第8話 一分一秒でも早く会って抱きしめたい
藤田社長と会社とお金の話は続く。
「融資と仰るからには、新しい経営プランが出来ておりますでしょうか?」
「ああ、とりあえず事業を縮小して金に変えて、返済にあてる。そうすれば藤田ホールディングスは光を取り戻す!」
「具体的な事業縮小とは?」
「……」
「リストラですか?」
「子会社をな。人件費が一番かかっているんだ。ここをなんとかすれば……!」
「お金が浮く……と」
「ああ、そうして三井CEOに少しばかり融資をして貰えれば……」
「多数の犠牲を払うのは、今では無いと思います。それ以前に……」
俺は自分だったらこうするという経営戦略を伝えていく。
他社とはいえ、末端が切られる現状はなんとかしたい。
これは以前、交通警備の夜間アルバイトをしていた時に学んだ。働いている方は中卒も多かったけど、それ以上にリストラされ仕方なく、という方々が意外と多かった。妻がいる、子供がいる。家族がいる。だから、割の良い夜間働いている。
それは……当時の俺と同じに見えた。
今の俺だと、そんなリストラするような会社にしがみつくより自分で会社を作ればいいとも思う。けれども、行動できる人も世の中には少ない。勿論リスクも伴う。それならせめて、リストラに合う人を少なくしたい。そう思った。
せっかくここのポジションにいるのだから。
藤田社長に俺の考える打開策を伝える。融資するかどうかははそれからだ。俺だってこの会社を守りたい。もっと良くしたい。社員とその家族の生活がかかっているのだから。
「金は貸せない、回りくどく伝えられたものだ」
俺の話の途中で藤田社長が自嘲気味に笑う。俺の想いは伝わらないか。
「……まずは他の打開策があると、お伝えしたいだけでございます。」
「偉くなったものだな」
……藤田社長は会長の代から友好関係があった。俺の過去も知られている。
「ご不快でございましたか? けれども、藤田社長に憐れみ融資した所で状況を変えなくてはまた同じことです」
藤田社長を真っ直ぐ見据える。
会社の傾きはトップの責任だ。そしてその状況で会社を守れるのかがトップの手腕だ。
「おいそれとは……貸せない……か。もういい。検討違いだったな。君を見込んで……」
「藤田社長がそう仰るのであれば、藤田社長に取って私はその程度だったと思って下さって構いません」
「……ここまで冷酷とは思わなかった」
酷い言われようだな。こっちは自分の時間を割いて藤田ホールディングスの打開策を練ったのに。まぁ、おせっかいか。
「……藤田社長ならばきっと打開出来ます。またお力添えが出来るようでございましたら、お声掛け下さい」
帰って行く藤田社長の背中を見つめ、扉が閉まるまで頭を下げる。今後の話で長くなるかと思ったら、ものの20分で終わってしまった。
――コンコン
机に着くと扉をノックされた。
「はい」
「失礼致します」
現れたのは秘書課の木崎さん。
「いつも美味しいコーヒーをありがとう。ごちそうさまでした」
「いいえ。CEO、昨日は偶然でしたね!」
「そうだね。まさか二人に会うとは思わなかったな」
「お似合いでしたよ〜」
「そう言って貰えるととても嬉しいよ。ありがとう」
「もうね、CEOの雰囲気が甘かったです! なんかもう……バーチャル!」
「バーチャル?」
「乙女ゲーのヒーローみたいでした!」
「おとめげー?」
木崎さんの伝えたい事が分からなくなってきた。どうしよう。
「婚約者さんもCEOのような方が相手でさぞお幸せでしょうね!」
「そうだと嬉しいね」
「あ! そうそう、すみません御礼が遅くなりました! 立派なシャンパングラスをありがとうございました」
「ああ、どういたしまして。旦那様とは仲良くしてる?」
「はい! CEOから頂いたシャンパングラスに缶ビールを半分づつ注いで夜な夜なゲームしてるんですよ」
「使ってくれてるなら安心したよ。楽しそうだね」
木崎さんが幸せそうに新婚生活を語ってくれる。
「あのグラスに注いだら缶ビールがシャンパーニュに見えますから!」
「木崎さんは褒め上手だね。ありがとう」
「CEOと愛子さんはいつも何してるんですか?」
「……食事かな」
思えば、二人で何かをしたことって…
「趣味が合うと盛り上がりますよね。私は旦那がゲームオタクで最初最悪〜とか思ってたんですけど、寄り添ってみようと始めた所、私がはまってしまって!」
「一緒に楽しもうと寄り添う木崎さんは優しいね。旦那様もさぞ嬉しい事だろうね」
思えば、桑野さんと俺が一緒に楽しんだことって……
「CEOと愛子さんは共通の趣味とかあるんですか?」
「不動産投資かな」
「……やっぱり違いますね!」
思えば、趣味を一緒にしたことって……
――コンコン
「はい?」
木崎さんとの会話に花が咲いていたら扉をノックされた。
「失礼致します」
「ヒッ!」
入って来たのは黒崎くん。木崎さんは顔面蒼白に化け物が出てきたような声をあげる。
「木崎、いつまで油売っている? 頼んだ書類はどうした?」
「も、も、も、申し訳ありません! すぐに!! 失礼致します!!」
――バタンッ!!
