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第15話 もっと距離を縮める、もっと好きになる

 午後、おにぎりを食べ終えて使った食器を片付けた。


「本当にお母さんごっこをするつもりですか?」

「楽しみですね」

「……」

「冗談ですよ。桑野さんの番ですから。何がしたいですか?」

「うーん……」


 何がしたいと言われても……。


「三井さんはいつもお家では何をしていますか?」

「草むしりですね」

「……急に所帯染みましたね」

「終わりがありません。取っても取っても……ようやく屋敷周り取り終えたと思っても初日にした所がまた伸びてるので」

「そうですよねー」

「俺の普段の生活は地味ですから。桑野さんが楽しめるような事はありません」

「……そういう話を知りたいです」


 そうだ、今思った。私は三井さんが好き、だけどあまり詳しく無い。普段何をしていて、何が好きか。どんな事に興味があって、何に心惹かれるか……



 もっと三井さんの事を知りたい。


「楽しめますか?あまりネタは無いですよ」

「三井さんの24時間でも聞こうかな」


 勇気を出して、三井さんに顔を向けてニッと笑う。私もだいぶ感情表現豊かに接する事が出来るようになった。


「俺も桑野さんの24時間を知りたいです」

「意気投合。ばっちりですね。座って話しましょうか」

「お茶でも入れましょう」

「お茶は淹れられるんですか?」

「そこは生家で叩き込まれましたから」


 料理が出来ないからてっきりお茶すら淹れられないかと思ってた。だけど違ったよう……。


「お抹茶も点てます。お点前はうろ覚えですが、お抹茶自体は母のお道具がありますので自分で点てて和室の縁側で一人飲む事もあります。」


(……おじいちゃん?)


