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最終話 二人で未来へ

 夜、仏壇の前でいつもの日課を済ませて、仏壇の両親に今日一日の報告する。


「今日も一日幸せでした。ありがとうございました」


 ニヤニヤとする顔を隠しはしない。今日も最高の一日だった。また膝枕してもらおう。


「ここに貰われた時には想像もつかなかった現実が……今、私の手中にあります。……会長がチャンスを私に恵んで下さったからです。ありがとうございました」


 …てここで気を引き締める。藤田ホールディングス再建プランを練り直したい。


「人の良いお父さんなら、きっとこうするだろうというプランが浮かんでいます。会長の時代からの交友関係をここで終わりにはさせません」


 ゾクゾクとボルテージが上がって来た。




 ✽✽


 翌朝、リビングで新聞を読んでいると、桑野さんが顔を出した。


「おはようございます」

「おはようございます。桑野さん、大変申し訳ありませんが今日のデートは午後からにして貰えませんでしょうか?」

「お仕事ですか?」

「はい。急遽どうしてもすぐに取り掛かりたい案件が出来ました。お約束しておりましたのに申し訳ありません」


 せっかく桑野さんが東京に来てるのに。しかも誘っておいてドタキャン。これは最低だ。


「何言ってるんですか。三井さんの最重要視はお仕事ですよ?」


 桑野さんはあっけらかんと笑う。


「いや……約束してましたので……」

「それで三井さんが仕事を放り投げて私といたら、それの方が私は嫌です」

「……」

「私は三井さんにとって、お仕事の原動力となる存在になりたいんです」

「桑野さん……」


 やっぱり俺の直感は間違えない。さすが、俺の好きな人だ。


「たーっぷり稼いで下さいね」


 俺に気を遣わせないように、にっこりと笑い、言う。


「もちろん。お詫びに午後からは何でもご所望を言いつけ下さい、殿下」

「ふふふ。無理して早く切り上げないで下さいね。丁寧なお仕事をして下さい」

「はい。ありがとうございます」

「〜、うぉー!」


 ギューっとハグ。朝のハグは習慣として取り入れよう。


「栄養補給です」

「……意味が分かりません」

「頑張って、って言って下さい」

「……」

「貴将を起こしに行くまであと3分です」

「お仕事……頑張って……」

「ふふ。はい。頑張ります」


 照れてたけど、言ってくれた。俺は満面の笑顔になる。


「かわいい。……ぐっ、」


 両手で腹を押し返されてしまった。せっかくの朝の包容が…


「三井さんのかわいいは私をバカにしてます!」

「は!?してません! 誓って!」

「なんか小バカにした言い方です」

「ポジティブに解釈して下さい」

「6時15分です」

「……貴将を起こしに行って来ます」


 いけない、軌道修正しないと。俺はリビングを出て階段を登りながら考える。

 このままではお父さんとお母さんと同じ夫婦関係を辿ってしまう。

 子供の前で夫婦喧嘩を頻繁にするのは避けたい。子供が俺の二の舞いになる。


 ……子供、か。


 ……俺の、子供。



 俺と、桑野さんの……子供……


「〜〜!!」


 階段を登り終えた所でしゃがみ込み、悶える。


 そうか、そんな未来が来るのか……。桑野さんは子供を望んでいるし……。


「……ふ」


 顔が無意識にへにゃっとニヤける。もう救いようがないが、俺は今一生縁が無いと思っていた幸せを人生最初で最後、味わっているんだ。堂々とニヤけていい。


 諦めなくて良かった。人生は素晴らしい!



