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【短編】人生初のスパダリ彼氏とケンカする、のち……

 34歳目前にして出来た人生初の彼氏はハイスペックだ。

 そんな彼と喧嘩をした。発端はそう……


「愛ちゃん、愛情表現が乏しいよ」

「あ!?」

「もっと〝嬉しい〟とか〝好き〟とか言ってほしい」

「はっ!?」


 このハイスペックな彼氏は化けの皮を外すと途端に幼児返りをする。穏やかな大人のイケメンの風貌から似ても似つかない幼稚な事を私に要求する。


「俺の事好き?」

「……自分で少し考えたら分かるでしょう?」


 一般的な男女関係では日夜このような言葉は言い合うものなのだろうか?


 ………無理! 恥ずかしい!


「言葉にしてほしい」

「……まあ、結たんは甘えん坊ねー」


 こうなると私は彼のお母さんの立ち位置になって逃げる。

 こうすれば照れも放出出来る。


「そう、だから愛ちゃんの言葉がほしいよ」


 だから、自分で考えて。


「……」

「……」


 見つめ合うこと一秒。恥ずかしくなって結局私の完敗。


「す〜〜、すすすす……きーですよー」


 リズムに乗せて歌のように言う。


「……」

「……言いましたよ」


 まだなにか言いたそうなスパダリさんをじっとりと見据える。コイツは何を期待しているんだ。



 ……は! 駄目よ、私。思いは言葉にするって決めたじゃない。寂しい幼少期を過ごした彼は愛に飢えてる。その分誰よりも強い愛情表現をして私が彼を満たしてあげたい。


 ゆけ、愛子!


「………っ!」


 が、無理!!




 ……冒頭の喧嘩の理由はこれでは無い。喧嘩の理由はここからである。




 ――ブーブー


 彼のスマホのバイブ音が鳴る


「鳴ってますよ」

「すみません、少し失礼します」


 お互い小休止して冷静さを取り戻し、彼は電話に出た。



「はい。あ、先日はありがとうございました」


 ビジネスモードの外面にカチッとスイッチが入り、にこやかに話し始めたスパダリ彼氏を見つめる。


(先程のお子ちゃまはどこに行ったのよ)


「ええ。是非また行きましょう。綺麗な女性と一緒ですと僕も楽しいです」


 ……は?


「はい、ではまた後日。失礼致します」


 そして彼はにこやかな表情のまま電話を切った……


 何だあれは。


「……」

「愛ちゃん?」

「いつも誰にでも浮ついた言葉を言えて羨ましい限りです」

「は?」

「社交辞令は言わないんですよね」

「……ああ! 焼きもち!」


 冷えた私の声と相対的な彼の意気揚々とした明るい声にプツンと私の中の何かが切れた。


「違うわ! アホ!!」


 愛情表現が乏しいと言われたが私はその一言一言が必死なの。誰にでも常日頃から浮ついた言葉を言う慣れた人間とは違う!




 …そう、私の愛の言葉には重みがある! 奴の言葉には重みが無い!




 それを咎められる筋合いは、無いっ!!




 ――バッタンッ!!



 勢い良く彼の家のリビングの扉を閉めた。



 そう、喧嘩の理由はこれである。




 ✽✽✽


「はぁー」


 そのまま東京から実家に帰って、喧嘩は現在進行形。

 電話にも出ないし、メールも返信していない。


 〝ああ、焼きもち!〟


 ……イラッ。

 絶対バカにされた。あの顔が物語っている。好みの整った顔が一瞬にして小憎たらしくなる。


 〝綺麗な女性と一緒ですと僕も楽しいです〟


 私の心が狭いのかな?

 だってさ、にこやかに嬉しそうに……


「ちーかーこー!」

「はぁい?」


 姉から呼ばれ返事をする。


「結仁くんからまた届いたよー」


 何やら奴から贈り物らしい。……これは餌で釣ろうとしている魂胆が見え見えだ。


「ちーかーこー!」

「もう! 分かったって!」


 階段下から叫ばれていた為仕方なく部屋を出て1階に降りる。


「愛子! 今度は何が入ってるかな!? 開けていい!?」

「駄目!」

「お菓子お菓子!」

「だったら後で配給するから!」


 荷物を解こうとする姉から箱を奪い取る。


(……なんだろう? 結構重たい)


