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第58話 産みの母親へお礼です。そして二人で京都へ。

 

「さて、これからどうしますか?」

「え?」

「貴方のご両親の事です。俺の事、どうしたいですか?」

「貴方が良ければ……両親に伝えたいんです。たった一人の孫ですから」

「俺は祖父母とは思えませんよ」

「分かっています。今の……ご家庭があるのは分かりましたから……」


 ホロホロと涙を流しながら、自分に言い聞かせるように言っていた。


「養子先の……本来では養祖父母と当たる人達は俺にはいません」

「え……」


 お父さんの両親も会長も祖父母ではなかった。


「今の、両親も14年前に他界して、今は……その両親が残してくれた弟二人が俺の家族です」


 プラス、キヨさん。


「私も……弟二人に裕福な暮らしをさせてあげたいと思って来たので、当時の貴方の気持ちが分からない訳ではありません」


 叔父さんの家の方がきっと裕福に暮らせたと、バイト三昧の日々に思っていた。


「きっと、これまでの経験が無ければ……俺は弟達を手放していました」


 直くんを叔父さんに、貴ちゃんを叔母さんに、そして俺は大学を卒業して、叔父さんを蹴落として社長になっていたことだろう。


「何が最善で、何が正しいかは分かりませんから」


 そうしたらきっと、直くんも貴ちゃんも俺を他人と認識して育ったはずだ。


 〝兄〟とは思ってくれなかったかも知れない。


「今の……貴方の気持ちも分かるような気がします……」


 俺がこの人を〝母〟と思えないように。


「産んで下さったお礼に何か一つ、俺ができる事を言って下さい」

「え……」

「できる限り、叶えますから」

「……いいえ。生きて会えただけで……もう充分です」


 そう言って、また涙を流した。


「今、こうして……元気な姿を見れて……大きく成長した……姿を見れて……」

「そうですか」

「はい。これ以上望んでは罰が当たります」

「後悔しても知りませんよ。人生は一瞬で変わりますから」

「……」

「……〝お母さん〟」

「――っ……」

「お礼です。最初で、最後です」


 もし今、直くんと貴ちゃんを手放した未来を俺が歩んでいたとしたら……そう思ったらこの人の気持ちも分かって。


 この人がいたから、旦那様がいたから、俺は人生の一番大事な場面を間違えなくて済んだんだと、感謝出来た。


 直くんと貴ちゃんを手放さなかったこと。

 そして……拒否し続けた桑野さんとの未来を――。



「旦那様のお見舞いは行かれますか?」

「……」

「もう……二度と会う事も行くことも無いと考えていましたけど、最後に……一目見てこようと、思いました」

「あ……」

「貴方はどうしますか? 今から行けば夕方には着くはずです」

「い、今からですか!?」

「私は直感にしたがって生きていますから。戻りは最短で20時くらいでしょうか。ご両親の事もありますから、ご自分で行く行かないは決めて下さい」

「い、行きます!!」

「では行きましょう。……ですがその前に、鰻、残さず食べて下さい。勿体無いですから」

「あ、はい……」


 慌てて掻き込むこの人を見渡す。もう何とも思わない。

 良かった。こうして話して。




 ✽✽✽


 新幹線で京都にたどり着いた。その時にお兄さんに連絡をして病院を教えてもらった。この人と一緒だとも……。



 ここまでトントン拍子だった。きっと上手く行く。大丈夫だ。



 ――コンコン


 病室の扉をノックする。返事は無い。俺達は扉をあけて中に入った。


「あ……」


 俺を産んだ大西さんが旦那様を見て呟く。旦那様は目を閉じて眠っていた。


「教授……?」


 涙を流しながら、旦那様に近づく大西さん。膝まずいて、旦那様の手を握って……涙を流していた。


 俺も少し歩を進めた。旦那様の顔が見える程度で足を止める。


(旦那様は……こんな顔をしておられたのか)


 穏やかな顔で眠っていたがその顔はとても青白い。身体には無数の管。延命治療、まさにそれだった。


「教授……教授……やっと……会えました」


 眠っている旦那様に大西さんが声をかける。


「約束も果たせました……。教授が病める時も……私は教授を……」



 スッと、気づかれ無いように病室を後にした。少し二人きりにさせてあげた方がいいだろう。


 長く続く廊下を無心に歩く。何も考えられなかった。


「――!」

「――――」


 話し声が聞こえて我にかえる。前から二人こっちに向かって来ている。


「そやからなんでお前まで着いて来はるんや」

「お兄さんが急にお父さんに会いに行くて……」

「――っ!」


 俺に気づいてその二人は足を止めた。

 俺は動けなくなってしまった。背中には変な汗をかく。


 お兄さんと、正妻の次男。


 お兄さんの実弟……。


「あんた……見覚えある顔やなぁ」


 俺をジロジロと見るその目にこれまでの恐怖がせり上がって来る。


忠興(ただおき)、結仁くんや……」

「結仁……? あー! 泣き虫結仁! なんやデカなったなぁ。生き取ったんか! やっぱり血筋が卑しい奴はしぶといなぁ!!」

「……忠興。それ以上は許さんよ」

「……お兄さんは何故こんな奴を庇うのですか!? コイツは疫病神ですよ!」

「忠興!」

「なんや結仁……ええスーツ着てはるなぁ。お前はいつの間にそない偉なったんや」


 お兄さんに咎められた次男が俺を嫌な目で舐めるように見てくる。


「……忠興、結仁くんはな、今は大っきい会社の最高経営責任者やそうやで」

「……なんや! 成れの果ては商人か! お前のような疫病神にピッタリな身分の低い仕事やな!」

「忠興!」


 俺より6歳上のこの人に力で勝った事は一度もない。何か言い返したり、目を向ければ池に突き落とされる。だからずっと……嵐が去るのを待っていた。


 そんな何も出来ない自分が大嫌いだった。悔しかった。力が欲しくて仕方なかった。


「なんや結仁……その目は」


 俺はもう、何も出来なかった小さな子供じゃない。



 俺はにっこりと微笑む。


「〝お母さんに言うで〟と続けられますか? 忠興様」

「は?」


 まさか俺が言い返すとは思っていなかったようだ。次男は呆気に取られたように呟いた。


「以前と変わらぬそのお言葉に、忠興様とすぐ気付く事が出来ました。お元気そうで何よりでございます」

「あ……おう」

「忠興様は私が持っていないものを全てお持ちで……当時羨ましく思っていた事を、思い出しました」


 言って気付いた。〝お母さんに言うで〟当時、この言葉が羨ましくて仕方なかった事に……。


 絶対に味方になってくれる安心感。頼れる人がいる安心感。


 俺に無いものを持っている次男の言葉を聞いては……羨ましかった。



 そして、言って気付いた。俺にも……言える人が出来ていた事に。


 今日の桑野さんとの電話で告げ口しよう。子供っぽいけど、子供の喧嘩だ。これは。


 〝どんな三井さんでも受け止めますよ〟

 桑野さんは受け止めてくれる。


 〝結仁くんを無条件で甘やかしてくれる、うんとワガママを言えて、信頼出来る人が一人でも……〟



 お兄さん、いました。



 ……いました、俺にも。


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