表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/163

第7話 彼に伝えていない事があります

「桑野さん、お久しぶり」

「浜田さん、お久しぶりです」


 三井さんと別れてからすぐさま猛ダッシュでデパートのトイレに入り、蹲って照れを発散してきた。個室を出る頃には外面で完璧に変貌した私になった。


 今日はこっちの料理教室で仲良くなった浜田さん(43歳)と三井さんの会社から一駅の場所にあるカフェで待ち合わせてこれからランチ。


「その節はパーティーに誘って頂きありがとうございました」

「いいえ〜。婚活上手くいったんでしょ?」

「……はい」

「話聞かせて〜」


 そう、三井さんと出会ったパーティーは浜田さんに連れて行って貰った。その前にも三井さんとは一度パーティーで会っていたそう。その時は暗黒時代だから、思い出したくないけど。


「ね、やっぱり名刺作って正解だったでしょ?」

「……はい。ですが今さら言えなくて……彼を騙している気がしてなりません」

「え? 望診は仕事じゃないって?」

「……取り敢えず、メニュー決めて注文しましょう」

「あ、そうだね」


 私は今さらながら、三井さんに伝えていない事がある。

 カフェスタッフの方に注文をして料理が来るまで先程の話をする。


「……詐欺でしょうか?」

「え? 結婚詐欺?」


 料理教室時代も含め、早く結婚したい私は手当り次第会う人会う人に「誰か良い人いたら紹介して!」とお願いしてきた。

 すると、この浜田さんがあのパーティーに誘ってくれた。エグゼクティブがわんさか来るから……と。


 浜田さん三井さんを始め、あのパーティーは純粋にビジネスに繋がる交友関係を求めて集まる方々ばかり。

 私はハナからあの場所に居ていい人間ではない。


「でも桑野さんはあのパーティー初めてじゃなかったんでしょ?」

「それは暗黒時代にですね……」


 私が記憶から抹消した暗黒時代、それはパワハラ上司(男)の下で雑用係をしていた時……。

 出張の荷物持ちを高圧的に言い渡され、泣く泣くついていった出張……。そこで上司が出席したのも、あのパーティーだった。

 そこでの私の仕事は「酒に酔ったら言ったことを覚えていないからメモを取っておけ」だった。上司の金魚の糞の如くメモ用紙とペンを持って後ろをついて回り、書記係。……こんな仕事ある?


 酔っぱらい上司が段々と下ネタを交わして、それを「ちゃんとメモ取ってるかー?」と言われた時に私の堪忍袋の尾がプツンとキレた。


 本当に酔っぱらった上司を見捨てて、こんな会社今すぐやめてやるー! せっかく東京までついて来たんだから、イケメン捕まえてやらないと来た意味が無い! と自暴自棄に……。手当り次第イケメンに声をかけた。(その中にまさか三井さんもいたとは……)金持ちのイケメン捕まえて、寿退社して、上司をギャフンと言わせてやるつもりだった……。


 結果、キラキラしたイケメンに毒気が抜けて我に帰り、恥ずかしくなって退散。(今考えると、すごいな私。焦ってたんだよなー)


「暗黒時代?」

「パワハラセクハラ上司の下でアルバイトしてた時です」

「その時にもあの大会社のCEOと会ってたんでしょ? 運命じゃん」

「そんな……」


 ぽ。私は両手で自分の頬を包む。


「桑野さんは本当に一挙一動が可愛いよね」

「……女子に言われるのは素直に嬉しいんですけどね」


 男子に言われるとバカにされたと思うから、外面を貼り付ける。


「大事なのは結果。結果オーライなら何でもいいじゃない」

「経歴詐称は詐欺ですよ」

「経歴詐称?」

「私、望診の健康相談なんて仕事してません」


 はい。ショーゲキ。三井さん、ごめんなさい。皆様、ごめんなさい。


「なにか仕事してないと入りにくいって言うから、慌てて名刺用意してあげたのに」

「その節は何から何までいたれりつくせりして頂きありがとうございました」


 ペコペコと頭を下げる。私の為にわざわざ名刺まで作って下さる浜田さんって、神? ……って、そうじゃない! 肝心な事は!


「でもその望診の料理教室で私達はこうして知り合えたんだから。肩書きとしては充分でしょ? 実際に聞かれたらアドバイスしてるんだし」

「浜田さん……」

「お金にならない仕事の方が多い世の中よ。それでも、喜ぶ人がいるならそれは仕事よ、と主張して何が悪いの?」


 うるり。浜田さんとは打ち解けてこんなにも感情表現豊かに過ごせる。……三井さん、ごめんなさい。


「浜田さん、私浜田さん大好き!」

「まー、嬉しい」


 三井さんにも言ってあげてよ、私。三井さん、ごめんなさい。


「三井CEOは、うちの社長もお世話になってて何度か見たことあるけど、穏やかで優しそうな人じゃない? 望診を仕事としてお金を貰って無いと言った所で怒るような人なの?」


 そんな人じゃない。三井さんはきっと怒らない。……びっくりはするだろうけど。

 だからそれに甘えて……私は今まで言わなかった。それが今になって黙っている罪悪感に押しつぶされそう。


 だって三井さんがあんなに私を好きになってくれると思わなくて……。一心に思ってくれているのが伝わって、苦しくなった。私は三井さんに何一つお返ししてないどころか騙して、奪ってばかり。


「きっと……怒らないだろうから、恐くて言えないんです」


 三井さんはありのまま伝えてくれる。言いにくい家庭の事情も教えてくれて、私の家族にも堂々と説明してくれた。それなのに……。


「じゃあ〝騙してたから怒って〟って言えばいいじゃない」

「……そんな事言えません」


 私がドMみたいじゃない。嫌よ。


「じゃあ〝お詫びに何でもするよ〟とか?」

「そ!」


 そんな事益々言えないよ! 絶対なんか変な方向に行く、間違いない!


