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行動開始


 剣……天秤……正義……力……法。

 

 力なきルールにも、ルールなき力にも明日はない。

 人間が敷き、人間が傾けた天秤が、人界に黄昏を齎したのと同じように。 


 裁定……生贄……自己犠牲。


 固く順守されていようとも、ルールそのものが誤っていれば導かれる結論もまた然り。

 ではルールそのものに間違いはなく、固く順守されてさえいれば正しいのか?


 そうではない。

 事物には常に、本質である”性”と、現象としての”相”の二面があるゆえに。


 愛……抗い……贖い……掛違いの果て……特異点。


 では何処で掛け違えた? 

 外形だけは形を変えず、ことの本質だけがすり替わったのだとしたら?

 

 石……丹……。

 石は形を変えず残り続ける。

 変わるのはいつも、それを見つめる人の方だ。


 岩の面でも。子供の心であっても。

 ひとたび刻まれたものはみな等しく傷。

 ゆえに形を成したのちもそのまま跡になって残る。残り続けていく。


 良いことなのか、悪いことなのか。

 何にとって? 誰にとって?

 裁定する者が消えたなら、いつまでたっても答えは出ない。


 過去も未来も関係なく。

 生きている以上、答えはつねに、生者のためにあるならば……

 


 導かれる答えは、自ずと一つに洞察される。


 テンシーは目を開けた。

 時間の感覚がない。いつからこうしていたか分からない。

 

 だが。

 なぜか、いつもの気怠さがないことだけは確かだった。

 

 「……その顔、何か思いついたわね?」


 むに、とテンシーの頬を突っついて、エーナインが尋ねる。


 「まあね。もし、解決策があるって云ったら、ノる?」


 「当たり前でしょっ。なんのために膝痺れさせてまで枕になってあげたと思ってんの」


 「むふふ、ところでさエーナイン。どっちがシレイを達成するかの勝負って、まだ継続中だよね?」


 「そ、それがなによ」

 

 「じゃあ解決できたらこの勝負、僕の勝ちってことで良いよね?」


 「うぐっ」


 「あ、別に嫌ならいいんだよ、気高く神聖な生贄のお仕事どうぞ頑張って女神様」

 

 「こんぬ、さんざん人の膝に甘えておいて……わーった!わかったわよ!」


 エーナインは不承不承だが負けを認めた。それでも膝の上の小憎たらしい顔を、せめてもの意趣返しとばかりに手で挟んで揺する。

 顔をされるがままもみくちゃにされながらも、テンシーは勝利の笑みを浮かべる。


 そんな二人の戯れる姿を見ていたおきなさんが「嗚呼、善き哉」とこぼす。

 彼と同じく影のように佇んでいたジジもまた、目を閉じ深く頷いていた。

 

 「じゃ、さっそく聞かせてもらおうじゃない。云っておくけど、私の脚を痺れさせるほどの値打ちのないようなプランだったら、こうだからね」


 エーナインは両手を中指一本拳へを変え、目の前でぐりぐりして見せる。

 子供っぽいが、武姫である彼女がやると存外に恐ろしい仕草を見て、テンシーは珍しく固唾を飲んだ。城で何度かやられたことがあったからだ。


 「そのまえに確認。エーナインは”厄災”を自分で退治しようとは思わなかったの?」


 「は? なに云ってんの、やろうと思ったわよもちろん。でもア=ルエゴたちから情報を集めて、諦めざるを得なかった。だから恥を忍んであんたの考えに乗ってあげようって……」


 「ふーん、ちなみに、どうして諦めたの?」


 「だってっ! あいつらみんな”厄災”のこと、鬼霊とか悪霊とか云うんだもん! いくら私でもオバケは退治できないわよっ」


 「……忘れてた。エーナイン、オバケ嫌いだったね。図書館でボクが見つけた怪談の本読んで、怖くて眠れなくなって、それでボクのベッドで一緒に……ねえ覚えてる? 人界では夜明け前が一番暗くって、そこにはいつも末路わぬ者たちの慟哭が」


 「あー聞こえない聞こえない」

 

 おきなさんで顔を隠し、手で耳を覆って赤毛を振り乱すエーナインを呆れたように見ながら、テンシーはボソッとひとりごちる。


 「……忍ぶ恥さえ間違わなければ、本当に最短だったかもしれないけど」


 ポンコツな挙動から戻ってこないエーナインに一旦見切りをつけ、テンシーの視線はジジの方へ向く。


 「ねえジジイ。これからボクたちがレルルに何をしても、ボクのこと、信じてくれる?」


 ジジはじっとテンシーを見つめたまま動かなかった。

 齢を重ねた物言わぬ眼は波一つない湖面のように、板の間にちょこんと座るテンシーの姿を映し出している。


 しばしの、沈黙。

 そののちに、答えは出た。

 正しく胡坐をかき直したジジは深々と頭を下げ、板の間に額をつけて見せた。

 

 テンシーがそっと、ジジの前まで歩み寄って膝を折る。

 ふと顔をあげたジジの前には、天使の微笑みがあった。 


 「ありがとう。信じてくれて。あの子を今日まで、支えてくれて」


――今日まで、生きていてくれて。


 「ア”……」


 老人の頭を、テンシーが胸に抱く。幼子をあやす慈母のように。

 切り裂かれ、つぶされた喉から、声とも云えぬ音が漏れる。

 

 「あの子の、レルルの力とジジイの記憶が必要なんだ。もう一度、正しい法を敷くために」


 


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