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第53話 引き寄せ?俺の祖父に当たる人がやってきた。

 

 桑野さんが帰って、一日。今日はもう土曜日。虚無感は拭えない。まだ一日なのに。


 あの指輪を着けた時、フッと心に降りてきた。



 このまま、桑野さんと永遠を過ごしたい。



 ……重っ。これが俺が考える桑野さんとの未来の答えであるなら重すぎる。

 一瞬の考えは一生の命取りだ。これはきっと、俺の直感ではない。



 浅はかな偶像だ。



 ✽


「坊っちゃん、今日は庭師の方が来られます」

「……そうでしたか?」


 貴ちゃんやその仲間を遠征先に送り届けて、今日の保護者としての役目は終わってしまった。

 そして、家に帰るとキヨさんからそう告げられた。俺は頼んだ記憶が無い。


「友人の旦那様が木を切ったりするのがお得意なようでしたので草むしりと共にお願いしました」

「え? この真夏にですか?」

「夏だからとどこのご家庭も遠慮して、今お仕事がないそうなんです」

「はあ」

「ですのでお願いしました。問題ございませんよね?」

「まぁ、そういうご事情があるのでしたら」


 無理しないようにしてもらって、俺も出来たら手伝おう。




「こんにちは。今日は宜しくお願い致します!」

「こちらこそ暑い中ありがとうございます」


 見た目柔らかいおじいさん。なんか炎天下に外に出すのが申し訳ないな。


「いつぞやは佃煮をありがとうございました」

「いいえ、こちらこそ……」


 ん? 佃煮?


「坊っちゃん、以前私が入院した際に同室だった方の旦那様です」

「大西と申します。その節は家内と娘がお世話になりました!」


 ……。


 …………。


 ……えーーー!!!


 つ、つまりこの人は俺を産んだ人の父親。

 要は俺の祖父に当たる人……。


「……とんでもない事でございます。皆様お元気ですか?」


 俺は顔が引きつりそうになるのを抑えて、会話する。


 仕方ないか。単発の仕事にいちいち娘の了承は取らないだろうし。今更断る方が変だ。


 ここは穏便に!




