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【短編】人生初のスパダリ彼氏に愛を伝える

愛子ちゃん目線のお話です。

本編完結時の夜からの物語です(*^^*)

 桑野愛子(くわのちかこ)、もうすぐ34歳。地方では行き遅れと言われ、はや数年。

 この年にしてようやく出来た私の人生初の彼氏はハイスペックだ。


「す、……き。好き。好きです。す〜……あぁ! もう無理!!」


 ホテルの鏡の前で、練習。


 つい先程ホテルまで送り届けてくれた彼は……優しい。

 私が嫌と言えば、無理強いはしない。きちんと私の意見を聞いてくれて、しかもそれをちゃんと守ってくれる。


 優しくて気遣いの出来る人。


 そして、まぁー豪華なプレゼントも頂いている。私は何もあげていない。(彼へと持ってきた地元名産のお菓子も、奪い返して彼の家族に渡すという始末)


 ……対等ではない。

 金銭的な事はさておき、精神的な事も。彼は照れない。なぜ? 恥ずかしいってないの? と言うほど、彼は照れずに気持ちを伝えてくれる。


 言葉って大事。


 言葉にして伝えるって大事。だから、私もせめて〝好き〟の二文字位はいつでも伝えようと思う。……減るもんじゃないんだから。


「好き……。〜〜!!」


 明日東京を去る身としては、明日が勝負。明日伝える為にこうして練習。……全然、慣れない!


「三井さんに釣り合う人になりたい……」


 都会のスパダリ。まさか向こうも初彼女とは……。だけど、三井さんはモテなかったわけじゃない。意図的に作らなかっただけ。私とは違う。


「好き……」


 このまま呪文のように言い続けていたら、日常会話としてサラッと言えるようになったりして。そう思って、練習。

 若い子なら照れもかわいいだろうけど、この年で照れてたら痛いだけよ、私。


「好きです……」


 明日、会ったらちゃんと目を見て、伝える。

 そして……ハグ3秒位は……。

 もうすぐ34歳。もったいぶってどうする。

 後にも先にも、ない。人生初彼氏。千載一遇のチャンスなんだから。それくらい。


 それくらい……。


 たかが、ハグよ。ニュースで見た事ある。

『ハーイ。〝ポンポン〟イエーイ』……そんな感じだった。それだけよ。


 それだけ! たかが、ハグ!


 



 ✽✽✽


「おはようございます」


 先手必勝。余裕の笑みを浮かべて、私は目の前に現れた彼に挨拶をする。

 朝になると、急に我にかえって恥ずかしくなる。昨日の事とか。


 そして日中、男の人と二人、は、慣れない。


「おはようございます。よく眠れました?」

「はい。今回も素敵なホテルをありがとうございます」


 朝から爽やかな男だな。面と向かいあう、これは慣れない。


「あれから我が家は桑野さんの話で持ちきりです」

「え? どんな?」


 絶妙のタイミングで話を振ってくれる。気遣い屋だ。


「逃すな。だそうです」

「……逃げませんよ」

「自惚れていいですか?」

「はい」


 聞いてくれると返事だけでいいから、言える。自分からは……頑張る。今日は頑張る! 頑張る!!






 と、思っていたけれど……


「忘れ物はないですか?」

「はい……」


 夕暮れ、空港まで来てしまった。あんなに練習した愛の言葉は一回も言えないまま、今。


「疲れました? 昨日から色々と無理を聞いてくれてありがとうございました」


 色々と気にかけてくれるジェントルマン。


 「好き」とサラッと言って、照れがバレないように「ハグ、3秒くらいしてあげても良いですよ〜」って上から目線で言えばいいだけ。


 それくらいなら、私だって出来る。もうこの年なんだから。照れてる方が恥ずかしいよ、私。


「あ、あの!」

「はい?」

「あ……」


 背中に向かってなら言えると思って声をかけたら、振り向かれてしまった。目が合い、口が動かなくなる。


「今日、ずっと上の空のようでしたけど……大丈夫ですか?」

「あ、はい……」


 ……今日ずっとそんな風に思わせていたのかな。せっかく会いに来たのに、全然謳歌してない。

 付き合ってるのに。滅多に会えないのに……。


 好きの二文字も言えない自分が情けない。三井さんは自分の気持ちを常に正直に言ってくれているのに。


「会えて嬉しかったです。前回から間を置かず来て下さり、ありがとうございました」


 ほら、こうしていつも私を立ててくれる。


 女は愛嬌。ニコッと笑って、「私も嬉しい。大好き!」くらいサラッと言わないと。


 空港の駐車場から空港に向かう。空港の中に入れば、人が沢山いるから、ハグはダメ。


 今じゃないと。


「あの! す! ……き〜……ですから……」


 あぁ……練習の意味なし。〝す〟と〝き〟の間にかなりの間を入れてしまった……。目ざとい三井さんには伝わるだろうけど。


「……ありがとうございます。僕も好きですよ」

「……」


 私の中で意を決する覚悟で言った言葉をサラッと受け流し、返された。


 なんか恥ずかしい。三井さんが幼稚な部分を出してくれないと私が途端に子供になる。


「……じゃんけん、練習しておくのでリベンジさせて下さいね。」


 律儀に約束を守って、無理強いはしない。

 男の人は付き合ったらすぐに手を出してくるケダモノだと思っていた私がますます恥ずかしい。


 ハグ3秒くらい、今してもいいですよ。それ以上にいっぱい貰っているので、ハグでお返し出来るなら、してもいいですよ。


 ……言えない。


「空港まで、手でも繋ぎますか?」

「は、はあ!?」

「あ、腕でしたか?」

「アホか!」


 〜〜じゃないでしょう、私! 私がギクシャクしてるから、三井さんは気を遣ってくれているのに……。


「……良いですよ。3秒くらい」

「え? 手が?」


 違ーう!!


