第2話 人生初の両思いに四苦八苦、どうやら彼を悲しませてしまったようです。
会って早々、スパダリさんに痴態を晒してしまった。最悪。
もっと、余裕。余裕が大事よ、私。
車に乗り込み、シートベルトを着ける……と、
――ブー、ブー
「三井さんの携帯ではないですか?」
マナーモードのバイブ音が。私ではないと言うことは三井さんのだ。
「すみません、会社からです。急用だと思うので、出ても良いですか?」
「それはもちろん」
スパダリさんはいつも私に気を遣う。仕事優先でしょうに。
「はい? ご苦労様。何かあった? ああ……」
スパダリさんの仕事モード。やばい。かっこいい。
初対面の時は確かに仕事モードだった。そこに惚れたんだけど、それ以降はプライベートしかなかったから……なんか……なんか意識してしまう。
私の人生初の彼氏で婚約者の彼はハイスペックだ。
東京の大企業のCEO、最高経営責任者。……やばい、かっこいい。いつも穏やかで、時々幼稚で、クソガキで、いじめっ子で……だけど、今は違う。横顔が凛々しい。かっこいい。
……駄目です。強めのビッグウェーブが来ました。呼吸困難です。
かっこいい、かっこいい、かっこいい……。
目が合わないとそこまで照れないから一方的にずっと見ていられる。はぁ〜、かっこいい。この人が私の人生初の彼氏かー。人生ってあっという間に180度変わるものなんだなー。
「分かった。ちょっと一旦会社に行くよ。連絡ありがとう」
――ピッ
三井さんが電話を切った所でようやく私も我にかえる。見つめてたのがバレないように、サッと首を90度しっかりと回転させて前を見据える。大丈夫、多分バレてない。……多分。
「桑野さん、すみません。ちょっと急用でこれから会社に行ってもいいですか?」
「あ、はい。……じゃあ私はどこか降ろしやすい所で降ろしてくれたら、買い物でもしておきます」
「自社ビルの近くはデパートも何件かありますけど……」
「あ、じゃあそこにいます。もしくは、車を一度置きに帰るなら、その通リ道でも良いですよ」
「一緒に会社に行くという手もありますよ。自室か応接室にお通し致します、殿下」
「職場ですよね?」
「皆に見せびらかそうと思って」
「ッはあ!? 仕事して下さい!!」
「そんなに照れなくても、食い入るように俺の顔を見てたのに」
「!!」
ば、ばれてた。この男は目ざとい。
「愛されてますね、俺は」
「き、気のせいです!」
「はいはい。気のせいですね」
イラ! こいつ私の事バカにしてる! なんてヤツ!
「急がなくていいんですか!?」
「急ぎます。ちょっとトラブルなんで」
「トラブル!? なんでそんなに平然としてるんですか!?」
「ここで慌てた所で事態は変わりません。打開策を考えて実行したら良いだけですから」
「……さすが」
かっこいい。なんかもう全てがかっこいい。
「車は会社の駐車スペースに停めるので問題ありません。1時間くらいだと思います」
「承知しました。急がなくて良いですよ。無理しないで下さいね」
「はい。俺は今、とっても満たされた気持ちでいっぱいです」
とてもにこやかに話す三井さん。
なぜ? トラブルなのよね? 三井さんってやっぱり……
「ドMですね」
トラブルが気持ちを満たしてくれるって。
「……なんでそうなるんですか?」
「トラブルが嬉しいって」
「桑野さんが俺を心配してくれている事、俺を気遣ってくれている事、そして……俺を待っていてくれている事が幸せなんです」
「そう……ですか」
スパダリさんの歯浮き言葉がわんさか出たよ。対処出来ません。
「俺の仕事が終わるのを待っていて下さいね、奥さん」
「未解決になっても知りませんよ!」
ウキウキ言うな!恥ずかしい!そんなんだとミスをするぞ。
「ある程度の打開策は出来てます。有力はA案とB案、2つに絞りました。後は周りの意見も聞いて最終決定します」
「……か」
「か?」
ポロッと言ってしまいそうになった。かっこいいって。
……いやポロッと言ってあげようよ、私。
かっこいいって褒めてあげたい。沢山褒めて、彼の寂しかった幼少期を満たしてあげたい。
それなのに……。
「何でもありません。急ぎましょう」
おーい、私。
✽
デパート前で降ろして貰った。ほぅー。やっと一息。
ようやく、緊張の糸が緩む。
「釣り合ってないな……」
エスカレーターを昇ってウィンドウショッピングを楽しむ。
都会はお店の数からして全く違う。地元にはないショップが軒並み並んでいる。
……都会のスパダリさんの隣にいて釣り合うように、これまで衣装代は結構かけてきた。2泊3日や1泊2日でなんとか衣装を賄ってきたけど。
三井さんは都会のオシャレっ子という訳では無いんだけど、いつ会っても嫌味なく誰にでも好印象を与える服装。……そして、見るからに分かる。物がいい。
高そうな生地だと言うのがひと目見て分かる。
私もさ、生地には拘るから一点一点は良いのを買ってる。
つまり、単価が高いから数を持っていない。ワンシーズン一着、エブリデイ同じ服。
だから東京に来る前は地元唯一の百貨店に駆け込む。
……これは三井さんに言えないなー。なんかかっこ悪い。都会のキラキラ女子との違いに幻滅させそう。
「ねー、今日ランチ何食べる?」
「あのカフェは?」
都会のキラキラOLとすれ違う。ほんと、キラキラ。こんなオフィスビルが立ち並んで、デパートもあって……都会の人はすごいな。こんな所で働いているんだもん。
……ネガティブ駄目よ、私。恋愛は常にポジティブで主導権を握るようにって本に書いてたじゃない。
お昼の時間だけど、三井さんは仕事。せっかくだから東京にしかないショップで服を選ぼう。衣装のレパートリーを増やさなければ。このビルは私の好きなブランドが入っていたはず! 地元にはないブランドの! 行け、私!
