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第57話 月曜の職場と水に流す事の大切さ

 

 精神的にびっくりした日曜日を過ごし、心を入れ替えて今日は月曜日。

 俺は歩いて出社する。


「おはよう」

「おはようございます」

「先週は三日もお休みくれてありがとう」

「いいえ。また、是非、どうぞ」


 黒崎くんに挨拶をすると〝また〟と〝是非〟を強調して言われてしまった。


「そして今日もまた昼前に帰るけどいいかな?」

「はい。予定も何も全くありませんから」

「何か留守の間変わった事あった?」

「ええ。女性社員が悲鳴をあげております」

「何が起こったの?」

「〝CEOが女の人と高級ジュエリーショップから出てきた〟社内メールで全員に一斉送信されてますよ」

「それ、社内メールになる?」

「CEOも隅におけませんね。私と同類かと思っておりましただけに残念です」

「……」

「社長は聞いていないとカンカンに怒っておりますし、社長秘書の友田は会社を辞めると泣き出しました。直くんは女性社員に囲まれ四苦八苦。そこに本田さん……あ、もう三井さんですね。三井さんも女性をかき分けて入って暴れ出し、金曜日の社内は一時騒然としましたよ」

「え゛……」


 情報が多すぎて入って来ない。


「と、取り敢えず、俺の優先順位は直くん! 直くんのフォローにちょっと行ってくるよ!」


 なんで直くんは金曜日の出来事を俺に言ってくれないんだ! 週末もあったのに! とにかく、弟のピンチ。俺が行かないと!


「CEO……今、どこに、行くとおっしゃいました?」

「……な、直くんの所に……」


 黒崎くんがブラックなオーラを出す。

(だから、黒崎くんは怖いって!)


「下のフロアに行く事は許されません。益々動揺と混乱が予想されますから」

「いや、でも直くんが……」

「そういえば直くんが入社して間もない時も私の目を盗んで直くんの所に行った事がありましたねぇ」

「あ、あれは違うよ。あれは営業部にアイスをね…」

「私を騙せるとお思いですか?」


 やばい。黒崎くんが怒っている……。


「すみません!」

「直くんだろうがなんだろうが、公私混同は慎んで下さい!!」

「すみません!!」

「あはは! おもしれー事やってるっすね!」

「! 塚本くんがなんでいるんだよ! 仕事して!」

「いやー、金曜日の自称ディフェンスの本田ちゃんの動きが爆笑だったんすよー!」

「……あれは暴れていたのでは?」

「あっはー! 秘書室長はそう見えましたか?」

「もう、なんか情報が錯乱してるって!」


 黒崎くんとやり取りしていたらいつの間にか塚本くんまでいた!


 なんかこれから色々フォローに行かないといけないのに!


 ああ、もう!






 ✽✽✽


「こんにちは」

「……こんにちは」


 老舗の鰻店で俺を産んだ人と待ち合わせた。


 あれから、一先ず社長と社長秘書の友田さんのフォローに周り、午前中が終わってしまった。(大体なんで叔父さんは俺のプライベートまで知っておかないと嫌なんだ?)

 友田さんもこれまで通り社長秘書を続けてくれると確約してくれたし。やれやれ。


 黒崎くんと塚本くんの話によると、社員に囲まれた直くんは〝兄が女性と?……まさか。絶対仕事絡みですよ〟と言い切ったらしい。その瞬間、皆が納得して普通に作業に戻ったらしい。