「ハグ3秒くらい……」


 減るもんじゃ無いし……。この年だし。もったいぶっていたって、イタイだけだし……。


 なんか、ぶすっとした言い方になってしまった。恥ずかしい。やっぱり言わなきゃよかった。時間を巻き戻して。

 やっぱり撤回しよう。今のは無し!


「な、なんちゃって……――わっ!!」


 ガバッと……抱きしめられた。わ、わ、わ。


「……今更撤回は無しです」


 耳元で初めて聞いた生の声に、頭がクラクラする。

 ハグってもっとサラッとしたものかと思えば、後頭部に手が……手が……! ギュッと……わ、わー、わー!!


「……愛してます」


 お、おわー! わー!! さ、3秒ー………



「桑野さん?」

「……」


 ようやく離してくれたかと思ったら、動けない……硬直。


「……もう一回しても良いですか?」

「……」


 頭が追いつかない。もう駄目。何も返せない。


「……ありがとうございました。……未来が待ち遠しいですね!」


 満ちたりたように彼は笑ってそう言い、私の手を取る。


「俺は今、最高に幸せです」


 手を繋いで、歩き出した。私はひょこひょこと足がもつれながら誘導されるまま、ついて行くだけ。


 恥ずかしい。私は今、最高に恥ずかしい。この年で、男の人に抱きしめられたくらいで意識飛ばして腰抜かすなんて……。


 悔しい。恥ずかしい。〜〜!


「イテッ!」

「3秒以上だし、あれはハグじゃないです!」


 だから耳を引っ張った。ギュッと!


 ようやく意識が覚醒して、照れを乗り越えて怒りに変わる。

 手を引いて少し前を歩くこの男が小憎たらしくて仕方ない!


「なんて猟奇的な……」

「あれはハグではありません!!」

「……俺と桑野さんのハグの認識に違いがあっただけですよ」

「あれは確信犯です!」

「桑野さんの言うハグとは? 試しにしてみて下さい。俺に」

「はぁっ!!?」

「しないなら、あれが俺達の間のハグということでいいですよね? ちなみに今度からは桑野さんも手を回して下さい」

「もう次はないです!!」

「じゃんけん練習しておきますから」


 なんて奴! なんて腹黒い!


「もう東京には来ません!」

「俺が大分に行きます。あー、楽しみ」

「〜〜! に、憎たらしい!」

「とても嬉しかったです。ありがとうございました」


 ずるい。そんなに嬉しそうにされると……。


「明日は部下にまた弄られそうです。色ボケって」

「……」

「その通りだから当たり前ですね」


 いつも穏やかで感情を出さない人だと思っていたのに、屈託なく笑う彼を見て、怒りもどこかに行ってしまった。


 ストレートに感情を出す人。……出せる人。かっこいいな。

 私の人生初の彼氏はかっこいい。


「三井さんは……セクシーですね」


 さっきの声といい、なんか……大人の男の色気? がある。


「……は?」

「!」


 しまった。これは恥ずかしい。ポロッと出た言葉が一番恥ずかしい! 言うならかっこいいの方でしょ、私!


「ありがとうございます……」

「いえ……」

「……」

「……」


 もう早く大分に帰りたい。悶え死ねる。

 何この微妙な空気!


「条件に入ってましたか? ……満たせそうですか?」


 気遣い屋の彼が機転を利かせる。結局また私が貰ってばかり。


「私、三井さんが一文無しでもついて行けますよ。……ついて行きますから」


 三井さんは私が三井さんのお金に恋をしてると思ってる。……そりゃあ好きだけど、お金。


 だけど今は三井さんが一文無しでも、好き。一緒に苦労するとしても、三井さんと一緒なら笑えると思うから。それも楽しいと思えるから。


 それを分かって貰いたい。


「……桑野さんに苦労はさせません。もし、そうなったら死に物狂いでまた働くので、ちゃんと働けるように健康に良いご飯を作って出迎えて下さい」


 私のこのマニアックな健康知識が役に立って受け入れてくれる男性に出逢えると思わなかった。


「私でよかったら……」

「桑野さんがいいです。俺自身を見てくれてありがとうございます。とても……嬉しかったです」


 なんか結局また貰った気分。全然返せてない。





「気をつけて帰って下さいね」

「はい。ありがとうございました」

「今度は俺が、大分に行きます。ご家族に挨拶もさせて下さい」

「はい……。ありがとうございます。」


 搭乗ゲート前。ここでお別れだ。


 寂しい。あんなに恥ずかしかったのに、今度は離れがたい。

 三井さんがいない日常が寂しい。


「電話しますね」

「……三井さん、私、三井さん好きですから。それでは二日間お世話になりました。ご家族の皆様にも宜しくお伝え下さい。三井さんも気をつけて帰って下さい。さようなら」


 下を向いて、ボソッとした声で早口で進めた。


「……え」


 彼がびっくりしてるすきにクルッと背中を向けて搭乗ゲートを潜る。


 言えた……。


「え! ちょっと!」


 後ろから声が聞こえたけど、私の顔は絶対真っ赤。意地でも振り返るものか。あー、もう、恥ずかし過ぎる!


 次会う時までに、また練習しておこう。

 今度はちゃんと、目を見て――。



【おしまい】

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