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第51話 デートです。

 


 寿司屋を出て、買い物を済ませた。


「びっくりするくらい高い物を買わなくて良かったんですか?」

「私は今日これを買おうと心に決めて来たんです」


 結果、桑野さんが初めから自分で買おうと思っていたバッグ。


「他に欲しい物は無いんですか?」

「そうですねぇ……」


 暫し考える桑野さん。


「あ、じゃあ婚約指輪にでもしますか!?」

「……交渉決裂です」


 いたずらっ子の様に笑った桑野さんを見て冗談だろうと解釈した。


「……ただ、指輪は買いましょう」

「え?」

「お互い、付き合ってる実感が湧きやすいと思うので……」


 指輪をプレゼントすれば、俺の独占欲は満たされるかも知れない、そう思った。


「三井さん……敢え無くサヨナラする場合勿体無いですよ」

「その時は桑野さんの満足いく形で破棄して下さい」

「益々勿体無い!!」

「売り飛ばして良いですよ」


 俺があげた指輪をはめている桑野さんを想像したら、心が落ち着いた。半年間のお付き合いは後数カ月。


 俺は一生一人。だけど、今の桑野さんを独占したくてたまらない。数カ月だけでも、俺がプレゼントした指輪を身に着けて、俺の心を満たして欲しい。


「リサイクルショップに?」

「桑野さんの好きな方法で」

「じゃあイミテーションにしますか?」

「俺が満足する物にします」

「勿体無い」

「勿体無くないです。俺に取ってはとても重要なので」

「……私にそんなに貢いでも何も出ませんよ」


 中々受け入れてもらえない会話の中で、桑野さんがトドメの一言を言う。


「俺の前ではやめて下さい」

「え?」

「俺の前で自分を卑下するのはやめて下さい」

「……ぁ」


 なぜか、……なぜかモヤモヤして収まらない。俺は本来こんなに感情を出すタイプではないはずなのに。


「す、すみません。つい……」


 謝られて、またモヤモヤする。


「俺の好きな人をけなさないで下さい」




 だけどこの感情の正体は分からない。




「ぁ、あー。えっと……、ありがとうございます。嬉しい! 楽しみです!」


 空気を読んだ桑野さんが場を和ませるように明るく振る舞う。


「ど、どれがいいですかね? 何にしようかな……」


 桑野さんが明らかに俺に気を遣う。


「み、三井さんが選んで下さいね!」


 明らかに笑顔が引きつっている。



 今のこの状況は……


「……外出先で泣きわめいている子供とそれを必死にあやす母親のようです」


 俺はもう大人なのに。情けない。


「……三井さん私に甘えてたんですか?」

「はい?」

「だって子供と母親って……」

「……自分が駄々をこねてるようにしか見えなかったので」

「三井さん甘えていいですよ」

「……なんか嫌です」

「私に甘えられるなら、甘えて欲しいです」

「俺はもう大人です」

「手、繋いであげましょうか?」

「物凄く上から目線ですね」

「子供と思ったら緊張もそんなにないです」

「……その二者択一は反則です」


 またしても形勢逆転してしまった。

 桑野さんがニタァっと笑う。


「甘えん坊を甘やかしてあげましょう」



 ……。


「……それは嬉しい誤算ですね。ではお願いします。〝恋人繋ぎ〟!」

「――はあ!?」


 逆手に取った。俺はしてやったりな気持ちになる。


「甘えん坊の俺を甘やかしてくれるようで。優しいですね。桑野さんは!」


 トゲトゲしく、いやみったらしく言う。


「〜〜!! 腹黒ー!!」


 桑野さんは何とも言えない真っ赤なかわいい顔をしていて、俺の気持ちは一気に高揚する。


 逃げられるかも知れないからその前に慌ててその手を取る。


「ッ! ひゃああ〜……!」

「あんまりかわいい声を出してると更に欲深くなりますよ」

「ッ!! 〝かわいい〟は言わないんじゃないんですか!?」

「あ」


 しまった。ついうっかり。

 ……今、あの時のお父さんの気持ちが手に取るように分かった。




 〝敢え無くサヨナラする場合〟きっとこの言葉が引っかかったんだ。


 あくまで、今の俺と桑野さんの関係は一時的な物で……永遠に続くものではない。



 それを、本人の口から告げられて傷ついたんだ。



 俺は一生一人で、桑野さんとの未来を描いている訳でもないのに……。



 俺が傷つくのは間違ってる。



 この状況は今の俺の……選択に基づく結果なのだから。




 ✽✽✽



「ありがとうございました」


 老舗の高級ジュエリーショップで俺が満足行く物を買った。

(もちろんデザインは候補の中から桑野さんに選んでもらったが)


「……私は初めてこの様なお店に足を入れました」

「目を輝かしていましたよ」

「はい、かなり気分が高揚しました」

「それなら良かったです」

「VIPってあんな扱いを受けるんですね」

「……」


 店を後にして離していた手を再度握る。


「〜ッ! まだ握るんですか!?」

「あ、腕のほうが良かったですか?」

「〜〜!!」

「あれ? 言い返さない」

「腹黒〜」

「ボキャブラリーが少ないですよ」


 桑野さんと話す俺は好きな子をイジメる小学生のようだと思った。俺はどんどん幼児退行している気がする。


(……)


「すみません。嫌でしたよね。無理な願いを叶えて頂きありがとうございました」


 そう言ってパッと手を離す。


「また繋いで貰えるように頑張るので、今は諦めます」

「え?」

「夢の時間をありがとうございました。残念ですが、もう……無理は言いませんから」

「……なんか罪悪感に駆られるんですけど」


 俺は上手く誘導する。


「き、今日だけ特別ですからね」


 ほら。こうなると、優しい彼女は俺の願いを叶えてくれる。


「ありがとうございます。とても嬉しいです」


 そして気持ちが変わらない内にと、サッと桑野さんの手を取る。


「……なんかやっぱり騙されてる気がする」

「人が多いですね。次何処に行きましょうか?」



 桑野さんを失いたくない気持ちの先に何があるのか……




 それはまだ、




 答えが出ない。

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