 ――コンコン、ガチャ


「貴ちゃーん、おはよう! 朝だよー!」


 貴ちゃんを起こすのでさえ、小鳥のさえずりが聞こえて来そうなほど清々しい。


「うーん……」

「貴ちゃん、今日はとっても良い天気だよ。起きたら気持ちがいいよ」


 いつもよりにこやかに貴ちゃんを揺すって起こす。床に散乱した雑誌やら何やらもいつもより軽やかに片付ける。


 いつかこうして、俺と桑野さんの子供を俺が起こす日が来るのか……。楽しみだなー。


「貴ちゃーん!」

「うーん……うるさいー……まだ寝るー……」


 ずっとニヤけていた顔が少し冷静になる。

 ……俺の子供なら、きっともう少し寝起きが良いはずだ。



 ✽✽


 朝食を終えて、桑野さんと共に貴ちゃんを見送る。


「貴ちゃん、忘れ物ない?」

「うん!」


 俺は今日、会社に行くわけでは無いので、貴ちゃんが先に外出する。


「ハンカチ、ティッシュ持った?」

「うん!」

「ラグビーの練習着は持った?」

「うん!」


 俺は親代わり。貴ちゃんの忘れ物が無いかしっかりと確認する。これまでの経験上だ。


「よし! バッチリだね! 貴ちゃん今日もかっこいい!」

「でしょ? でしょ? じゃあ、行って来ます!」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」


 貴ちゃんを見送る。俺ももう行かないと……


「三井さん、忘れ物です」


 後ろから桑野さんが俺に声をかける。


「あれだけ貴ちゃんの忘れ物を心配してたかと思えば……」

「……だからですかね? 自分の事は後回し?」

「良いように解釈しましたね」

「はい、桑野さんも良いように解釈しましょう」

「……ハンカチティッシュは持った?」

「……まさか俺が言われる立場になるとは」

「頬……痛くないですか?」

「頬?」


 あ。そうだった昨日、桑野さんに平手打ちされた。猟奇的な彼女は随分と力強い。言われれば、思い出して痛い。


「忘れ物です」


 そういって桑野さんの手が伸びて来て、昨日叩かれた頬に桑野さんの手が添えられた。

 照れながら、おずおずと。


「忘れていたくらいなので、痛くないですよ?」

「腫れてなくて良かったです」


 柔らかく、暖かい手の感触に幸せな気持ちになる。うっとりとこのまま目を閉じて身を任せたい。


「痛いの痛いの飛んでいけー」

「……物凄く棒読みですね」


 棒読み過ぎて、一気に覚醒した。


「痛そうでは無いので、これで」

「そんなに照れを隠さなくても」

「……」


 桑野さんが手を離そうとしたため、俺はその腕をとって静止する。


「温かいですね」

「……早く仕事に行って下さい」

「もう少ししたら痛いの飛んでいきますので、後少し……」

「すみませんでした……」

「あれは暴力です」

「おっしゃる通りです」

「……お願いを一つ聞いて下さい」

「……」

「①行って来ますのキスをする、②今度から愛ちゃん呼び……どちらにします?」

「はっ!?」

「暴力的行為はいけません」


 ここまで言えば、優しい彼女はどちらかを選択してくれる。

 ゆっくりと、桑野さんは俺に心を許してくれている。このくらいまでは大丈夫だ。


「……ちなみに①の部位はどこですか?」

「もちろん唇です」

「はあ!?」

「濃厚なのをお願いします」

「出来ません!」

「人生何事もチャレンジです。ここで経験しておきましょう」

「アホか!」

「そろそろ行かないと……。このままだと、タイムアウトで両方ですよ」

「〜〜! ……②……で」

「分かりました。〝愛ちゃん〟行って来ます」

「〜〜!」


 桑野さん、もとい、愛ちゃんは真っ赤な顔をする。かーわいい。


「仕方なく、ですからね! ①なんてどうしたらいいか分からないから!」

「当たり前です。逆に経験豊富の方がショックです」

「絶対騙されてる……!」

「仕事終わったら連絡するから、何がしたいか考えておいてね、愛ちゃん」

「強調して言わないで下さい! 時間ないんですよね!? はい、行ってらっしゃい!!」

「はーい。行って来ます」


 ――バタン


 桑野さん……もとい、愛ちゃんに背中を押されて家を出る。

 あー、今、人生が楽しい。俺は今、これまで知らなかった幸せを謳歌している。




 ✽✽


「三井くん!」

