第61話 新しい朝と色ボケ。そして全てを話す。
朝、たっぷりと熟睡した感覚で目を覚した。
桑野さんと話していて、いつもより寝る時間は遅くなった。
だけど、軽い。身体も、心も。
カーテンと窓を開け朝日を浴びる。
「いい天気だなぁー」
とても満たされた自分がいる。
今日なら、言える。伝えよう。
直くんと貴ちゃんとキヨさんに。後は百子さんにも。百子さんも、家族になったのだから(俺の義妹。…なんか気恥ずかしいけど)
✽
「おはよう」
「おはようございます」
何事もなかった様に出社する。プライベートは仕事に持ち込んではいけない。
実質的に四日間休んだようなものだ。そろそろ本腰を入れないと業務が滞る。
「CEO、またお見合い写真が山のごとく届いておりますよ」
「え……」
近いうちに桑野さんが俺に会いに来る。だから俺もまた休みを取ろうと思っていた。
「黒崎くん、なんで仕事増やすんだよ」
「私は他社の社長に意見する立場にありませんから」
仕事じゃない仕事が……。
ああもう。俺は今、プライベートに時間をかけたいのに……。
「……簡単ではないですか、CEO」
「え?」
「もう堂々と断る理由はございますでしょう」
「……」
言われてパッと浮かんだ。……桑野さんが。
「そうだね。黒崎くん、同類じゃなくてごめんね」
「……小憎たらしい言い方ですね」
ついつい、ニヤけそうになる顔を引き締め、言葉を返す。
「黒崎くんにも現れるといいね」
「CEOも色ボケするんですね」
だめだ。黒崎くんにはバレる。だけどもういい。ポーカーフェイスはやめよう。俺は本来、思った事は顔に出るタイプなんだから。
もう頑張って感情を隠す事はしない。
「今日も良い天気だなぁ。清々しいね」
「ジリジリと暑苦しいですね。天気も、CEOも」
職場の自室の窓から見える、この見慣れた風景すらもいつもより明るく美しく見える。
「今は、黒崎くんの言葉も全て褒め言葉に聞こえるよ」
「……」
心も晴れやかだ。気持ちいい。
見合いも断る理由は出来た。後は桑野さんに俺の気持ちを伝えるだけだ。
……あ。
「黒崎くん、ありがとう。肝心な事を思い出したよ」
「またCEOのおっちょこちょいですか?」
俺は本当に抜けている。忘れてた。桑野さんに俺の気持ちをまだ伝えていなかった。
俺の中で勝手に完結していても伝えないと意味が無い。
俺の中にある、ありったけの想いを早く伝えたくてウズウズしてきた。
「だけど、今は仕事第一!」
「お願い致します」
桑野さんには会ったときに伝えよう。ちゃんと電話越しでは無く、会って、目を見て、これからの……未来の話をしたい。
〝お、プロポーズですか?〟
桑野さんはきっと……喜んでくれる。
✽
久しぶりの業務は驚くほどサクサクと進む。波に乗っている感覚だ。
桑野さんの事を考えると、体が軽い。
桑野さんの声を聞くと、心が軽い。
桑野さんに会うと、心も体も穏やかに満たされる。
こんなに気持ち良く日常とは過ごせるのだと実感させられた。
この調子なら大丈夫。桑野さんがいつ来ても休める。
しばらくはパーティーも会食の予定もないし!
直くんと百子さんにも今日のアポは取れたし。サクッとこれまでの事を話して、皆で楽しく食事して…
思う存分、色ボケよう!
✽✽✽
「ただいまー」
たっぷり仕事を進めて、ウキウキと帰って来た。
今日は貴ちゃんも家にいるはず。これまでの話は暗くならないようにサクッと終わらせて、後は家族で楽しく過ごして、夜にまた桑野さんに電話しよう!
「お兄ちゃん! おかえりなさい!」
かわいいかわいい貴ちゃんが出迎えてくれた。
「貴ちゃん、ただいま。良い子にしてた?」
「うん!」
「さすが貴ちゃん。偉いね!」
「でしょ? でしょ? 俺はすごいの!」
「ご飯食べたら貴ちゃんのお勉強見ようね」
「……お兄ちゃん、お客様が来てるよ」
「お兄ちゃんに?」
誰だ? 勉強から逃れたい貴ちゃんの嘘だったりして……。
「「こ! こんばんは!」」
リビングに行くと……
「……こんばんは」
大西さん親子。勢揃い。ああ、昨日伝えたんだっけ?
「ようこそお越し下さいました。夕飯は召し上がりましたか?もし良ければご一緒にどうですか?」
俺はもう隠し事はやめた。堂々としておこう。
「兄貴おかえり」
「お兄さん! おかえりなさいませ!!」
「ただいま。直くんと百子さんもおかえり」
普段通りの直くんと、百子さん。
ご飯の前に先に話そうか。ちょうどいい。
(貴ちゃんと百子さんのお腹の空き具合はどうだろう?)
そんな事を考えていたら、大西さんのお父さんが話しだした。
「……謝罪に来ました」
おじいさんが俺に向かって言う。
「本当に、うちのバカ娘が……」
振り絞るように言葉を続ける。
よく見ると俺を産んだ人のほっぺたが真っ赤に腫れ上がっていた。……叩かれたのか。
「……娘さんからお話を伺ったのですね。先日は欺く様な態度を取りました。私も謝罪しなければなりません」
「……坊っちゃん、どういう事ですか?」
キヨさんが俺に問いかける。
「……大西さんの娘さんが、俺を産んだ人です。黙っていて申し訳ございませんでした」