【短編】人生初のスパダリ彼氏、挨拶に来る。
時系列で続いている短編ですが、単品でもご覧頂けます(*^^*)
私の人生初の彼氏はハイスペック、スパダリと呼ばれる部類の人だ。
『明日の昼前にそちらに着きますので』
「はい……。空港まで車でお迎えに行きますね」
『運転出来るんですか?』
「バカにしましたね? 大分は車が無いと不便です」
『ああ、そういう事ですか。それは失礼しました』
明日、私のスパダリ彼氏さんが挨拶に来る……。どうしよう、心臓バックバク。家族になんて紹介したら良いのかな? 彼氏? 恋人? 婿捕まえた? 取ったどー! とか?
『久しぶりに会えますね』
「……はい」
プシュー。甘い空気に私の体から湯気が出る。
『楽しみです』
「そうですか……」
普通さ、挨拶に来る三井さんの方が緊張するものじゃないの? なんでそんなに悠然と出来るの?
✽✽✽
「じゃあ、私そろそろ空港に行ってくるから」
翌朝、戦闘モードの私は意を決して家族の前に立つ。私に彼氏がいるって事自体が家族に取って興味の対象。
家族に三井さんの存在を伝えてから今日まで、毎日が質問攻めだった。よく耐えた、私。
「おいまて、愛子。俺も行く」
「は? なぜお父さんが?」
「空港まで、俺が運転してやる」
「……そして三人で家に帰るの? やめて。地獄」
父が提案してきた。恐ろしい。いきなり三井さんに会って、それから車内で三人って気まずいでしょ。何を話すのよ。
ここは、断固阻止!!
「愛ちゃん、お父さんもう車に行ったわよ?」
「お母さん……」
止めてよ、貴方の旦那よ。どうしよう。流れは止められない。
……仕方ない、三井さんに連絡しよう。もう電源切ってるかな? 知らなかったらびっくりだよね。
あーん! もう!!
✽
三井さんに連絡したけど、結局繋がらず。既読にもならず……空港着。
「あと5分か」
「お父さん離れてて」
どうしよう。三井さんは私が一人で迎えに来てると思ってるのに。
只でさえ緊張し過ぎて、立ってるのがやっとなのに。
こんな顔をお父さんに見られたくないから、一人で来たかったのに。後で絶対、家族のネタにされる。笑いものだ。
――ガヤガヤ
飛行機が到着して、チラホラと人が降りてきた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
三井さんと初めて地元で会う。心臓が張り裂けそう。
「あ、」
降りてくる人の中にお目当ての彼を見つける。……前から思っていたけど、やっぱりオーラがある。堂々たるエグゼクティブのオーラ。それが地方に来るともっと際立つ。凡人じゃない、THE経営者って感じ。
「桑野さん、お久しぶりです」
「あ……お久しぶりです」
ぽやー……と見入ってたらいつの間にか目の前に登場されていた。ヤダ、恥ずかしい。
「あの……」
「おい、愛子来たんか?」
三井さんが私に話しかけて来たタイミングで、お父さんが登場する。ああー、三井さんごめんなさい。
「あの……、父です。」
「……はじめまして。三井結仁と申します。本日はお招き頂きありがとうございます」
「まあ、よく来たな。……車はこっちだ」
お父さんがぶっきらぼうに言い捨て、前をずんずんと歩いて行ったため、私達も慌てて付いて行く。
「三井さんすみません……。急に付いて来ることになって……連絡したんですけど」
「あ、すみません。電源落としたままでした」
三井さんは思い出したように携帯の電源を入れていた。驚いた素振りもなく、悠然としている。……なぜ?
「わざわざお父様にもご足労頂きありがとうございます」
「まあな」
車内。私の家に向かってお父さんが運転中。後部座席に私と三井さんが並ぶ。
そしてうちの父親のこのぶっきらぼうなご様子。いつもの威勢はどこにいったのよ。
「恥ずかしながら、大分県は初めてなんです。綺麗な町並みですね」
「そうか」
三井さんは気を遣ってお父さんに話しかけているのに当の本人はさっきから三文字の相槌しかうたない。
いつも私を弄ってくるおしゃべり男はどこにいったのよ。
✽✽✽
気まずーい帰路を終えて、自宅に到着。
「まあ、入りなさい」
「お邪魔致します」
スッと家に入って振り返り、端に靴を揃える。そう、三井さんは育ちが良い。いつも背筋はピンと伸びていて、一つ一つの所作に品を感じる。
駄目じゃない、愛子。ここは率先して私が間を取り持たないと。
「愛子の彼氏が来たって!?」
「あ、姉です」
心を入れ替えた途端、姉さん登場。ああ……どんどんややこしくなっていく。
「はじめまして。三井結仁と申します。先日はお電話で失礼致しました。お目通りが叶い光栄でございます」
「ふーん、へー、はー」
「姉さん、ジロジロ見らんでよ!」
姉さんが三井さんを品定めするように見る。やめてよ。
和室に父、母、姉降臨。向かいに私と三井さん。処刑直前の気分。私が率先しないといけないのに。緊張し過ぎて声が出ない。一番下の私はこの家の子分のような存在ですから。
「本日はお忙しい中、お時間を賜り誠にありがとうございます」
三井さんが話しだした。ずっと下を向いていた私はその声がする方向へチロリと視線を移す。
三井さんは緊張した素振りなく、むしろ堂々と挨拶続けている。
慣れてる……。経験の差? 人前で話すことも三井さんは多いだろうし。
この姿を見て、かっこいいと胸が高まるのと同時に私の至らなさにいたたまれなくなってしまった。
「お前な、なんでうちの愛子なんだ?」
一通りの挨拶が終わった所でお父さんが質問する。
(お父さん〝お前〟はやめて。お願いします)
「他に相手なんかおったろう」
大企業のCEO。そりゃあそう思いますよね。私が仕事や会社を教えていたから、お父さんは三井さんを調べていたそう。姉さんから聞いた。ネットで検索頼まれたって。
……血かしら?私も実を言うと三井さんと初めて会った時名刺を頼りに検索しました。
「聞こえたんか? 他に相手はおらんやったんか?」
「あ……。申し訳ございません。〝おった〟の解釈に時間がかかりまして」
あ! しまった! 三井さんはコテコテの都会人! 方言が伝わらない!
