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第3話 人生初の彼女の一挙一動が可愛い。

 背中に全神経を集中させる。

 ちゃんと桑野さんが付いてきているか感じ取る。


 ……俺の空気を察して慌てて腕でも取ってくれるかと思えばそんな素振りはない。少し距離を取って付いてきているだけだ。


 照れ屋なのは知ってる。男と二人で並んで歩けないとも聞いた。そこも好きだけど……出来ればもっと俺を頼りにして欲しい。俺がいてもいなくてもどっちでも良いような素振りは見せないで欲しい。


「……」

「……」


 俺も桑野さんも喋らない。もう車までついてしまう。……どうするべきか。


「あ、の!」

「?」


 声をかけられたかと思ったら、少し引っ張られる間隔がして、その方向に視線を向ける。桑野さんが俺の服の裾を摘まんでいた。


「……こんな可愛い事してどうしたんですか?」

「マニュアル本に裾をチョンと摘むのが効果的と書いていました」


 ぼそっとした声で早口で説明された。桑野さんは真っ赤な顔をしたまま下を向いて俺と目を合わせない。

 種明かしをしたら意味が無いと思うのだが……。


「俺は自分が単純だと今知りました」

「意味が分かりません」


 それでも、この一挙手に骨抜きにされてしまった。何ともいじらしい。


「この一挙手の次は?」

「考えていません!」


 桑野さんは裾をチョンと摘むどころか今度はそこに力が加わって来た。服が引っ張られる重力を感じる……。


「てっきり次の一投足があるのかと」

「か! 考えていませんでした! 今、思考がフル稼働中です!!」


 下を向いて顔を真っ赤にして、一生懸命弁明する。


「……俺が意地悪でした。お許し下さい、殿下」


 俺の為に一生懸命考えてくれた一挙手に脱帽。俺の気持ちは急浮上だ。


「怒って無いですか……?」


 言い返されるかと思ったら、何ともしおらしい。

 拍子抜けする。いつもの張り合いがない。

 俺は微笑んで、裾を摘まんでいるその手を取って、手を繋ぐ。


「俺が短気だと誤解を与える発言は控えて下さい」


 桑野さんの顔を見てそう伝え、前を向いて歩き出す。

 おずおずと桑野さんも手に力を入れてしっかりと繋いでくれた。


「お腹空きましたよね。お待たせしました」

「お仕事は大丈夫でしたか?」

「はい。部下が有能ですので、決定さえすれば後は安心して任せられます」

「お疲れ様でした」


 労ってくれる、それがこんなにも嬉しい。


「この近くで食べますか? どこか場所を変えますか?」

「……三井さんはいつもお昼は何を食べてますか?」

「俺は基本的に会食の予定がなければ昼は食べません」

「え!?」

「一人の時は昼ごはんは食べないんですよ」

「お腹空きませんか!?」


 まぁ、びっくりするよな。

 ……理由は二つある。一つは、家庭の必要経費を抑えるのに俺の食費を削る為。口減らしで弟二人が見てない時は食べない。を徹底していた。それが今でも習慣になっているのと、


「空腹状態の方が集中出来るからです」


 この理由の二つ。


「それは理にかなっています。が、三井さん。ランチに疲れる食べ物選んでません?」

「食べ物に疲れるとかあるんですか?」

「消化に時間がかかる物や血糖値が急上昇するような食べ物を選ぶと、眠くなります」

「はい」

「だからお昼は穀物中心で。おにぎりとか、ごはんメインのおかず少なめが午後からも動けるランチになります」

「なるほど」

「外食の場合だとお蕎麦とかも良いですね」


 桑野さんは俺が知らない事を沢山知っている。お昼はおにぎりね。……桑野さんお手製の、と付け加えてインプット。


「無理に食べる必要はありませんけど、一日二食ガツーンと食べるより三回に分けた方が体には優しいですよ」

「そうですね。健康でないと働けませんから」

「しっかりと働いてガッツリと稼いで下さい」


 桑野さんがいつもの調子に戻った。言い合える仲が心地良い。


「ですが、私はせっかく東京に来ました。今日は羽目をはずします」


 吹き出して笑いそうになるのを堪えた。さっきの健康知識をまるっきり無視じゃないか。


「…家に帰ったら調整するからいいんです」

「さすがですね」

「腹黒大魔王さんが腹の中で笑っていたので付け足しました」

「誰の事です? 俺は笑っていませんよ」

「ペテン師ですね」

「俺は桑野さんが可愛くて仕方ありません」

「……わーお」

「不意打ちに弱いんですよね。今度から小出しします」

「腹黒!」

「おわっ。地味に痛いですよ」


 横腹を掌で押された。

 手を握るのは恥ずかしいくせに、危害を加えるのは恥ずかしくないのか。……変わり者だ。


「三井さんが普段ランチで行ってるお店に行きたかったのに」

「……昼の会食は基本的に鰻とか寿司とか和食ですね。夜は懐石料理かフレンチが多いです」

「またイケメンな返事ですね」

「そんな要素がありましたか? せっかく東京に来て下さったのですから、殿下の行きたい所にお連れしますよ」

「鰻。この前お寿司を頂いたので」

「承知しました。関西風の鰻ですよね?」

「あるんですか?」

「前に友人から聞きました。ここから少し車で移動しますけど」

「三井さんは食べ慣れないのでは無いですか?」

「好き嫌いはありません。どちらにもそれぞれの良さがあります」

「かっ……!」

「か?」


 さっきから何か言いたげ。だけど、桑野さんは何も言わない。

 



