第65話 弟の勉強を見て、桑野さんとの違和感ある電話。
お開きとなって大西さん家族と直くんと百子さんをそれぞれ車で送った。
(おじいさん、おばあさんに孫扱いをされた……)
どうしていいか分からない。孫とはどうすればいいのだろう。
それはこれから模索するとして、大西さんの家族を受け入れる事が出来たのは……タイミングが良かったんだろうな。
原因は分かってる。
……俺が絶賛色ボケ中だからだ。
まぁ、隠し事はやめたのだから、住み込みで働いてもらうだけだ。そう思おう。
それよりも今は桑野さんの事を考えたい!
「お兄ちゃん、俺、お風呂入りたい」
……桑野さんの事を考える前に俺は今に集中しなくては。
「あと一問頑張ろうよ」
貴ちゃんの留年は避けたい。亡き両親から預かった大切な弟が意味もなく留年なんて…両親に顔向け出来ない。そしてそれ以上に貴ちゃんの夢を叶えてあげたい。
「もうやったもんー! 疲れたー! 分からないー! 明日でいいじゃん!!」
「貴ちゃんラグビー選手になりたいんだろ? せっかく内定もらったのに卒業出来ないなんて嫌だろ?だからもう少し頑張ろう」
「なんか小学生の時みたいだね! お兄ちゃんとこうするの!」
「そうだね。中学も高校も、貴ちゃんと一緒にお勉強したよね」
貴ちゃんとは小学生の時から二人三脚で宿題や勉強をしてきた。
俺は大学中退。更には日本での教育を数年しか受けていない。つまり、俺も日本の教育を学び直している状況だ。
直くんは宿題とか俺が言わなくてもしてたからな。貴ちゃんの時は学校から宿題をしてきていないとの連絡を頂いてしまった……。
直くんと貴ちゃんは……真逆だと思う。
(同じように育てたつもりだったんだけどな)
だけど、直くんと貴ちゃんのおかげで俺は自分が大学生になったような疑似体験をさせて貰えた。
(直くんの卒業式は俺も自分が卒業出来た様な感覚だった)
貴ちゃんの卒業式には大西さん親子も呼ぼう。
きっと、俺を産んだ人も自分が卒業出来た感覚になれるだろうし、おじいさん、おばあさんも子供の卒業式に出れた感覚になるだろう。
後悔は少ない方がいい。(孫孝行になるかな?)
「お兄ちゃん、俺のこと本当に好きね」
「そうだよ。だけど、お勉強はそろそろ一人で出来るようになってほしいよ」
「またまたー! お兄ちゃん本当は俺とこうして並んでいられるから、嬉しいんでしょ?」
「……貴ちゃん、お風呂入りたかったらあと少し頑張ろうね。」
空の巣症候群と言えど、毎日勉強に何時間も割けない。
適材適所。貴ちゃんの家庭教師、庭師、キヨさんの求める人材、それが一気に手に入った。
得たものは大きい。有意義だ。
✽✽✽
あれから全ての日課を終わらせて、後はもう眠るだけだ。
そして今の俺は鼻歌さえ歌えそうだ。
『はい?』
「俺です」
『なんか、えらいウキウキしてませんか?』
声のトーンがウキウキして聞こえたようだ。
ポーカーフェイスはやめて自分に正直に生きると決めた。男が恋に高揚しているなんて……とかは考えない。
「はい。桑野さんの声が聞けたので」
『おーう……』
「リアクションのボキャブラリーは沢山あるんですね」
ああ、もう。好きだなぁ。
色んな足枷が取れると、こんなにも自分の感情に素直をいられる。
桑野さんはいつも俺を楽しませてくれる。
「桑野さんは……趣味はなんですか?」
『また急ですね』
「ここ最近俺ばかり話しているので、桑野さんの事が知りたいんです」
何か話題を……と思ったら、桑野さんの事をもっと知りたいと思い浮かんだ。
『趣味かー。パッと言われてすぐ浮かぶ事って無いんですよね…。あ、内見とか好きですね!』
「内見? 家とかですか?」
『はい! 不動産好きですね!』
「……」
なんで、こう……俺と桑野さんはここまで一致するのか……。
『あ、引きました?』
「え? なぜですか?」
『強欲な女剥き出しじゃないですか』
「どこが……?」
『金持ち思考の女って』
「……婚活パーティーですか?」
『普段は〝趣味はお料理ですっ♪〟って言ってたんですけどね』
急に声を外面に変えてワントーン上げて話した。
「もう……行ってないですよね? 婚活パーティー」
『……もう長い事行ってないですよ』
「もう二度と行かないって約束して下さい」
『約束しなくても、私は婚活パーティーにはほとほと懲りているんで、もう行くことは無いと思います』
なんか……モヤモヤとしてしまった。俺と桑野さんとの間に温度差がある。
話を変えよう。
「俺も不動産投資が趣味なんです」
『セレブな趣味ですね』
「……」
てっきり「わ! また合いましたね!」と桑野さんの弾んだ声を想像していたのだが……。
「今は、ありがたい事に持ってる不動産が全て埋まっているので、内見は出来ませんけど……」
『満員御礼! いいですね!』
なんか……少し、違和感。
「疲れてましたか? すみません、毎日電話して……」
『え? あ、いいえ! そうだ! あのチケット取れたんで、来週そっちに行きますね!』
桑野さんがこっちにくる。俺の気持ちは大浮上だ。
「そうですか!」
『……はい』
? やっぱり今日の桑野さんはいつもと違う。
女性だからかな。疲れてるのに長々と話してしまったな。
俺も今日の事とか話したかったけど、それは会ってからのお楽しみにしよう。
「また、空港まで迎えに行きます」
「ありがとうございます」
そうして、今日の電話は終わった。