「三井さんにお抹茶を点てて頂きたいです」


 三井さんの日常に触れたい。


「和室の縁側で一緒にお話しませんか?」


 なんか……デートに誘うみたい。恥ずかしくなってきて、少し照れてしまった。


「もちろん。俺の分は桑野さんが点てて下さいね」


 にこやかに、嬉しそうに、三井さんが微笑む。



 ああ、なんて愛しいの。




 ✽✽✽


 ――シャシャ、シャシャ……


 三井さんが私の為にお抹茶を点ててくれている。その姿は絵になる。

 三井さんの横姿を目に焼き付ける。かっこいい。


「――で、最後にのの字を描いて完成です」


 ぽやー。かっこいい。正座して目線を下に移している俯き加減が絶妙にかっこいい。THE良いとこのお坊っちゃんって感じ。


「桑野さん?」

「あ、はい!」


 見惚れてたってバレてないよね?恥ずかしい。


「お茶室まであるんですね〜。凄いお家」

「会長が建ててからそのままなので、流石にリフォームを考えています」

「へー」

「いずれ直之と百子さんが住む家になりますから。二人の意見を聞いて仕上げて渡してあげたいんですよね」

「優しいですね」

「兄としてしてあげられる事は全てしてあげたいんです」


 その眼差しは優しい。きゅーんと胸が高鳴る。


「直くんとももちゃん二人だけなら大変そうですね。こんなに大きいと」

「ええ……。日々の管理もそうですが、固定資産税、初めて金額を知ったときは頭がクラクラしました」

「え?」

「首を括ろうかと思いました」

「恐っ!」

「もしくは臓器を売るか……」

「リアルに恐いです!!」

「そんな時に、両親が俺名義で作ってくれてた通帳を発見して助けて貰いました」

「……そうでしたか」

「過ぎてしまえば、過去です。良い思い出として捉えます」

「ご立派ですね」

「褒められた……!」

「当然です。偉い偉い」


 冷やかしなく素直に褒めると、三井さんは照れ臭そうに、だけど心底嬉しそうに……笑った。


 きっと……今、三井さんの寂しかった幼少期を少し…埋めてあげる事が出来たと思いたい。


 私は、ずっと……三井さんのこの顔が見ていたい。

 彼のこの顔が堪らなく好き。……大好き。



「桑野さんの番ですね」

「はい!」


 お抹茶椀に三井さんが抹茶を入れてくれて、お湯を鉄がまから茶杓に取って注いでくれた。……その持ち方がかっこいい。


「本格的ですね」

「俺一人の時はヤカンから直接です。今日は桑野さんがいらしてますから、かっこよく」

「ふふふ。ありがとうございます」


 初対面の時、三井さんは悠然と構えていた。常に余裕を感じさせて、何事もひょうひょうとやっているように見えた。


 それが今、私にかっこよく見せようとしてくれている事が分かって、可愛い。見た目を良い意味で裏切り、私の事を考えてくれている事が分かって、愛しい。


「茶杓で注ぐ姿が絵になりますね」

「忘れたと思っていましたが、意外と体が覚えていました」


 笑いあって、私は茶筅を動かす。


 ――シャカシャカ


「……先生、泡が立ちません」

「もう少し手早くしてみて下さい」

「これ以上手首の速度をあげる事は出来ません」


(疲れた……)



 一旦手を止める。


 ……と。あれ?


「見事に粉と湯、ですね」


 なぜ? あんなにかき混ぜたのに。最初の構図から変わってない。


「濃茶にしましょう。俺は濃茶が好きです。抹茶がドロドロとした」


 おじいちゃん……? 違う違う。三井さんは私に気を遣ったのよ。


「お気遣いありがとうございます」

「そう言ってくれる桑野さんは優しいですね。抹茶足しますね」


 三井さんがお抹茶を足していく。一匙、二匙……、あれ?


