第8話 援護射撃②
「おおおおおお兄さん! お帰りなさいませ!」
「? ただいま。百子さんいらっしゃい」
リビングに行くと、恐ろしく顔面蒼白な百子さんに出迎えられた。
「二人とも早かったね。今日は用事があって早く会社を出たんだけど、やっぱり電車には勝てないか」
「お! お兄さん! 私、今日はたまたまだったんです!!」
「あ、うん。ごめんね。急に呼んだりして」
「い、いつもはもっとちゃんとしてます!! 本当に、今日はたまたまなんです!!」
(たまたま空いてたから来たけど、いつもは用事が入っているってことかな?)
「兄貴、今日はなんで百子呼んだの?」
(なんでって、そりゃあ早く結婚したい直くんの援護射撃だけど……)
「貴ちゃんがケーキ食べたいって言うから、せっかく買うなら百子さんもと思って」
「……やっぱり」
やっぱり?
「百子、そんなに緊張しなくても動画じゃないって」
「動画?」
なんの話だ?
「昼休みに、塚本部長から百子が仕事中に動画見てたのを兄貴に言ったって言うから」
「たまたまなんです!! 誓って!! たまたまですから!!」
あー。百子さんの慌てっぷりの意味が分かった。
塚本くんが戻ってから直くんに連絡したから、タイミング的に動画見てた百子さんを注意するとでも思われたのか。
(……俺ってそんなに恐いかな?)
「そんな事すっかり忘れてたよ。こちらこそ百子さんがいない所で百子さんの話ししてごめんね」
「い、いえ!! 本当に! 本当に!! たまたまなんです!!」
(……)
「息抜きも必要だよ。和気あいあいと楽しんでるなら100点」
「お兄さん……」
「塚本くんが嬉しそうにしてたよ。百子さん、職場を明るく楽しませてくれてありがとう」
「いえ……」
良かった。百子さんの顔色が良くなった。
「お腹空いたでしょう?ご飯食べようか」
「「わーい!! ご飯ご飯!」」
百子さんと貴ちゃんが見事にハモる。末っ子同士似てるのかとずっと思っていたけど、百子さんはひとりっ子だった。
直くんは貴ちゃんと仲良しだから、自然と貴ちゃんに似てる百子さんに惹かれたんだろうな。
だけれど、女性に貴将、つまり男の子と似てるというのは失礼に当たる事もある。だから母と似てると俺は言うけど。
(実際似てるしね。お母さんと百子さん。……直くんはお母さんっ子だな)
「ももちゃん! ケーキどれにする!?」
食事も終盤。我先に食べ終わった貴ちゃんが百子さんに問う。
(結局百子さんは何がいいか聞けなかったけど)
「えっとねー……ミルフィーユ!!」
百子さんはミルフィーユを選んだ。百子さんはミルフィーユが好きなのか。
「じゃあ、俺がチョコレートケーキとショートケーキね!」
普段はチョコレートケーキとミルフィーユの貴ちゃんが、百子さんに譲りショートケーキを選択する。
「ショートケーキ……」
「百子、俺の食べていいよ。ショートケーキ」
「いいの!? 直くんありがとう!!」
貴将と百子さんがケーキを二つ、俺と直くんは飲み物のみ。
(俺はいいけど、今度からはもう少し買おう)
✽✽✽
「美味しかった〜!! お兄さんご馳走様でした!!」
「どういたしまして」
ケーキも食べ終わり、百子さんは上機嫌だ。
この雰囲気ならいけるかな。契約締結には食後の緩んだ時が最適だ。
「そうそう。今日早く退社してね、ホテル経営してる知り合いに会って帰ったんだ」
あくまでも、ナチュラルに。
「そしたらパンフレットをいっぱいもらってね。新作ドレスだって」
「! 兄貴! それ禁句!!」
「え?」
百子さんのこんなの着てみたいから突いて行こうと思っていたが……。禁句?
「ド……ドレス……」
あ、また百子さんが顔面蒼白に。
「も、百子。気にしなくていいと思う」
直くんが百子さんに気を遣い、励ます。
どうやら俺は本当に禁句を言ったようだ。どうしよう。直くんの婚期が益々遅れたら。
「ケーキ二つも……私は……」
「も、百子! ケーキ二つくらい大したことないって!!」
「いや、あるでしょ」
「貴っ!!」
……失敗したなー。完璧に空気悪くなったな。援護射撃の予定が逆に遠退いたな。
(直くん、ごめん)
「百子さん、嫌な思いさせてごめんね。今のままの百子さんに似合いそうだったから、つい」
「今の……私……ですか……?」
「もちろん、今の百子さん。百子さんは笑顔がかわいらしいから、かわいいのが似合うだろうと思ってね」
俺もフォローして励ます。あくまで禁句は伝えずに。
「……かわいいですか」
「とっても。他に誰がいるの?」
よしよし、今ちょっとニヤっとなった。
結局援護射撃は出来なかったけど、あんなに乗り気だった結婚を今だにしない理由が分かってよかったと思おう。