表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/163

第16話 少し成長する、憧れの恋バナ

 三井さんとの一日はあっという間に過ぎていき、キヨさんと大西さん親子がバスツアーから帰って来た。

 そして……


「こんばんは。お久しぶりです」

「お義姉さんこんばんはー!」

「ご無沙汰してます」


 今日は直くんと百子さんも呼んで皆で夕食を囲む。

(お義姉さんだって!)


「いただきます」


 食べ始めて、私は恋愛の勉強の為、百子さんを観察。


「んん! これ美味しい!」「直くん、あれ食べたい。取って」「直くん、これも美味しいよ!」「直くんくれるの!? ありがとう! 大好き!」


 ……これよね。女子力。

 感情表現豊かに、いつもニコニコ。甘えるのが上手。


 これは、直くんも骨抜きですな。マニュアル本に載ってた行動を全て地でやってるんだから。


 女は愛嬌よ、私。……なんか三井さんがかわいそうになってきた。



「直くん、百子さん、結婚生活はどう? 何か不便は無い?」


 食事の合間に三井さんが二人に問う。


「ん? 不便ですか? うーん……あ! 24時間かっこいい直くんがいて呼吸困難で酸素が足りない事くらいですかね! うふふ」

「……百子」


 (!! すっごい、ももちゃん! 本気で言ってるよ。旦那の兄ちゃんに! 私絶対そんな事言えない!)


 私に衝撃が走った瞬間だった。


「酸素ね。わかった、ありがとう」

「兄貴、酸素買わなくて良いから」

「え? なんにも言ってないよ」

「兄貴のする事くらいわかる。お願いだから何もしないで」

「……はい」


 三井さんと直くんのやり取り。

 三井さん本気に捉えたのかな? しょんぼりしてる? ……まさかね。


「お兄ちゃん、俺ね、今日大学頑張った!」

「そっか。貴ちゃんは偉いね!」

「そうでしょう〜? ラグビーも筋トレも完璧だよ!」

「さすが! 凄いね貴ちゃん、かっこいい!」


 ……三井さんと貴ちゃんのやり取り。

 昼間聞いたご両親の教育方針を受け継いでいるよう。


 私の前とは違う。お兄ちゃんの三井さん。

 滲み出てる、包容力が。


 私も頑張ろう。ももちゃんにはなれないけど、もう少し。



「お義姉さんはお兄さんとどうですか?」

「え?」


 話が急に振られてしまった。どうって……。


「恋のお話聞きたいです!」


 恋のお話……。そうか。私はもう恋バナは聞く専門じゃないんだ。片思いでも何でもない。相思相愛の恋バナを語れる立場になったんだ……!


 凄い。なんだかジーンとしてしまった。


「そうですね……。結仁さんにはいつも優しくして頂いています」

「ですよね! お兄さんは直くんと一緒でとっても優しいですよね!」

「……ええ」


 ももちゃんテンション高いな。慣れない恋バナに四苦八苦してるのよ、私は。


「それで!?」

「え? えーっと……」


(駄目だ。相思相愛の恋バナって何を話したらいいの?)


 私は頭をフル回転させる。

 20代の時の友達の恋バナを思い出す。


(確か、どんな人なのかとか聞いてたかも……)


「物持ちも良くて……」

「お兄さんも直くんと一緒で物を大切にするんですね! 直くんはお醤油を最後の一滴から更にお水を入れて料理に使うんです! 偉くないですか!?」


 ……三井さんと私の恋のお話から何故か直くんの自慢話に変わったよ。凄いな、ももちゃん。旦那の実家で自分を貫いてる。


「そうなの? 直くん偉いね。さすが。かっこいいね」


 私のコメントの前に弟の情報を仕入れた結仁兄ちゃんは目を輝かせて直くんを褒める。


「百子、それ以上は言わなくていいから」


 ここで少し照れた直之氏がももちゃんを止めに入る。

 私、直くんとはなんだか分かり合えそうな気がするなー。


「「え? なんで?」」


 何故か三井さんとももちゃんがハモる。この二人は天然加減が似てる気がする……。


 そういえば、お母様もお風呂事件でトンチンカンな天然発言してたな。……遺伝?