「〝おった〟は〝いた〟です。」
慌てて私は三井さんに伝える。なにやってるのよ、私!! 間に入るのは私の役目でしょう!
「……大変失礼致しました。本日にむけて勉強してきたつもりでしたが、やはり付け焼き刃でございました。無知で恐れ入ります。ご不快にさせてしまいました事、お詫び申し上げます」
勉強ってスパダリさん。……謝るときでさえ絵になるなー。三井さんは表情一つ変わらない。穏やかーな雰囲気。
「他などおりません。私にとってお嬢様が唯一の女性でございます」
凛とした声。お父さんに伝わったはずだ。スパダリさん……ありがとう。恥ずかしい。
「お前この歳まで一切そんな話なかったんか?」
お父さん……まだ食い下がるの? この品行方正な好青年に。
「……お見合いの話を多数頂いた事はございます」
ん? はあ!? ……まぁ、当たり前か。ハイスペックだもん。
「仕事柄、政略結婚を望まれる方はままいらっしゃいますから……。ですが、その中のどなたとも会った事はございません。写真すら開く事はありませんでした。」
コイツ。モテ男め。
「もういい。分かった。人間なんか顔見りゃ大抵の事は分かる」
お父さん、納得による締め。
それから三井さんは生い立ちやこれまでの事、今後の事を説明していた。お父さんは三井さんの話に感心していて、三井さんの評価はうなぎのぼり。ちゃんと戸籍謄本も持ってきてるし。
なんか……営業マンに見えるんですけど。あ、元営業マンか。
私の家族は三井さんを一瞬で気に入った。
「この行き遅れがなんとかなってホッとしたわ。結仁くん、これから頼むぞ」
そうですね、お父さん。私はもう少し三井さんに詰め寄るかと思っていましたよ。いつの間にお父さんは三井さんの味方になったんですか?
話を終えて、皆で食事をしてまたお父さんと私で空港までお見送りして別れた。
✽✽✽
そして、夜
「今日はお疲れ様でした。ありがとうございました」
『こちらこそ。桑野さんのご家族に会えて光栄でした』
家に帰り着いた三井さんから電話を貰った。
「三井さんっていつ緊張するんですか?」
ここで、今日一日ずっと気になっていた事を聞いてみる。
「空港にまさかの父親がいてもいつも通り。彼女の家に来ても堂々たる振る舞い。最初から最後まで、計算された様に完璧でした」
『そりゃあ、計算してますから』
「……は?」
『イレギュラーも今日一日のシュミレーション通りです』
そ、そうだった。この男は……
「は、腹黒〜!!」
『何とでも言って下さい。俺は今日を外す訳にはいかないんです。桑野さんと一緒になるためには』
「な、な!」
『ご家族に気に入られて、公認の仲になることが本日のミッションですから。やっと……その関係になれました』
スパダリさん……。
『ご家族に受け入れて頂けてとても嬉しいです。ホッとしました。再度お礼をお伝え下さい』
「はい。家族は三井さんの事が大好きになったようです。次はいつ来るのかと、ずっと言っています」
『それは良かった。計算通りです』
「腹黒大魔王」
『冗談ですよ。そりゃあ、まさかいきなりお父様にお会いするとは思っていませんでしたから』
「ですよね。すみません」
『焦った時ほど手の内は見せないようにしているんです』
「ペテン師」
『褒め言葉ですか?』
「褒め言葉ではありません」
この男はやはり怪しい! 私も掌で転がされてるに違いない! ペテン師だ!!
『桑野さん、好きですよ』
「……はい。どうも……」
なのにこの声色と言葉で全て持っていかれる。悔しいけど、惚れた弱みかも。
『桑野さんの番です。褒めて下さい』
「今日ずっと……かっこよかったです」
恥ずかしいけどこれは電話だし、顔は伝わらないし、本当に一人で頑張ってくれたし、嬉しかったし……。だから勇気をだして伝える。
『ありがとうございます。とても嬉しいです』
三井さんの本当に嬉しそうな声が聞こえて……。きっと電話の向こうで笑ってる。いつもの穏やかな笑みじゃない、心からの笑顔で。
どうしよう、愛しい。好き……。
「っ――!」
駄目だ、ここまでは流石に言えないよ。
伝えたいのに……
『戦略通りです』
「……は?」
『桑野さん一家を取り込めました。桑野さんの外堀りは完全網羅です。もう俺から逃げられません。あー、幸せ』
「さようなら」
ピッ
私は無表情で電話を切る。さっきの甘い気持ち一変。私は一気にドス黒くなる。
騙された! なんて策士なの!! あのペテン師め!!
【おしまい】
次回から本編連載開始します。
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