第50話 恋人です。②
桑野さんと銀座にやってきた。
「せっかくなので手でも繋ぎますか?」
「は、はあっ!?」
「あ、腕の方が良かったですか?」
「ど、どエス!!」
形勢は逆転したまま。すっごく照れている桑野さん。
俺の気分は最高に満たされている。
「そうですね。私はどうやらサドのようです」
「さ、最低ですね! 初対面の穏やかさは何処にいったんですか!?」
「そっくりそのまま桑野さんにお返しします。その言葉」
「お、女慣れしやがって!!」
「そんなに照れなくても」
まぁ、でもここは勘違いの無いように伝えておこう。
「俺も初めてですからね?」
「はい?」
「俺も弟以外と手を握った事ないです」
人に触られるのが嫌で、お母さんが手を差し出して来ても離れて避けた。(俺は本当に親不孝者だ)
「私、三井さんのそういう所がたまらなく好きです」
「……は?」
予想外の返事が来て呆気にとられる。
「弟さんに優しくて、家庭を大切にしている所です」
「買いかぶり過ぎです」
それは純真な心では無い。俺のエゴだ。
「表面上だけでも出来るのは、素晴らしいです」
「昨日も同じ事をおっしゃっていましたね」
「猫を被ろうが何をしようが、出来ない人は出来ないですよ。なので、それが出来る三井さんは……素晴らしいです」
二人で並んで銀座の街を歩く。桑野さんは昨日よりも緊張せずに歩いているようだ。
「……もう一回言って下さい」
「はい?」
「好きって」
「……デジャヴですね。いつかの」
「桑野さんがどうしても無理なら、仕方ありません」
少しづつ俺に慣れてきてくれている桑野さんを実感して、益々俺の独占欲に拍車が掛かる。
「無理をさせたいわけでは無いので、諦めます」
「……私が悪い事した気分になるって言ったじゃないですか!」
こうして打ち解けて、様々な顔を見せてくれる桑野さんを他の男に渡したくない。
「……す!」
俺以外の男と恋をしないでほしい。
「〜きです……」
俺以外の男に慣れないでほしい。
俺が
桑野さんの
最初で最後の恋人でありたい。
「ありがとうございます。とても満たされた気分です」
どうか……どうか……俺以外のものにならないで。
「……なんか悔しいです」
「出来れば〝たまらなく〟を付けて欲しかったです」
「……なんか掌で転がされている気がしてなりません」
「もうお昼ですね。先に何か食べましょうか」
気づかれる前に話を変えよう。この手が使えなくなる前に。
「いらっしゃいませ! あっ! 三井CEO!」
「こんにちは。今日席空いてますか?」
知り合いの寿司屋へ。予約なしで来たけど大丈夫かな?
「はい! どうぞどうぞ! 奥の個室も空いていますよ!」
「ありがとうございます」
「いつもご贔屓にありがとうございます」
女将さんと話していたら大将が声をかけてくれた。
「こちらこそ。先日のお寿司も弟が喜んで食べていました。ありがとうございます」
「嬉しいお言葉をありがとうございます。あ、お連れ様ですね。こんにちは」
大将と女将が俺の後ろに隠れていた桑野さんに声をかける。
「こんにちは」
ニッコリと穏やかに微笑む、外面の桑野さん。
「三井CEOが連れて来られる女性は美人ばかりですね!」
「……まあ、そうなんですか?私もその中に入れて頂き光栄です。ありがとうございます」
大将が誤解を与える言葉を言い、桑野さんの外面に拍車が掛かる。
「仕事で、よく使わせて頂きありがとうございます。でも今日はプライベートなんです」
仕事で、を少々強めに言う。ここで誤解を解いておかないと、後が怖い。隠す関係でもないのだから。
「お付き合いしてるんです」
「…………あ、まあまあー。そうでしたか。すみません長く足止めしてしまいまして。どうぞ奥に」
驚いていた女将が席に案内してくれた。
接待じゃないから個室じゃなくても良かったのに。
「……ちょっとそこの腹黒大魔王さん」
「誰のことです?」
ずっと穏やかに微笑んでいた桑野さんが二人になった途端、低い声を出す。
「誤解を与えてしまいましたか?俺は基本的に仕事絡みでしか女性と一緒はしませんよ」
ママ友はいるけど。それは保護者同士のネットワークだし。
「友人や知り合いと思われても困るので、ちゃんと伝えたかったんです。〝お付き合い〟」
「私は恥ずかしいです」
「そうですか」
「だけど……嬉しかったです」
顔を赤らめて怒っているかと思ったら、不貞腐れるように言葉を吐き出す桑野さん。
「それなら、良かったです。安心しました」
その姿を見て愛しさが込み上げ、そして安堵した。つい、グイグイと押してしまった感があったから。
「〝高級〟寿司です」
「最高です」
お寿司を出してもらいつまむ。
「ゴージャス、高級、格式からブレなければご満足頂けると学習しました」
「よく、人を観察していますね」
「職業病です」
それだけでは無い。
「もちろん、好きだからですよ?」
「〜、なんか今日甘いです……」
「甘い?」
「なんか空気が甘いです!」
「恋人同士の空気とはこれくらいではないでしょうか?」
「経験あり、ですか?」
ここに来て、彼女はそんな事を俺に問う。
「今までの会話の流れで私に彼女がいたと思いますか?」
「……疑う余地はありましたので」
「……何処に?」
「慣れてる所です」
「仕事で女性と一緒になる事も多いですし、何がビジネスに繋がるか分からないですから老若男女知り合いは増やすようにはしています」
「……私は男友達、と呼べる人はいません。私は独占欲が強いので、女友達が沢山いる男性も嫌です。だから、私も男友達というものを作らないようにしていました」
「……そうでしたか」
それで、こんなに俺に対して緊張していたのか。
「そもそも初対面の人に会うと人見知りします」
「そうですか」
知り合いの寿司屋に連れて来た事を責められているのだろうか?
「三井さんの、私とは違う広い世界と人脈を知って、私は自分の小ささを思い知りました。恥ずかしいです」
「え?」
「……何でもありません。高級寿司、憧れだったのでとっても嬉しいです。お江戸の味ですね!」
「……はあ」
なんだか、落ち込んでいるようにも思えたが、話を変えられてしまった。