【短編】人生初のスパダリ彼氏は慌てない。
前回からの時系列ですが、単体でも読めます(*^^*)
私の人生初の彼氏はハイスペック、スパダリと言われる部類の人だ。
「皆びっくりしていました」
家族に私にお付き合いしている彼氏ができた事、プロポーズされて家族に挨拶に来る事を伝えた。
案の定、我が家に衝撃が走った。
『そうですか』
家族の希望日時を電話で三井さんに伝えたら、いつも通り。
動じた様子はない。……私は今回家族に伝えるのも緊張したし、三井さんの家族に会った時も緊張した。
「どんな人か矢継ぎ早に聞かれて焦りました」
『なんて答えたんですか?』
「……金持ち」
『他に何かありませんか?』
「東京出身」
『それから?』
「弟さんが二人」
『……何か内面の事は?』
「……言いましたよ」
『照れるような事を言ったんですね?』
「! 言っていません! 性格悪めって言いました!!」
最近、私のスパダリ彼氏は私を弄る。電話の向こうで笑いを堪えているのが分かる。なんて性格の悪い……。
『ご家族に誤解を与えてますよ』
「真実です!!」
悔しい。もっと慌てふためいて欲しい。なんでそんなに平然と出来るの?なんか悠然としていて腹立たしい、憎たらしい。
私ばかりが三井さんの一挙一動に感情が振り回されて、悔しい。
『僕は家族に桑野さんのことを美人で朗らかで優しい人だと伝えていましたよ』
「……嘘つき」
『真実でしょう。あ、後は思いやりに溢れた人だとも言いましたね』
「……私も優しくて責任感が強い人と伝えています」
確かに、そう言った。それだけ言うのが精一杯だったけど。
恥ずかしくなかったらもっといっぱい言いたかった。
勇敢で、細やかな気配りが出来て、いつも私を満たしてくれる……
この年で、ようやく出来た、とってもかっこいい初めての彼氏。
『ありがとうございます。優しいですね、桑野さんは』
「……」
照れる。恥ずかしい。なんて返したらいいか分からない。
――コンコン! ガチャ
不意に部屋の扉が開けられた。…ノックして返事聞く前に開けるって。
「愛子、電話、彼氏?」
出た! 私のお姉様!
「なんで勝手に部屋に入ってくるんよ!」
「姉として言っておきたい事がある。代わって」
「嫌だって! 絶対変な事言うに決まってる!」
『桑野さん?』
ギャーギャー言ってたら遂に携帯を奪われた。ああ……!
「愛子の彼氏くん?」
『はじめまして。三井結仁と申します』
「……本当に、あの愛子の彼氏?」
『ご挨拶が遅くなり、また電話で失礼しております。愛子さんとは結婚を前提にお付き合いをお願いし、承諾して下さいました。お姉様にもお認め頂き、今後共末永いお付き合いをお願い致します』
取られた携帯に慌てて顔を近づけると、三井さんの声が聞こえた。…て全然焦っていない! 何故!?
「本当にあの愛子でいいの?」
「もう変な事言わんでって!!」
「結婚して幻滅させたら可哀想やろ?」
『仲の良いご姉妹でいらっしゃいますね。お姉様が愛子さんを思っておられるご様子がとても良く伝わって参りました』
「……イケメンやな」
「だから! もういいやろ!? 携帯返して!!」
「今ならまだ引き返せますよ? 本当に、この愛子で後悔しませんか?」
さっきから酷い言い様! 三井さんが困るじゃない!!
『はい。愛子さん以上の女性はこの世に存在しませんから』
スパダリさん……
「そうですか。はい、愛子」
そう言って姉は私に向かって携帯を放り投げる。危なっ!
「後は若いお二人で」
そう言い、姉さんが部屋から出て行った。姉さんが部屋を出る最後まで私を面白おかしく見てきた。わかってる、私の顔が真っ赤だからだ。
悔しい、恥ずかしい。また姉さんにからかわれる。
『……桑野さん?』
「……」
『そんなに照れなくても』
「照れてないです」
『かわいいですね』
ぼそっと不貞腐れたように言ったら、またしても恥ずかしい台詞を言われた。
「三井さんはいつ慌てるんですか?」
『慌てる?』
普通、いきなり彼女との電話中に姉が入ってきたら慌てるでしょう。あんなに悠然と返事なんか出来ない。やっぱり、慣れてる。
『……貴将の担任の先生から電話を貰った時は、いつも慌ててましたよ。まぁ、俺も若かったですけど』
「わざわざ話を作らなくてもいいですよ」
『宿題をしてきていない、今日までの提出物を持って来ていない、学校でプロレスごっこをして友達にケガをさせた、とかですね。毎回慌てて会社を抜けて謝りに行ってました』
「……親ですね」
『おかげで随分と鍛えられました。その友達の親御様に持っていくお詫びの菓子折りを選ぶうちに、営業先に持っていくお菓子を選ぶのが上手くなりました』
「さすがですね」
『最初の頃は中々契約が取れませんでしたけど、それ以来営業成績は結構良かったんですよ』
三井さんは私と違って人生経験が沢山ある。世界が広い。
そして打たれ強い。
「私はずっと両親に守られて生きてきたので危ない橋を渡った事がありません。いつも想定内で事を済ませて来ました」
『はい』
「だから些細なことで慌てるし、世界が狭いです」
……結局何が言いたいんだか。
『では、ご両親に代わって今度からは僕が桑野さんをお守りします』
……は?
『そして、新しい世界を一緒に見ましょう』
「キザ野郎」
『そんなに照れなくても』
「……悔しい」
何一つ、スパダリさんより勝るものがない。三井さんが私を立ててくれないと私のちっぽけな自尊心が満たされない。
『箱入り娘でいいじゃないですか。ご両親に愛された証拠ですよ』
「あえて危ない橋を渡らせて我が子を成長させる親もいます」
『それもご立派ですね。だけど俺にはそれが出来ませんでした。弟二人、箱入り息子として育てたつもりです』
「……」
『ですので、自立した人では俺が満足しません』
「私が何も出来ない人みたいです」
『俺が知らない事を沢山知ってるではないですか』
こうして自分を謙遜して私を立ててくれる。私のちっぽけな自尊心が満たされていく。
「三井さんは大人ですね。かっこいいです」
子供の時から一人で頑張って、それから弟さん二人を育て上げた。
かっこいい。私の人生初の彼氏はやっぱりかっこいい。
『ありがとうございます。直之が巣立ってしまって虚無感でいっぱいの所に桑野さんが飛び込んで来てくれました』
「私が蜘蛛の巣に引っかかったみたいです」
『じゃあ、もう俺からは逃げられませんよ』
「否定しないんですか?」
『……的を得てるなぁと』
「引っかかっていません。私が飛び込んだんです」
『ありがとうございます。……大切にします。だからずっと一緒にいて下さい』
おーぅ……。出たよ、スパダリさんの歯浮き言葉が。
「はい……」
それに感動して目を潤ませる私は恋愛に慣れてきたのか、感覚が麻痺してきたのかは分からない。
ただ、愛しい人がいる。愛してくれる人がいる。
これがこんなにも嬉しくて、有難くて、幸せな事だと実感する。
私の人生初の恋愛は幸せに満ちていた。
『愛してます』
「さようなら」
――ピッ
そのまま通話を終了した。甘いムードも堪能出来ないなんて……
だけど、確実に進歩してる、進んでる。
毎日、新しい私に生まれ変わってる気がする。
三井さん、私も同じ気持ちです。
三井さんと……ずっと一緒にいたいです。
言えるか!!
【おしまい】