第6話 パーティーにて、衝撃的な再会
知り合いの会社の社長主催のパーティー。今日は異業種入り乱れだ。
顔を売って、知り合いを増やして仕事に役立てないと。
「こんばんは」
声をかけられ振り向く。
「――!!」
(……彼女だ)
七年前と同じ状況に目を見開き、息が詰まった。
「人が多いですね」
「は……い……」
驚きすぎて、緊張して、どうしたらいいのか……。
「知り合いの方に誘って頂いて来たんですけど、一人になってしまって。……こちらのパーティーにはよく来られるんですか?」
落ち着け。冷静になれ。今はビジネスだ。
「はい。人脈を広げたくて、知り合いの社長に誘って頂いております」
そう言って、名刺を差し出す。七年前と同じだ。
前は渡した所で俺が知り合いに声をかけられ、終わった。
「CEO! すごいですね! 私は望診を通して食事指導と健康相談を受ける仕事をしています。何かありましたら宜しくお願いします!」
名刺を貰った。桑野愛子さん。
七年前には出来なかった事が今出来た……。
「〝あいこ〟と書いて〝ちかこ〟と読みます。」
「私は母がこの漢字で〝あいこ〟です。」
「お母様が! わ! 共通点! 嬉しいです。」
本当に。小さな共通点が嬉しい。
そして、弾むような彼女の声が胸にしっくりと落ちてきて、何とも不思議な感覚に陥る。
(もう少し……話したい)
「望診とはなんですか?」
「東洋の知識で現代の西洋医学と違ってその人の顔などを見てどこに不調があるか、を見る技法です。それを踏まえてこの人はこれを食べすぎてるなー。とか、ここの臓器が弱ってるなー。とかを判断してその人にあった食べ物の提案などをしてるんです。」
(そんな事が出来るんだ。知らなかった)
知らない事を学ぶのは楽しい。
「……私はどうでしょうか?」
きっと、色々と問題点があるはずだ。
「……ホクロもシミも無くて綺麗ですね。血液が綺麗なんですよ! サラサラと流れている証拠です!」
「え……」
俺の血が綺麗? しかもいきなり俺が一番気にしてる血の話……。
「バランスが取れてますからびっくりしました! だから、感動して声をかけさせて貰ったんです!」
「そうでしたか」
日々の食事……。キヨさんのおかげだ。
少し近い存在になれた。もう少し……
「桑野さんは……七年前のパーティーにも参加されてましたよね?」
「え?」
「その時も名刺を渡して挨拶させて頂きました」
「え!? そうでしたか! それは失礼しました! ……よく覚えてらっしゃいましたね」
彼女は驚き、そしてまたふんわりと微笑む。
俺が忘れられなかった……俺の好きな笑顔だ。
「綺麗な方ですから、そう忘れませんよ」
「!! あ、ありがとうございます。嬉しいです……」
思った事を言っただけなのに……照れてる。
無自覚か? それとも言われなれていないか……。
モデルのように背が高くオーラがあって美人なのに、言われなれてない事はないだろう。
「都会の方はお上手ですね」
「……どちらのご出身ですか?」
この間は方言で話してた。それはストーカーと思われるだろうから言わない。
「九州の大分県です。来られたことありますか?」
「温泉が有名ですね。行った事はないんですよ。」
大分県か。貴ちゃんに温泉に行こうと言われた事がある。
「とても良い所ですよ。是非いらして下さい。」
「……今日はわざわざ大分県から?」
「はい。東京の料理教室に通っていまして。月一で東京に来てるんです。」
それでか。何年も会わないと思ったら何日も続けてあったりしたのは。向上心のある女性だな。
「以前は失礼しました。」
なぜか急に謝られる。
「七年前は自分が何をしたいか、何が出来るのか、どうしたいのか分からなくて……。大した仕事をしていなくて、だけどここのパーティーに来られてる方は社会的にも立派で輝いておられて……場違い感と田舎者丸出し感が否めなくて、逃げるように帰ってしまいました」