「暑いですから無理されず、適所に休憩を取って下さい。何かお手伝い出来そうな事がございましたら、何なりとおっしゃって下さいね」


 庭に案内し、そう伝える。ここで熱中症で倒られると、面倒くさい事になる。


「なんのなんのこれしき! 家にはクーラーもありませんから!」

「そうですか」

「以前は地元で農業をしていて、真夏の炎天下にも慣れていますから!」

「農業されてらっしゃったんですか?」


 調査結果で俺はこの人の事を知ってはいるが、あくまで初対面の体だ。あまり素っ気なくてもキヨさんに怪しまれる。


 いつもの人付き合いのように、この人と接する。


「はい。野菜を。東京に来てからは土が恋しくてね」

「そうですか」

「東京に仕事を求めて来たんですけど、中々上手く行かなくてね」

「農業では生計を立てるのは難しかったんですか?」

「ああ〜。すみません話し込んで! すぐに取り掛かりますね」

「ありがとうございます。宜しくお願い致します」


 ……話を濁されてしまった。聞かれたくないのだろう。





 ✽



「大西さん、麦茶を用意したのですが休憩されませんか?」

「まだ始めて一時間ですから! まだまだ!」

「……ご無理なさいませんように」


 何度か休憩を勧めても取り入ってもらえない。


「坊っちゃん、お昼はどうしましょうか?」

「ああ、良ければ大西さんにも出してあげて下さい。私から大西さんに伺ってみますね」

「お願い致します」


「大西さん、お昼はこちらで用意致しますので、何か食べられない物などはございますか?」

「えっ!? いいえいいえ! 雇ってもらってるだけでありがたいのに昼なんて! おにぎりを持って来てますから!!」

「いえ、炎天下の作業で無理を申しているのはこちらですから、何かしら召し上がりませんか?」

「いやぁ。それよりもまた雇って貰えるように頑張りたいです!」


 ……あまりこれ以上関わりを持ちたくないのだが、なんか罪悪感が。


「大西さん、素麺は食べられますか?」


 キヨさんがやって来て、伺う。


「大西さん、素麺、召し上がって行って下さいな」


 ……キヨさんの言葉にはいつも圧がある。






 ✽


「「「いただきます」」」


 俺とキヨさんと大西さん。3人で食卓を囲む。……なんでこんな状況に。


「大西さん、暑い中ご苦労様です」


 あくまでも、ボロが出ないように。他愛もない話をする。


「いやー。久しぶりに土を触れて嬉しいです!」

「あら、手作りおにぎりですか? いいですね!」


 キヨさんが、大西さんが取り出したおにぎりを見て言う。

 中くらいのおにぎりと、小さなおにぎり。

 ……きっと奥様が握ったのが中くらいの。娘さんが握ったのが小さな方だ。分かりやすい。


「今日は久しぶりに仕事が入ったって喜んでたら家内と娘がそれぞれ持たしてくれたんですよ」

「まぁ、素敵なご家族ですね。ねぇ、坊っちゃん?」

「ええ、そうですね」

「東京に来たら仕事が山ほどあって、家族で裕福に暮らせると思っていたんですけど、真逆でしたねぇ」

「……なぜ、東京に来られたんですか?」


 調査結果では家と土地を売り払ったとまでしか記されていなかった。肝臓が悪いと聞いていたが、この調子だと畑仕事はできそうなのに。


「ははは! なーに対した事じゃないですよ! いやぁまさかお昼までご馳走になれるとは!」


 ……やっぱり言いたくないんだろう。

 もしかして俺が原因だったらどうしようかと思ったけど……。



 こっちの家庭まで壊していたとしたら……。


 このおじいさんには、何の罪も無いのに。




 ✽✽


「出来ました! いかがでしょうか!?」


 夕方。草むしりと庭木の剪定が終わったようだ。

 キヨさんは夕飯の買い物に出かけた。


「綺麗にして下さり、ありがとうございます」

「田舎のじいちゃんが切っただけなんで、オシャレにはなってないでしょうけど……」

「いいえ。心のこもったお仕事をして下さり、ありがとうございます」


 確かに、切りそろえただけ。だけどそれで充分だった。一生懸命、汗を流して頑張っていたのがわかる。そんな出来栄えだ。


「また……呼んで頂けますか……?」


 先ほどまでの元気な姿から一変、恐る恐る俺に尋ねる。

 次は無い。これ以上関わるのは危険だ。


「……はい。また宜しくお願い致します」

「本当ですか!!?」


 危険なのは分かっているのに、断れなかった。



 和室の縁側に、麦茶を出して二人で腰掛ける。

 すると、大西さんが話しだした。


「私は香川の出身でね。それもすごく田舎の」

「はい」

「細々と農業やって生計を立ててたんです。裕福じゃないけど、家内と娘と楽しく暮らしてたんですよ」

「……」

「娘はね、頭も良くて、学級委員長とかもしてね。剣道も強くてね。」

「……そうですか」

「成績はいつもトップで、模試も一位でね。地元では神の子なんて言われていたんです」

「ご自慢のお嬢様ですね」


 なぜ急に俺にこの人はこんな話を始めたのか。勘繰る気持ちを抑えて、冷静に聞き役に徹する。


「ええ。大学はね。京都の国立大学に受かったんですよ! 村の子は皆ね、農業高校を出て家業を継ぐのに!」

「そうですか」

「……今思えば……娘が大学に受かった知らせを聞いた時が我が家のピークでしたねぇ」

「……」

「なんとか家計を削って、娘を大学卒業させるために仕送りして」

「はい」

「いい大学出ていい会社に就職して、いい人と結婚して……例え実家に中々帰って来ないとしても、たまに孫を見せに帰って来てくれたら……そんな幸せを思い描いて必死に働いたんです」

「……ええ」

「仕送りがカツカツで、盆も正月も香川に帰らせてあげられなかった。……それがいけなかったのかも知れません」

「……」

「卒業したと思ったら、就職先がなかったって言って」


 それは……俺が産まれたせいだ。


「あんな一流大学出といてそんなはずは無いと思って大学に問い合わせたら、退学してたんですよ……」


 大西さんの言葉が霞む。涙声だ。


「カッとなって娘を問いただしたら、泣きながら言うんです。授業についていけなかったって……」

「……」

「村では神の子って言われて、いつも一位でね。それが大学に入ったら自分より頭のいい子は山ほどいたって。自分は大学では劣等生だったって。……産まれて始めて、挫折を味わったそうです」


 その話が本当か嘘かは分からない。俺という存在を隠す為かもしれない。


「それを俺にも家内にも言えなかったって。村の連中にも……〝神の子〟じゃなかったって言うのが恐かったそうです」

「……」

「結局、農業を手伝ってもらってたんですけど、村の連中からも陰口を叩かれるようになって……」

「そうでしたか……」

「そしたら急に娘が東京に行こうって言い出しましてね。20年前くらいだったかな……。東京ならきっと仕事があるからって……そして今です」

「……ご苦労なさったんですね」


 このおじいさんに同情してしまった。俺と、俺を産んだ人のせいで、この人まで苦しんでる。


「あの時……大学に行かせたのが悪かったんですかねぇ。……ってすみませんペラペラと身の上話を聞かせてしまって!」

「いえ」

「……なんだか、三井さんを見てたらポロっと言ってしまって。不思議ですね……」

「……」

「三井さんはこんな立派な家に住んで立派な会社をやってるのに嫌な事を聞かせましたね!」

「そのような事はありません。私も、大学は中退しています」

「えぇっ!!??」



 なんだか、俺はこの人に対して物凄く罪悪感が芽生えて仕方ない。この人の娘が大学を卒業出来なかったのは俺のせいだ。

 例え、授業についていけなかったとしても、留年したとしても、卒業は出来た。そうすればきっと、就職も出来た。就職して世界が広がると不倫なんかやめて、結婚して、子供が出来たかも知れない。



 このおじいさんが望んだ未来はきっと来た。



 ……俺がいなければ。




「私の最終学歴は高卒です。娘さんと……同じですよ」

「な、何でまた……」

「大学に行くことよりも大切なものが出来たんです」


 直之と貴将に帰る家を残してやりたい。その一心だった。


「後悔はありません。大学はあくまで通過点ですから」


 言ってて思った。大学中退、俺も俺を産んだ人と似たような人生だった。


「……夕飯、召し上がっていって下さい。お時間があれば」

「えっ!? いえいえ! つまらない身の上話聞かせた挙句、夕飯までご馳走になれませんよ!」

「いえ……見識を広げて頂いたお礼でございます」



 なんだか、心が落ち着かない。悲しいのか、嫌なのか、何なのか……。


 ただ、この人に……顔を向けられない。申し訳なくて。

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