「山村社長、本日は急な申し出……」

「固い挨拶はいいから! 座って」

「ありがとうございます」


 藤田ホールディングス再建の件で山村社長にお願いしたい事があって会社まで訪ねた。経緯は昨日のうちに電話で伝えている。


「三井くんは婚約して、人が変わったね」

「……どのように?」

「柔らかいというか……情熱的になったよ。前はもっと、人当たりがいいけど人を寄せ付けない、そんな感じだったからさ」

「そうですか。嬉しいです。ありがとうございます」

「あと、心から笑うようになったな」

「……」

「君がそんなにも感情表現が豊かだとは思わなかったよ」


 桑野さんと出合って、恋をして、想いが通じ合って……俺の周りには好意的な人が増えたと思う。桑野さんが俺の絶対的な味方だと思うと心が満たされて、無理に虚勢を張らずにいられるからか……。


「昨日聞いた三井くんのプランは我社は賛成だ。会社としてバックアップさせてもらうよ」

「山村社長、ありがとうございます」

「藤田さんにもな、連絡した。三井くんに感謝してたぞ」




 それから藤田社長も合流し、藤田ホールディングスの新規事業の話が纏まった。これで藤田ホールディングスは上手く行くと……確信した。



 ✽


 話が終わり、山村社長の会社をあとにする前、俺は許可を貰って商品開発部へと顔を出す。


「浜田さん」

「? え! え!? 三井CEO!?」


 たまたま廊下にいたお目当ての人物を発見し、声をかける。

 桑野さんのお友達の浜田さんだ。


「先日は話の腰を折り、失礼致しました」


 俺は持参した浜田さんへの手土産を渡す。


「いえいえ! 全然!」

「ドリップコーヒーですので、もし宜しければ部署の皆様でどうぞ」

「いやいやいや……。三井CEO、ここでは皆に捕まります。お出口まで一緒しますから!」

「? お気遣いなく……」

「気づいてます? 女子の目。私は後から質問攻めに合いそうです。行きましょう」


 浜田さんの圧に押され、出口まで一緒に行く事となった。


「コーヒー、ありがとうございます。桑野さんが言っていましたよ。気遣い屋だって」

「そうですか。僕には直接言わないので、聞けて嬉しいです」


 歩きながら浜田さんが桑野さん情報を教えてくれた。


「お仕事中お邪魔しました」

「こちらこそ。まさか三井CEOに声をかけて頂けるとは。これから会社で一目置かれそうで嬉しいです」


 浜田さんと別れ、山村社長の会社を後にする。




 ✽✽


「お仕事お疲れ様でした」

「こちらこそお待たせしてすみません」


 桑野さんと待ち合わせて合流。


「……かわいいワンピースですね」

「あ……」

「綺麗な色。愛ちゃんにピッタリ」

「初日に三井さんに買って頂いたものです」


 素直に見たままを褒めたら、あの時の買い物の品だった。


「いいですね」

「何がです?」

「俺がプレゼントしたものを身に着けているというのが」

「そうですか」

「俺の独占欲が満たされます」

「そんなにニコニコして、かわいいわね。結たんは」

「……あの人ですか?」


 まろやかな気持ちでいた俺の顔が一気に引きつる。


「叱ってはいけませんよ。私が無理矢理聞き出したんです」

「いいえ。きっとポロッと言ったはずです。あの人は少し、抜けてます」

「……遺伝?」

「自分の性格には責任を持ちます。遺伝ではありません」


 桑野さんとの会話はいつも楽しい。まるで長年連れ添った親友のように話が弾む。


「内見行きましょうか」


 桑野さんに誘われる。


「一晩考えて、棚からぼた餅。やはりありがたく頂きます」

「……ふ」

「笑いを堪えて下さい」

「愛ちゃんに骨抜きなだけだよ……」


 笑いを堪えながら、フォローする。




 いつもどこかで虚無感を抱えていた俺は、今こうして最愛の人と繋がれて、やっと完全な人間へと生まれ変われた。

 一つ欠けていたままのパズルのピースが見つかり、ようやく完成したような……。

 俺達は二人で一つの未来に向かう。少しずつ、ゆっくりと。

 俺達のペースで。


 ようやく、ここからが本当のスタートだ。




【完】

最後までお読み頂きありがとうございました(*^^*)

心より感謝申し上げます。

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