「そうでしたか」
彼女は悩んでいたのか。あのとき、もう少し話が出来たら……。
いや、出来なかったからきっと彼女は今のやりがいを見つけたはずだ。それを俺が邪魔しなくて済んだんだと……思おう。
だけど……
「世の中には〝大した仕事〟の明確な基準は無いと私は思ってます」
「え?」
「何をもって〝大した仕事〟かは分かりません」
俺も新聞配達から何から、結構色々とアルバイトをした。
弟達の生活費を稼ぐ為だったけど、今、全てが役に立ってる。
「どんな仕事であれ、後の自分に必ず役に立つものだから経験しているのだと私は考えます」
視野は広い方がいい。今、この立場になったからこそ本当にそう思える。叔父さんのおかげだ。色々と経験が積めたから。
「自分は〝大した仕事〟をして来たんだと、自信を持って下さい」
……ちょっと上から目線だったかな。不快に思われただろうか。
「――……はい。ありがとうございます」
そう言ってうつむかれてしまった。やっぱり気に触ったか。
「すみません。偉そうな事を申しました」
「え!? いえ! そんな事はありません! その……これまでの自分も認めようと思えました。ありがとうございます。」
そう言ってまたふわりと微笑む。
……どうしよう。この笑顔を前にして冷静になれない。ドキドキと……いや、ドクンドクンと心臓が大きく早くなる。
もう少し……話したい。もう少し……一緒にいたい。
何度も沈静化させてきたこの思いは今、音を立てて崩れている。何か、今後に繋がる何かがほしい。ビジネスじゃない、何かがほしい。
「あの……!」
「これはこれは、三井CEO。お久しぶりです」
知り合いの社長に声をかけられる。
「社長、お久しぶりです」
「最近はどうですか?相変わらず、潤ってますかね?いやー、うちはですね……」
社長がペラペラと話し出す。
「お話して頂きありがとうございました。では、私はこれで」
(あ。)
彼女はふわりと微笑んで俺と社長にお辞儀をして去って行った。
「三井CEO。今の女性は?綺麗な人ですな」
「……今お話させてもらっただけなんです。綺麗な方でしたね」
「てっきり三井CEOの連れかと思いましたよ」
だと、良かったんだけど。
うん、誰が見ても綺麗な人だ。きっともう結婚してるか、パートナーがいるだろう。
俺がまた決意が揺らいで自惚れたから。
〝ここまで〟と宇宙から止められたんだ。
「では見合い写真は見て頂けましたか?うちの娘はどうでしたか?」
またか……。
「私は結婚願望が無いんです。下の弟もまだ大学生ですから。少なくとも大学を卒業するまでは家庭内の環境を変えたくないんですよ。」
これまでの見合い話、出されたら必ず弟を引き合いに出して拒んでいる。
「あー。そうでしたな。お子さんが」
感覚的には子連れ。それを話すと大抵納得して、引いてくれる。
(貴ちゃん、ダシに使ってごめん)
心の中で謝る。〝結婚願望が無い〟だけでは相手を納得させるのに弱いからだ。
社長と会話をしながら、折を見て彼女を探す。
……男性陣に囲まれていた。
グラグラと己の中のドス黒い物がうごめく。
我を忘れそうになって、落ち着く。
俺は一生一人。もはやスローガンのようなこの言葉を何度も反復する。
社長と話が終わり、俺は話したことない人、初めての人に積極的に声をかける。
今回の目的を忘れてはいけない。
✽
お開きとなって、会場を後にする。有益な人脈も得たし、有意義だった。
……彼女は男性陣にずっと囲まれていた。焦っているような……戸惑っているようにも見えたが、俺からは声はかけない。
困って見えたのは俺の目が邪なだけだろうし、そうであってほしいと期待値が入っていたからだろう。
あの神々しいオーラを前に自分から声をかける勇気はなかった。尻込みしてしまって……俺は臆病者だ。
「あの!」
会場を後にしようとしていたら声をかけられる。
ドクン、と俺の心臓が騒ぐ。この声は――。
