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儀式の真実


 あの夜。


 “厄災”に怯え、生贄を捧げて傷つきながら生きる暮らしから、“厄災”と戦い、命を懸けて傷つきながら生きる暮らしへ。

 もっとも短く云い換えるならば、血で贖う暮らしから、血を以て抗う暮らしへの転換。


 新たなる法を敷くために立ち上がったテンシーたちが絶対に乗り越えなければならない壁は、目前に二つそびえていた。


 「生贄を廃する? “厄災”と戦う?

いかにアク様のお言葉と云えど、それは承服できませぬ。私だけではない、この地に生きるメトト全てが、承服せぬでしょう」


 剣と月のメトトの長ア=ルエゴ。

 

 この地に長く続く生贄の慣習。誰もが認め、心から生贄となった者を慈しみ、悼み、ゆえに誰もが胸の内に棘差すような違和感を抱き続けねばならぬ法を、預かる者。


 当代における“ルーラー”である彼を、いかにして説き伏せ、または懐柔するか。

 それが、一つ目の壁であった。


「そう、わかったわ」


「おお、さすがはアク様、では」


「ええ、決戦は十日後。直接の相手は私がするわ。アンタたちには現地への案内とその他もろもろの下準備と、実際に“厄災”が倒されるところを見て生き証人になってもらうから」


「は? いやしかし、今わかった、と」


「ん? アンタは承服できないんでしょう、もちろんわかったわよ。でも、私がアンタの云うことを聞くことはまた、別の話。そうよね?」


「な、なんと無茶苦茶な。後生ですからこの縄を解いてください」


「やーよ、解いたらアンタ逃げちゃうじゃない」


「そんなあ」


 何とも、会話としてはいささか不毛で、光景としてはいささか異様だった。


  床の間には荒縄とむしろで簀巻きにされたア=ルエゴその人が転がっており、エーナインは彼と向かい合う形で胡坐をかいている。むき出しの真白い脚線をのぞかせ、片膝なぞ立ていかにも傍若無人然として座っているものだから、這いつくばって見上げている男の側としてはいささか目のやり場に困ってしまう。


 「はぁ。エーナイン、選手交代」


 もう見てられない、と云う風にテンシーがエーナインの肩を叩いた。


 「なによう、まだ始まったばかりじゃない。せっかく私が一肌脱いでやろうとしてるんだから邪魔しないの」


 「エーナインが一肌脱ぐのは後で。だいたいどうして『説き伏せる、または懐柔する』っていう計画が『部屋に引きずり込んで簀巻きにしてわがままを云う』になっちゃうの。これじゃあもう強硬策しか残ってないじゃない」


 「上等じゃない、強硬策。成果の前に過程の違いなんて誤差よ、誤差」

 

 「誤算だよ、誤算。あまりに自信まんまんだったから、ボクたちの知らない弱みでも握っているのか、なんて。ちょっとでも期待したのが間違っていた」


 不機嫌になったエーナインは放っておくことにし、テンシーはレルルの手をとって一緒にア=ルエゴの傍まで寄った。


 「アク様がかように面妖なことをなさるなど今までなかった。さてはそなた、アク様に何かを吹き込んだな!?」


「ねえ、いくつか聞きたいことがあるんだ。やっぱり今回の生贄って、エーナインとボクの二人で決まり? 実際さ、エーナインだけでよくない?」


 「聞こえてるわよおバカ」


 つん、とそっぽを向きながらエーナインがツッコミを入れる。


 「今回は特別だ。アク様が我らのメトトにおいでくださる少し前に、“厄災”の縄張りとして長らく封印していた鎮守の領域が何者かによって破られ、夜な夜な“厄災”の怒りの叫びが聞こえてくるようになった。

 加えてここに来る途中、宮家のババ様からも“厄災”が現れたと。聞けばそこにいる宮家の息女を助けたのはそなただと云うではないか。

 すなわち、此度は二体の“災厄”が我々を脅かしているということになる。こうなれば当然、鎮めるべき生贄もまた、二人になろう」


  「テンシー様、本当にごめんなさい。私のせいです、私が口からでまかせを云ってしまったばっかりに……」


 まさに、嘘から出たまこと、とはこのことだと、レルルは思ったようで、目元の隠れた表情がまた曇る。

 だが、テンシーが抱いた小さな違和感は別にあった。


 「ちょっと待って。封印されていた領域が破られたって、誰に?」


 「わからぬ。ただ、畜生の類ではないことは確かだ。それほどに酷い荒らされ具合だった。鎮守の樹は焼け落ち、注連縄は断ち切られ、メトトは粉々に砕かれていた。悪鬼羅刹か、魑魅魍魎の類としか思えぬ」


