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第5話 朝から彼の破壊力が凄すぎます。しかし、とても可愛い所を知りました。

 

「おはようございまーす……」


 そっとリビングルームの扉を開ける。何時に起きたら良いのか分からず時刻は6時を少し過ぎた所。


「おはようございます。よく眠れました?」


 三井さんはもう起きてソファに座って新聞を読んでいた。


(あれ? スーツ? ネクタイしてる……)


「はい。ありがとうございました。三井さんお仕事ですか?」


 昼から来客予定があるから会社に行くとは前もって聞いていたけど。


「昨日の説明責任がありますので、急遽出社します。昨日伝えようと思ったんですけど、締め出されたので」

「笑えない冗談言うからですよ」

「本気です」

「益々笑えないです。……昨日本当にお仕事は、良かったんですか?」


 説明責任って。私と呑気に鰻食べてさ。


「仕事は大丈夫です。重役の方々にその経緯を伝えるのが俺の仕事なので」

「かっ……」


 かっこいい。何この破壊力。大体朝から爽やかにスーツを着こなし(ジャケットはまだ着てないけど)、新聞を読んでいるって……しかも数種類、英語の新聞もあるし。


 そもそも私はスーツフェチです。朝からいい物を見れました。ありがとうございます。


「か?」

「朝ごはんのお手伝いなどは良かったでしょうか?」


 危ない。意識しては言えない。


「桑野さんはゆっくりして下さい。そうでないと、ここに泊まって貰った意味がありません」

「そういう訳には……」

「桑野さん、じゃんけんしましょう」

「……朝食準備をかけてですか?」

「ハグです」

「朝からアメリカンですね。朝食はトーストですか?」

「我が家は和食です」

「それは良かった。朝のお味噌汁は血液のベースですからね」

「では、じゃんけんしましょう」

「ご飯とお味噌汁があればもう最高の組み合わせですね」

「桑野さん、時間稼ぎした所でもうこの流れは止められません。腹を括って下さい」


 (ち、バレてた)


「ハグ、ですね」

「金庫から現金取って来ますから」

「は?」

「100万。ここでは手持ちが足りません。別室の金庫にはありますから、心配しないで下さい」

「真面目ですね。100万とか言われたら普通に冗談だと捉えますよ」

「では100万無くてもハグしていいと言うことで相違無いでしょうか?」

「この起き抜けから何言って……」

「桑野さん、俺は後5分したら貴将を起こしに行きます。つまりハグは5分間の間に終わらせなくてはなりません。俺は家族の面前でも構いませんが、どうしますか?」


 そんな事真顔で言わないでよ。


「ご家族にハグを見られる訳にはいきません。ここはやめておきましょう!」

「女性陣はキッチンから出てくる事はありません。おじいさんは外でラジオ体操と乾布摩擦で暫く室内に入る事はありません」

「お、ラジオ体操! 良いですね。私も一緒に……」

「もう一分経過しました。このままですと試合放棄と言うことで俺の不戦勝にします!」

「私は勝ちますから!」

「では、やりましょう」


 しまったー! ついつい勝ち気な私が!


「「最初はグー、じゃんけんぽん!」」


「あ……」

「勝った……!」


 ま、負けたー!!


 ――ギュー


「わー……!」

「あー、幸せ」


(……そんな心底嬉しそうに言わないでよ)


 ――ドクドクドクドク……


 私の心臓は相変わらず大きく音を立てている。だけど、昨日の今日。少しは慣れた……かも。


「……今日も仕事頑張れます」


 そうですか。それなら良かったです。この距離で声を出すのはできない。


 本当なら、私も三井さんを抱きしめてあげたい。包んであげたい。彼が望む言葉を、私の気持ちを……すべて言ってあげたい。


「ッ6時15分になりましたよ!」

「あ。貴将を起こしに行ってきます」


 可愛くない。私。三井さんは私から身体を離す。なんか……名残惜しい……。


「ありがとうございました、殿下」

「ぉわ!」


 手を持ち上げられ手の甲にキスされた! わわ! 朝からなんてアメリカンな!!



 ✽✽✽


 皆様で朝食を食べて、三井さんは出社の時刻。貴将くんももう少ししたら家を出るそう。


「お兄ちゃん! 行ってらっしゃい!!」

「行ってきます。貴ちゃんも大学まで気をつけて行くんだよ」

「うん!」


 貴将くんと一緒に玄関までお見送り。三井さんと貴ちゃんはにこやかに見つめ合う。


「行ってらっしゃいませ」


 私も挨拶する。


「――ぁ」


 三井さんは一瞬驚いた様に私を見る。小さな声を上げ、そして――、


「い、行って参ります……」


 ――バタン……


 顔を背けて照れ臭そうに言い、出て行った。


(……な、な、な、何あれー!!)


「愛ちゃん、お兄ちゃん照れてたね」

「そうだねぇ……」


 やばい。私の顔も真っ赤だ。照れて居心地悪そうにした三井さんの仕草が、ほんのり赤くなった顔が……かわいくて、かわいくて。


 どうしよう。愛しすぎる。


「愛ちゃん、朝から貴重だったね」

「うん……」


 ハグと同じくらい心臓が爆発しそう。いつも悠然としていて、照れと無縁で、時々甘えん坊な三井さんが……照れた。それも私が全く意図しない所で。

 なぜ? しかも今? たかが挨拶なだけだったのに……てっきりクソガキな三井さんは「あれ? 行ってきますのキスはまだですか?」とか言うだろうと想像してたのに。


 どうしよう、三井さんがかわいい。

 初めて知った。私の人生初の彼氏の堪らなく可愛い所。



「愛ちゃん、俺と一緒に大学行こう!」

「……は?」


 じーんと感慨深いものに包まれていたら、貴将くんから意味不明な提案を受ける。


「愛ちゃんはお兄ちゃんの彼女。お兄ちゃんのものは俺のものでもある」

「はぁ」


 昨日も確か言ってたな。デジャヴ?


