第68話 せっかく思いが通じ合ったのに…。今度はひたすら交渉です。
「桑野さん、もう……プラトニックは撤回ですよね?」
俺達はもう期間限定ではない。未来がある関係にシフトした。
涙を溜めた桑野さんの目尻を拭いたい。それから頬を包んで……
「は、はあ!? ダ、ダメです!!」
「えっ!? まだお預けをくらうんですか!?」
ある意味これが一番の願いだったのに!
「と、当然です! 結婚するまではお互い清いままでいましょう!」
「そんな……。何年待てばいいんですか」
「何年?」
「俺は弟が大学を卒業するまでは結婚しません。弟は今大学二年生ですが、留年の可能性が出てきました。最短二年半、最長は……不明です」
俺を産んだ人が家庭教師をしているが、まだまだ未定だ。
「……」
「桑野さん?」
下を向いて黙ってしまった。心なしか、震えてる?
「アホか!! そんなに待てるわけなかろうが!!」
ワッと大声で怒鳴る桑野さんの声が駐車場内に響き渡った。
「……本性だしましたね」
「当たり前です! 私の歳を考えて下さい!」
「今年で34歳! まだまだ若いです!」
「それは三井さんの考えですよ!! こっちは結婚に焦っているんです!!」
確かにずっと結婚願望があるとは聞いていたけど!
俺だって貴ちゃんの独り立ちを見届けたいという願望があるんだ!
「留年が確定した訳ではないですから!」
「最短二年半も長いわ!!」
「二年半位恋人を楽しみましょう!」
「……それ、私の両親に言えますか?」
「え?」
急に桑野さんが悪代官のような顔付きになった。…これが本性か。
「私の両親、怖いですよ。娘に手を付けて放置って……あぁ!」
「……」
「三井さん?」
「すぐにアポ取って下さい。ご家族に。挨拶に行きます」
「は?」
「言われれば当然です。大事な娘さんと結婚を前提におつきあいさせて頂くなら、きちんと挨拶をしておかねばいけません」
「……」
「俺は色々と複雑なので、認めて頂けるように誠心誠意努めます」
俺は本当に抜けている。俺の中でもう婿に行く気満々になっていたが、当然の事を忘れていた。
「そこまで……考えてくれてるんですか……?」
「え? 当然の事では……? 桑野さんとの関係は勿論、結婚は家と家の結びつきですから」
「……三井さんは誠実ですね」
「分かりませんよ。だから見張ってて下さい」
「私が好きになった人ですから。……三井さんは信頼に値する人です」
まっすぐ見つめて、言われた。その目は本気だ。偽りが無い。
そう、俺の人生だ。俺の両親を引き合いに出してはいけない。……俺の人間性にかかっているんだ。
俺は絶対にその信頼を裏切らない。
「挨拶には戸籍謄本を持って行きますね」
履歴書もいるかな? アルバイトの職務経歴がいっぱいあるけど……ご両親はご不安に思われないだろうか……。
「ふ、はは。真面目! 大好きです!」
当然の事を言ったつもりが……。愛の告白をしてもらった。
「……今日は俺の家族に桑野さんを紹介したいです」
「突然過ぎませんか?」
「会ってからちゃんと未来の話をしようと……そう思ったら、家族に紹介したいと言い出しにくくて」
一泊二日。夜は俺の家族に紹介したい。後は桑野さんの気持ちだけど。
「私も、正式にお付き合いをするなら……挨拶に伺いたいです。突然で、心の準備も何もないですが……」
「突然で無理を言っているのはこちらです。何も考えずに晩ご飯会場という位の気持ちで来て下さると、嬉しいです」
良かった。あのまま振られなくて。もう今日連れてくると皆に伝えてしまっていたから。
振られていたら……。いや、もうそんな事は考えなくていい!
「私は突然の事には基本的に対応しません。事前準備がありますから」
「すみません。アポ無しで……。今後は気をつけます」
「……三井さんにあげた手土産返して下さい」
「はい?」
「それをご家族への手土産にします。まさかこんな事になると思っていなかったので、手土産がありません」
ぶすっとした顔で少し恥ずかしそうに言う桑野さん。
どうしよう……。愛しさが止まらない。
何なんだこの生き物は……
めちゃくちゃかわいい!
「ハグは……プラトニックですよね?」
「何アメリカ人みたいな事を言ってるんですか?」
「惜しい。仕事で世界各国行っていますが、大元はイギリスです」
「はい?」
「イギリス被れです。俺は。留学してたので」
桑野さんは目を見開いて驚いている。
「そ、それで女慣れしてたんですね!?」
「褒め言葉ですか? イギリス紳士?」
「アホか!」
「ハグやチークキスは挨拶ですから! プラトニックに入ります!」
「ここはジャパンです!! 日本! 大和国!!」
「もう英語は必須科目ですよ!」
「日本人なら国語と道徳です!」
「時代はワールドワイドです! ネット一つで世界各国と繋がる時代ですよ!」
「私は島国根性を捨てません!!」
桑野さんは引かない。俺も……引かない。
「「〜!! 交渉決裂です!!」」
こんな時までも俺と桑野さんはしっかりと調和し、ハモる。もう運命でしかない。
……色ボケかな?