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第13話 テレ屋な彼女からまさかのバックハグです!

「では、握ってみましょう!」

「はい、先生!」


 新婚さんごっこから料理教室に早変わり。

 二人で手を洗って、それから桑野さんが色々と準備をしてくれた。


「まずはこちらのボールに入っている手水をつけます」


 桑野さんが説明しながら、やって見せてくれる。


「それから塩を手全体に付けて、馴染ませて……」


 俺はジーッと凝視する。俺が握った物を桑野さんが食べるとなると責任は重大だ。


「そしてごはんを乗せて、具材は中央に、下の手で締めて、上の手で形を整えます」

「……回転はどういう経緯を辿るのですか?」


 なんか簡単そうにコロコロとしてる。なんでご飯が崩れずに宙を舞うんだ?


「慣れないうちは手で持って面を変えましょう」

「なるほど」

「出来上がりです」

「おぉー」


 あっという間に完成した。凄い。見た事ある形になってる。


「さ、三井さんもやってみましょう!」

「はい!」


 初めての事にワクワクしながら、俺は見た通りに手水を付けて、塩を手に取る。


「塩は手が濡れてるのでちょんちょんとしたら付きます」

「はい」

「塩もう少しですね」

「はい」


 桑野さんが手にご飯を乗せてくれた。


「先生、熱いです」

「温かいうちに握ります。おにぎりは温かいうちに、海苔巻きは冷めてからです」

「熱いです!」


 火傷するんじゃないか!?


「一旦置きましょう」

「あっつ!」


 ご飯を戻す。俺は手を振って冷やす。熱かった……。


「桑野さんは熱くないんですか?」

「温かいレベルだと思うんですけど……慣れです」

「なるほど……」


 俺は慣れそうに無い。手がまだ熱い…。


「今回は冷めてから握りましょう」

「是非そうさせて下さい」

「じゃあ冷める前に私は2つめを」


 ジーッと、見る。今度は手元ではなく、桑野さんを。

 少し微笑んで、おにぎりを握る手を見つめるその姿には愛が溢れてる。俺の為のおにぎりには愛が沢山詰まってる。


「……そんなに見ないで下さい。緊張します」

「やっぱり愛情が入ってました」

「当たり前です。気を入れるんです」

「気?」

「食べる人の食べた後を想像して、料理は作ります」

「……」

「穏やかにすごして欲しい時は穏やかな気持ちで作ります。頑張って欲しい時は気合を入れて作ります。それが料理です」

「……凄いですね」

「私は三井さんの心身の健康を握っているんです」

「……ありがとうございます」


 おにぎり一つでも奥が深い。乱雑で無い、小さな所まで丁寧に気を遣うその姿が尊い。


「毎日……3食食べたいです。桑野さんの料理を」

「基本的に質素なおかずばかりですよ」

「消化にいいです」

「さすが、よく分かっていますね」

「褒められた」

「良い子良い子」

「嬉しい」

「そうですか……」

「そこで照れるからかまいたくなるんです」

「〜〜! はい、出来ました! ご飯も冷えましたよ!」

「はい、やってみます」


 人生初のおにぎりに再度挑戦する。


「三井さん、肩の力を抜きましょう」

「はい」

「下の手は中指、薬指、小指を使います。そうそう……ギュッでは無くキュッと」

「はい」

「上の手は力入れなくて良いです。親指、人差し指、添える程度の中指で形を……その調子です」

「はい」

「良いですね。お皿に置いて、完成です」

「出来た……」

「よく出来ました! 素晴らしい!」

「……感激です」


 褒められた事もそうだけど、人生初のおにぎり。ちゃんと三角形になってる……!


「やれば何でも出来るようになります! 素晴らしい!」

「ハグと同じですね」

「……」

「墓穴掘りましたね」

「おっしゃる通りですね」

「やれば何でも出来るようになりますから。人生は慣れです。ハグも、名前呼びも。」

「……そこに持って来ましたか」

「はい。慣れて下さい」

「……頑張ります」

「残念。手が綺麗だったらハグしてたのに」

「〜〜!」

「……ちょっと手を洗って来ます」


 先生モードから赤くなった桑野さんに我慢が出来ない。

 俺は急いで手を洗う。洗って、急いでハグを……


 ――トンッ


「ッ??」

「慣れの為の練習です……」

 

 手を洗っていたら後ろに軽い衝撃を感じた。目線を下に移すと、桑野さんの手が俺の腹に回されていた。これは……


「〜〜ぅー! 恥ずかしいぃぃ〜!」

「顔見たい。見せて!」


 初めての桑野さんからのハグだ。俺を背中から抱きしめてくれている……。

 手も洗い終えた。急いで拭いて、振り返りたい!


「ダメ! 振り向くの禁止です!」

「えー!」

「恥ずかし過ぎて泣ける〜!」


 俺の背中に顔を寄せる桑野さんが愛しい。どうしよう、このままなんて……


「もどかしいです……」

「は、恥ずかしすぎます〜! ふぅぅ〜!」


 駄目だ、可愛いすぎる。振り返りたい、振り返りたい……!