「いやー、本当に良いの捕まえたよねー。毎度毎度貢いでくれてありがとう、義弟よ」

「……」


 茶化す姉の言葉を聞かずに階段を上がり部屋に戻り、贈られてきた荷物の箱を見た。


 その箱に貼られた伝票を見て何とも言えない気持ちになる。



 綺麗な、字。



 その人柄の滲み出た丁寧な字を見ていたら、私が怒っている事がとてつもなく小さな事に思えた。


(謝ろうかな……)


 言葉の重みなんて後付。私以外の女の人と、にこやかに話す事が許せなかった。他の女の人を褒めるのが嫌だった。



 〝ああ、焼きもち!〟



 ……そうだよ、その通りだよ。悪いかくそやろう……。




「ちーかーこー」

「何よ」


 姉さんがいつの間にか私の部屋にいた。ノック位してよ。プライバシーよ。


「結仁くんに会いたい?」

「何で?」

「合わせてあげてもいいけど?」

「何で姉さんの許可がいるのよ」

「ほら」

「え?」


 差し出されだのは飛行機のチケット……


「姉さん……」

「かわいい妹の為ならこのくらい」


 ……どうしよう、感動してしまった。だって10円のチョコレートすらくれないあのドケチな姉さんがまさか私の為に航空券を用意してくれるなんて……


「姉さん……泣いていい?」

「気持ち悪いからやめて」

「ひど!」

「さ、任務終了。クッキークッキー」

「え?」


 航空券を手にし、感動している私を素通りして彼からの荷物を開ける姉……


「お、これこれー!」

「姉さん……任務って?」

「次は何を頼もうかなー」

「ちょっと!」


 姉は何も答えず、お目当てのクッキーが入った箱を持って私の部屋から出て行った……


 これ以上姉に追求したら喧嘩になる。そうなれば私に勝ち目はない。……諦めないと。


 私は開けられた箱に視線を落とす。


 もう一つ箱が入っていた。中身は……私が以前欲しいと言っていた、土鍋。


「……ふ」


 嬉しいやら、おかしいやら、これまでの感情が全て入り交じって泣きそうな顔で笑ってしまった。


「プレゼントに土鍋って……」


 色気無いなぁ、私も。


「……覚えててくれたんだ」


 本当に些細なこと。私自身も今の今まで土鍋の事を忘れていた。それくらい他愛もない話の中の事だったのに。


 ……それを、彼は覚えてくれていた。


「……」


 目頭が熱くなって、視界がぼやける。私は何を怒っていたのだろう。


 彼は仕事柄沢山の人と知り合う。その沢山の人と円滑にコミュニケーションを取っているだけ。


 私とは違う。それが……分かっているけど、嫌だった。

 それを、プライドが邪魔をして伝えたくなかっただけ。



 会いに行こう。そして謝ろう。そして……愛の言葉を伝えよう。



「……あれ?」


 飛行機のチケットを見ると出発時刻が迫っている……


「ねねね姉さん!!」

「何よ、うるさいわね」


 姉の部屋の扉を叩き続ける。勝手に開けて入ったら殺される。だからどんな時も姉が部屋から出てくるのを待つ。


「このチケット! もう家でないと間に合わない!」

「あー。丁度いいじゃない。行ってらっしゃい。お土産は〜」

「もういい!」


 これ以上聞いても絶対何も答えてくれない。私は超特急で荷造りして着替えて…





 ✽✽


「着いた……」


 なんとか無事に飛行機に乗り、東京へと辿り着いた。

 最終便、人はまばらでお店も閉まっている……。


 衝撃と勢いに任せてやってきたけれど、これからどうしよう……。彼には連絡してないし、ましてやずっと無視してた身分だし。うーん……


「……やっと会えた」

「っ!!??」


 スマホを片手にオロオロしてるといきなり後ろから抱きしめられた。耳元で囁くこの声を私は忘れるはずが無い。



 全細胞が覚えている。



「ごめん……」

「……心から思って無いくせに」


(ああ! 謝りに来たはずなのに先をこされたからってなんて事を……!)


「思ってるよ、もう限界……」

「……」


 悪態をついてしまった私に震えるような懇願する声が聞こえてどうしたら良いのか分からなくなった。



「ごめんなさい……」


 片手を滑らせて彼の腕を掴む。そして言おうと決めていた言葉をようやく言うことが出来た。


(後もう一つ……)


「図星だから。だから……」


 悔しい。やっぱりプライドが邪魔をして言えなくなってしまった。


 ヤキモチだって。私以外の女と仲良くしてるのが嫌だったって……


「……」



 悔しい。どうしてその言葉が言えないの?


