第14話 俺と一緒だと楽しいと思ってほしい。からの俺の給料の全貌が暴かれる…
「共通の趣味を楽しみたいです」
「共通の趣味?」
「はい。不動産投資です」
木崎さん夫婦のように俺達も共通の趣味を一緒に楽しみたい。
「三井さん……。私の趣味とはレベルが違います」
「レベル?」
「私のは入って来たマンションの広告を見て楽しむだけです」
「……それは楽しいですか?」
「間取りを見て、夢を広げるんです」
「内見が好きなんですよね?」
「はい。友達の家とか行かせて貰って楽しみます」
「今ピンと来てる物件が数件あるんです。明日一緒に見に行きませんか?」
「え? 三井さん家買うんですか?」
「貸付用にマンションを一棟。所有を増やそうと考えています」
「……」
俺と桑野さんの共通の趣味は不動産。喜ぶと思って提案したら、桑野さんは口をあんぐりと開けて固まってしまった。
「桑野さんにプレゼントしようと思います」
俺は桑野さんを見てにっこりと微笑む。
これはきっと喜ぶはずだ。俺は褒めて貰えると思い上機嫌だ。
「ぇ……ちょっと意味が分からないです」
「え?」
伝わりにくかったかな?
「桑野さんが宜しければマンションを一棟プレゼントさせて下さい。所有後はマンションオーナーとして家賃収入も入ります」
桑野さんの好きな物は不動産。趣味は内見。以前電話でそう聞いた。
今は婚約中なんだから、このくらいのプレゼントは渡しても良いはず。一室より一棟の方が変に疑われないし。
そして、嬉しいと言って喜んで貰いたい。更に褒めて貰えれば完璧だ。
「き、規模が大きすぎて喜べません!」
「規模?」
「自分に素直に喜ぼうって思いましたけど、これは想定外すぎます!」
「……そうですか」
喜んで貰えると思ったのに……。
共通の趣味をして、桑野さんに俺と一緒だと楽しいと思って貰いたかった。嬉しいと喜んで貰いたかった。
ズーンと気持ちが沈む。俺の想像と真逆な方向にいってしまった。
「……三井さん無理していませんか?」
「無理?」
「東京って……マンション一室でも手が出ないのに、一棟って」
「一室だけ買って貸している方もいらっしゃいますね。人それぞれだと思います」
「……私の為に、わざわざ買うんですか?」
「……共通の趣味ですよね?」
「そこまでは未知の世界です」
「そうでしたか……」
また俺のおっちょこちょい。早とちりだった。
木崎さんに嘘をついたみたいになった。失敗したなー。
「三井さんに無理をさせるのは……」
「マンション一棟がですか?」
「……三井さん、ここではっきりさせましょう。いくらお給料貰っているんですか?」
桑野さんの目つきが急に鋭くなる。
「ああ、お金も趣味でしたね」
「趣味ではありません。片思いです」
「……なんか羨ましい響きですね」
「はぐらかすのはやめましょう」
「年俸制ですから」
「はい。いくらですか? 隠し事はしないんですよね?」
「……マンション一棟買うくらいはありますよ」
「ゼロの数を聞いています。分かりますか? 金額です」
桑野さんはお金の事になると……恐い。圧がある。
「聞いてどうしたいんですか?」
「手放しに喜んで良いのかどうかを知りたいんです」
どういう事だ?
「お菓子やお花も、指輪も服も、勿論マンションだって嬉しいです」
「良かった。安心しました」
「三井さんが許容範囲内でサラッと買えるものなら、手放しに喜びます」
プレゼント作戦は失敗していないのだろうか?よく分からない。
「もし、私が三井さんにプレゼントを送るとなったら、お菓子やお花はまだ……ですが服や指輪となると、ちょっと身構えます」
「?」
「〜〜、ですから! 予算とか、今後の生活を考えて、少し! 躊躇するって言ってるんです!」
俺が中々理解しない事に痺れを切らしたように桑野さんが声を荒らげる。
そして、ここまで言われてようやく桑野さんの伝えたい事を理解した。
「サラッとプレゼント出来ますよ」
俺の給料を知りたいのは俺が桑野さんにあげるプレゼントの金額が俺にとっての高額商品かを気にしてくれているんだ。……搾り取るって言ってたのに、俺を気遣う。
桑野さんはやっぱり律儀で優しくて……
愛しい。
「あと、マンションは投資ですから。その勝負のゾクゾク感も好きなんです」
「恐っ! ギャンブラーですよ!」
「俺の買い物は基本的に現金一括です。一括で買えないものは買いません」
「……」
桑野さんの小鼻が膨らむ。
「隠さず思う存分ニヤけて下さい」
「ふふふ」
「条件満たしてますよ」
「いや、マンションを現金一括って騙されている気がします」
「価格が価格ですからね。カードや小切手も使います。俺は貸し借りや借金が嫌いなんです」
「……珍しいですね」
桑野さんが驚いた様に口を開く。
「桑野さんの中では借金は当たり前ですか?」
「私も借金は嫌いです。貸し借りも勿論。三井さんと同じです」
「嬉しいです」
「貸し借り……とかでは無くて、三井さんがしっかりと拒絶を示したのが意外で……」
「拒絶?」
「はっきりと否定の言葉を言うのを初めて聞いたので……」