 直くんはその社内メールを本当に信じていないみたいだ。

 それはそれで誤解だ。今度ちゃんと桑野さんを紹介しよう。



 何はともあれ、お昼は鰻だ。


「どうぞ、ご馳走しますから召し上がって下さい」

「い、いえ! 私が支払いますから!」


 個室に二人。以前ほどの緊張はない。


「お昼と言えど、ここのはいい値段ですよ」


 俺は本来口が悪い。


「……」

「何か聞きたい事や言いたい事があればどうぞ」


 ついつい、素っ気ない言い方になってしまった。


「……探していたんです」

「前もそうおっしゃいましたね」

「教授…貴方のお父さんに貴方を預けてから、いつの間にか養子に出されていたと聞いて、貴方を探しに東京に来たんです」

「なぜ?」

「養子なんて……虐められているのでは、と思って……」

「……」

「貴方のお父さんも貴方が東京に養子に出されたとしか分からないと言うので…手がかりはないけれど、とにかく東京に行かないとと……」

「それで、自分の両親を巻き込んで東京に出てきたんですか?」

「……」


 呆れた。この人は自分勝手だ。


「大西さん……貴方のお父さんは帰りたいそうですよ」

「分かっています。でも私も我が子の無事を確かめるまでは帰れなかったんです」

「変な所で意地を張りますね」


 それと……


「私は貴方を母とは思えません」

「……はい」

「ちなみに、旦那様の事もです」

「……え?」

「何か考え違いをしているようなのでお伝えしておきます。私は〝養子に貰われたから〟幸せなんです」

「ど、どういう事ですか?」

「貴方が旦那様とやり取りをしていたとは驚きましたが、私の事をどのように聞いていたんです?」

「え? 彼の実家で裕福に暮らしていたんですよね?」

「正妻がいる屋敷によくもまぁ不倫の証拠を差し出したものですね。考えがなさ過ぎではないですか?」


 この人が当時22歳だったからとかは関係ない。少し考えれば分かるはずだ。


 ……俺を探すくらい気にかけていたのなら。


「え、だ、だって……彼の家は昔ながらの旧家で昔は側室制度もあって、だから……皆で可愛がるって……」

「あほらし」

「わ、私の実家にいきなり何も知らない両親の前に貴方を連れて帰るより、彼の実家の方が安心して…裕福に暮らせると思って……」

「へぇ」

「……貴方のお父さんから、半年に一度手紙をもらっていて…彼の奥様を実のお母さんと思っているそうだって書かれていて……」

「俺が? 正妻を? ……そんな恐ろしい真似できませんよ」

「そんなっ! 嘘を書かれていたんですか!?」

「いや、俺に聞かれても……」

「私が引き取っても、裕福に暮らせないと思ったから……彼にお願いしたのに……」


 はぁ。なんとなく分かってきたけど、あっけな。


「私が旦那様にお会い出来る機会は年に一、二度あるかないかです。それも面と向かって会った記憶はありません」

「え?」

「もう、旦那様のお顔も思い出せません。旦那様も冷酷な方ですから」

「優しい人です」

「……」

「……彼は優しい人です。穏やかで……。貴方の事もとても喜んで、可愛がって……」


 〝結仁くんはお父さんに慣れた様子でな。ニコニコと笑って……〟


「そうですか。残念です。優しい人なら尚更……」


 俺を助けて欲しかった。


 俺が最後に記憶しているのは、旦那様の背中だ。助けて欲しくて、外出される旦那様の背中を追いかけて走った。

 上手く行かなければ、殺されるかも知れない。一か八か。

 〝お、お父さん!〟

 飢餓だった俺は足がもつれて上手く走れなかった。振り絞る思いで精一杯大きい声を出した。

 旦那様との距離はかなりあった。だけど、旦那様は振り向いてくれた。


 その時助かった、と思った。それなのに……


 〝結仁、出かけてくるからね〟

 それだけ告げて、俺に背中を向けて外に出て行った。案の定、一部始終を見ていた正妻と大奥様から咎められ、殴られて蹴られた。

 お仕置きと躾と称して蔵に3日間押し込められた。

 あの時、俺には父親も存在していない事を知った。



「私は窓のない真っ暗な蔵に押し込められた経験から、未だに暗所恐怖症です」

「え?」

