第9話 転機。友達?知り合い?二人で会うことに
転機は突然やってくる。
『私、来月料理教室で東京に行くんです。もし良かったら食事にでも行ってもらえませんか?』
携帯が震えたため見てみると相手はまさかの桑野さん。
俺は空かさず返信する。
『私でよければ、是非ご一緒させて下さい。』
女性に恥はかかせられない。
それは体の良い言い訳で、知り合いからもう一歩踏み込んだ関係になるチャンスを逃さないためだ。
友人か、ビジネスパートナーか、何なのか。
けれども、食事に行く。それはきっと知り合い以上になれる機会だ。
それからトントン拍子で会うことが決まった。ちょうどその日の夜は予定が無い。
空いてるスケジュールにピッタリとハマった。これは上手く行く。俺の直感は間違い無い。
さて、日時は決まった。あとは場所だな。
……桑野さんは何が好きなのだろうか。
あ、食事関係の仕事だったな。
俺は食事情報は全くのド素人だ。分からない。
桑野さんが網羅する分野は全くの無知。
何が食べたいか……聞くか。
✽✽✽
「三井さん!」
一ヶ月ぶりに彼女と会う。鼓動の速さに気づかれないように冷静に振る舞う。
「ご無沙汰しております」
「こちらこそ! 本日はお時間をちょうだいし、ありがとうございます」
「いえ。こちらこそ願ってもないことでございます」
店に着き、席に通され座る。彼女のリクエストは夜景が綺麗な所。
「本日はお時間大丈夫でしたか? 馴れ馴れしくお誘いしてしまい申し訳ありません」
「また桑野さんのお話を伺いたいと思っておりましたので、お誘い頂き光栄でございます」
食事をしながら、会話をする。
「私、止めないと延々とペラペラ喋りますよ?」
「良かった。嬉しいです。人の話を聞くのが好きなので」
「東京はビルが高くて、夜景が綺麗ですね。中々東京に来ても一人ではこういうお店には来れませんから」
「そうですか。お気に召して頂けたら、安心しました」
店のセレクトは合格点だったようだ。良かった。
「いつもお一人で東京に来られるんですか?」
この前は母と姉と来ていた。それは言えないので、聞いてみる。
「これまでは母と姉と来ていたんです。一人で行動するのが苦手で……。一人で食事に行けないんです。〝お一人様〟が中々ハードルが高くてですね。」
……一人で颯爽と歩いているのを見た事があるだけに、一人が好きな人かと思ってた。
やっぱり、話してみるのは大事だな。
「綺麗でしっかりされた印象でしたので意外でした。」
ギャップ。男はみんなやられるだろう。こんなに見た目完璧な人が一人で食事に行けないって。
……まぁ、モテるだろうな。
「えっ!? 幻滅しました!?」
「逆ですよ。よく言われませんか?」
「言われませんよ。」
…そうか。桑野さんは九州。九州男児は寡黙なんだろうな。
「あ、お酒飲んで下さいね? 私が飲まないと飲みにくいですよね?」
「お心遣いありがとうございます。私も普段は飲まないので、寧ろ良かったです」
二人で炭酸水。まぁ、周りはワインを飲んでる人ばかりだが、俺も酒好きではない。飲む人とくれば飲むけど。
だから、炭酸水を選んだ彼女に、気が合うと地味に喜んでいる。
「三井さんの方がよっぽど気を遣って下さってますよ、おかげで話しやすいです。ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます。普段はどのような食事を食べられるんですか?」
「玄米ご飯とお味噌汁をベースに季節や体調を考慮しておかずを考えます」
「……すごいですね。そこまで考えて食事を取られているとは」
「だから外食は家では作れない、食べれない所に行くんです。非日常を味わいたくて」
「なるほど」
次回のために、覚えておこう。そして……
「うちも玄米なんですよ」
「え!? 本当ですか? めずらしい!」
共通点があると話は盛り上がる。
「お母様が健康志向とかですか?」
「いえ、私が発起人です。弟が小学生の時からご飯を一升食べるようになったので。玄米なら、よく噛むし、白米より食べ応えがあると教えてもらったので」
当時を思い出す。まだアルバイトを掛け持ちしてた頃。貴ちゃんが小学三年生くらいからだっただろうか。
毎日の資金繰りにあくせくしてた中、貴ちゃんの食べる量がみるみる右肩上がりになった。
このままでは食費が賄えないと思い、色々と調べ玄米にたどり着いた。
白米から玄米に変わったとき、直くんは何も言わなかった。貴ちゃんはしばらく納得していなかったが、今となれば玄米を食べないとご飯を食べた気がしないと言ってくれるようになった。
なので、うちは未だに玄米だ。
「素晴らしい! 男の人は生物学上、玄米が苦手な方が多いんですよ。それなのに弟様まで召し上がってるとは! よっぽどお母様の炊き方が素晴らしいんでしょうね! 消化よく炊けてる証拠です!」
料理を作ってくれているのは母ではない。けれどもこの話をすると母が亡くなった事まで話さなければならない。
別に隠している訳ではないが、気を遣わせたくない。
「母は十四年前に亡くなりまして、お手伝いの方が料理を作ってくれています」
「……それは存じ上げず失礼致しました」
空気が凍るよな。確かに。
話を変えるという手もあった。行きずりの人であれば尚更。だけど桑野さんにはそれが出来なかった。
……それはきっと、俺が
深い関係になれれば、と思っているからだ。
「もう随分前の事なので、気にしていませんよ。こちらこそ暗くなりましたね。……男女で苦手な食べ物とかがあるのですか?」
「あ、はい! 男性はカリッとした食感や噛み切るといった食感などを意識するんです」
「そうなんですか? 健康には気をつけてるつもりでしたが、その辺りはなんにも考えずに食事してました……」
「大抵分からないですよね。私も勉強して理解した事ばかりです。だけど、言われて納得したから続けているんですよ」
彼女と一緒に暮らしたら、俺は一生元気に暮らせるだろうな。
……何を考えているんだ、俺は。
「あの、私は普段はあまり肉を食べないんですが、食べた方がいいですか?」
イギリス留学のホームステイ先がヴィーガン家庭だった。俺も長くその生活をしていて、日本に戻ってもあまり積極的に食べようと思わない。(基本的に俺のは貴ちゃんが食べるし)
「そうなんですか!? 私も普段は食べないんですよ。わ、気が合う! 男性で初めてです! 嬉しい!!」
桑野さんの顔が一気に華やぐ。やっぱり美人だな。
「そうそう、食べたい欲求がなければ身体が欲して無いので無理に食べなくても大丈夫ですよ! バランスが取れてらっしゃるんでしょうね!」
「そうですか」
……共通点がまた一つ。
それから、また他愛無い話をして桑野さんとの食事が終わった。