「愛ちゃんと一緒に大学に行って、俺の彼女って言いふらす

 !」

「はあっ!?」

「俺だって大学生活謳歌したい!」

「た、貴将くんもわざわざ私じゃなくて、良い人いるでしょう?」

「いない。ついこの前まで好きだった先輩は振られてさ。ちょうど良い所に愛ちゃん降臨!」

「……」


 仕方無いから私、みたいな言い方だな。兄貴の教育がなっとらんぞ。


「大学だったら出会いも沢山あるでしょう? いいなー。羨ましい! 貴将くんが!」

「愛ちゃんも出会い探してるの? じゃあ一緒にナンパしに行こう!」

「ナンパ!?」


 未知の世界の話だよ!!


「貴ちゃん、そんな事したらお兄ちゃんに怒られちゃうよ?」

「大丈夫!」

「そうなの!?」

「お兄ちゃんは怒らないよ!」


 いや、あの男は結構短気で怒ると恐いぞ。


「お兄ちゃんは俺の事が可愛くて仕方無いからそーんなに怒らないよ!」


 ほーぅ。


「なんか問題が起こったらお兄ちゃんが解決してくれるから大丈夫だよ!」


 ……甘やかしてるな、結仁よ。子供の成長を止めるぞ。


「バックにお兄ちゃんがついてるから俺は好きな事を好きなだけ出来る! 幸せ〜!」


 ……。


「信頼されてるね。お兄ちゃんは」

「そりゃあ俺のお兄ちゃんだからね!」

「貴ちゃん、お兄ちゃんがいて良かったね」


 いいな。羨ましい。安心して頼れる人がいる貴将くんが羨ましい。大人になればなるほど、そんな人が自分の周りにいるかどうかも分からなくなる。

 それを堂々と言う貴将くんは確かに三井さんに愛されて生きてきたんだと思う。


 だけど、私も大人になったんだから。頼る人を見つけては駄目。自分がしっかりと自立して頼られる立場にならないと。


 そうじゃないと、これまで誰にも甘えられなかった三井さんが永遠に甘えられない。



 ✽


 あれから貴将くんは一人で大学に行ってくれた。


「朝食ご馳走様でした。後片付けだけでもさせて下さい」


 キヨさんに申し出る。結局朝食準備はしていない。


「何をおっしゃいます! 愛子さんはごゆっくりされて下さい! これは私達のお仕事ですから」

「そんなわけには……」

「坊っちゃんの大事な方ですから、仏壇に飾って置きたいくらいでございますよ」

「……」


 結局、朝食の片付けすらしない私……。キッチンを去り廊下を歩いているとおじいさんとばったり。


「あ、お祖父様、少しお話したいことがあるのですが……」

「この老いぼれに? こりゃ嬉しいもんだ。ぜひぜひ」


 おじいさん達が暮らす別棟の家にやってきた。おじいさんと二人切り。私は気になっていた事を聞く。


「お祖父様、あの……結仁さんを本当に養子に出して良いのでしょうか?」


 三井さんは私が無理に養子に来て欲しいと頼んだのを了承してくれた形だ。「三井の血を引いていないから結婚するとしても嫁は貰えない。自分が三井の名字を貰う訳には行かない」これが三井さんの主張だった。私は需要と供給がガッチリ重なったと浮かれていたけど……。


 実の母親の一族とこうして繋がれたのなら、おじいさんは大西家を継いでもらいたいのでは?と、思った。


「こりゃまた突然だ!」

「はい。突然の申し出、ご容赦下さいませ」


 三井さんを婿に貰って大分に連れて行くって、私はかなり自分の良いように事を運んでいる。

 もしかしたら、恨まれているかもしれない。


「……うちは元々一人娘でしたから」


 ひょうきんなおじいさんが急に真面目な顔つきになり、話し始めた。


「娘が嫁に行く日が来ると覚悟していましたから」

「……」

「ですんで、どうぞお気になさらないで下さい」

「しかし……」

「私達は今さらな家族ですから……」

「お祖父様……」

「なーんにもしてやれなかった祖父母と人様に育てさせた母親が今さら何を言うことがありましょうか」

「……」

「それもこれも、身から出た錆ですわ」


 三井さんから子供の時の日々を聞いて、私も辛くなって泣いた。それを、ずっと一人で抱えてきた三井さんを想像しては苦しくて苦しくて……。

 だから、すみません。こうして辛そうにしてるおじいさんに、慰めの言葉一つも言ってあげられません。……すみません。


「ありがとうございます。確認して置きたかったものですから」

「ご丁寧にありがとうございます」

「結仁さんから、朝はラジオ体操と乾布摩擦をされてると伺いました。健康的で素晴らしい習慣でございますね」

「いやぁ、毎日の日課ですから。褒めて貰えると嬉しいね」


 この人達がいないと、三井さんはこの世にいない。生命を繋いでくれた事に……感謝。


 三井さんがお母さんに引き取られていたら、私達はきっと……出会っていない。

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