「今日はありがとうございました! 三井さんとお話出来て嬉しかったです!」
またふわりと微笑む。駄目だ。この笑顔を見たら駄目だ。
俺の全部が持って行かれる。
「いえ、こちらこそ」
あくまで、ビジネス。……ビジネス。これ以上深入りしたら、きっともう……抜け出せない。
一生一人で生きていく俺に、宇宙が届けてくれた一時に過ぎない。
この思い出だけで生きて行け、と言われているに過ぎないのだから。
「望診の話をすると大抵引かれるんです。それなのに、三井さんに質問して頂けてとても嬉しかったです」
引かれる?知らない事を知れるのはありがたいことだ。
「励みになりました。だから……その……一言御礼を言いたくて……待ち伏せしてすみません」
……待っててくれたのか。……俺を。
彼女は俺を、待っててくれた。
ドクンドクンとまたしても滑稽な俺は押し殺した自分の感情が蓋を開ける。
いけない。あくまで、ビジネス上の会話だ。ここは紳士に。腐っても青春時代をイギリスで過ごしたイギリス被れなのだから。
「いえ、そう言って頂けてとても光栄です。タクシーですか?送りますよ」
「あ、歩きますので、お気になさらないで下さい」
「歩き? 近いんですか?」
「歩くのめちゃくちゃ速いんで大丈夫です!」
……俺も歩くのめちゃくちゃ速い。
共通点がまた一つ……嬉しい。
「もう夜遅いですし、女性が一人で歩くのは危険ですよ。私もタクシーで帰りますから、乗って行って下さい」
彼女だけではない。俺は相手が誰であってもこう言う。不信には思われないはずだ。
「じゃあ……お言葉に甘えて。お心遣いありがとうございます。」
そう言ってまたふわりと微笑む。その笑顔は反則だ。
✽✽
二人でタクシーに乗って、彼女の宿泊先のホテルまで送る。確か母と姉と来ていた。きっと彼女の帰りを待っている事だろう。
「お礼を言うつもりが逆に気を使わせてしまって……」
彼女は俺を気遣う。
「いえいえ。こちらこそ、知識を増やして頂きありがとうございました。」
俺のこの汚れた血が綺麗だと言って貰えた。ずっと忌まわしいと思っていた血だ。それを知らない中でピンポイントで認めてくれた。
「これも何かの縁ですし、もし良かったら連絡先を交換しませんか?」
まさかの言葉に驚く。先程名刺の交換をした。あれはビジネスのものだ。
彼女から、プライベートの話をされた……。
「光栄です。宜しくお願いします。」
そう言って携帯を取り出し連絡先を交換する。これはプライベートだ。これから先は連絡を取ろうと思えば取れるほどの近い距離になれた。
もう……俺達は〝知り合い〟の関係だ。
「連絡……しても宜しいでしょうか?」
? その為に交換したのでは?
「ええ。して頂けましたら幸いです」
「ありがとうございます。迷惑でしたらおっしゃって下さいね」
「迷惑など思いませんよ。寧ろ、喜ばしいことです」
「やっぱり、慣れていらっしゃいますね」
何が?
✽
「送って頂きありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
タクシーが彼女の宿泊先のホテルに着いた。
「じゃあ、また……」
「はい。また」
そう言って彼女はタクシーから降りる。俺も挨拶を交わしタクシーが走り出す。
〝また〟か。もうまたどこかで会えないかと思わなくてもいい。
連絡しようと思えば出来る。
今日、一気に距離が近づいた。
名刺を交換した。名前を知った。会話をした。プライベートの連絡先を交換した。〝また〟と次に繋がる言葉もかけあった。
彼女はどうか分からないが、俺は社交辞令は言わない。
今日のパーティーの感想を一言で言うなら……嬉しい。
どうしようもなく、嬉しかった。
有意義な人脈を得たのも勿論だが……もう二度と会えないと思っていた彼女に会えたこと。知り合いにランクアップしたこと。
俺は一生一人。
……だけど、宇宙は優しい。