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第1話 相思相愛の婚約者となった彼女がやってきた。

連載開始します(*^^*)

今回からは桑野さん視点を交えてパワーアップ!

短編からの続きになります。宜しくお願いします。

 

「こんにちは。ペテン師さん」


 世界一可愛い俺の彼女は最近俺の事をこう呼ぶ。


 きっかけはそう――

 桑野さんのご家族に挨拶に行ってからだ。



 ✽✽✽


 さかのぼること、1ヶ月前


「結仁くん。これも食べなさい。家族になるんだから、遠慮はするな」

「ありがとうございます。頂きます」

「結仁さん、これももし良かったら。あ、これは愛子が作ったのよ。遠慮しないで残してもいいからね」

「どれもとても美味しくて食べ過ぎてしまいそうです」

「これ、有名なチョコレート! あの高いやつ! それをこんなに…!」

「チョコレートが好みと愛子さんから教えて頂きました。お喜び頂けたのなら幸いでございます」


 桑野さんのお父様、お母様、お姉様。桑野さんの話によると、皆個性が強く一筋縄ではいかないとの事だった。


 家庭環境と現在の状況、今後の事をご家族にお伝えしたところ、怒られるどころかお父様は寧ろ俺に加担して下さった。


「それは……大変だったな。考えは、立派だ。愛子、お前は我儘言わずにしっかりと支えろ。いいな」


 と、一喝。九州男児とはこういう方の事を言うのか。


「このまま愛子が一人で落ちぼれていくかと思っていたが一安心だ。安心して死ねるわ」

「何をおっしゃいます、お父様。私にも、末永く親孝行させて下さい」

「まさかあの愛子がこんな素敵な青年を捕まえるなんて。理想を下げて誰でもいいから結婚しなさいと言っていた日々がようやく報われたわ……」

「お嬢様ほどの女性が私を待っていて下さった事にとても感謝しております。愛子さんやご家族の今のお気持ちを誇りに思い、今後も鍛錬して参ります」

「本当に愛子でいいの? この愛子よ? 今ならまだ引き返せるわよ?」

「愛子さんほどの女性と私は会った事がございません。勿論それはこれからも変わらない事でございます」


 桑野さんは横でずっと黙っており、もう勝手にやって、という状態だった。



 それが1ヶ月前。桑野さんの家族に受け入れて下さり、俺達は家族公認の中。しかも今は婚約中。日取りを決めて入籍する予定だ。


 ……ああ、なんて幸せなんだ!


 と、毎日浮かれていた。そして今日、今度は桑野さんが東京に来てくれた。もう二度と来ないと言っていたのに。


 何でも、お母様から行ってきなさい! と迫られたそうだ。

 なんて素晴らしいお母様なんだ。



 そして、冒頭にさかのぼる。目の前に現れた世界一可愛い俺の彼女は俺に新しいニックネームをつけていた。


「何を怒っているんですか?」


 空港から駐車場までの道のりを並んで歩く。


「怒っていません。私が短気だと誤解を与える言葉は慎んで下さい」

「俺もペテン師と誤解を与えるニックネームは慎んで欲しいです」


 あー、もう。可愛いなぁ。好きだなぁ。

 俺は自分が崩壊するほど桑野さんに惚れ込んでいる。


「事実です」

「じゃんけんしましょうか」


 車に乗り込む前に提案する。


「エロ魔人」

「また一つニックネームが増えましたね」


 俺は今、何を言われても恋人同士がイチャイチャしているとしか思えない。


「俺は日本でも普段からラグビー部の子達と普通にハグをします。ハグはプラトニックですから」


 試合で勝ったりしたら、貴ちゃんを始め皆俺ともハグをして勝利を分かち合う。


「貴将とも部下にも手伝って貰って、沢山練習してきましたから」


 最初はグー、からのパーが難しい事を知った。だけど大丈夫。俺は練習してきた。


 俺は勝って、桑野さんを思いっきり抱き締める!


「〜〜! じゃんけんはあのときだけの特別措置です!」

「リベンジを伝えた時は否定しませんでしたよ?」


 もうご家族公認なんだ。

 ハグだけじゃない。俺達は婚約中なんだから。


「俺の練習の成果を見て下さい!」


 ふと、小学校の運動会の貴ちゃんを思い出した。

 〝お兄ちゃん! 俺絶対一位取るから見ててよ? 絶対見ててよ!?〟

 頑張ったこと、出来るようになったことを見て褒めてもらいたいんだ。……俺は桑野さんの前では絶賛幼児返り中だ。


「……わかりました」

「ありがとうございます!」


 契約締結だ。俺は大口契約を勝ち取った気分だ。


「「最初はグー、じゃんけんぽん!」」


 桑野さんはチョキ、俺はグー。


「あ……」

「……勝った!」


 遂に勝った! これまで、貴ちゃんにも黒崎くんにも塚本くんにも一度も勝った事無かったけど。


 お姉様のおかげだ。桑野さんは無意識だと、必ずチョキを出すらしい。

(お姉様、素晴らしい情報をありがとうございます!)