「顔は見ませんから!」

「もうこの後どうしたら良いか分かりません! どうしよう!」

「振り返って、お互い腕を回せば完璧なフィニッシュです!」

「そんな恥ずかしい事出来ません!」

「照れも羞恥も乗り越えたら人間一回りも二回りも成長出来ますから!」

「今は無理です! う〜、腹黒ー! ペテン師ー!」

「〜!」


(埓があかない。ここは申し訳無いけど、実力行使で!)


「きゃっ、わっ!」

「――もう無理です……」


 体を反転させて振り返り、ハグ。顔を見られたく無いのだけは守って、頭に片手を回し俺の胸に桑野さんの顔を寄せる。

 もう片方の手を腰に回してしっかりと抱きしめる。


「う〜。嘘つき」

「俺は約束してない」

「知るか、アホ」

「うん……」

「う〜……」

「めちゃくちゃ嬉しい。可愛くて可愛くて仕方無い」

「はぁぁぁ〜!?」

「可愛い……。好きだよ愛してる」

「……」


 ……ここで学習した。桑野さんの羞恥心を書き消す愛の言葉を真摯に伝えれば、桑野さんの照れは自分の発した言葉や行動より、俺に言われた事に変わるようだ。


 よしよし……このままこのまま……。


「っ! おにぎりが乾燥します!」

「それは大変ですね」


 ちぇっ。このままもう少し堪能しようと思ったのに。

 名残惜しいが体を離す。


「蒸し野菜が欲しい所ですが、それはまたの機会に。食べましょう」

「はい」


 ダイニングについて、手を合わせる。


「「いただきます」」


 それぞれがお互いに握ったおにぎりを食べる。


「美味しい……」


 桑野さんが握ったおにぎりは格別に美味しい。それはそうだろう。あれだけの気持ちが込められているのだから。


「三井さんが握って下さったのも勿論美味しいです」

「本当ですか!?」


 褒められた! 嬉しい。


「人生初の自分で握った方も食べてみますか?」

「はい!」


 それは勿論……


「こちらまだ口付けていないので、千切りましょう」

「……は?」


 お互い2個づつ握ったおにぎり。桑野さんはまだ手を付けていない方を指差す。


「何か?」

「そこは今、桑野さんが持っている方を俺に差し出して〝あーん〟と来る所です」

「な!」

「そんなに照れなくても。夫婦生活はそういうものです」

「今はまだ夫婦ではありません!」

「新婚さんごっこです」

「今は昼休みです」

「……分かりました。では桑野さんが今食べているのが残り一口になったら俺に下さい」

「〜〜無理!」

「たまには俺に譲って下さい」

「腹黒大魔王」

「どこがです?」

「……キヨさん達に外出を促した所です!」


 ……キヨさん?


「心外です。日にちを決めたのは俺ではありません」

「……」


 桑野さんは俺を疑う。恨めしそうに俺を見る。


「それに用事があれは外出する予定でしたし。桑野さんが予定が無いとの事でしたから家にいる事にしたんです」

「……」

「キヨさん達が俺達に気を遣ったのかもしれませんが、俺の差し金では無いですよ」

「……それは疑ってしまい申し訳ありません」

「いいえ。疑われたままの方が悲しいですから」

「……はい! どうぞ! あ~んです!」


 ズイッと……桑野さんが食べかけのおにぎりを俺に差し出す。


「……本当にギブアンドテイクですね」

「……手を引っ込めていいですか?」

「ダメに決まってます」


 俺は少し体を前に出し、差し出されたおにぎりを一口食べる。


「……美味しい」

「三井さん上手ですよ」


 そんな事はない。俺のは全然違う。桑野さんの握ってくれたおにぎりはキュっとしてるけど、口の中に入れるとふわっと解けてとてつもなく美味しい。

 俺のはただ硬いだけ。だけど、


「桑野さんのあーんが美味しく感じさせるんです」

「……うちの子は本当に照れないわねぇ」

「愛子お母さんの教育がいいんだよ」


 暫し、親子モード。桑野さんとじゃないとこんな事は出来ない。


「俺のは硬いです」

「美味しいですよ」


 桑野さんはニコニコと笑い、パクリと食べる。


「桑野さんは優しいですね」

「ありがとうございます。そのままの印象でいて下さい」


 いつかの俺の言葉を真似する桑野さん。


「俺の直感は外しませんから。変わる事は無いでしょうね」


 俺は自信満々に伝える。


「……ぁ……そ、そうですか」

「俺が言い返すと思いました?」

「……」

「俺は基本的に桑野さんの言葉に絶対服従してますよ。惚れた弱味です」

「な、何言って……! 逆ですよ! 私の方が……!」

「惚れてます?」

「〜〜腹黒ー!」


 おっと、羞恥を煽ってしまった。いけない、軌道修正しないと。

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