「直はね、テレ屋なの。そっとしてあげて」


 ここで、貴将くんがツッコミに入る。


(なるほど、この三兄弟はこうしてバランスをとってるんだなー)


「ちぇ〜。まだまだいっぱい言い足りないのに」


 私、今度からももちゃんの事を百子先生と呼ばせて頂こう。

 照れて全く褒めない私とは雲泥の差。


「お兄ちゃんも直くんの事を聞きたいよ」

「本当ですか!? いっぱいあります! あのですね……!」

「兄貴、百子、ストップ。二人で俺の話しないで。お願いします」


 ……私、やっぱり直之氏と分かり合える気がする。




 ✽✽✽


 お開きとなり、三井さんは直くんと百子さんを車で送迎中。

 私はゲストルームに戻り、一息。


 貴ちゃんもももちゃんも、皆表現が素直なんだよなー。

 もちろん三井さんも。私もそれが出来ないと、なんか……三井さんが不憫。


 今日、恥ずかしかったけど私を抱きしめて沢山愛してもらった。恥ずかしさでうろ覚えだけど、心が満たされた。


 私も同じようにギュッと三井さんを抱きしめたい。後ろからじゃなくて、前から。

 今日の百子先生を見て、今は恥ずかしさより包んであげたい気持ちが勝ってきた。


 ……だけど、なぁ。三井さんに抱きしめられるとそれどころでは無くなってしまう。ここを攻略しないと。


 ――コンコン

 不意に扉がノックされた。


「はい?」

「ぁ……私です……」


 小さな声が聞こえた。この声の主は三井さんの産みのお母さん!


 ――ガチャ


 私は慌てて扉をあけて部屋へ招き入れる。


「すみません、お寛ぎ中の所……」

「いいえ。わざわざ足を運んで下さりありがとうございます」


 何となく、ギクシャク。三井さんとお母様との今の関係性が分からず、どんな接し方をして良いのか分からない。


「あの……余計なお世話だと思うんだけど、その……結仁さんの2歳までの写真があるの。良かったら、一緒に……」

「わぁ! 是非見たいです!」


 チビ三井さん! 見たい!


 お母様とソファーに隣同士に座り、アルバムを広げる。


「わー。黒目がくりくり! 可愛い!」


 ベイビー三井さんは女の子のように可愛い。


「お腹にいる時から、女の子だろうと言われていて。教授……結仁さんのお父さんが女の子の準備をしていて……」

「それでピンクのお洋服が多いんですね」

「彼は……男のお子様が既にいらしたから、余計女の子を楽しみにしていたみたいで……」


 お母様がしんみりと言う。そうだよなー。私には想像出来ない。家庭がある人となんて。


「あ、ここからはちゃんと男の子のお洋服です!」

「ほんとですね。かわいい」


 お母様が慌てて場を明るくする様にページを変える。


「だけど、どこに行っても女の子に間違えられて……」

「そうでしょうねー」


 今の姿に結びつかない。写真を見て一言で言えば、ラブリー。……いつの間にあんなに男らしくなったんだろう。


「本当に天使の様な子で……結たんは……あ!」

「ゆ、結たん!?」


 なんていうラブリーなネーミング。びっくりした。


「あ、あ……わ、忘れて下さい!」

「え。そんなに慌てなくても」


 子供の時のネーミングだし。


「だ、駄目です! 忘れて下さい! 結仁さんには黙っておいて下さい!」


 ……三井さんの弄りのネタにしようと思ったのに。


「口止めされているのですか?」

「……」


 表情と無言で、私は察した。


(ほーう。結仁よ……。私には色々と照れを突いて弄られているのに、君は隠すのか)


 ――コンコン


「はい?」


 再度扉をノックされ、私はソファーから立ち上がり扉を開けに行く。


 ――ガチャ


「相手を確認せずに開けるのは無用心ですよ」

「……」


 現れたのはにこやかな三井さん。


(無用心って。ここはあなたの実家内よ。多分三井さんだろうと思ったから開けたのに)