木崎さんは物凄い勢いで部屋を出て行った。
(……コーヒーカップ落とさないかな?)
「黒崎くん、パワハラだよ」
あんな高圧的な言い方はアウトだろう。
「は?」
「……その目つきは逆パワハラだよ。木崎さんは俺に御礼を伝えてくれてただけだから」
「ああ、結婚祝い。CEOはいつも誰かにあげるプレゼントの事ばかり考えていますからね。CEOは我社の歩くプレゼントおじさんと呼ばれているのをご存知ですか?」
「……本当にそう呼ぼれてるの?」
「今私が考えました」
「だろうね。流石に傷つくよ黒崎くん」
「それは失礼致しました。今度から気をつけます」
「お詫びという訳じゃないけどさ、もう帰っても良いかな?」
「決済書類は?」
「出来ております」
「…色ボケ日は仕事が恐ろしく早いですね」
「それは最高の褒め言葉だね」
時刻は16時前。桑野さんはまだお友達と一緒かな。女性二人。うーん、会話はまだまだ続いているよなー。邪魔かな……、邪魔だよな。
出来れば俺は一分一秒でも早く会いたい。ウズウズしてきた。
会って、抱きしめたい。……それはダメか。
✽✽✽
結局連絡してしまい、桑野さんと待ち合わせた。
合流して、友人を紹介してもらうと、目の前の桑野さんと友人の浜田さんとの距離が近づく。耳元で話して肩を触ってのスキンシップも目の前で披露された……。
驚いた。
なんか、その……。
その光景は……婚約者の俺より、距離が近くありませんか?
……落ち着こう、桑野さんは男性恐怖症。一番心を許している男は俺だけ。そう、それはこれからも変わらないんだから。
……だけど、やはり悔しい。俺なんか手を繋ぐのでさえ、交渉を要するのに。
寂しい。俺にも無防備に触れて、甘えてほしい。そして安心して貰いたい。
「桑野さん、俺に言うことは無いですか?」
浜田さんとの距離感について。少しは弁明して、俺を満たしてくれ。俺は今、物凄く落ち込んでいるのだから。
「……なんで分かったんですか?」
「え? なんでって……見れば分かるでしょう」
目の前で俺には絶対しないスキンシップを繰り広げたんだから。
「え!? 私を見て分かったんですか!? なんで? エスパー?」
「は?」
「……怒っていませんか?」
「怒って……とまではいきませんが、寂しいと言うか、悔しいと言うか」
「悔しい!? やっぱり経歴は大事ですか!?」
経歴? 経歴が大事って……。俺の高卒が気になるか。浜田さんはそりゃあ四大卒だろうし。
「そうですね……」
高卒の俺には甘えられない、と。なんかズーンと気持ちが沈んでしまった。
「み、三井さんはそんな事気にしない人かと思ってました!」
桑野さんが声を強めて俺に訴える。
「俺はこれまで散々その事で嫌味を言われてきたので、少しは気にしています」
「はあ!? 何言ってるんですか!? 意味が分からないんですけど!!」
ここで違和感。意味が分からない? それって伝わって無いと言うこと……。
「〜! 騙していた事は謝罪します。私は三井さんに嘘をつきました。それは事実ですから」
「嘘!?」
騙してたって……。さっきのスキンシップを? 本当はスキンシップを取れるって? 俺とは取れないけど…?
〝演技と思われるのも嫌ですけど〟……落ち着け。あまりに浜田さんが羨ましくて我を忘れていた。
桑野さんは俺を騙すような人では無い。これまでの事が演技とは思えない。
真っ赤になって……一生懸命ハグに耐えて、応えてくれて、歩み寄ろうと俺の手に触れてくれた。
「桑野さん、俺はついつい感情的になっていました。お互い、時系列に話しませんか?」
「?」
「俺は……俺より浜田さんとの方が桑野さんがイキイキとして見えたのが寂しかっただけです。それを桑野さんに弁明して貰いたかったんです」
「……は?」
桑野さんはポカンとしている。あれ?
「私は……てっきり三井さんについていた嘘がバレたかと。」
「……嘘?」
「三井さんは……許してくれると甘えていました。すみません」
今度は急にしおらしくなった。
「俺は……桑野さんに甘えて頂けると……自信になるので嬉しいですけど……」
「何言ってるんですか。私が三井さんを甘やかすんです。逆です」
本気の目で、俺をしっかりと見つめ伝えてくれた。
「甘やかして貰ってますよ」
その嘘偽りの無い目に俺の気持ちがフッと軽くなった。
俺はホッとした気持ちで桑野さんを見つめる。
「私は三井さんにおんぶに抱っこ状態です」
「本当ですか? では実際にしていいですか?」
「比喩です」
「分かってますよ。ちょっと言ってみただけです」
プラトニック部分に至っては、物凄くシビアになる。
「で、嘘とはなんですか?」
本題。桑野さんを少し威圧的に見る。
俺はいつも正直に桑野さんと接している。桑野さんに対して誠実でいたいと常に思っている。
それなのに桑野さんは違うとか、かなりショックは大きい。