から、一緒に居すぎて、何もかも知っているつもりでいた。
それは、お互いにそうだったんだ。
僕は恭介くんの事は、誰よりも知っているつもりだし、恭介くんは、僕が恭介くんの事を、何でも知っている様に、感じていたんだ。
僕らは、お互いに深い繋がりを感じ合っていたんだ。
そう分かると、なんだか、ほっとした。
その安心感が顔に出てたのか、恭介くんは僕のおでこに、デコピンをした。
「痛っ。」
「病人に、長々喋らせんじゃねぇよ。」
「ごめん。」
「にやけながら、謝るな。」
だって、とても不安だったから…。
恭介くん程、学がない僕は、「腐れ縁」の本当の意味なんて知らなかった。
そして、恭介くんも同じ事を考えて、感じていたと言う事が、とても嬉しいんだ。
恭介くん、僕は君が好きなんだよ…。
読んで頂き、ありがとうございました。
また、続きを書ければと思っていますので、どうぞ、よろしくお願いいたします。
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