第2話 懐かしい思い出と
俺の心を潤してくれる俺の奥さんを抱き締める。
「…今日は一緒にお風呂入ってね」
彼女は立っていて、俺は座っていたから彼女のお腹に顔を寄せる。
「……うん」
「まだ照れる?」
結婚して一ヶ月経つのに。
「…早く食べなさい」
「はーい」
ぶっきらぼうに照れ隠しをする愛ちゃんに気分が高揚して、ようやく、わだかまり無く食事を食べ始める。
愛ちゃんは前に座ってくれた。
「おかげで俺は溜まった水を克服したよ」
「…そうでしょうね」
「〝愛子〟」
「ひょー」
相変わらず、面白いリアクション。頬を凹ましてる。
「かわいい」
「喋ってばかりいないで、ご飯を食べなさい」
「だいたい、俺が貴ちゃんにヤキモチを焼くのは俺と貴ちゃんが同じ扱いを受けてるからだよ」
ここで、本心と要望。
「俺はそろそろ〝愛ちゃん〟を卒業したいよ」
「………」
口を真一文字にして目を閉じた愛ちゃん。
「…〝愛子さん〟にしようか?」
「ほぉぅー」
その様子を見て妥協案を提示したら、今度は手を頬に添えて、照れ隠しをする。
「そんなに感じる?」
「キャーッ!!」
核心をつくと顔を真っ赤にして叫ばれ、両手で顔を覆われてしまった。
その姿を見て、さっきまでの気持ちもどこへやら。一気に俺が満たされていく。
俺しか知らない、俺だけのもの。
ゾクゾクと俺の独占欲が満たされる。
(あー、最っ高)
「早く食べよう。ここじゃちょっとね」
「何考えてんの!?」
「知りたい?」
「うひょー!!」
「あー、かわいい。最高だね、俺の奥さんは」
「バカにしてー!」
真っ赤になって言い返して来る。もう、かわいい。
かわいい。
「冗談。殿下は綺麗です」
気持ちを抑えて、ご機嫌取りへ移行。怒らせたらお風呂が無くなる。
「ペテン師」
「明日の朝は愛ちゃんが漬けた糠漬けが食べれるよね?」
母が毎日出してくれていた糠漬けは今、俺の奥さんが受け継いでくれている。
「俺の奥さんが料理上手で良かった」
「…ご機嫌取りだな?」
じっとりと言い当てられる。その通りなのだから言い返しはしない。
「お母さんのは漬かってなかったし、野菜が丸ごと出てたからね」
「へー」
「よくお父さんに〝どうして私が包丁を握って切らないといけないのよ!歯がついてるでしょ!〟って言ってた」
「素晴らしいお母様だね」
昔話をすると、目を輝かせて褒める俺の奥さん。
…本当は愛ちゃんもそうしたいのかな?
……似てるしね。お母さんと。
「…明日、切って出してくれるよね?」
当時を思い出した。漬かっているとはいえ、噛み切るには結構大変…
「お母様は丸ごと出していたんでしょ?」
「お父さんにはね。俺には〝子供だから小さくしないとね〟って粉々にしてたよ」
懐かしい事を思い出した。
両親がご存命の当時はお抱えのシェフがいて、食事作りはシェフの仕事だった。
朝からステーキ、それが我が家の定番だった。
それがいつからか、食卓にお母さんが漬けた糠漬けが出るようになって、お父さんはもっぱらそれとご飯だった。
…当時のお父さんを思うと……朝からステーキは重いよな。
お母さんは当たり前だったみたいだけど。
そういう俺も、京都の屋敷の行事で膳を食べる時は基本懐石料理。初めてステーキを見たときは内心、ギョッとした事を思い出した。
「愛ちゃんのおかげで懐かしい事を思い出したよ、ありがとう」
「そう?」
「うん、俺には切り刻まれた糠漬けが出されていたよ」
思い出して笑いそうになった。
お父さんは大きく輪切りにされた糠漬けだった。
そして…よく俺の皿と交互に見ては複雑な顔をされていた。
……今なら、両親の前で笑っていた事だろう。
そしたら、そこから…家族の会話が広がっていたかも知れない。
後悔。
今更遅いけど。
「結ちゃん、こっちの世界に戻っておいで」
「…それ、この前黒崎くんにも言われたよ」
「会社でも自分の世界に入るの?」
「この癖はやめられそうにないよ」
きっと…俺のこの癖は、蔵に押し込められていた頃に出来たものだろう。
暗くて恐くて、目を閉じて、どうしたら大奥様や正妻が許してくれるのか…頭の中でずっと考えていた。
「結ちゃん」
「…ん、」
暗い過去を思い出していたら、こっちの世界に引き戻してくれた。
俺の、光。
「思い詰めた顔をしてたよ」
「…愛ちゃんがいてくれて良かった」
一人だと、誰にも止められず…このままずっと自分の世界に入って過去を彷徨う所だった…
「明日は小さく切ってあげるね、糠漬け」
「…普通でお願いします」
粉々の糠漬けは食べるのが大変だったんだから。
〝糠漬け〜〟の件は【政略結婚の裏側に…】の【二ヶ月後】にて♡