 そっぽを向いていたエーナインの肩が、不自然に跳ねた。


 「……ちなみに、その場所って、ここから見てどのあたり?」


 ア=ルエゴから、この村からの距離と方角を聞き出し、テンシーは自分の記憶と情報を突合していく。頭の中の作業に結論が出るまで、十秒もかからなかった。


 テンシーはエーナインの方を見た。ちょうどエーナインもテンシーを見ていた。

 だが、不思議と視線は合わなかった。テンシーが視線をあげれば顔を逸らし、視線を下げれば見つめてくる。


 「ねえ、エーナイン」


 何度か視線をかわされたあと、テンシーが静かに声をかける。

 エーナインはと云えば、おきなさんを長白髪ごと被ったまま不自然に過ぎるそっぽを続けている。


 「……イエスなら一回、ノーなら二回。嘘ついたら怒るからね」


 周りの者たちが意味も分からず見つめる中、エーナインはそっぽを向いたまま、小さく床を一回ノックする。

 テンシーは溜息をついたが、それ以上は追及しなかった。


 「あの、テンシー様? 今のはどういう」


 「マッチポン――ううん、こっちの話。それより、次の質問。ねえア=ルエゴ。君のメトトが管理している、勇気の儀や生贄の儀式のこと、話して貰える?」

 

 「そなたにこの名を呼び捨てにされる覚えはない。第一、儀式の秘奥は我らの命よりも重いもの。おいそれと他人に話せるほど軽いものではないのだ。わかったらさっさとこの縄を解いてくれ」


 「なるほど。でもそれって裏を返せば、儀式の秘奥は全部、君の頭の中に入っているっていうこと?」


 「ならば、なんだと云うのか」


 「レルル、お願い」


 簀巻きにされたア=ルエゴの体にレルルが触れ、彼女はテンシーと手をつないだ。

 

「な、なにをするつもりだ」


「別に何も。ただ、これからボク、君にいろいろ聞いていくね。

でも君は答えなくてもよい。いや、むしろ話しちゃダメ。たとえば儀式の深奥には、みんなには知られていない隠された意味があって、君がそれを知っていたとしても――」


「……」


――どういうつもりだ、この娘。なぜそのことを……


「君はそれを(・・・)考えては(・・・・)いけない(・・・・)。いいね?」


 レルルの能力を介し、手に取るように伝わってくるア=ルエゴの心の声。

早速獲物が釣れそうな予感に微笑みながら、テンシーの尋問は進んでいった。




 「……よし、上手くいっている。やっぱり、儀式は<愛ゆえに掛け違えた>ものだったんだ」


 漆黒の巨躯もつ密林の絶対者たる“厄災”と、戦技無双の美姫と化したエーナインの大立ち回りを眼下に眺めながら、テンシーは独りごちた。


先ほどまでは月も星も見えない無明の宵であった眼下のそこかしこでは、今や煌々とした火の手の煌めきが見える。 

 

 全容が明らかになったその場は、かつて“生贄の祭壇”と呼ばれていた、“厄災”の狩場。あまたの勇敢で高潔な人々の命が散っていった場所だった。

いまや敷地の外縁部をぐるりと取り囲むように篝火は伝播し、連なり、対峙する両者を巨大な四辺で取り囲むように咲き誇っている。


 テンシーは、“厄災”の一撃を変態的なまでのマニューバで回避した後、敷地の中央に天を衝くほど高くそびえる石のメトト、その天辺で羽を休めていた。


メトトの後方には巨大な石積金字塔ピラミッドがそびえており、篝火の踊る天頂の祭壇には、恐怖に目を見開きながらも固唾を飲んで成り行きを見守るア=ルエゴと、前意識を集中し黙したままのレルルがいた。

 

 敷地を囲む篝火を焚き上げたのは、太陽と月、二つのメトトから選りすぐった勇敢な者たち。どの持ち場も数人一組となり、火を絶やさぬもの、燻煙器を絶えず回すものとに分かれている。


 ア=ルエゴ率いる祭祀の一族が秘匿してきた、篝火、音楽、燻煙香、そして“勇気の儀”の大ジャンプに隠された秘密。

 これらは全て、かつて“厄災”に対抗し、たとえ己が血を流してでも一族を、家族を守らんとした先人たちが残した、言葉亡き遺産だった。


「見たところ夜行性で、闇の中における視力は抜群に高い。でもその反面、火や光の類は苦手なんだ。

それにあの大きく発達した耳。機能的にも狩りに特化しているとすれば、特定の音を極端に嫌うことだってじゅうぶんに想像できる。

もちろん獲物を追うための嗅覚だって、煙と香りも……」


眼下には、人ならざる者たちの饗宴が続いている。

だが、テンシーの想いはわずかな間、別のところにあった。


「これを試行錯誤して、創り上げてきたんだ。長い時間をかけて、伝えてきたんだ。一人が倒れても、何回負けたとしても、自分たちの一族を、家族の命を繋いでいくために……」


テンシーの辰砂の瞳に、篝火の煌めきが心なしか楽し気に揺れた。


「すごいや、人間って」



 


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