【短編】人生初のスパダリ彼氏は照れを知らない。
前回の続きです(*^^*)
私の人生初の彼氏はハイスペック、スパダリと呼ばれる部類の人だ。
『あれは反則ですよ』
「何がですか?」
ようやく大分に帰り着いて、一息。帰り着いた事をメールしたらすぐに電話がかかってきた。
『言い逃げです』
「……」
私の照れを追求するつもりだ、この男は。
『ちゃんと言って欲しかったです』
言えたら言ってるわ。アホ。
「恋愛マニュアル本には去り際が効果的と書いていました。教科書通りです」
帰りの飛行機の中で勉強していたら、たまたまそう書いてた。ホッ。
『……そのマニュアル本の通りです』
「何が言いたいんですか?」
顔が見えない分、電話だとつい気持ちが大きくなって高圧的な言い方をしてしまう。……なんて可愛げのない。
『あんなに可愛い事をされたら帰せません』
「……可愛いって言わない約束ですよ」
『可愛いものを可愛いと言って何が悪いんですか!?』
「〜! 開き直りましたね!?」
この男は成長過程において照れをどこかに忘れてきたに違いない! 聞いてるこっちが恥ずかしいわ!
『素直な感想です。俺は夫婦喧嘩を当時冷めた目で見ていた事をとても反省しています。今思えば俺はお父さんの味方です。仲裁に入っても、真意をお母さんに説明します』
「全くもって意味が分かりません!」
『この世の中に桑野さんほどかわいい生き物は存在しません』
お、おーぅ。なんて事を言うのか、この男は。
ここでまた変にリアクションを取るとまたしても歯が浮く言葉を言われそう……。良かった、電話で。照れた顔は見られていない。
「な、直之くんや貴将くんがいますよ!」
『かわいいのジャンルが違います』
テレ屋な男性に向けた攻略本は山ほどあれど、私と三井さんの関係は今、男女が逆転している。
本によると男性が照れる生き物。……私が男勝りみたいじゃない。
「ありがとうございます」
先手必勝。顔は見られていないのだから、ここは余裕の返しで。
『外面はいいですから』
「これテレビ電話でしたっけ?」
なんで分かるの? この完璧な外面が!
『……可愛いすぎます』
「照れます……」
もうダメ。降参です。
『これから慣れていきましょう! 毎日言いますから』
「はあ!?」
あんたに照れは無いのか!? なぜ!? 都会のハイスペックさんは照れないようになってるの!?
『ただ……俺ばかりが言うのはフェアではありません。桑野さんもこれから毎日俺を褒めて下さい』
出たクソガキ。
「わかりました。羽振りが良いですね! …どうでしょう?」
『……お金以外でお願いします』
「注文が多いですよ。んーと……気前がいい!」
『お金です』
「……」
なんかこれってさ……。
ふと、この前見た高校生のイチャイチャカップルを思い出した。
〝たーたんのここが好きー〟〝みーたんのここがかわいいー〟
こんなセリフを繰り返して、目の前でイチャイチャイチャイチャ……。
高校生は良いのよ、若いから。若いだけで許される。私達はもうすぐ34歳。……痛々しい。
「三井さん、私達は年齢的に大人の恋愛をしないといけません」
『……大人の恋愛とは?』
「んーと……、なんかこう……ほら、大人な感じ?」
『全く分かりません。俺の言う大人の恋愛であれば、プラトニックはすぐさま撤回です。大人ですから』
「下心を全面に出してるだけですよ。それは」
『大人ならではのスキンシップではないでしょうか?』
ダメだ。このままだと言いくるめられる。褒めないと……。
「偉い、凄い、素晴らしい!」
『どんどん投げやりになっていますよ』
「……三井さんはなんて言われたら嬉しいですか?」
『俺は聴覚より触覚や視覚が優位なので、言葉より側にいて欲しいです』
「もう争点がズレています」
『早く結婚しましょう。二年半、東京で暮らして下さい』
「……わーお」
『そのリアクションのときの顔が見たいです』
「〜! 甘いー! もう無理ー! お母さーん!!」
『なんでそこでお母さん? 俺に縋って下さい』
「は、はうー……」
『How? ですか?』
違うし、発音良いなコイツ。なんか悔しい。憎たらしい。
『桑野さんは俺達の恋愛を誰に見せたいんですか?』
「え?」
『本来、交際というのは当人同士の間で成り立てばそれが最善、最上ではないでしょうか?』
……確かに、そう。誰かに見せる為に恋愛はあるんじゃない。
私はいつも周りの目を気にしてがんじがらめだった。三井さんの言葉にはいつも説得力がある。心にストンと響いた。
『俺の相手は桑野さんだからこそ成り立つ関係です』
「……」
『俺は一生、恋愛も結婚もしない決意でした。ですので、これはもう運命だと思っています』
「三井さんは、人格者ですね。……かっこいいです」
照れも何もなく、堂々と自分の意見が言える。
私みたいにどう思われるかを気にして、相手に合わせてすり寄る事をしない。
かっこいい。私の人生初の彼氏はかっこいい。
「今、改めて好きだなと実感しました」
『もう一回言って下さい』
「……もうあの手は使えないですよ」
しまった。またしてもポロッと言ってしまった。だけどもう騙されない。
かかってこい!
『彼氏からのお願いです』
「彼氏って……」
なんて恥ずかしい。実感してしまう。
『違うんですか?』
「……その通りです」
『彼氏からのお願いです』
「〜! もっと回りくどい手は無いんですか!?」
『回っても行き着くところは同じです』
「言わない私が性格悪いみたいじゃないですか!!」
悔しい。結局言わないという選択肢はなかった。
「……〜すぅー、きですよ」
ダメだ。慣れない。練習不足です。
『ありがとうございます。今日も気持ち良く眠れそうです』
「それなら、良かったです……」
私は今日も恥ずかしさから眠れそうにありません。
『好きですよ。勿論、俺も』
「ありがとうございます……」
早く電話切りたい。もう悶え過ぎる。
枕に顔を埋めて、絶叫したい。
『愛してます』
「わー!!」
『めちゃくちゃかわいい……。会って抱きしめたいです』
おうおうおう……。スパダリさんよ。なんかこの前から変じゃないかい?
なんか……溢れてる。何かが溢れ出てるって!
『帰ったばかりで疲れていますよね。もう切りますから、ゆっくり休んで下さい』
「あ、ありがとうございます」
気遣い屋。
恋に恋してた私がまさか本当に彼氏が出来るなんて、夢?
『じゃあ、おやすみなさい』
「おやすみなさい」
『……』
「……」
『「……切って下さいよ」』
またしてもハモってしまった。
「もう! いつまでハモるんですか!?」
『もう運命ですね』
さっきは早く電話切りたかったのに、今度は虚無感に襲われる。
好き…。
「じゃあ、切りますね! 好きです!! おやすみなさい!!」
言ってやった…! 出来た!!
『――!』
――ピッ! ツーツー!
何か言われる前に強制停止!
「〜〜!! 〜〜!!」
枕に顔を埋めて、大絶叫。家族にバレないように、配慮。
三井さん……。私、やっぱりしばらくは慣れそうにありません。
【おしまい】