第69話 交渉につぐ交渉。そして勝負。
せっかく思いが通じ合ったのに、目の前に待ち望んだ桑野さんがいるのに…て言い争ってしまった。
「……じゃあ、じゃんけんで決めましょう」
「じゃんけん?」
桑野さんが提案する。
「じゃんけんで私が勝てば、結婚するまでプラトニックです。三井さんが勝てば……今回だけ、3秒のハグというのはどうでしょう?」
「明らかに桑野さんありきの勝負ではないですか?」
桑野さんが勝ったら結婚まで、俺は一回こっきり、しかも3秒。明らかに差がある。フェアじゃない。
「女の方が失うものが大きいので、男女区別です」
「失わせません。もう桑野さんは俺の奥さんになることが決定しています」
「……早く結婚したらいいだけです。そんなにプラトニックが嫌なら。」
「俺にはまだ巣立っていないかわいい子供がいるんです。一人の一存では決められるものではないですから」
また言い合ってしまった……。
「……せめて、10秒。これで手を打ちませんか?」
惚れた弱みだ。俺が下手に出るしかない。
「……3秒」
「3秒なんか誤差の範囲です」
「……5秒」
「……桑野さん、勝つ自信がないんですか?」
「は?」
埒が明かない。桑野さんのプライドに揺さぶりをかける作戦に変更する。
「例え3秒だろうと10秒だろうと、桑野さんが勝てばいいんですから。それを3秒と譲らない所を見ると……じゃんけん、勝つ自信が無いんですよね?」
俺は嫌味ったらしく言う。
「ほーう。言いましたね。自信とか関係ないですよ。じゃんけんはほぼほぼ運ですから」
「じゃあ勝負は見えてます。俺は宇宙一、運が良いですから」
「私だって運が良いですよ!」
「じゃあ、桑野さんが勝つ事を前提として、俺が勝てばハグ10秒という事で。さあ、やりましょう」
「……騙された」
苦虫を噛み潰すような表情の桑野さん。
やっぱりいつも会える距離にいて欲しい。
愛しい人の色んな顔がこんなにも見えるのだから。
「……ちなみに俺はじゃんけんをした事がありません」
「は?」
「ルールは分かります。弟達がしていたのを見たことがあるので」
思えばしたこと無い。勝負になるかな?
「……お友達や弟さんとしなかったんですか?」
「基本的に譲るタイプなので」
「優しいですね」
「……今回は譲れません」
「子供か」
「子供です」
こんなに執着した事はない。本当に子供のようだ。
「じゃあ、三井さんの初めては私のものですね。わーい」
「今のうちに喜んでおいて下さい。勝負は俺の勝ちです」
「……ん?あれ?そういえば、半年間の勝負はどうなりました?」
「…なんかそんな事もありましたね」
「もう勝ち負けの基準がわかりません」
「確かに」
「「……抜けてる」」
見事にハモる。そして笑う。楽しい。
「もうこの件はドローという事にしませんか?もう期間限定ではないんですから」
「……わーお」
「照れる要素ありませんよ」
「いや……なんか……付き合ってる、と思って」
「……指輪、売りさばいてないですよね?」
「当たり前です! ほら!」
そう言って、俺が贈った指輪をしっかりと左薬指につけて、見せてくれる桑野さん。
「満たされました」
「は? 何が?」
俺の独占欲が。
「俺は前回桑野さんに会ってから、当時の気持ちと180度違います」
今思えば、俺は一生一人という長年の意志をものの数日で覆した。
「桑野さんは……本当に不思議な人ですね」
桑野さんのパワーは偉大だ。
「え? 空気読めない人ですか?」
「……褒め言葉ですよ」
「不思議ちゃんが?」
「かわいいじゃないですか」
「……」
「あ」
かわいいは言ってはいけなかった。しまった。
(……お父さん、その節はすみませんでした。お父さんのお気持ちがとてもよく分かりました)
「意外と嬉しいものかもしれません」
そう……呟いて、少し頬を赤くして、顔を逸らした。
「早くじゃんけんしましょう」
もう駄目だ。俺は我慢出来ない。
勝って、ハグして、どさくさに紛れてチークキス位までは行こう!
「分かりました。はい、最初はグー、三井さんグーにしないと。」
「は? えっ?」
「じゃんけんポン!」
「あ……」
桑野さんが早口で進めた為、俺は最初はグーに気を取られグーから手を変える事が出来なかった。
桑野さんは……パー。
「やったー!! 勝った勝った! バンザーイ!」
「〜卑怯です! 今のはノーカウントです!」
俺は人生初のじゃんけん。もう少しゆっくりしてくれないと、フェアじゃない!
「卑怯なのは三井さんの方です。傷ついた風事件」
横目でジロリと見られた。恐い。
「なんの事です?」
「私の優しさに付け込んで、意のまま動かした卑怯ものです」
「……」
「卑怯者ー。サイテー」
遂にバレたか。
「何とでも言って下さい。俺は新しい手を考えるだけなんで」
「じゃあ、ハグもまた新しい手を考えて下さいね」
嫌味ったらしいにっこり。駄目だ。今回は俺が完敗だ。
……めちゃくちゃ悔しい!
「悔しかったら、婚期を速める事ですね」
「〜!」
「結婚したら、ハグだろうが何だろうが受けて立ちますよ」
「……」
……貴将くん。
お兄ちゃんは貴将くんに応相談したいよ。
お兄ちゃんに力を分けて欲しい……。