第71話 俺の家族勢揃い。堂々とした関係を築いていく。
「ちなみに、今日は俺の弟二人とお手伝いのキヨさん。そして上の弟のお嫁さん、後は俺の母方の祖父母に……母がいます。紹介したい人」
車内で桑野さんに伝える。
「え!? いつの間にそこまで打ち解けたんですか!?」
「電話で伝えようと思っていましたが、ここ最近の桑野さんがお疲れの様でしたので、言いませんでした」
「なんですかそれは!? こっちは思い悩んでいたのに!!」
「ああ、それが原因でしたか」
あの時の違和感はこれか。
「それは電話で伝えてもいいでしょう!」
「今更です。……今、うちで働いてもらっているんです」
「は? なぜ?」
「適材適所です。孫孝行……親孝行も兼ねて、かなりの破格で雇っていますから。後数カ月もしたら、故郷に旅行くらいは行けるでしょう」
「優しいですね」
「もっと褒めて下さい」
「えらーい!」
うん、地味に嬉しい。
「ちなみに、俺の兄も呼んでいますから」
「いじめっ子の?」
「……俺が兄と慕う人は一人しかいません」
今日はお兄さんもお誘いした。
直くんと貴ちゃんにも、お兄ちゃんのお兄さんを紹介したい。
あれから、旦那様は息を引き取られた。
俺と母が見舞いに行ったその日の真夜中だったそうだ……。
お兄さんから連絡を頂いた時にはもう葬式まで終わった後だった。俺は勿論、母も行くわけにはいかない。
きっとご心痛だろうが、二つ返事で了承下さった。
「ちょ、ちょっと待って下さい。出直してきます」
「え?今更?ただの晩ご飯会場ですよ」
「そんなわけには行きません! 服は……いいか。手土産の数は……大丈夫。あとは……」
「そんなに気にしなくても。俺が家族に桑野さんを見せびらかしたいだけですから」
俺は付き合うならすぐに公言したい。好きな人を見せびらかしたい。
俺も母も、父の最後に関わる事は出来ない。
結局の所、当人同士がいくら愛し合っていようが、正妻との中が冷めきっていようが、お互いの関係性が公言されているかが大切なんだ。
コソコソと隠れたり、嘘をついたりする関係性は、それは必ず様々な形で歪みが生じる。
誰かが傷つけば、いづれ自分も何かしら、必ず傷つく事になるだろう。
それは地位かもしれない。名誉、体裁、人……どれかは特定出来なくても、すぐではなくても……
公言出来ない関係は必ず、いつか何かが傷つく。
それを…俺は産みの両親を通して学ばせてもらった。
俺が間違え無いように、身を持って学ばせてもらった。
あんなに嫌悪した両親に対して今は……そう心から感謝しようと、頑張っている。
「私の外面は二時間が限度です!」
「せいぜい頑張って下さい。見物です。あー楽しみ」
「いじめっ子め!」
「姻族になるんですから。要は家族です。素でいいじゃないですか」
「初対面の人には勝手にスイッチが入るんです!」
「女優ですね」
会う人会う人に公言したい。見せびらかしたい。
俺の宇宙一の奥様を。
婚姻届を出して、結婚式をあげて、世間にも社会にも認めて貰うんだ。
俺達は二人で一つの運命共同体だと。
そうして、堂々とした関係を築いていく。
✽✽✽
「はじめまして。桑野愛子と申します。宜しくお願い致します」
にっこり。さっきまでの俺とのやり取りはなんのその。
完璧な外面を貼り付けて穏やかに微笑む桑野さん。
「あ、はじめまして。弟の直之です。こちら…つ! 妻の…」
「直くん一番いいとこ噛んじゃだめ」
「ごめん」
「三井! 百子です! 直くんの奥さん…うふふ。です」
「素敵なご夫妻でございますね」
「まっ! よく分かってらっしゃる! うふ」
直くんと百子さん。
「末っ子の貴将! 宜しくね!」
「ご立派な体格でいらっしゃいますね」
「ありがとう!」
貴ちゃんが桑野さんに褒められ喜ぶ。
「祖父です!」「祖母です!」「あ……母で……す」
大西さん親子が嬉しそうに挨拶する。
「ごゆっくりして行って下さいね」
キヨさん。
「本日はお招き頂きありがとうございます。こちら細やかではございますが、皆様でお召し上がり下さい」
返却を求められた俺宛だった手土産を桑野さんがキヨさんに渡す。
「まぁ! ご丁寧にありがとうございます」
「地元で有名な銘菓でございます。お口に合えば良いのですが……」
桑野さんの丁寧な口調は初めて会った時を彷彿させた。
あとは……
――ピンポーン
来た!
「私が出ます」
俺は緊張を押さえ出迎え、リビングへと案内する。
そして……皆に伝える。
「兄です」
「本日はお招き頂き、ありがとうございます」
隠し事はしない。俺はお兄さんも皆に紹介する。大西さん親子は複雑だろうけど。
「忠敬の……息子の忠義にございます」
お兄さんが、母に……挨拶をする。ただ名前を言うだけなのに、他を圧倒するオーラがある。(お兄さんはかっこいいな)
「社員の前で話す兄貴みたいだな」
「え?」
直くんが俺に近づき耳打ちをする。
「普通にしてるのに、ビシッとしていてかっこいい。兄貴みたい」
「直くん……。ハグしていい?」
「……やめて」
このご崇高なお兄さんと似てると言ってくれた。感動して抱きしめようと思ったら、直くんはすーっと離れて行った。
寂しいじゃないか。
「こちら……父の遺品から出て来たものでございます。貴方様に宛てた物やと思い、本日持って参りました」
「……私に?」
結局、あれが最初で最後の対面となった。
「病室から貴方様に宛て……書いたようでございます」
幾つもの手紙。
「……あ、ありがとうございます」
受け取り、その手紙を抱きしめていた。
「きっと、父はお二人に会えるのを待って……息を引き取ったのやと思います」
自分の家庭を壊し、ましてや自分の母親の敵である俺の母にまで気を遣うお兄さんは……もはや神だ。
「貴方が……愛子さん?」
「はじめまして。宜しくお願い致します」
「私が言うのもなんやけど……結仁くんを、どうぞ、どうぞ宜しくお願い致します。」
そう言ってお兄さんは桑野さんに頭を下げる。
お兄さんが俺の為に……頭を下げて下さる。
「はい。ご丁寧にありがとうございます。微力ですけど……。結仁さんをお慕い申し上げ、お支え申し上げたいと思っております」
……桑野さんはいつも俺を感動させてくれる人だ。
外面の口調だけど、その目は偽りが無い。