「……多くありません?」

「濃いのが好きですね。目が覚めます」

「そりゃあこれを飲んだらおちおち寝てられないですよ」


 三井さんの好みを初めて知った。


「縦縦、横横と茶筅を動かして下さい」

「はい」


 ――シャカシャカ


 これは簡単だ!だけど本当にドロドロ……。美味しいの?これ。


「出来ましたね。座って飲みましょうか」

「はい」


 縁側に移動。大きな木が何本も植わっている。…公園のよう。


「休日一人の時はここでこうして、外を眺めています」

「ずっと正座ですか?」

「はい」

「足、痺れませんか?」

「……考えた事無かったですね」


 つまり、痺れずずっと正座が出来る、と。凄いな。

 確かに、挨拶に来てくれた時もずっと正座してた。痺れた素振りなんてなかったし、正座姿が板に付いてた。


 かっこいいな。


「三井さんの点ててくれたお抹茶は美味しいです」


 抹茶なのに、甘い。そしてまろやか。三井さんの気持ちと人柄が出てる。


「ありがとうございます。濃茶も美味しいですよ」


 一口飲んで、微笑んでくれる。……優しいな。


「……本当の作法では一つのお椀で皆が飲みます」

「は?」

「おにぎりと同じく、間接キスといきましょう」

「……」


 私はスーッと三井さんを見据える。


「今回は諦めます……」


 しょんぼりする三井さんが可愛い。そして、ごめんなさい。それくらいしてあげてよ、私。



 三井さんの事をもっと知りたいな。


「三井さんは他に何が出来ますか?」

「他?」

「何か習い事とかしてました?」

「習い事というより、生家は茶道、華道、合気道、書道…後は和歌ですとか。それらが出来て当たり前の世界でしたね」

「初めて聞きました、そんな世界。実在するんですね」

「とにかく行事が山ほどあったので、それに合わせて……と言った所ですね」

「ほー」

「養子に入ってからはしなくなりましたけど、茶道と書道だけは……。母が茶道教室に通っていて、たまに連れて行って貰っていましたので」


 母、は三井さんの育てのお母さんだろうな。


「先生からせっかくだから点ててみたらとお遊び半分で参加させて貰いました。すると……どこで習ったか聞かれて、生家がバレたのかと思って恐くなりました」

「そうですか……」

「あえて逆の事をする事ではぐらかしました」

「かわいいですね」


 三井さんにとっては一生懸命な過去、だけど、小さな三井さんが一生懸命はぐらかす姿を想像すると、かわいい。


「そう言って微笑む桑野さんの方がよっぽどかわいいです」

「……わーお」

「小出しです」

「書道は!?」


 恥ずかしくなって、慌てて会話を変える。


「書道は書き初めですね。年始に毎回母が提案してました。書き初め大会」

「へー」

「直之や貴将が字がかけない時からしていて、用紙に筆で絵を書くんです」

「かわいいでしょうね」

「はい。それはそれはもう。……ですがそれは今思えば、で。当時は羨ましく思ってましたよ。意味不明な線を描いただけで拍手喝采でしたからね」


 懐かしむように、少し寂しそうに……

 私に聞かせてくれた。


「母が誉めちぎるんです。将来画伯になれる! って。俺はそれを見てその線が? って内心冷めた目で見ていました」

「そうですか」

「お二人共、褒めて伸ばす教育方針でしたから。〝偉い、凄い、かっこいい〟の三拍子が常に飛び交っていましたよ」

「楽しそう」

「ええ。両親がいて子供がいる家庭というのはこういうものなのかと、遠巻きに見ていました」

「……」

「羨ましくて仕方無い、当時はこればかりでした。ですが、両親が亡くなって親代わりとなってからは、俺もその三拍子で二人を育てて来ました」

「今、ですね」

「喜ぶ二人を見て、俺まで嬉しくなって、今となっては俺も親バカです。直之が入社して来たとき、大勢の中から探してはうちの直之が一番かっこいい! 光ってる! って心躍らせていましたから」

「ふふっ……」

「働いてる直之をこっそり写真に収めて両親に見せてあげようと下のフロアに行こうとしたら部下に止められました」

「……」

「直之はあまりシャッターチャンスが無いんです。カメラ目線をしないので。貴将は授業参観でも俺が行くと手をぶんぶん振ってくれるのに……」

「なんか目に浮かびます」


 三井さんの色んな顔を新たに知った。

 加わったのはおじいちゃんとお父さん。……楽しい。


「三井さんの書いた書道が見たいです」

「楽しいものではないですよ」

「いいえ。楽しいです」


 私が楽しめているかを気にする三井さんに、勇気を出して、目を見て微笑む。


「色んな三井さんを知ることが、楽しいです」


 私の気持ちもちゃんと伝えよう。ちゃんと三井さんに愛を届けたい。



 ✽✽


 三井さんが物置部屋から過去の書き初めを持って来てくれた。


「このダンボールに入っているのが全部です。仕分けて無いので汚いですが……」

「楽しみです!」


 私は宝箱を開けるような気分でニコニコと微笑む。

 三井さんが箱を開けて、中身を取り出す。


「これが一番最新ですね。両親が亡くなってからはしたりしなかったりで……」

「達筆ですね……!」

「生家では書道もノルマでしたから」

「人間性が出てます」

「……どんな?」


 ここで聞き返さないでよ、スパダリさん。


「……」


 ついついじとり、と恨めしい目で見てしまった。

 はっ…駄目よ、愛子。素直に素直に……


「丁寧で、真っ直ぐで、意志がある力強さを感じます」


 よく言った、愛子。若干恥ずかしいけど、目を見ては言えなかったけど、素面で言えた……。


「褒めてますからね?」


 やっぱり照れ隠しで上から目線な後添えをしてしまう。なんて可愛げのない……。


「ありがとうございます。とても嬉しいです」


 スパダリさんが私を見つめて穏やかに微笑む。……恥ずかしい。


「なんで質実剛健なんですか?」


 話題を書かれた言葉に移して照れ隠し。


「今年もそう生きようと」

「確かに!」

「守れてますかね?」

「はい。質実剛健ですよ!」

「ありがとうございます」


 段々と過去に遡って、書き初めを見る。

 三井さんと沢山話して、また、私の事も話してこれまでよりも三井さんを近くに感じる事が出来た。


 今日一日、三井さんの育った家で、三井さんと二人で過ごせて……良かった。

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