 私なんかと婚約してる三井さんがかわいそう。



 ……それを言ってしまったらお終いだ。もう自分を貶さないって約束したから。



「……子供っぽい俺が嫌になった?」

「え……?」


 なんとも検討違いな言葉が上から降ってきた。


「俺……愛ちゃんの前だと……子供になるから……」


 泣きそうな震える声……。


「仕事の電話と……同じように……愛ちゃんに出来ないから……」


 ……もしかしたら、連絡を断ったこの数日間、彼なりに原因を考えて、この結論にいたったの……かな?


「どうする事も出来ないよ……ごめん……」


 〝ああ、焼きもち!〟〝違うわ!アホ!〟


(……違わないわ、アホ……)


「私の方が子供っぽいよ。図星だったから怒ったの」


 それなのに、三井さんが謝ってる。


「ごめんなさい。だ、大好き……ですから……」


 言えた……! 最後語尾が恐ろしく小さくなったけど、この距離感。




 きっと伝わってる――






「……ほんと?」

「うん……」


 良かった……伝わった……


「もう一回言って」

「……」


 その声は震えていない。さっきのしおらしさはどこに行った、少年結仁よ。




「……好きよ、結ちゃん」




 だけどもう殻を破った。私は今度から彼を結ちゃんと呼ぼう。

 そうすればなんか緊張が溶けた気がした。呼び名って大事。



 距離が……変わるから。



「……不安なんだ」

「うん……?」

「いつか……愛ちゃんの気持ちが……離れる気がして」


 か細い、小さな声……


「恐いよ。俺を置いてどこにも行かないで……」


 彼は……複雑な幼少期を過ごしている。

 私はそれを分かったつもりでいたけど、全然分かっていなかった……。




 怒って、飛び出して、無視して……


 彼の心の傷を……抉ってしまった。




 私が、癒してあげたかったのに……。




「結ちゃん、私と結婚してくれる?」


 後ろから抱きつかれていて、顔が見えない分、堂々と伝える事が出来た。


「もし……貴ちゃんが、私がいても大丈夫なら……」


 この事を伝えようと思って、私はここに来たの。


「私はなるべく結ちゃんの側にいて、結ちゃんに……おかえりなさいって言ってあげたい」


 私は地元も実家も大好きだから、離れたくない。




 だけど、今は――




「結ちゃんの家に住んでもいい?」




 ――寂しがり屋で甘えん坊。時折見せる幼児返り。


 人前では絶対見せないスパダリ彼氏の本当の姿。


 外側の彼に恋をし、肩書と収入に惹かれたのは事実。


 だけど――


 内側の彼を知って、愛しさが芽生えた。




 だから……


 もう、外での彼の姿に焼きもちは焼かない。




 ……それが出来るかは……まだ分からないけど。



「……毎日おにぎり握ってくれる?」


 自分の為に何かをしてもらったという経験の少ない彼は、そんな些細な事も喜んでくれる。


「毎日なら、ちゃんと料理を作るよ。結ちゃんの為に」

「……俺の為に?」



 なんでいつも聞き返すのか、愛の言葉を聞きたがるのか……


 その理由が今になって分かった。


 私はもう……恥ずかしいを理由に逃げる事はしない。



 彼を幸せにしたいから……




「結ちゃん以外……いないでしょ?」

「ありがとう……」


 ようやく落ち着いたと思われる声の返事。


 私は身をよじり後ろを向いて抱き締める。

 ……彼もまた、抱き締めてくれた。



 これからは沢山言葉にして、抱き締めるから……



 結ちゃんの不安が…心の傷が……



 埋まるように……




 ✽✽✽


「どうしたんですか、これ!」


 若干の恥ずかしさを残しながら、迎えに来てくれていた結ちゃんの車に乗り込むと、後部座席にはびっしりと高級ブランドのショッピングバッグが所狭しと並んでいた。


「愛ちゃんにあげようと思って」


 少し……バツの悪そうな言い方。


「喜ぶ事……思いつかないから……」


 それで、プレゼント……。


「……ありがとう」


 なんでも爽やかにスマートにしてみせる彼の本当の姿はこっち。


(かわいいなぁ)


「……お義姉さんが教えてくれたから」


 ……


「……あっ!!」


 そうよ、姉さん! 航空券!!