「お待たせしました〜」

「ありがとうございます!」


 タイミング良くランチが運ばれて来た。食べながら続きを話す。


「三井CEOって、桑野さんの仕事ぶりとか収入とかを気にしてるわけじゃないんでしょ?」

「多分……」


 しかし都会のハイスペックさんの彼女は同じく、稼いでる女。同類引き寄せ。そう本に書いてた。


 私は実家暮らしでこの歳でまだ両親のスネを噛じってる。

 私は元派遣社員で、しかもその契約も終わって実は無職。

 私は……。


 〝自立した人だと俺が満足しません〟

 三井さんは私を立ててそう言ってくれた。その時に伝えれば良かった。だけど、言えなかった。私の変なプライドと自尊心が邪魔をして。

 三井さんを支えてあげたいから、寄りかかっては駄目。自立したかっこいい女性になって、三井さんを甘やかしてあげたい。


 今だと、私が支えて貰って甘えてばかり。


「桑野さんは自分に自信を持つこと! ……上から目線?」

「いえ」

「きっかけはどうであれ、今は相思相愛でしょ? うちの会社でも衝撃が走ったくらいよ? あの三井CEOが婚約したって」

「……本当に凄い人なんですね」


 住む世界が違う人。それを私が引きずり下ろした。


「うちの会社でも狙ってた子がいっぱいいたのよ? なのに三井CEOったら見向きもしないんだから」

「……」

「ニヤけるの我慢しなくて良いわよ」

「すみません……」

「その三井CEOが好きって言ってくれてるなら、自信を持たないと」


 〝俺の好きな人を貶さないで下さい〟

 そう。自分に自信を持つって決めたんだった。


「浜田さん、ありがとうございます。私も前に進めそうです」

「そう? 良かった。結婚式には呼んでね」

「ありがとうございます」




 ――ブー、ブー


 ランチを食べ終えて、料理などの会話に花が咲いていた頃、私の携帯が震えた。

 画面を覗くと相手は三井さん。


「三井CEO?」

「あ……はい。仕事が早く終わったそうです」

「ちょうど良かった。私達もそろそろお開きにしましょう。これからは、またちょこちょこ会えるんでしょう?」

「はい……」


 なんか恥ずかしい。


「三井CEOの所からだと一駅だから、ここで待ち合わせしたら? 私も三井CEOに会ってみたい」

「え? パーティーでよく会うんですよね?」

「異業種入り乱れのパーティーよ? エグゼクティブには中々近寄れない」

「私って、凄く大胆な事をしたんですね」


 心臓が飛び出そうだったけど、会場の雰囲気に飲まれた。

 あの時の行動力を自分で褒め称える。


「人生は行動出来るかどうかの差で決まるわ」


 そう、その浜田さんの言葉で私は人生初の事を三井さんにいっぱいしてきた。いつの間にかそれを忘れて、三井さんに甘えてた。


 今の私は全く行動していない。勇気を出して行動しないと。

 きっと、それを自立と言うはずだから。



 ✽

 お店を出て分かりやすい所で三井さんと待ち合わせ。


「あ、きた!」


 なんか恥ずかしくて下を向いて照れていたら、浜田さんが三井さんを見つけてくれた。


「三井CEO、はじめまして。本日は愛子さんと楽しい時間を過ごさせて頂きました。ありがとうございます」


 浜田さんが三井さんに名刺を渡した為、三井さんも名刺を取り出す。


「はじめまして。こちらこそお二人の話の邪魔をしたのではないですか? ……山村社長の会社の方でございましたか。ちょうど今朝、山村社長とお会いしたばかりです。奇遇ですね」


 私はぽやーっと、スクリーンの向こうの出来事のようにその一連の流れを見ていた。

 絵になる二人。かっこいい。都会のハイスペックさん同士の恋人ってこんな感じだよなー、本当は。


「じゃあ桑野さん、また会おうね!」

「あ! はい!」


 浜田さんに声をかけられ、弾かれたように現実に舞い戻る。


「頑張ってイチャイチャしてちょうだい」

「ちょっ! 浜田さん!」


 浜田さんが私に耳打ちをし、私は赤面。三井さんに見られたくなくて、浜田さんの肩を揺すって誤魔化す。


「うふふ。じゃあ、失礼します」

「お送り出来ず恐れ入ります。お気をつけてお帰り下さい」


 三井さんはいつもの穏やかな微笑みで浜田さんを見送る。

 浜田さんは颯爽と去って行く。都会女子かっこいい。


「……急に仕事が早く終わって……話の腰を折ったのでは無いですか?」

「え? いいえ! タイミング良く……」


 あ、言わないと……。


「桑野さん、俺に言うことはないですか?」

「え……?」


 無職がバレた? いつ? それともあの名刺の経歴詐称?


 三井さんが逃さないと言った目つきでしっかりと私を見据える。


 え、なんで……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