第7話 援護射撃
「ただいまー」
誰からも返事は無いが取り敢えず日課の挨拶。
二十三時を回った、もう皆自分の部屋に戻ってる。
俺も早く風呂に入って寝よう。俺の朝は早いのだから。
✽✽
「……」
シャワーを浴びて身体を洗う。風呂は真っ暗。
電気を点けてないからだ。
皆が入った後、俺の帰りが遅ければ浴室は冷え始め、鏡が曇っていない。だから、電気を点けずに入る。
自分の呪われた身体を見たくない。気持ち悪い。
〝血液が綺麗なんですよ!〟
「……」
つい、桑野さんから言われた言葉が頭に浮かぶ。
なんだろう、この気持ちは……。
胸の中心が温かいような……照れくさいような。
✽
「昨日のパーティーはいかがでしたか?」
「有意義だったよ。今後に繋がりそうな人脈も得たし。新しい事業もどんどん進める構想を練ってるよ」
黒崎くんに昨日のパーティーの話をする。
会社をもっと大きく、安定させたい。俺には1,000人以上の社員とその家族の生活がかかってる。
……ゾクゾクするほど楽しい。自分の存在意義が確かにある。
「この後来客の予定ですので」
「うん、ありがとう」
来客が来て仕事の話を一頻りして終わった。
出してもらったコーヒーを自分で下げる。
(誰も来ない。どうしたんだろ)
いつもは来客が帰るとすぐに下げに来てくれる。
「それから毎日連絡来てさー」
「えー。やだー」
給湯室に入りかけて足をとめる。秘書課の女性陣の話に花が咲いてるようだ。
ここで割って入ったら迷惑だろう。
「連絡先交換しただけでなんかもう彼氏気取り!」
「えー。何その勘違い! うざー」
(……)
なんか聞いてはいけない話を聞いてしまった。
下げに来てくれるまで大人しくしておけば良かった。
これ以上聞くのは逆に失礼だ。
「ご苦労様。コーヒーありがとう。ごちそうさまでした」
「「CEO!!?」」
あたかも今来たように振る舞う。大丈夫。俺は何も聞いてはいない。
「す、すみません! 来客帰られたのに気づきませんでした」
「いいよいいよ。こっちこそせっかく話してたのにごめんね。コミュニケーションも大事だから」
コーヒーカップを持ってシンクまで進む。
「すみません! 変わります!」
「いいよいいよ。カップ洗うくらいなら俺も出来るから」
そう言ってスポンジを手に取って洗い始める。
「CEOは合コンとか行った事ありますか?」
合コン?
「無いなぁ」
「やっぱりモテる人は行かないですよねー」
さっきの話か。
「CEOはモテるから勘違い男にはならないですよねー」
「CEOから連絡しなくても女子が放っとかないですよね?」
勘違い男……。
「さあ、どうだろう。でも連絡する人の気持ちは分かるよ」
桑野さんと連絡を取りたいと思ってる。
「CEOから連絡来たら女子は皆コロッと行きますよー。この子はキモオタ君ですよー」
「ほんと悲しー」
「その男の人は頑張ってるね。行動力があってかっこいいと思うな。よっぽど木崎さんが魅力的だったんだよ」
カップを水で流し終えて、振り返る。
「いつもありがとう。ご苦労様」
そう伝えて自室に戻る。
✽
机について、ふと考える。
合コンか。世の中の人はそういう所に行ってパートナーを見つけるんだな。確か最近は婚活パーティーとか言うのもあるらしいし。
それは需要があるから成り立つものだ。つまり、結婚したい男女が多いというマーケティング結果だろう。
結婚か。
――コンコン
扉をノックされる。
「はい?」
「CEOー! あ~そ~ぼ〜!」
この声は……
――ガチャ
「仕事して」
扉を開けられ、空かさず言う。
我社の営業部長、塚本くんだ。
「カタイカタイ! CEOもっと楽しくいきましょー!」
軽い! だけど塚本くんは恐ろしく仕事が出来る。
フワッと軽く大口の契約をたっぷり取ってくる。出来る男だ。
この世の中は真面目なだけでは上手く行かない。塚本くんのような遊び心のある人が大事だ。
「あれ? CEO、またお見合い写真っすか?」
「あー。まだ返しきれてなくて」
手書きの詫び状を添えて返すのは中々骨が折れる。
「この中から結婚したらいいじゃないっすかー! そしたらもう見合い写真来ないっすよ?」
「個人情報。触るの禁止」
見合い写真に手を出す塚本くんを止める。見開き写真だから中は見られていない。
(確かに結婚したらもうこの詫び状ループから抜け出せるのか……)
駄目だ。俺は自分に甘い。固く決意したものが昨日から崩れすぎだ。
「好みのタイプいなかったんすか?」
「いや、見てないから」
結婚するつもりが無いのに物色したら失礼だろう。
「見たらいいじゃないっすか! かわいい子いるかも知れないっすよ?」
「俺は独身がいいんだよ」
「直くんも働いてるし、貴ちゃんももう大学生っすよ? CEOももう結婚していいっすよー!」