「ッわー!」

 ギュゥーー


 間髪無く俺は桑野さんを抱き締め二回目のハグを堪能する。


 本当は、この前大分に行った時にじゃんけんをお願いする予定だった。二人きりになる機会がなかったからお預けとなった……。

 だからようやく、ようやく待ちに待った…ハグ。ああ、嬉しい。幸せだ。


「ふっ……」


 体を硬直させて息詰まる桑野さんに、俺の独占欲が満たされていく。

 桑野さんの体の柔らかさや息遣いが生々しくて、俺の心と体を侵食していく。


「……好きだよ」

「……」


 頭を抱き寄せて、囁く。桑野さんからの返事はない。

 大人しい桑野さんにつけ入り、ギュっと瞑っている目尻にキスを落とす。たまたま当たってしまった不可抗力、と弁明しよう。


「……」


 ……怒られるかと思ったら、無言。なんだ、しても良かったのか。もう少し続けてもいいかな?


「……桑野さん?」


 あまりに大人しい桑野さんに少し冷静さを取り戻し、顔を覗く。口をハクハクと動かして目を閉じている。……キス待ち?


 なんだ。そうだよな婚約者なんだから。ファーストキスが空港の駐車場というのは考えさせられるが、据膳食わぬは男の恥。思わぬ誤算だが、大歓迎だ。



 と、思ったら……


「桑野さん!?」


 ズルズルと体の力が抜けた桑野さんが倒れ込む。慌てて抱きとめ、桑野さんを覗くと顔面蒼白。……意識飛んでる?

 確かに初めて抱きしめた時も硬直してた。若干、意識飛ばした?と思ったけどすぐに覚醒してた。


 ……他の男の痕跡のない桑野さんにこれ以上無いほど愛しさがこみ上げる。

 桑野さんは一生、俺だけのもの。この事実が堪らなく嬉しい。


 意識飛ばした桑野さんを前にこれ以上は何も出来ないけど。


「はー、はー」

「あ、すみません。大丈夫ですか?」


 大きな息遣いが聞こえて、覚醒した事を知る。ちょっと調子に乗ってしまった自分を反省する。


「〜〜!」


 桑野さんは自分の足でしっかりと立ち、俺から離れる。

 ……もう少し堪能したかったのに。


「……」

「怒ってます?」


 手を握りしめ、震えている桑野さん。怒っているんだろうけど…どうしよう、可愛い。不謹慎だ。


「っう〜!」

「え! ちょっ!」


 雷が落ちるのを覚悟していたら、眉間に皺を寄せてボロボロと泣き出した。

 ど、ど、どうしよう! そんなに嫌だったとは……! やっぱり目尻にキスをしたのがいけなかった。いや、それ以上にハグ3秒を遵守すべきだった。


「す、すみません! そんなに不快な気持ちにさせたとは……」

「私は恥ずかしさで三井さんに顔向け出来ません!」

「は?」

「この年でこんな……。悔しいです……」

「え……?」

「演技と思われても嫌ですけど、免疫がなさ過ぎるのも……この年で、情けないです!」

「……」

「なんか……三井さんは慣れててスマートにサラッとするのに、私なんか……! 恥ずかしくて……。大人の余裕もなければ、若々しさもないって……最悪じゃないですか!!」


 顔を真っ赤にして、涙を流しながら悔しそうに桑野さんが強めの口調で言う。


「俺は……嬉しいですけど……」


 俺だってまさか自分が女性と付き合う事になるとは全く頭になかったし、女性はおろか人間に興味すらなかった人間だ。

 だから、桑野さんを好きになったとき、桑野さんの過去を想像しては嫉妬してた。どうしようもない事を考えては、桑野さんの相手が俺では無い事に胸が締め付けられた。


 そして、そんな桑野さん相手に俺では満足させて挙げられないと……


 それが、まさか。


「フォローはいいです!! ……次会うときまでに余裕ある大人の女性として君臨する予定だったのに!」

「君臨って……」


 泣いてる桑野さんを尻目に吹き出して笑いそうになるのをなんとか堪える。


「桑野さん」

「お、わ! おー!!」


 桑野さんの両手を取る。桑野さんは案の定なリアクションを取る。


「僕が好きなのは、桑野さんですからね。……背伸びも卑下もしない、等身大の……そのままの桑野さんが好きなんです」


 いつか、こんな日々を思い出して初々しさを懐かしむ日が来るほど、俺の側にいて欲しい。


「だから……」

「そ! それ以上何も言わないで下さい!」

「……」

「それ以上言われたら、私も何か愛の言葉を言わないといけなくなるじゃないですか!」

「……本当にギブアンドテイクの人ですね」

「私は……そんなにサラッと言えません。だけど、言われたらお返ししないと……」


 桑野さんは律儀だ。そこも気が合う。


「……では、じゃんけんで勝った事を褒めて下さい」

「沢山練習して偉いですね」

「ありがとうございます。これでおあいこです」

「……手、いつまで握ってるんですか?」

「そうですね。失礼しました」

「――ヒャッ!」


 俺はパッと手を離し、そのまま指で桑野さんの頬に触れ涙を拭う。桑野さんは肩をビクっと震わせ、顔を真っ赤にしたままギュっと目を閉じた。


「……キス待ちですか?」

「はあっ!?」


 好きな子を虐める小学生。今の俺はまさにそんな感じだ。

 桑野さんは今度はこれでもかと言うほど目を見開いていた。

 その一生懸命な様子についに堪えられなくなった。


「ふっ、はは」

「〜! 最低!」


 ドンッ


「――いッて!」

「早く車の鍵開けて下さい! バカ!」


 俺を思いきり突き飛ばして、助手席の横まで歩いて行った桑野さん。


「はいはい。お待ち下さい殿下」

「腹黒ー! いじめっ子ー! クソガキー!」

「何を言われても照れ隠しにしか聞こえません」


 しかし、そろそろイチャつくのはやめよう。本当に怒らせる。

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