 ✽


 経営者仲間オススメの鰻店に到着し注文を済ませ、しばし待つ。


「こういうお店の鰻は格別に美味しいでしょうね。東京は鰻屋さんまでリッチだなー」

「そう喜んで頂けるのなら、ご馳走しがいがあります」

「三井さん、私にしてほしい事ないですか?」

「いきなりですね」

「何でも言って下さい」

「……本当に何でも良いですか?」

「プ、プラトニックの範囲内に決まってますよ!」

「なんだ」

「何考えてるんですか!!」

「……知りたいですか?」

「ほぉ……ほ」

「リアクションのレパートリーが沢山ありますね」

「……今の状況って三井さんに何のメリットもないですよ」

「え?」

「見返りなく私に貢いで三井さんのメリットが何もありません」

「……自分を卑下しないと約束しましたよね?」

「……」


 急に何を言い出すのかと思えば。

 桑野さんは口を真一文字にキツく結んでいる。


「好きな人を喜ばせたいだけで、見返りを求めてしてる訳ではありません」

「そう言って……これまでも沢山貰って来ました。この一ヶ月、お菓子やらお花やら間を空けずに贈って下さって……今回だって約束したわけでは無いのにパッと47,000円も使わせてしまいました」


 47,000円? ……ああ、さっきの買い物ね。


「お菓子は海外出張や貴将の遠征先に行った際のお土産です。桑野さんだけではなく、ご家族の皆様に差し上げた物です。……そうなると桑野さん自身に何もしていないので、花を贈っただけですよ」

「……その間、私は何か三井さんにお返ししましたか? 私は実家でそのお花を愛でてお菓子に貪りついていただけですよ」


 さっきから桑野さんが何を言いたいのかが分からない。

 せっかく一ヶ月ぶりにあって、楽しんでいる最中だったのに。


「迷惑でしたのなら、そう言って下さい」


 とどのつまりはこれだろうな。……プレゼント作戦は不発だった。


「っ! 三井さんが言ったんですよ! 私がギブアンドテイクの人だって!」

「はい」

「私のギブが多すぎてテイクが追いついていません!! それなのに……プラトニックって……なんか……その……その……」


 ……なるほど。今理解した。桑野さん相手になると俺は冷静さを失ってしまう。心の内を察してあげられていなかった。

 てっきりプレゼント作戦が失敗したのかと思った。


「……結婚したら何でも受けてたってくれるそうですので」

「はい?」

「今の内に餌付けしてるだけです。俺は腹黒いので」


 桑野さんは目を見開いて口をパクパクと動かしている。

 作戦成功。この言葉をチョイスして良かった。あー、かわいい。


「ケ、ケダモノ!!」

「すぐそういう思考回路に持っていく桑野さんの方がよっぽどケダモノです。俺は何も言っていません」

「〜〜!!」

「どうしたんですか?そんなかわいい顔して」


 俺は嫌味ったらしく言う。

 俺だってさっき傷ついたんだ。これくらいの仕返しは許される。……婚約者なんだから。楽しい夫婦喧嘩の予行練習だと思って欲しい。


「さっきの47,000円の罪悪感が一瞬で吹き飛びました!!」

「そうですか。それは安心しました」

「私は今度から何もテイクしませんからね!! 三井さんから搾り取れるだけ搾り取ってやります!!」

「充分、貰っていますよ」


 そろそろ、からかうのはやめよう。本当に怒らせたら大変だ。


「俺はホームステイ先の姉から、女性を尊敬して感謝し、さらに大事にするのが当たり前と教育されて育ちました」

「素晴らしい方ですね」

「ですので、俺は桑野さんがこうして俺の側にいて下さるだけで充分、貰った気持ちです」

「……お人好しですね」

「またじゃんけんしましょうね」

「側にいるだけでいいんですよね?」

「俺は強欲な男です」

「教えを遵守するお気持ちは?」

「ハグは感謝の気持ちを表現したものになります」

「それを見返りと言います!」


 桑野さんとの会話はいつも楽しい。


「……三井さん、掌をテーブルに付けて置いて下さい」

「急にどうしました?」


 俺は言われた通りに掌をテーブル置く。


「指一本でも動かしたら……怒ります」

「なんだか恐怖心が芽生えてきました」


 俺はこれから何をされるんだ。


「……ゴクリ」


 桑野さんが意を決したように手を動かした。


「……」


 テーブルに置いた俺の手の上に桑野さんが自分の手を重ね置いた。

 今度は俺がびっくりしてしまった。


「……どうしました?」

「動かしたら駄目ですよ!」


 真っ赤な顔で一生懸命に言われて、俺はされるがまま。

 桑野さんが俺の手の甲をゆっくりと撫でる。心地良さと、掌を反して手を握りたい衝動。


 動かしたら駄目とは……拷問でしか無い。

 それでも、一生懸命な桑野さんが可愛くて可愛くて、俺の為の行動に心が満たされていく。

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