「それは関係ないんだけどな」
何故周りはこんなにも俺に結婚を進めるんだ。
「CEOってめちゃくちゃ理想が高いんすか?」
「え?」
「まぁ秘書課の綺麗所に囲まれて、外部で会うのも美人ばっかりだったら理想も高くなりますよね〜。女優とかモデル狙いッスか? 金持ってりゃ女子はコロッと行きますよ〜!」
「……」
〝CEO! すごいですね!〟
なぜか彼女に言われた言葉を思い出す……。
……
今は仕事中だ。
「本田ちゃんもラッキーですよねー。直くんは次期社長! 大金持ち!」
「百子さんは肩書きで直くんを選んだ訳じゃないよ」
多分。高校から付き合ってるって言ってたし。
「あっはは! だから面白えんすよー! さっき総務課に遊びに行ったら本田ちゃんがすっげーパソコン食い入るように見てたから、仕事熱心だなーって思って覗いたら……」
「勝手に覗いたら駄目だよ」
顔が広いなー。どこにでも出没する。見習わないと。
「バスケットボールのディフェンスの動画だったんすよ!!」
「? 百子さんバスケットボール好きだったんだ」
「俺に気づいた本田ちゃん、なんて言ったと思います?」
「百子さんのいない所で勝手に俺に話していいの?」
「〝直くんに女子が群がるからディフェンス覚えてるんです!〟ってさー!!」
「……」
「目の前で覚えたディフェンス披露されて、もー、今日イチ笑ったすわー!」
「……まだ午前中だよ」
「CEOの未来の義妹っすよ!」
「……なんか照れるね」
確かにそうだけど。男の子だけだったからな。まさか義理とはいえ妹まで出来るとは……。
「だからちゃんと言っときましたよ! 仕事時間中に遊ぶでない! って」
「それ塚本くんが言う?」
「……直くん情報も知りたいっすか?」
「何かあるの?」
直くんに直接聞いたら〝普通〟で終わるもんな。
会社では話しかけないように言われてるし。……あ、また空の巣症候群が……。
「真面目ぇーに仕事してました」
「……(だろうな)」
情報とは言えない。ちょっと楽しみにしてたのに。
✽✽
――ブー、ブー♪
塚本くんが仕事に戻って、書類に目を通していたら携帯が震える。
昨日連絡先を交換した。
(……もしかして)
淡い期待を持って携帯を確認する。
『お兄ちゃん! 俺、昨日キヨさんの言うこと聞いた! 良い子だった! ケーキ食べたい! チョコレート!』
貴将からのメールだった。かわいいなぁと笑みが溢れる。ケーキね。
そうだ。
『直くん、今日ケーキを買って帰るから、百子さんを連れておいでよ』
直くんにメールする。
大体、直くんは早く百子さんと結婚したいと言っていたから、本田さんと話を進めたのに、今だ独身。
もう春から冬になったけど、いいのかな?
直くんは早く結婚したいけど、百子さんは違うとか……
直くんが結婚して家を出ていくのが寂しくて、そのままにしてたけど、このままでは駄目だ。
ここは兄として、弟を援護しないと。
――ブー、ブー♪
携帯が震え、直くんからの返信を知らせる。
携帯を覗くと……
『いい』
(短っ! ……〝いい〟って肯定の方のいい、だよな? うん、そう解釈しよう)
『百子さんはケーキ、何が好きかな?』
『だから、いいって』
空かさず返信するとまたも端的な返信が来た。直くんとメールしても埒が明かない。社内メールで百子さんに直接……いや、駄目だ。黒崎くんに怒られる。……それ以上に直くんに怒られるかな。
――ブー、ブー♪
またしても携帯が鳴る。直くんだ。まだ返信してないのにどうしたんだろ。
『仕事中。連絡してこないで』
……ガーン。昔はこんな事言わなかったのに……。
あのライダーが好きだった直くんはどこに行ったんだ。
困ったな。直くんと百子さんの結婚話を進めてあげたいのに。
『最後。取り敢えず百子さんの分もケーキ買っておくね』
よし、これで仕事中の連絡は終わりだ。百子さんが用事があって来れなくても貴ちゃんが食べるだろうし。
あ、キヨさんに晩ご飯の追加の電話をしないと。
✽✽
仕事が終わり、家まで歩いて帰る。
途中ケーキを買って帰るのを忘れずに。
〝ミルフィーユ、買って大丈夫ですか?〟
(……ケーキを買うたびに思い出していたら、ただの怪しい人だな)
「ショートケーキ二つとチョコレートケーキとチーズケーキ。あと、ミルフィーユを……」
そして俺はミルフィーユと口に出してしまう。
彼女が発した〝ミルフィーユ〟という発音を俺も口にしたいから。
……怪しい人確定だな。思想は自由だ、許してほしい。
✽
「ただいまー」
「お兄ちゃんおかえりなさいー! ケーキケーキ!」
「はい。貴ちゃんお留守番ありがとう」
「お兄ちゃん! ももちゃん来てるよ!」
やっぱり直くんの〝いい〟は肯定だ。