「あ、じゃ、じゃあお邪魔しました!」


 お母様は何故か照れて慌てて退出していった。

 私と三井さん二人でお部屋にいるという状態。


「――ほら、無用心です」

「は?」


 二人きりになった所、三井さんに抱きしめられた。


「〜〜!」

「サラッとです」


 しつこいな、コイツ。私の言った一語一句を……。


「優しくて物持ちが良くて、それから?」

「……」

「楽しみにしてたのに……」


 ……百子先生ならここで、彼の背中に手を回して、きっといっぱい良いところを照れなく惜しみなく言うはずなのに……。


 緊張して、私はそれができない。


「……直くん達送って来た」

「?」


 無言で固まってしまった私に、三井さんが声をかける。


「褒めて」


 愛情表現に幼児返りにスキンシップに忙しいな! う〜〜、う〜〜


「……一つ選んで下さい」

「選ぶ?」

「①〝それから〟の続き。②褒める。③は……このまま何も言わずに腕を回す……です」


 勇気を出したのに、やっぱり恥ずかしくなって語尾がしどろもどろになってしまった。でも良くやった、私。東京に来てから目まぐるしく成長してる!


「……二つ、で手を打ちませんか?」

「全て撤回します」

「③でお願いします」


 駄々をこねたと思えば即答。しかも一番ハードルが高い……。

 しかし、嘘はつかない。


 ――キュー


 昼間のとは違う、三井さんの背中に手を回して穏やかに抱き締める。私の気持ちが伝わって欲しい。


「好きだよ」


 三井さんが心底嬉しそうに、穏やかに耳元で伝えてくれる。

 何回も言ってくれた……言葉。


「ずっと側にいさせて……」


 ずるい。三井さんはずるい。側にいてって昼間は言っていたのに。

 ……三井さんにテイクするモノがどんどん多く、大きくなる。


 このままじゃ駄目だ。


「わ、私だって……側に……」


 駄目だ。やっぱり恥ずかしくて最後が言えない。

 逆だよって、伝えたいのに……。


 私が三井さんにお願いするの。側にいさせてって。

 私が、三井さんを幸せにしてあげたいのに……。


 喜ぶ言葉を言ってあげられない今の私が情けない。もっと、もっと本当は言ってあげたい事、してあげたい事が山ほどある。


「……続きは?」

「……っ」


 私の気持ちを察したかのように三井さんがもう一度チャンスをくれる。


(私ってそれに乗っかってばかり)


 だけど、耳元で話す三井さんの少しかすれた低い声が脳を浸食する。クラクラする頭で、何にも考えられない。


 ただ、三井さんの言葉がやまびこの様に反復して……続きを、私の想いを……


 ――伝えたい。


「三井さんの……側に……いさせて……ずっと……」


(――言えた)


 私は三井さんの胸に顔を寄せて、自分の成長にジーンと心を震わせる。と……


「ここでキスしたら、完璧なフィニッシュです」

「……」


 ムードが一瞬にして凍る。ここでクソガキを出すな。


「……っ!」


 三井さんが私の顎を手で触れ、上を向かせようとする。


 ――バチンッ!


「いって……!」

「……!」


 あ……! どうしよう。条件反射で叩いてしまった! なんてことを! この年で勿体振ってどうするのよ、私!


「〜〜、クソガキ!」


 謝りたいのになんとも正反対の言葉が口から出る。

 そして昨晩同様、三井さんを部屋の外に押し出して扉を閉めて鍵をかける。


 あぁ……なんて可愛くない。


 ――コンコン


「明日はデートしましょうね、殿下」

「……」


 三井さんが扉をノックして声をかける。私は不貞腐れて黙ったまま。


「おやすみなさい」

「……おやすみなさい」


 三井さんの去っていく気配がした。私の返事が聞こえたかは分からないけど……。


 どうしよう。今日も眠れそうにない……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