「そうですね。なるべく強い言葉は使わない様にしています」
「トラウマでもあるの? お母さんに話してごらん」
「桑野さん……。俺はプレゼント作戦が失敗して落ち込んでいるんです」
マンション、絶対喜んで貰えると伝える日を心待ちにワクワクと過ごしていたのに。
「私にとって、マンションは手が出ません。それをプレゼントして頂くのは未知で恐いです」
「……」
「三井さんのお給料の全貌が見えないうちは貰う物にも気を遣います」
「そうですか」
「お給料、言う気は無いんですね」
スーッと高圧的に俺を見る。夫婦の力関係は出来上がっているようだ。
「……」
「私に隠し事はしないんですよね?」
「……」
「私は全部包み隠さず話したのに」
「……そうですね」
「信頼して頂けるよう、努力します」
昨日の俺の言葉を言う桑野さん。俺は背中に変な汗をかいてきた。
「……マチマチですから」
「ほう」
「マンションは複数所有しています。それは今現在の状態で、入居者がいるいないで月の収入も変わりますから」
「で?」
「……今の所、変動が少ないのは会社の役員報酬です」
俺はその金額を桑野さんに耳打ちする。
「!!」
「その金額プラス自社株の配当金と家賃収入です。マイナスはありません。……ご納得頂けましたか?」
桑野さんは口に両手を当て、目を見開いて首をカクカク振って頷く。心無しか目が輝いている。
最後の隠し玉に取って置こうと思っていたのだが……。
圧に負けた。
「今度から両手をあげてプレゼントを喜びます!」
「それは嬉しいです」
今度から俺のあげるプレゼントは喜んでくれるそうだ。それなら良かった……伝えて。
「トラウマでは無いですよ」
ここで、先程の話に戻す。
「人に借りを作るのが昔から苦手なんです。自分がしてあげる分には良いんですけど……」
「……」
「この世に存在してはいけない俺が借りを作るって……あっていい訳ないですよ。……昔の話ですからね?」
「三井さん……」
「ですが、結局は借りてばかりです。俺一人で成し得たものなんて何一つありません。全て……周りの方のおかげです」
「……素晴らしいですね」
「俺は生活が苦しかった時に、実を言うとお金を借りました。自社の株がどうしても欲しくて」
当時を思い出す。
叔父さんから会社を返して貰って、お役目を果たして、弟達の生活を守る。それが全てだった。
「イギリスのホームステイ先から。恐る恐る連絡したら寧ろ喜んで下さいました。ようやく頼って来たな、と」
「そうですか」
「申し訳無さと後ろめたさで押しつぶされそうでした。返せないかもしれませんでしたからね」
「……」
「色んな方のお力添えがあったからこそ俺がいます。そこにお金が絡むとその関係を壊しかねない。だから、です」
昨日の融資の件もそうだ。
「貸すならあげる。借りるくらいなら買わない。そうする事で健全な関係が築けると思っていますから」
「……三井さんの手持ちが無かったら私は貸せますよ」
桑野さんが穏やかに微笑んで俺を見つめる。
「返してくれるって信頼してるから、私は貸せます」
「そういう関係も……築けますね」
藤田社長をふと思い出した。
「三井さんなら、もし返してくれなくても、その事をネタにイジり倒しますから」
「それもまた……楽しいでしょうね」
融資……会社からは無理でも、俺個人からなら……。
もう一度、再建プランを練りなおそう。
「勿論、桑野さんがいるから、俺がいます」
頑なな俺の心をいつも解いてくれる。
……それが、俺の好きな人だ。
「マンションは……三井さんが欲しいのなら買って下さい」
またしても話が戻る。
「今の私には物が物過ぎて、受け取れるほどの器がありません。ですので、三井さんが所有したいのなら購入して下さい」
桑野さんと俺は考え方が似ている。また一つ、共通点。
「規模が大きすぎて驚きましたけど、棚からぼた餅。私の器が大きくなればそれはそれはありがたーくいただきます」
「そうですか。餌付けは完璧です」
「そして私は、更に三井さんから生活費と謝礼金と言う名のおこづかいを貰って、一生生活します」
桑野さんが笑う、この顔が見たかった。嬉しい。
「好きな時に好きなだけ材料を買って料理が作れます! 嬉しい!」
ニコッといたずらっ子のように笑い俺を見る桑野さん。
なんだか俺まで、楽しい気持ちになる。
「似たような事を貴将にも言われました」
「三井さんの周りには甘えん坊が寄ってきますね」
「喜んでくれるなら嬉しいです」
「お母さんにも甘えていいのよ」
「それはありがとうございます。では午後の部はお母さんごっこでお願いします」
「……騙された」
「心外です。桑野さんから言って下さったのに」
そして…
「結婚したら相当額のお返しをして下さいね。俺の奥さん」
「〜!! 忘れましょう! 何でも受けて立つのレベルがありますから!」
「いいえ。絶対に忘れません。リストを作るのが今の俺の細やかな楽しみですから。」
「〜!!」
律儀な桑野さんは必ずギブアンドテイク。これを忘れてはいけない。
……そして俺はそれを突いて、乗っかる。