最終話 ずっと憧れていた暖かい家庭を思い描く
「ふー」
「お疲れ様でした」
「ご馳走様でした。とても嬉しかったです。楽しかったー」
「それなら安心しました。ありがとうございます」
お開きとなり、俺は車で桑野さんをホテルまで送る。
「皆さん仲良いですね。素敵なご家族でした」
「ありがとうございます。桑野さんも馴染んでいましたよ」
「暖かく迎えて下さり、私は素が出ました」
桑野さんの外面は二時間どころか食事が始まってすぐに剥がれた。
「素の方が俺は好きです」
「まっ!」
「あれ?照れない」
「ももちゃんの口癖が写りました」
「リアクションのボキャブラリーが増えましたね」
他愛もない話をする。俺も楽しかった。
「直くんからもお願いされました」
「え?」
「兄を幸せにしてあげて下さいって。良い弟さんですね」
「はい。自慢の弟達です」
「三井さんがどれだけ愛情を持って接していたのか、よく理解出来ました」
「弟達には……両親が突然亡くなって、その心のケアもしてあげられず、寂しい思いをさせてしまいました」
当時は右も左も分からず……とにかく毎日を送るのに必死だった。余裕もなく、弟達の様子を感じる事も出来なかった。
「せめて、両親が生きてた頃と同じような生活をさせてあげたかったんですけど、直之には……特に心配と迷惑をかけてしまいました」
「いつも俺と貴将の事ばっかりして自分の事は後回しだったって。感謝されてましたよ」
「直之は優しいですからね。貴将のこともよく見てくれてました」
「三井さんの背中を見て育ったからですよ」
卑下せず、素直に喜ぼう。
「……条件④満たしてますか?」
「もちろん。私の相手は三井さんしか務まりません」
「でしょうね。俺の相手も桑野さんにしか務まりません」
「でしょうね。三井さんも弟さんの前では急に大人なお兄ちゃんに変わりますから」
「……兄としてのポジションは保ち続ける予定です」
「後にも先にも三井さんの幼稚な所を知るのは私だけですよ」
「嬉しいのか弱みを握られたのか、複雑な心境です」
「貴ちゃんが一緒に住もうって」
「え?」
「俺が卒業するまで愛ちゃん一緒に住もうと誘われました」
いつの間に。
「ですので、お兄ちゃんの手腕にかかってるって伝えました」
「手腕?」
「私の両親を説得する手腕です」
「……桑野さんはいいんですか?」
「一ヶ月の内一週間くらいなら、東京暮らしもありかなと」
「えっ!? たったの!?」
「三井さんだって大分に住んでも月の半分は東京なんですよね? 同じですよ」
「まぁ、結婚が宙に浮いた状態よりかは……」
あくまで最短が二年半なだけで、我が家の貴将くんの未来は未定だ。プレッシャーを与えても良くないし。
「三井さんは皆に似ていましたね」
「え?」
「お兄さんにも、おじいさんにも、おばあさんにも。勿論お母さんにも。そして、直くん、貴ちゃん、キヨさんにも」
俺に向かって、にっこりと微笑む桑野さん。
「皆様の良い所を、少しづつ受け継がれてますね。さすがです」
「……感動しました」
「そうですか」
「はい。この嬉しい感情を表現したいです」
「私に指一本触れなければ! どうぞ!」
「……」
「私の方が一枚も二枚も上手です。うー! 嬉しい!!」
悔しい。俺はまだハグを諦めてはいないのに。
「どんな家庭が理想ですか?」
桑野さんから質問され、暫し考える。
理想の家庭か。俺には縁が無いと考えた事もなかった。
……そうか、俺はもう暖かい家庭を思い描く事が出来るんだ。
ずっと憧れていた、暖かい家庭。
「桑野さんがいて、俺といつも一緒で笑い合って。かわいい子供がいて……うわー、最高」
イメージすると待ち遠しい。早くそんな日々を送りたい。
……あ!
「結婚したら一緒にお風呂に入って下さいね」
「は?」
「俺も湯船に浸かってみたいです。貴将がいつもサイコーって言ってて憧れていました」
「……私の良心と本心の主張がせめぎ合っています」
「家族皆で入れる様に大きいお風呂を建築しましょう!」
「掃除が大変です」
「お風呂掃除は俺がします。〝結婚したら何でも受けて立ちます〟約束しましたよね?」
「……騙された」
「心外です。桑野さんから言ってくれたんですよ」
結婚を夢見て、こんなに心躍る日が来るなんて……俺は本当に宇宙一幸せな男だ。
「おにぎりが食べたいです。お手製梅干しの」
「おにぎり?」
「おじいさんが持ってて。愛情が感じられていいなぁと憧れました」
「私の握るおにぎりは格別の美味しさですよ」
「でしょうね。……昔は人が作ったものは細心の注意を払って食べてたんですけど」
「私も盛るかもしれませんよ?」
「惚れ薬を?」
「自意識過剰!」
「もうこれ以上無いほど、惚れてますよ」
「……わーお」
「あ、聞けた。俺は桑野さんの〝わーお〟が大好きです」
「お、おぅ」
「というより、照れたリアクション言葉が全部好きです」
「……」
桑野さんは両手で口を隠して、喋ら無くなった。
「……暗闇も、意外といいかもしれません」
「え? なんでですか?」
あ、喋った。
「ムードがいいです。恋人の時間」
「冬はイルミネーションが綺麗ですよね」
「そういえばご家族とイルミネーション見ながら歩いてましたね」
「…てストーカー?」
「たまたま、見かけたんです。職場近くですから」
「冗談ですよ」
「今年の冬は一緒に手を繋いで歩くのはどうでしょう?」
「……」
「あ、腕の方が良かったですか?」
「……楽しみにしています」
小声でボソッと呟いた桑野さん。冬が、夜が、待ち遠しい。
桑野さんとなら、トラウマさえも克服出来る。楽しみに変えることが出来る。
俺一人なら頑張ってもせいぜい半分くらいしか出来ない事も、桑野さんと一緒なら必ず出来る。それも最短で、ラクラクと。
そんな、予感がする。
「桑野さん」
「はい?」
ホテル手前で車を停める。
「プレゼントです」
「え……?」
「ルビーです。最上級品ですよ。……母親の形見ですけど」
驚いた桑野さんを尻目に手に取ってつける。サイズは調節済み。
「そんな大事なもの……」
「だからこそ、桑野さんに受け取って貰いたいです」
「ふふ。二段重ね」
「これは普段使い出来ませんから、今だけ」
「ありがとうございます」
「どさくさに紛れて、手の甲にキスして良いですか?」
絶対に断られるだろうけど、チャレンジ精神は大事だ。
「……良いですよ」
「……えっ!!??」
「やっぱりやめます」
「もうダメです! 社交辞令は禁止です!」
引っ込めようとした手を俺はしっかりと力を込めて握り直す。
「忠誠を誓います。殿下」
「物凄い優越感」
「俺を手に入れた桑野さんは幸せ者ですよ」
「はい。宇宙一幸せです!」
見つめ合って、笑った。
そして手の甲を持ち上げる。
照れた桑野さんの顔が視界に入った……。
辛かった事も悔しかった事も、経験しないと桑野さんに出逢う事はなかっただろう。
俺のこれまでは全て桑野さんと出逢う為に用意された、通過儀礼だったに違い無い。もちろん桑野さんのこれまでも。
一生に一度の素敵な恋をキミと
これからも。
【完】
これにて、完結です。
ご覧頂きありがとうございました。