「お似合いですよ〜」
「そうですか」
気にいったのを発見し、試着。今はセールの時期では無い。このワンピースも定価。
……だけど、試着した時点で私に引き返す選択肢は無い!
男女のデートはワンピースと決まってるんだから! 一着くらい定価を出すのよ!
「47,000円になります」
「はい」
いつも再値下げでしか買わない私にしては頑張った金額だ。
財布を取り出し、お札を数える。
「いくらです?」
「え?」
! スパダリさん!! なぜ? いつの間に!
「47,000円でぇす」
店員さんの声が先程よりも弾む。
「じゃあ、これで」
ポンッと。50,000円出すスパダリさん。
「ありがとうございましたー!」
店員さんに見送られ、二人で店を後にする。
「三井さん、お金お返しします」
あの場で出すと言えば、三井さんに恥をかかせるから感謝して受け取って、店員さんが見えなくなってから声をかける。
「プレゼントさせて下さい」
「や、自分が買おうとしていたものなので」
「もう家計が同じになるんですから、遠慮しないで下さい」
……これ以上食い下がると男のプライドを傷つけるかな?
嬉しかったのは勿論だし、ラッキーとも思っているのだから……ここは、素直に。笑顔も足すのよ、私。
「ありがとうございます。大切にしますね」
「喜んで頂けたのなら、俺も嬉しいです」
……イケメンな返答だな。
「よく分かりましたね」
「電話しようと思ったら、目に入りました」
「そうですか」
「俺は桑野さんを見つけるのが特技だと思います」
「わーお」
「言うと思いました」
急に爆弾を落とすな!
「あれ? CEO?」
あ、さっきのキラキラOL達。
「「お疲れ様です」」
「あ、ご苦労様。昼休みだったね」
スパダリさんが穏やかに微笑む。このキラキラOL達を前にびくともしないスパダリさん。
「CEO今日お休みでしたよね。私服もお似合いです」
「ほんと、爽やかー!」
同感。だけどよくサラリと言えるな、キラキラOL達よ。
「二人にそう言われると自信がつくよ、ありがとう。今ちょっと顔を出して来たんだ」
サラッと一言添えたお礼の言葉を言うスパダリさん。……慣れてる。
「あ! CEO、もしかしてそちらの方が!」
「婚約者の桑野愛子さんだよ」
キラキラOL達が私に視線を移す。そして案の定、サラッと伝えるスパダリさん。
「わー、この方が! はじめまして。秘書課の木崎と申します」
「はじめまして、同じく秘書課の戸塚です。お会いしてみたかったので光栄でございます」
THE秘書! って感じのたおやかな微笑みで挨拶をしてくれた。ここは私の外面の出番よ。
「はじめまして。桑野愛子と申します。お二人共とてもお美しくて……一緒にお仕事される結仁さんが羨ましいほどでございます」
「とんでもない事でございます!」
「お褒め頂き光栄でございます」
駄目だ。田舎の秘書検持ちより、都会の本物の秘書さん達には太刀打ち出来ない! 余裕、余裕が違う!!
「二人共いつも完璧な仕事ぶりだからね。本当に助かってるんだ。じゃあ、僕達はこれで」
「「はい。お疲れ様でした」」
綺麗なお辞儀をして帰って行くキラキラOLもといキラキラ秘書さん達……。
「手、繋いでおくべきでしたね」
二人が見えなくなって急に三井さんが拗ねたように言う。さっきの余裕ある喋りはどこに行った!?
「なんでですか?」
「親密そうに見えなかったかもしれません」
「意味が分かりません」
「……桑野さんと相思相愛だと皆に見せびらかしたいんです」
「はあ!?」
何を言うスパダリさん!
「それなのに桑野さんは俺を褒めるどころか二人を褒めて……」
「そ、そんなことここで言う話ではありません!!」
「桑野さんは周りの目を気にし過ぎです。俺と一緒にいるのがそんなに恥ずかしいですか?」
「あ……」
しまった。これは傷つけてる。三井さんを連れてる私が恥ずかしい思いをしてるって思わせてしまった。
どうしよう……。違うのに。
「違っ……」
だけどなんて言えばいいの? 私の劣等感を。言えば、三井さんを怒らせてしまう。
もう自分を卑下しないで、自信を持つって約束したのに。
「俺と一緒が恥ずかしいなら、離れて歩きます」
寂しそうな冷たい声色。そう言って三井さんは歩き始めた。私は慌てて着いて行く。
まだ照れを弄ってくれてた方がよっぽど良かった。どうしよう……。
秘書課の戸塚さんの恋物語は
【脇役女子奮闘します!〜冷酷な彼にデレて貰いたいんです〜】にてご覧いただけます♡
色々繋がっています☆