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第5話 過去のトラウマの一つと兄として。

 

 仕事が終わり、家に帰り着いた。

 もう後は風呂に入って寝るだけだ。


 俺はいつも一番最後に風呂に入る。それにはもちろん色々と理由があるが、一番は風呂の中が曇っていて鏡が見えないからだ。


 自分をあまり見たくない。


 それが一番の理由。



 シャワーを浴びて、身体を洗って行く。またしてもふと、彼女を思い出してしまった……。


 〝ミルフィーユ、買って大丈夫ですか?〟


 初めての会話を思い出しては余韻に浸る。

 あれ以来俺はミルフィーユが定番になってしまった。


 なんとなく、彼女と共有しているように思えて。

 ……怪しい。一歩間違えたら危ない人だ。


 我にかえり、気持ちを振り払うようにゴシゴシと身体を洗う。


「イテッ」


 こすり過ぎてしまったようだ。赤くなる。


(……)


 吸い込まれるように赤くなった箇所から目が離せなくなる。


「うぇっ……!」


 駄目だ。早く洗い流して風呂を出よう。このままだと吐く。


 俺の血は汚い。だからこうして赤くなっただけの身体を見ただけで、吐き気がする。


 自分の中に流れてる物を見て吐き気がする。


 風呂から出て、服を着て、自分の身体が見えなくなって、落ち着いてきた。


「風呂掃除しよう……」


 心を入れ替えて、日課の風呂掃除を始める。

 お手伝いさんがキヨさんだけになったとき、家事を色々と分担した。風呂掃除は俺。


 俺はこの家に貰われてから一度も湯船に浸かってない。

 浸かった方がいいのは分かってるし、俺も出来るなら浸かりたい。


 だけど、出来ない。理由は……恐いから。


 もう、二十七年も前の事なのに。……三つ子の魂百まで、先人はよく言ったものだ。


 生家の家には池があって、そこによく沈められた。

 出て来られないように上から押さえつけられた。


 溺死であれば、疑われない。溺れた、で警察の捜査が終わるからだろう。



 だから、溜まっている水が恐い。風呂に浸かれない。

 俺はずっと、シャワーだけで過ごしてる。


 貴ちゃんは長風呂でじっくりと湯船に浸かってるらしい。いつも〝サイコー〟って言ってるし。最高なのか。風呂に浸かるという行為は。


 貴ちゃんが長期の休みになれば海、プール、温泉に旅行に行こうと言われるが、上手く逃げる。

 直之と貴将には知られたくない。


 俺が湯船にすら浸かれない臆病者だなんて……。


 あくまで、兄としての威厳は死守しないと。

 家でも会社でもトップとして恐れるものが多いと、下が不安になるからだ。

 コイツに付いて行って大丈夫か?と。


 だからいつでも悠然と。


 これが俺の持論だ。





 ✽✽


「直くん、貴ちゃん。今日お兄ちゃんお仕事で遅くなるから、キヨさんの言うことちゃんと聞いて、良い子にお留守番しててね」


 今日は仕事で付き合いがある経営者が主催するパーティーに誘われている。新たな事業獲得の為にも俺は知り合いを増やして顔を売りたい。


 だから今日はかわいい弟達と一緒にはいられない。


「分かった!」

「兄貴さ、いい加減子供扱いするのやめたら?」


 子供扱い?俺からしたら弟二人はいつまで経ってもかわいい子供だよ。


「俺も貴も小学生じゃないんだから」


 最近、直くんはいつもこんな事を言う。

 婚約したから?あー、やっぱり空の巣症候群だ。


 二人が大学を卒業したらいつ死んでもいいとは思ってたけど、直くんから長生きしてほしいと言われて気持ちが変わった。


 今は二人の白髪を見るのが楽しみなのに。


 ……やっぱり俺の愛情はおかしいのだろうか。

 〝適度な距離感〟というのが分からない。


 貴ちゃんは将来ラグビー選手になりたいと言ってるし、もしそうなったら家を出て、寮に入ることになる。……耐えられるだろうか。


 まだ直くんには伝えてないけど、貴ちゃんがここから出て行くときは俺も出て行って、この家に直くんと百子さんとキヨさんに住んでもらうつもりだ。そして、他にお手伝いさんを増やしてお父さんとお母さんが存命していた頃のように、家を活気づけたい。


 キヨさんが嫌なら俺とマンションでも良い。俺はキヨさんには一生かけても返せない恩がある。キヨさんを看取るのは決めてる。


 そうなれば俺はひっそりとマンション暮らし。適齢期が来たら老人ホームに入って、そしてひっそりと死んでいく。



 一生、一人で。

〝ミルフィーユ〟の件はシリーズ作品『お兄ちゃんのこれまで』の第一話に出てきます。

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