「あれはお義姉さんが日にちを指定してくれて」


 聞くと、案の定なお答え……


「使われてますよ」


 私の姉に。良いように。


「クッキー一つで動いてくれるなら安いものだよ」


 そう言う彼は……


「やっぱり腹黒大魔王」

「必死だったんだよ」

「……」

「失うかもって……思ったから」

「ごめんなさい」


 たかが喧嘩。されど喧嘩。

 彼の幼少期を思い起こさせるのには、充分だった。


「焼きもちだったって分かって、俺は今嬉しいけど」

「……クソガキ」


 やっぱりテレは中々治らない。


「……俺、愛ちゃんに〝結ちゃん〟って言われるの好きだな」

「そうですか……」


 改めて言わないで、恥ずかしいから。


「亡くなったお母さんが……俺のことそう呼んでた」


 ……


 そっかぁ。


 私は彼の育てのお母さんを知らない。産みのお母さんは〝結たん〟って呼んでたから……


「もう……二度とそう呼ばれる事は無いって思ってたから……」


 育てのお母さんは物心ついた彼に初めて愛情を与えた人。


「〝結ちゃん〟」

「なんですか、殿下」

「私もそう呼ばれたのは初めてでした」

「……敬語に戻ってる」


 あ、そうだった。


 結ちゃんは心を許して、自分の側にいて欲しいんだよね……


「……苦しゅうない」

「何それ」


 スパダリ彼氏が笑った。久しぶりに見たその表情に胸が高鳴る。


「姉さんとどんなやり取りを?」


 なんだかドキドキして、話を変える。


「愛ちゃんの欲しいもの、現状を菓子折り一つに付き一つ教えてくれるっていうシステム」

「私達の事筒抜けじゃない」

「お義姉さんから連絡をくれたんだよ。愛子がおかしいって」

「……そう」


 彼から〝愛子〟って呼ばれると腰が砕ける。どうしよう……やばい。


「愛ちゃんの航空券の日取りはアイス。渡すのはクッキー。それから……」

「ちょっと待って」


 それでやたら小包が届いていたのか。

(私も食べたけど……高級アイスにその他諸々……)


「お姉さんが物より食べ物にして欲しいって」

「……」



 ……ええ。我が家はそうですよ……



 色気より食い気……これがスパダリさんにバレてしまった




 ✽✽✽


 それから私達は結婚した。


「ただいま」


 彼の声が聞こえると、私は玄関に小走りで彼を迎えに行く。


「おかえりなさい」


 毎日のルーティン。


「貴ちゃんは?」


 結ちゃんは靴を脱ぎながら、いつもは一緒に出向かえてる弟の事を聞く。


「今日は友達とご飯を食べて帰るって」

「そう……」

「空の巣症候群?」

「うん」


 一歩家に入る。目の前に愛しい人がいる。


 私は手を伸ばして、頭を撫でる。


「結ちゃん、よしよし」

「なんか俺犬みたい……」



 そういう彼の顔は笑っている。外面では見せない、素の笑顔。




 ――堪らなく、かわいいと思う。




「寂しいの埋まった?」


 抱き締めて、聞いた。



「――うん」

「結ちゃんは独りじゃないよ」



 恥ずかしさは未だにあるけれど、何とかやり遂げるとめいいっぱい抱き締め返された。



【おしまい】




 〜おまけ〜



「で、どんなキレイな人なのよ。あの電話の人!」


 やはりモヤモヤは残り、尋ねる。


「愛ちゃんが心配すること何もないよ。85歳のおばあちゃんだからね」

「――は?」

「まだまだ現役で事業をされてらっしゃる凄い人ではあるけどね」


 にっこりと微笑みながら私に伝える結ちゃんと、呆気にとられる私。



「俺のことを孫だって言ってくれてて、お綺麗ですよって言うと喜んでくれるんだ」

「……」


(キレイな女性って……お色気な人を想像してたんですけど……)


 全身がワナワナと震えてきた。


「愛ちゃん?」

「――アホか!!」

「え゛ッ!?」


 渾身の大絶叫が、響いた――



【おしまい】

ご覧頂きありがとうございました(*^^*)

結仁くんの産みの両親のお話

【この世界の片隅の歪んだ恋唄】も宜しくお願い致します。

結仁くんの職場の二人

【脇役女子奮闘します!〜冷酷な彼にデレて貰いたいんです〜】も宜しくお願い致します(*^^*)


なお、二人の初夜はムーンライトノベルズにて掲載しております。宜しければコピペしてご覧下さい(^o^)

↓URL

https://novel18.syosetu.com/n1609gx/

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