「私は毒を盛られた経験から、ふとした拍子に食事を観察し匂う癖が抜けません。……とても苦しいのに死ねないんですよ、あれ」

「――っ!」

「私は池に突き落とされるのが日常で、今も溜まった水が恐くて湯船に浸かれません」


 隠していてもしょうがない。吐き出してしまおう。


「殴られて蹴られた経験から、人が近づくと避けてしまいます」


 そういえば、桑野さんの手が伸びてきたときは、俺は避けなかった。受け入れてた。

 ……桑野さんにはいつの間にか安心して気を許していた。


「血筋卑しい子と言われ続け、おぞましい自分の血液を見ると戻してしまいます」


 どうなっても、……桑野さんは俺を迎えてくれると信じているから。


「私はこの世に産まれて来てはいけない呪われた子で、憎たらしい子で、嫌らしい子で、疫病神で……そう言われて、また俺自身もそう思って生きてきました。今も、恐怖で眠れない日があります」


 それも、もう言わない。俺は桑野さんが好きな人をけなしたりはしない。


「……俺は養子に貰われて、初めて幸せを知りました」

「ぅ……ぅうっ……ご、めんなさい……」

「もし俺を心配してくれていたのでしたら、五歳までに旦那様のお屋敷に来てほしかったです」

「っぅ……す、すみませんでした……」


 ボロボロと泣かれてしまった。まぁ、いいか。ここは個室だし。


「けれども養子に貰われたからこそ、幸せなので。その事と、俺を産んでくれた事に……感謝はしています」


 俺がいなければ、桑野さんは彼氏いない歴を更新していたと言うし。


「……本当に嬉しかったんです。貴方が産まれたとき」

「……」

「大学で劣等性な私が同じように周囲の評価を気にする教授と分かり合えて……。都会に出てきて初めて幸せを感じたんです」

「……」

「貴方がお腹にいると分かったとき、両親にはなんて言おう、相手のご家族はどうしようと……毎日……生きた心地がしませんでした」


 だから、堕ろせば良かったのに。……それは言うまい。


「貴方が産まれて、私の顔を見てニコッと笑ったとき、そんな事が吹き飛んでしまうくらい愛しくて……可愛くて……。この子に会うために私は京都に来たんだと、これまでが全部肯定出来て……」

「……」

「彼と話して、私が実家に帰って、仕事が見つかって落ち着いたら迎えに行く約束をして」

「俺は養子に貰われた、と」

「……はい。彼からの手紙も私が東京に来てからは徐々に失くなってしまって」

「……旦那様はご病気だそうですよ。もう、長くないそうです」

「――っ……」

「お屋敷で、俺の延命に携わってくれた方からの情報なので、間違いはないでしょう」

「……そうですか」

「死に目に会うか、会わないかはお好きに」


 死に目か。俺も死ぬ時は桑野さんに側にいて欲しいと思った。やっぱり撤回だな。それだとこの人達と同じだ。



 死に目だけじゃなくて、いつも手が届く距離にいて欲しい。



「本当に……すみませんでした……」

「もういいですよ。明るい話をしましょう。過去は過去ですから」

「……」

「それでも、私は貴方に対して(わだかま)りがなくなった訳ではありませんけど」

「はい」

「貴方のお父さんは……俺の存在を知っているんですか?」


 ここで気になっていた事を聞いておこう。


「いえ……」

「でしたら安心しました。土曜日はドキッとさせられる事が多かったので」

「すみません。約束を守れなくて」

「まぁ、仕方ないでしょう」

「せめて……貴方の願いを一つだけでも……叶えて上げたかった……」

「もういいですよ」


 ……あれ?


 なんだか……心が軽くなったような。


 〝もういいですよ〟そう言った途端、俺の心が軽くなった。



 憎しみ、妬み、悲しみ、恐れ……こうした俺を縛っていた重たい気持ちが〝もういい〟と水に流した事で昇華された気がした。


 軽やかとはこういう事を言うんだろう。



 大丈夫。これからは軽やかに生きていける。

営業部にアイスを〜の件はシリーズ小説

『直くんとももちゃん〜』の『スーパーマン』にて!

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